「・・・今夜も一段と蒸すね・・・。」  
「そうでございますなぁ。それはそうと大殿、あまり餅を食べ過ぎてのどに詰まらせぬよう・・・。」  
「ははは!大丈夫だよ、輝元。」  
「で、あればいいのですが・・・。では私はこれにて。」  
「ん。おやすみ、輝元。」  
 
暦のうえでは既に季節は秋。しかし、今年は太陽の照りは激しく、日が沈んだ夜でも肌にまとわりつく空気はいささか重い。が、時折肌をさする風は、やはり夏にはなかった秋の涼やかさと、木々や草花のささやく音を運んできた。  
酒をたしなむことの出来ぬ元就は、餅を食することで夜を過ごしていた。  
「今宵は満月・・・の、はずなんだけど。」  
昼間は晴れていたが、夜の闇が迫ると同時に空は雲に覆われていた。星々のきらめきも地上には届かず、あたりは暗闇しか広がっていない。  
「さて、月も恥らう美女でも闇夜に繰り出したかな。」  
口元に微笑をたたえながら、元就は盃にくんだ水を飲んでのどを潤した。  
・・・この毛利家を一代で中国地方の覇者にまで押し上げた元就には、夜の盃を共にする妻も既に亡く、世では“死んだ”ことになっている彼にとって、夜の帳は長過ぎる。  
「・・・おや?」  
暗闇のなか、庭の草木がざわりと風で大きく揺れる。人の気配がした。  
元就は、盃を縁側の床に置くと、傍らの“矢手甲”に手を伸ばす。“死んでいる身”なれど、そう安々と命を落とすわけにはいかない。まだ、自分にはそれが許されていない。  
指先が己の得物に触れた時だった。  
「・・・そんな物騒なモノ、手に取るな。」  
闇から聞こえてきたのは、女の声。凛とした覇気のあるものだった。  
元就は聞き覚えのある声の主に目を凝らす。  
と、それまで月を覆っていた雲が、風にのって流れた。雲の切れ間から、月の光が地上に降りる。その光は、闇に佇む声の主の姿を、元就の目に映し出す。  
 
「・・・驚いた。君か。」  
 
元就は緊張を解くと、来訪者にいつもの朗らかな笑みをたたえた。  
目の前に現れたのは、普段の甲冑姿でなく、さっぱりとした小袖と袴に身を包んだ、立花ァ千代、その人であった。  
 
「珍しいね、夜更けに君一人でここに来るなんて。」  
「・・・来ては駄目か?」  
「そんなことは言っていないよ。彼は知っているの?」  
「・・・・・・。」  
庭木をさくさくと分けて、ァ千代は元就の座る縁側に歩み寄った。  
その表情は怒っているような、しかし悲しげな、が、  
どこか不機嫌のような・・・ひとつの感情では表すことのできぬものだ。  
ァ千代は餅が盛られた皿を間に、元就と反対側にドカリと腰をおろした。  
(・・・ん?)  
風にのって、ふわりと漂うのは、間違いなく酒の匂いだった。  
よく見ると、彼女の頬は頬紅をさした以上に赤くなっている。  
相当な量を飲んだのではないのか。  
「度を過ぎた飲酒は、身体に毒だよ。」  
「うるさいっ!」  
まるで稲妻が落ちたがごとく、屋敷全体にその声が響き渡ったのではないかと  
思うほどの怒号が彼女の口から発せられる。  
一体その身体のどこから、そのような声が出せるのやら。  
元就は呆気にとらわれたが、すぐに気を持ち直す。  
そして、ぽりぽりと片手で頭をかくと、傍らに置いてあった盆に、  
餅の盛られた皿と水のはいった銚子、盃を置き、  
さらには己が得物ものせ、それを持って立ち上がった。  
「ァ千代、部屋で話そう。ここでは誰ぞに聞かれるかもしれないから。」  
最も、元就が危惧したのは“毛利の大殿”のもとに、  
夜な夜な若いおなごが一人で訪れていたという話が、家臣のあいだで  
出回ることだ。  
自分は構わないが、彼女の立場がなくなっては、  
この屋敷への出入りもしにくくなるはず。  
・・・一番厄介なのは、輝元に「もう年下の叔父叔母はいりませぬ!」、  
などと泣きつかれることなのだが。  
「・・・さ、ァ千代。」  
なかなか立とうとしないァ千代を立たせるため、  
元就は両手に抱えていた盆を左手だけで持ち直し、  
ァ千代の側にかがみ、彼女の右腕をくいっと引っ張りあげた。  
 
がしゃっ・・・  
 
突然のことだった。  
ゆえに、元就はバランスを崩し、盆をひっくり返すどころか、  
己はドサリと尻餅をついて座りこんだ格好になった。  
が、その己の身体には、ァ千代が飛び込む形でおさまっていたのだ。  
 
「どうしたんだい、酔いが回ったのかな?」  
肩をつかんで、顔を覗き込もうとしてみるが、  
ァ千代はその腕を元就の背中に回し、抱きついていた。  
何がなんだか分からない元就は、しかし、  
その耳は誰かしらの足音をひろっていた。  
「・・・大殿さま、いかがされましたか!?」  
盆をひっくり返したことで、随分と音が響いた。  
それを自分の小姓が聞きつけたのだろう。  
慌てたような声が、部屋の向こうから聞こえた。  
「大事無いよ。それより、新しい水差しと盃を2つ、持ってきてくれないかな。」  
小姓を安心させるため、優しい声色で部屋の向こうへと投げかける。  
同時に、元就はァ千代の背をそっと撫でた。  
「承知仕りました。」  
主の命を受けて、小姓は足早にその場を去った。  
縁側に座り込んだままの元就は、ふぅとひとつ息をはくと、  
盆をひっくり返して散らばっていたものを手を伸ばして集めだし、  
再び盆にのせていった。  
「さ、ァ千代。部屋でゆっくり話そうか。」  
了承したのか、元就が立ち上がると同時に、  
ァ千代も足元が覚束ないながらも立ち上がる。  
その背を元就はやさしく抱えていた。  
 
元就の居室は相変わらず書物が散乱し、多少足の踏み場に困るものであった。  
それでも、大人2、3人がゆっくりとくつろげる空間は確保してある。  
部屋に入ったァ千代は、嫌味の一つでも吐くものかと思われたが、  
今日はそのまま畳の上に律儀に正座して、押し黙ってしまっていた。  
纏う雰囲気はなにやら重苦しい。  
そこに、先ほどの小姓が戻ってきた。  
元就は入室を促し、小姓が持ってきた新しい盆を受け取ると、  
用済みの盆を引き取るように言う。  
小姓は元就の部屋にァ千代がいることに目を見張ったものの、  
取り乱すことなく己の仕事を全うすることに集中した。  
が、部屋を出る際にやはり元就に引き止められた。  
「今宵ここにァ千代がいたことは、誰にも話してはいけないよ。」  
耳元で囁かれた小姓は顔を赤くしたが、主の命令は絶対。  
小さな声で「承知しました。」と言うと、  
そそくさと元就の居室をあとにした。  
正座したままのァ千代は俯いている。  
元就は盆を机に置いて水を盃にくむために、背を向けた。  
こぽこぽと小さな音だけが部屋に響く。  
「・・・それで、今宵はどうしたのかな。」  
ァ千代が毛利の屋敷に来るのは初めてのことではない。  
だが、それは宗茂と共にである。  
空気を読まず、正直者のァ千代と、それをフォローする宗茂の姿には、  
元就は微笑ましさを感じていた。  
立花は二人で一つ。  
そんな風に元就はこの年若い二人を見ていた。  
 
「なにか相談ごとかな?」  
それが、今日はァ千代一人の来訪である。  
それも突然のこと。  
しかも察するに、何やらかなり思いつめた表情である。  
常に誇り高き振る舞いをするァ千代からは、到底想像できない姿だった。  
「・・・ァ千」  
「男とは。」  
口を硬く閉ざしていたァ千代の唇が動いた。  
「・・・男とは、やはり、美しく着飾った、  
しおらしい女のほうが好みなのか・・・?」  
突拍子のことで、思わず元就は「は?」と後ろを振り返った。  
顔は俯いたままだが、膝の上に置かれた両の手は、  
見るからに力いっぱいに小袖を握り締めている。  
「どうなのだ!?」  
またもや雷鳴のごとく声が響く。  
耳の奥でキーンと耳鳴りがしたが、  
元就は気を取り直してァ千代と向かい合った。  
甲冑を脱ぎ、いつもは目にしない小綺麗な小袖姿。  
薄くではあるが、それでもいつもよりは濃く塗られている白粉に紅。  
そして微かではあるが、酒の匂いに混じって香も芳しく匂い立っている。  
「・・・それは男にもよるけれど、君には君の良さが・・・。」  
当たり障りのない答えを言おうとしたが、  
どうもそれはァ千代の琴線だったようだ。  
俯いていた顔があげられ、  
その眼がギラリと元就に向けられる。  
が、蛇に睨まれる雛とはこんな感じなのだろうか、  
などと元就が思ったのは内緒だ。  
「結局は、男どもは身綺麗で己の言うことを  
従順に聞くおなごのほうが都合よいのだ!  
・・・私だって・・・・・・私だって!・・・できることならっ!!」  
稲妻の閃光のように、ァ千代の口からは次々と言葉が飛び出してくる。  
元就は目を丸くして、ただ彼女を見た。  
「・・・私は“立花”だ。甘えは許されない、常に前を向いていなければならない。  
小さき頃に女としての“ァ千代”はいなくなったも同然の生活をしてきた。  
“立花”としての私が、自分自身の誇りだった。  
・・・父に・・・認められたかったから・・・っ・・・。」  
そこで言葉に詰まったァ千代は、両手で顔を覆った。  
「でも、時々思う・・・。  
なぜいっそのこと男として生まれなかったのか。  
どうして女として生きられなかったのか。  
だが、私は“立花”。  
このようなことを思う自分自身が浅ましくてならない!  
だからあいつの・・・宗茂の前でどう振る舞っていいのか分からない。  
分からないから、あいつも私のことを持て余しているに違いないのだ。」  
自分でも何を言っているのか分からなくなっているのか、  
最後にはほろほろと泣き出してしまった。  
そのァ千代の泣き声をかき消すかのように、  
外は一転、雨が降り出していた。  
 
男兄弟のなかったァ千代は、  
10にも満たない幼いときに「姫城督」になったと聞き覚えていた。  
実の父は、九州探題大友家に仕える立花道雪。  
“鬼道雪”と恐れられるその者は、  
九州北部にも勢力を拡大しようとした毛利家にとっては厄介な存在であった。  
その一人娘であるァ千代。“ァ”の字は、「和み慎む」といった意味合いのもので、  
おそらくは娘らしく育つようにと名付けられたに違いない。  
が、親の願いとは裏腹に、また彼女の置かれた環境によって、  
彼女は甲冑に身を包み、戦場を駆け巡る“立花の将”となってしまった。  
しかし、武将といっても、その実は女の身。  
大友家の名門・立花家存続のためにはどうしても婿を迎えなければならない。  
そこにやってきたのが、  
大友家の勇将で道雪の朋輩である高橋紹運の嫡男・宗茂であった。  
彼は養子として立花家にはいり、ァ千代を娶って立花家の家督を継いだ。  
 
「・・・二人で立花を盛り立てていくことに何ら異存などない。  
父の決めたことに間違いなどないから・・・だが、  
今更女の振る舞いなど出来ぬし、大人しくじっとしているなど性に合わぬ。  
・・・わ、私は自信がないのだ。  
“立花”としてなら、あいつと並び立てる自信がある。むしろ負けぬ。  
だが・・・だが“女”としてはものの役にも立たぬのではないかと・・・  
こんなことで思い悩む自分が嫌でたまらないっ!  
そう、私は・・・“女”ではなく、“立花”だ。それを誇りにしているのに・・・。」  
嗚咽交じりの声は更に続く。  
が、ァ千代が紡ぎだした次の言葉に、元就は更に目を丸くしたのであった。  
「・・・ね、閨で・・・どうしていいのか分からんのだ。  
“立花”として振る舞えばあいつの興がそがれるし、  
かといって私は“女”の振る舞いなどどうにも分からぬ。一体どうしたら・・・。」  
それを言ったっきり、ァ千代は酒の酔いに任せ、  
顔を伏せてわんわんと泣き通しになってしまった。  
つまるところ、  
ァ千代は“閨”での振る舞い方に思い悩んでいたようなのである。  
“立花”として生きていた彼女が封印した“ァ千代”の部分を、  
どのように彩るのか、彼女なりに悩んでいたのだ。  
それも、夫たる宗茂の気を引きたいがためとも思われるそれは、  
なんとも心をくすぐられる。  
その心構えだけでも、十分に伝わっているはずなのだ。  
が、このァ千代とあの宗茂のことだ。  
どちらも言葉足らずで、すれ違いが重なった上での、今の惨状なのだろう。  
 
(・・・やれやれ。)  
 
“立花”としてのァ千代は、正直者で言いたいことを率直に言ってくる。  
しかし、“ァ千代”としての彼女は、おそらく素直でないところがあるのやもしれない。  
“立花の誇り”が、邪魔をしているのだ。  
ついでに彼女自身、“女”としての自信がないというのも、  
素直になれないことに拍車をかけているに違いない。  
彼女は自分に厳しすぎる。  
 
嗚咽の小さくなった頃、元就は机に置いておいた水の入った盃を手に取った。  
雨は更に激しくなっている。  
「ァ千代、飲みなさい。それでは声が枯れてしまうよ。」  
ぐすぐすと鼻をすする音が聞こえると、ゆっくりとァ千代が顔をあげる。  
目元をはじめとして、鼻先も赤くなってしまっている。  
元就から盃を受け取ると、ァ千代は一気にぐいぐいと飲み干してしまった。  
元就は微笑む。  
「まだいるかい?」  
ァ千代は無言で盃を差し出す。  
受け取った元就は、水差しからコポコポと盃に水をくみ、またァ千代に渡した。  
盃を受け取ったァ千代は、今度はゆっくりと、しかし一息で飲み干す。  
落ち着いたのか、盃から唇と離すと、ふぅと大きく一息ついたのだった。  
それを見計らってか、元就は口をひらいた。  
「・・・それで?君は私にどうしてほしいのかな?」  
目の前のァ千代が、はっと息をのむのが見てとれた。  
明らかに動揺したそれに、元就は意地悪く、冷ややかな声で問うた。  
「なぜ、私の元にやってきたのかな?」  
「・・・・・・っ。」  
おそらく、酒を飲んで投げやりに何も考えずにここまで馬を走らせてきたのだろう。  
自分の胸の内をどこかで吐き出したかった。  
そして、自分よりも幾年も重ねた元就なら、  
何かしら答えを出してくれるのではないかという、安易な思いで。  
・・・夜の部屋に男と女が二人になるということなど、  
ァ千代の頭の片隅にはなかったのである。  
だが、元就の目を見て、ァ千代はそれが間違いだったのではないかと悟る。  
冷や汗が背を伝うのが分かった。  
「・・・長居したようだ。帰る。」  
盃を畳の上に置くと、一刻もここを早くに立ち去るべく、  
ァ千代はすっくと立ち上がった。  
が、酔いは当然醒めておらず、立ち上がったと同時に頭がクラリと揺れる。  
一歩踏みとどまる動作ができたことで、ァ千代は元就の行動を見逃した。  
両の手首を掴れたと思いきや、足を払われたのだ。  
「ぅ・・・あっ!?」  
ドサリと、そのまま元いた場所の畳に倒れこんだ。  
身体中に痛みが走る。  
が、ァ千代はすぐさま起き上がろうとする。  
しかし、それよりも早くに元就が馬乗りになってァ千代の動きを封じていた。  
「も・・・元就っ・・・。」  
恐怖に彩られたァ千代とは対照的に、元就はいつもの微笑みをたたえたままだ。  
「大毛利の謀神を、甘く見ないことだ。」  
 
ァ千代は元就の下から這い出ようともがいた。  
しかし、ァ千代の力をもってしても、  
腕は畳に元就の手によって縫いとめられて動かすことができない。  
足をバタつかせてみるが、元就は涼しい顔である。  
「離せ元就!!」  
今にも稲妻がふってくるのではないかというくらいの剣幕だ。  
だが、今日の彼女は甲冑もさながら愛刀さえ置いてきてしまっている。  
「・・・ァ千代、君がここに来た理由は1つだ。  
私に答えを出してほしいのだろう?」  
「そんなことはもういい!とにかく離せっ!!」  
「本当にいいのかい?  
このまま帰ったところで、君はまた1人思い悩む日々が続くだけだ。」  
「・・・っ。手を離せ。」  
「駄目だね。両手離したら、たちどころに私の襟元引っつかんでブン投げられかねない。」  
老体の身にそれはきついからなぁ、とぼやく。  
「そんなことはしないっ、とにかく私の上から退け!!」  
「・・・私なら、君の悩みを少し和らげてあげられるんじゃないかな。」  
「な・・・に言って・・・。」  
「つまるところ、  
君は“立花”としては将として誰にも引けをとらぬ自信がある。  
しかし、“立花”ではない“ァ千代”個人としての自信がない、ということだろう?」  
敢えて“女”という語を使わなかったのは、  
ァ千代の心持ちを落ち着かせるためだ。  
ここでまた反発されては、さすがに元就も押さえ込める見込みはない。  
 
「私なら、君の良さを引き出せるよ。」  
 
ァ千代の目が見開かれる。  
つまり、己が元就に抱かれるということなのだ。  
「何を・・・馬鹿な・・・。」  
「こう見えて、私は艶福家だし、経験も豊富だ。“坊ちゃん”にはない、手練手管もあるし。」  
「あ・・・。」  
元就の右手がァ千代の腕から離れ、その長い指でァ千代の左首筋をツツ…とさすった。  
思わずフルリと身体が震える。  
「私は、世では死んだ存在。夢の中のできことだと思えばいい。」  
右手はそのまま降りていき、胸のところでとまった。  
やんわりと掴み、指先で揉むと、ァ千代の喉がコクリと鳴るのが分かった。  
「君が世にまたとない素晴らしい女性であることを、私が証明してあげるよ。  
それを望んで君はここにやってきた。違うかな?」  
 
元就は、ァ千代と3つの決め事をした。  
1つ、唇同士の触れ合いはしないこと。  
「ここは宗茂くんのものだからね。」  
そう言ったあとのァ千代の赤らんだ顔が、なんとも可愛らしかった。  
2つ、ァ千代の身体に痕を残さないこと。  
夢の出来事を、朝日が昇ったあとまで引きずらないためだ。  
3つ、ァ千代は目隠しをすること。  
互いに情が移っては、何の意味もなくなる。  
「君は、宗茂くんに抱かれている。いいかい、素直に反応するんだよ。」  
 
夫以外の男に抱かれる、更には目隠しまでされたァ千代は不安げだった。  
それを、元就は最初はやんわりと抱きしめてやり、首筋から順々に唇を落としていく。  
「・・・っ。」  
「我慢しない。息をちゃんと吐いて。」  
「や・・・やっぱり無理・・・うぁ?!」  
胸の飾りを口に含み、唾液を絡ませて舌でねぶり転がすと、  
ァ千代の身体がびくりと反応した。  
もう片方の胸を手でやわく包み、指は飾りをはじく。  
時間をかけて愛撫し、桃色の飾りから元就が唇を離すと、  
くちゅりと音をたてて唾液が糸をひいていた。  
「も・・・元就・・・。」  
「まだまだこれからだよ。」  
唇は胸の間からゆっくりと降下し、臍の周囲をくるりとひと舐めされる。  
上からはくぐもった声が聞こえた。  
「・・・ァ千代、唇をかんだら駄目だ。」  
「だ・・・だって、こんな・・・。」  
「吐息も、男を惑わすいい薬だ。さて・・・。」  
元就は身体を起こし、ァ千代の片足の裏太ももに手をかけると、  
そのままグイと押し上げる。  
当然ながら、ァ千代の秘部は丸見えになる。  
そこはまだあまり濡れていなかった。  
「ま、待て。いやだ…。」  
「うーん。まだ緊張しているのかな。力を抜いてごらん。」  
「どう、どうしたらいいのか分からんっ。」  
「・・・宗茂くんはこんなことしないのかい?」  
「し、しないっ。」  
「うーん・・・これだと宗茂くんに色々と教える必要が・・・;」  
そうはいうものの、元就の右手はァ千代の身体のラインをスルスルと撫で上げていた。  
 
「それにしても、綺麗な身体だね。鍛えているだけあって、均整のとれた身体つきだ。」  
特に甲冑姿では分からなかった腰のくびれは見事だった。  
そこから丸みを帯びた小ぶりな尻があり、  
太ももは馬を駆けているために引き締まっていた。  
脚もスラリと伸びていて申し分なく、元就はゆっくりと撫で上げる。  
「・・・は・・・ぁ・・・。」  
「そう、身体の反応のまま声はだして。」  
ゆるりと撫で上げるなか、元就は徐々に身体を倒し、  
ァ千代の片足を持ち上げてその秘部に顔を近づける。  
そこへ、ちろりと舌で舐めあげると、ァ千代の身体がびくりと大きく反応した。  
にやりと笑った元就はそのまま秘部に唇を寄せ、弄り続けた。  
「・・・ぁ?!もと・・・なっ、あぁっ!!」  
ァ千代の身体の下には、元就が夜着の上から来ていた羽織が敷かれていたが、  
ァ千代が激しく身体を揺することで、その羽織もぐしゃぐしゃに形を変えている。  
舌で弄っては吸い、突いては弄り。  
枷が外れたのか、ァ千代の息は浅く、速くなり、全身で歓喜を享受する。  
「・・・だ・・・だめっ、ぁうっ!・・・やっ・・・あぁあっ!!」  
身体から汗が滴り落ちる。  
逃げようとするァ千代の身体を、しかし、元就はがっちりと押さえ込んでいる。  
唾液だけではない、ぐちゅぐちゅと音を立てるそこは、ァ千代の耳にも確かに聞こえた。  
「・・・お・・・音っ・・・。」  
「ん・・・はっ・・・すごいね、大洪水だ。」  
口元を手の甲でぬぐうと、身体をおこし、今度はそこに指を添える。  
期待してなのか、そこがわずかにヒクリとひくついたかのように見えた。  
唾液と混ざった蜜壺からこぼれ落ちる蜜液を指先に絡めると、  
元就は音をたてながら秘部に指をもぐらせた。  
「ん・・・ぁっ。」  
「そんなに気持ち良かったかな。もう1本入りそうだ。」  
「あ!」  
2本の指を突きたてると、元就は身体をァ千代の上半身へと移動させ、  
今一度唇で胸の飾りを吸った。  
そのまま指は抜き差しを繰り返し、ときには擦り、中で円を描き続ける。  
胸にも秘部にも刺激を与え続けられるァ千代は堪らず嬌声をあげた。  
「ふ・・・ぁっ・・・やめっ・・・・・・ああっ!お・・・おかしくなるっ・・・。」  
「それでいいよ・・・。」  
無意識に、ァ千代は胸に顔を埋める元就の頭を抱え込んでいた。  
刺激がくるたびに指先に力がこもり、元就の髪を乱していく。  
そうしているうちに、元就の髪を結わえた紐に手がかかったのか、紐は畳の上に落ち、  
髻の解けた元就の髪がァ千代の胸に広がった。  
 
双方息があがっていた。  
外の湿気も手伝ってか、部屋の空気はどんよりとしている。  
元就といえば、実のところ夜着を着たまま行為に及んでいたものだから、  
その着物のうちは汗でぐっしょりと湿っている。  
さすがに暑くなったのか、身を起こすと襟元をくつろげた。  
元就は、己の下でぐったりとしているァ千代を見下ろす。  
肌はほどよく汗で湿り、心許ない灯りの中で白い肌が美しく光っている。  
遠くで雷鳴が轟いているのが聞こえているのか、音がするたびにぴくりと腕が反応していた。  
「・・・ァ千代。」  
声をかけると、目元を隠した顔がこちらを向いた。  
言わんとしていることが分かったのか、ァ千代は片脚をあげる。  
その太ももに口づけすると、元就はそれを抱えあげる。  
もう片方の手で、夜着の下から己の一物をとりだし、身体を前に倒す。  
ァ千代は仰け反り、白い喉元があらわになった。  
己より小さな手が、腕にしがみついてきた。  
「痛かったら、言うんだよ。」  
秘部に一物を2,3度擦りすけると、元就は一気にそれをァ千代に突き立てた。  
 
「・・・っ!!ああ・・・んっ・・・あ、ぁっ!!。」  
 
肌と肌のぶつかり合う音が部屋に響く。  
息は荒く、口から漏れる声は艶めかしく、男の背筋をぞくりと粟立たせた。  
ァ千代は、身体を駆け巡る快楽に耐え切れず、いやいや、と首をふる。  
漏れ出す声をふさごうとしているのか、自然と片手が口元へとあがっていく。  
しかし、それを見逃す元就ではない。  
「・・・っだめだよ、我慢するなと言っただろう。」  
あっけなく、ァ千代の手は畳に縫いとめられる。  
元就のもう片方の手はァ千代の腰を持ち上げ、唇は容赦なく胸を攻める。  
「あぁああ・・・だ、めっ・・・・・・いやぁっ!!」  
悲鳴ともとれるそれは男を煽るものでしかない。  
さらに腰を持ち上げて、ァ千代の膝が胸のあたりにまでくるようにし、  
上から突き刺すような格好でァ千代を揺さぶる。  
その時、元就の目は一瞬であるが、畳2枚先の、横の襖にそそがれた。  
口元に笑みを浮かべた元就は荒れた息のまま、  
ァ千代の身体を転がし四つん這いにさせると、腰を高く持ち上げ、  
獣が如く襲った。  
「はぅっ・・・ああ、すごい・・・すごいっ。」  
「おや、ァ千代はこれが・・・好きなのかな?」  
尻を掴み、ぐいぐいと突き上げると、ァ千代はさらに尻を突き出す格好になる。  
顔は元就の羽織に埋めたまま、くぐもった声が漏れる。  
「気持ちいいかい?」  
「・・・っ。」  
言葉にならず、ァ千代はコクコクと首を縦にふるしかない。  
それを見た元就は、フッと笑った。  
「・・・それは上々・・・。」  
 
しばらく揺さぶったあと、元就はまた体制をかえる。  
そのままの格好で、ァ千代を抱き起こし、己の上に繋がったまま座らせた。  
体重がかかり、より深いところを突かれたァ千代は堪らず声を漏らした。  
と、そのままァ千代は顔を元就のほうへ振り向かせ、口付けを請うた。  
しかし。  
「・・・駄目だよ、ここは宗茂くんのだろう。」  
元就とて、快楽に溺れていることにかわりはない。  
が、流石に場数をふんできただけあるのか、妙に冷静なところがある。  
左に向いた顔に、右の腕を回して指先でァ千代の口元を塞ぐ。  
口惜しいのか、ァ千代はそのまま元就の指を口に食み、甘噛みする。  
ちゅっちゅっと音が立てられ、元就の指先はしとどに濡れた。  
「夜のァ千代は甘えたがりだね」  
「は、ぁっ・・・ああ、んっ!」  
腰を緩やかに揺らし、豊満な胸を回すように揉むと、与えられる快楽から逃れるかのように背をそらす。  
元就の指がァ千代の口から離れると、  
その指はァ千代の秘部の上にある小さな核に辿りつく。  
そこを容赦なく攻めた。  
「ひっ・・・あああ!!い、や・・・やめっ・・・はっああ、あ!!」  
「入れて、突くだけが・・・閨での男の技ではないんだよ。」  
刺激に耐えられず、ァ千代の身体が強張る。  
胸をまさぐる元就の腕を引っつかみ、ぎりりと爪をたてる。  
それでも元就は緩やかにァ千代の身体を揺さぶり続けた。  
「若い娘の身体は・・・やっぱりいいね。」  
「ぁ・・・な、あ・・・私・・・・・・お、おかし、く・・・ないかっ?」  
「おかしい?」  
「・・・はっあ!・・・こん・・・なっ・・・あ、ぅっ・・・・・・こんな・・・・・・すがたっ・・・!」  
「・・・もっと乱れてごらん。」  
「ひゃうっ・・・ま、待て・・・ああぁっ!」  
今一度畳の上にァ千代の身体を横向きで倒すと、  
元就はそのまま片脚を抱え挿入を繰り返す。  
緩急をつけ、時に押し付けたまま揺すり、それでいて核への刺激は休まらない。  
肌のぶつかりあう音と結合部からの水音、ァ千代はただ嬌声をあげ続けるしかなかった。  
襟元をくつろげていた元就の夜着は彼の汗をしっとりと吸い上げ、  
肩から滑り落ち、腰を腕に申し訳程度に引っかかっていた。  
 
どれほどの間、元就がァ千代を翻弄していただろうか。  
暗がりの中でも、ァ千代が蕩けきった表情でいることは明らかだった。  
「・・・ぁぁ・・・む、むねし、げ・・・宗茂ぇ・・・。」  
呼吸の乱れた中、ァ千代の口からポロリと紡がれた名。  
元就は「おや。」と、目隠しされたァ千代の顔を覗き見る。  
やはり彼女の口からは宗茂の名が小さくつぶやかれていた。  
(強情な子だ。やっと効いてきたようだね。)  
盃の水に、元就は秘かに薬を混ぜ込んでいた。  
快楽に呑まれたァ千代は、幻惑の中に宗茂の姿を見ているのだ。  
「・・・“俺”はここにいる。」  
そう元就が囁くと、ァ千代の口元がわずかながらに微笑む。  
高潮した頬でのそれは、ひどく美しく、胸をうつ。  
脚を下ろさせて正常位になると、元就は激しくァ千代を穿った。  
高みを目指してのそれは、ァ千代をより一層艶めかしくする。  
「あぁああっ、宗茂っ・・・・・・も・・・もっと・・・!もっと奥・・・っああん!!!」  
「ァ千代・・・綺麗だっ・・・。」  
「はぁ、んっ・・・きもち、いぃっ・・・すごぃ・・・・・・ぁん、ああっ、いっちゃうぅ・・・!」  
元就は腰の動きを止めることなくァ千代を犯す。  
呼吸も絶え絶え、汗も身体からとめどなく滑り落ちていく。  
髪を振り乱し、唇からはひっきりなしに艶やかな声が溢れ出した。  
「も・・・だめぇっ・・・い、く・・・・・・あ、あああぁぁああん!!」  
ァ千代の身体が弓なりにしなる。  
ビクビクと痙攣し、絶頂をみた。  
元就は顔をしかめ、ァ千代の身体から素早く一物を抜き去ると、  
彼女の白い太ももに白濁を吐き出す。  
「・・・っはあぁ・・・。」  
大きく肩から呼吸をした。  
滴る汗をぬぐってみるが、腕も汗ばんでいてあまり用をなさなかった。  
ここで倒れこんでしまいたいが、そうもいかない。  
元就は暑いと思いながらも夜着を調える。  
そうしていると、くったりとしていたァ千代の腕がそろそろと持ち上がった。  
「・・・宗・・・しげ・・・。」  
手が、彼を呼んでいた。  
「ァ千代、君は美しい。  
もっと素の君を見たい。俺の前では気負わなくていい。」  
元就はその手を優しくとると、その手に口付けを落とす。  
泣いているのだろうか。  
目元を隠した布は、確かに濡れていた。  
口付けた唇をゆっくりと離すと、ァ千代は嬉しそうに、  
わずかに口元をほころばせたのだった。  
 
ァ千代は意識をとばし、そのまま眠りについた。  
彼女の分の後処理をも手短にすませた元就は、ァ千代の身体が冷えないように、  
彼女が着てきた小袖を上から覆いかぶせた。  
わずかに身じろいだが、すーすーと寝息はたてたままだ。  
元就はその場を立ち上がる。  
髪の結い紐を捜したが見つからなかったため、乱れた髪はそのままだった。  
ァ千代を起こさないようにそっとその場をあとにする。  
襖を開ける前、今一度ァ千代を振り返る。  
そして、何事もなかったかのように襖を静かに開けると、居室をあとにした。  
 
「・・・待たせてしまったかな。」  
 
男女の睦み合いがあった後の余韻などないが如く、  
いつもの柔らかな口調で自分が出てくるのを待っていた、その“男”に問いかけた。  
座していた男は、普段の姿からはおよそ想像つかないほどの怒りに満ちた目で元就を睨みあげる。  
しかし、それで怯む元就ではなかった。  
こうなるのは予想していたし、そうなるように事を運んだのは他ならぬ元就本人なのだ。  
 
居室の横で元就を待っていたその男。  
 
「・・・御自分が、何をなさったのか御分かりなのか、元就公。」  
 
静かな物言いの中にも、やはり怒気が含まれていた。  
それでも元就は、涼やかな目でその男を見下ろしていた。  
暗がりの中でもその端正な顔は目を引く。  
 
元就を待ち受けていたのは、立花宗茂、その人だった。  
 
もともと、今宵の元就が待っていたのは宗茂だった。  
宗茂から元就のもとへ昼間に書状がつき、夜に会見したいと持ちかけられていた。  
九州の情勢に変化があったため、どうすべきか改めて確かめたいとのことだった。  
来るのは宗茂1人のみとも記されていた。  
そこへ、予期せずにァ千代1人が宗茂よりも早くに元就のもとへとやってきた。  
無論、彼女が抱え込んでいた問題は宗茂のそれとは全くもって別件だったのであるが。  
ァ千代が、元就のもとへ宗茂が来ることを知っていたのかは定かではない。  
それほど急な会見の申し込みであったのだ。  
つまるところ、元就は夜に宗茂が訪れることを分かっていて、  
ァ千代と事に及んでいたわけである。  
「ァ千代もァ千代だが、貴方も貴方だ!!」  
妻の不貞への怒りの矛先を、宗茂は元就に向ける。  
が、元就は人差し指を宗茂の口元にすっと近づける。  
「静かにしたまえ、ァ千代が起きてしまう。」  
「・・・起きて結構。問い詰めるまでです。」  
「君は彼女の胸の内をここで聞いていたのだろう?」  
「・・・っ・・・。」  
「可哀相な子だ。“立花”であるが故に、誰にも相談できなかったんだろう。  
侍女では話にならないし、まさか君に言えるわけもない。  
酒の勢いに任せてここに来たのだろうけれど、けしかけたのは私だ。  
攻めるのなら私だけにするんだ。」  
宗茂の目がぎらりと光る。  
座した格好から立ち上がり、右手に拳がつくられ、そのまま振りかぶった。  
・・・しかし。  
その拳は元就に振り下ろされることなく、ゆっくりとそのまま下におろされる。  
宗茂は元就からわずかに視線をはずし、大きく1つ息をついた。  
その様子をみて、元就はふっと笑う。  
「流石、道雪公が見込んだ男だね。普通なら怒りのまま私を殴っているだろうに。  
素晴らしい自制心だ。」  
「・・・ァ千代が貴方のもとへ走ったのは、私にも原因があると、そう思ったまでのこと。  
貴方をこのまま殴っても、それは私の嫉妬からくるもので、解決するわけじゃない。」  
一番に気付いてやらなくてはならないのに、気付いてあげられなかった。  
彼女の立場を理解していたのに、“立花”としての立場を常に優先する彼女に甘え、  
“ァ千代”としての場所をつくってあげられていなかった。  
「私とのことは、目が覚めれば全て忘れている。彼女は、夢の中で君に抱かれているんだ。」  
元就は、すっと宗茂の横を通り過ぎる。  
「部屋を1つ用意させてある。  
そこでァ千代と2人、今宵は過ごしてくれ。」  
スタスタと元就はそのまま別室へと歩き出す。  
その背を見送った宗茂は、ァ千代の眠る元就の居室の襖を静かに開けた。  
書籍が何冊も重なり、散乱する中で、彼女は深い眠りについている。  
宗茂はそっとァ千代を抱き起こし、抱え上げた。  
すると、ァ千代が身じろいだ。  
起こしてしまったかと焦ったが、ァ千代は頭を宗茂の胸元に摺り寄せると、  
「むねしげ」と小さく呟いただけだった。  
「・・・俺は、ここにいる。」  
宗茂はァ千代を抱きしめなおすと、そっとその額に唇を落とした。  
 
「なぜ、お前がここにいる!?」  
翌朝。  
屋敷の者たちは、ァ千代の怒号とそれに伴う稲妻で目が覚めた。  
無論、昨夜の雨はすっきりあがっている。  
青空が一面に広がっていた。  
 
夜に予定していた会見は、朝から行われた。  
が、やはり宗茂はどこか喧嘩腰で元就に話すし、元就はなにやら煽っているのか、  
両者の間に垂れ込める雰囲気は同席している輝元に冷や汗をかかせた。  
会見は滞りなく・・・  
とはいかなかったが、無事に終えることができた。  
 
陽が天頂から少し西へ傾いた頃、ァ千代と宗茂は帰国の途につくことになった。  
「おや、よく似合っているじゃないか。」  
ァ千代は昨夜の小袖ではなく、動きやすさはそのままに、  
しかしもっと華やかな衣装を着て出発の準備をしていた。  
それは元就があらかじめァ千代に準備していたものだ。  
「そ、そうか?」  
「うん。甲冑姿も勇ましくていいけれど、その姿も素敵だね。」  
元就がにこにこして言うと、ァ千代はほのかに頬を染める。  
その姿をみて、宗茂はぎろりと元就を睨む。  
・・・元就は素知らぬ顔だ。  
すると、ァ千代は宗茂の袖をクイと引っ張った。  
驚いて彼女に視線をうつすと、ァ千代はさらに頬を紅くして何やらごにょごにょ言っている。  
聞き取れず、宗茂は「どうした。」と聞き返した。  
ァ千代は口を真一文字に結んで、ちらりと上目遣いで宗茂を見上げた。  
「・・・に、似合うか?」  
頬を真っ赤に染め上げたその姿は、およそいつものァ千代からは想像できぬことで、  
宗茂は目を丸くした。  
(俺の前では気負わないでほしい)  
そう願っていたのだ。  
ならば、自分とてかわらなければならない時なのだ。  
宗茂はァ千代に微笑む。  
「綺麗だ。」  
その一言で十分だ。  
ァ千代の顔がぱっと明るくなった。  
口元が嬉しさで緩み、笑みをつくる。  
が、それも一瞬の出来事だった。  
あっという間に普段のキリッとした涼やかなァ千代の顔に戻ると、  
「邪魔したな、また来る。」と元就に二言だけ言って、待たせてある馬のほうへと歩んでいった。  
「ええ、次は“2人”で、来させていただきます。」  
厭味ったらしく宗茂が言うと、元就は「ははは」と苦笑することしかできなかった。  
 
ふと、元就は思い出したように後ろに控えていた侍女に「あれを。」と促す。  
侍女が持っていたのは大きな風呂敷だった。  
それを宗茂に渡すように言う。  
「ァ千代に渡してくれないかな。きっと似合う。」  
包みの中をみると、襟元に立花の家紋が刺繍された豪華な打掛だった。  
あまりの煌びやかな美しさに、宗茂は言葉を失った。  
「私の妻だった人のものを、少し直したものだけれど・・・  
これが似合う人はそれなりの武家の奥方だと思ってね。」  
貰ってくれないかな?とにこりと笑う。  
宗茂は元就としばし目線を合わせると、「有り難く頂戴します。」と頭を垂れたのだった。  
「ああ、あと君にも渡しておきたいものがあるんだ。」  
これからの君に必要なものだよ、とゴソゴソと元就は自分の懐を探る。  
でてきたのは1冊の書籍だった。  
元就のくれるものといえば歴史書か、または兵法書の類か。  
前者は元就直筆であれば多少遠慮したいところだが、後者は“謀神・毛利元就”の薦めるものである。  
譲り受けられるのは名誉だ。  
元就はそんな宗茂の思惑も知らず、その本を宗茂の抱える風呂敷の上に  
ぽんと造作もなく置いた。  
「これまた、有り難く・・・・・・・・・!?!」  
口ごもったと同時に、宗茂の目がぎょっとなる。  
ついで、宗茂の顔がやや赤みを帯びていく。  
口をパクパクさせ、宗茂は元就を見やる。  
 
本の表紙には『 黄 素 妙 論 』(笑)と書かれてあった。  
(※知らない人はググってね☆)  
 
「私には、もう必要ないからね。」  
へらりと元就は笑った。  
 
 
 
2人を見送ったあと、元就はしばらくそこに1人佇んでいた。  
今日も暑い。それでも肌をさする風は秋を確かに運んできている。  
秋晴れのもと、元就はその青空を見上げた。  
「・・・怒ってるかな。」  
ぽつりとつぶやく。  
すると、また草木を揺らして風が舞った。  
元就は小さく微笑む。  
「すまないね。もう少し、君のもとへは行けそうにないみたいだ。」  
でも待っていてくれるよね。  
 
 
遠く背後から、「大殿ー!」と自分を呼ぶ輝元の声が聞こえる。  
踵を返すと、ジャリッと土の乾いた音が耳をつく。  
“謀神・毛利元就”は、まだ確かに、この世に存在していることの証だった。  
 
 
(終)  
 
 

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