真夜中、城下町のはずれの民家の屋根に立つねねの姿があった。
その表情から普段の穏やかさは消え、今は思いつめた様子で彼方を見据えている。
ーーもう、終わりにしないとね。
忍者の修行の傍ら、ねねには実践訓練を兼ねて続けてきた仕事があった。暗殺業である。
笑って暮らせる世に暗雲をもたらす、というほどの大物ではないが、城下の小さな幸せを脅かさんとする小悪党を、
外部からの依頼があれば始末するというものだ。秀吉にも、三成たちにも、誰にも秘密にして続けてきた。
それにこれは、単に実践訓練のためだけではない。
これが、夫が目指す世へ近づくための、ほんのわずかな助けになりうるのなら−−そう信じて、人を葬ってきた。
しかし、翼刀を振るう度に訪れる虚しさは、限界に達していた。最初から、何か決定的に間違っているのでは、という疑念はあった。
それは何も、こうした行いが御法度であるからというだけのせいではない。
少なくとも、秀吉のやり方、考え方と相いれないものになってしまうだろうということは勘付いていた。
秀吉への想いを免罪符にして、その疑念から目を背けていた。だから、誰にも秘密にしてきたのだ。
ーーこんなことをしていたって、何も変えられない。明日からはもう、お前さまのためだけにこの刃を使っていくことに決めたよ。
ーー城下のみんなも、笑って暮らせる世は必ず来るから……もう少し、待っててね。
ねねの体が宙を舞い、飛んでいくかのように移動を開始する。これで最後だからこそ、手は抜かない。
風をすり抜け、音もなく、屋根の上を飛び去る。そこに佇んでいた猫ですらも、耳を動かすことさえしない。
一気に目標の家屋まで到達すると、屋根から地面へと飛び降り、引き戸に手をかけ、解錠し、屋内に滑り込んだ。
翼刀を握り締め、目標を探して家の中を進み出した、その瞬間。
突然に光が屋内を照らし出し、戸惑う隙もなく、ねねの周りをいくつもの人影が取り囲んだ。
普段なら、光を認識した瞬間に、ねねの姿は屋外にまで消え去っていたことだろう。
しかし今日は違った。光を認識した瞬間、ねねの脚は床に貼りついたように動けなくなっていた。
「お、お前さま……」
ねねの正面に歩み出たのは、秀吉その人に他ならなかった。隣には三成が控え、その他の人影は、下級の女忍者たちである。
「こ、こりゃあ、一体、どうなっとるんじゃ…?」
秀吉は目を丸くしながら燭台を掲げ、ねねの顔を何度も見直す。何度見ても、妻の顔に間違いない。
三成も同様に言葉を失っていたが、一瞬の硬直を経て、戸惑いながらも口を開く。
「今晩、秀吉様の頭脳を市井から極秘裏に務めておられる方に向けて刺客が放たれたとの密告がありましてね……
おねね様、これはどういうことなのでしょう? なぜおねね様がその方の住居に…」
ねねの手から翼刀が滑り落ちた。頭が真っ白になっていく。何がどうなっているのか、今は何も考えられない。
しかし、どうしようもない状況になっているということだけははっきりとわかっている。
「おねね様、お答えいただけないのですか?」
言葉が出てこない。ねねはただ、一歩、後ずさった。
「おねね様、お答えください」
「ねね、何か言ってくれ……」
「こ、これは、その……」
ねねがそれでも混乱して口ごもっていると、三成の目の色が普段の冷徹なものに変わっていった。
それを受けて、女忍者たちがねねに掴みかかり、一瞬の内にその体を鎖で縛りあげる。ねねが身をよじる度、鎖が冷たい音を立てる。
「連れていけ」
女忍者に担がれたねねの目から、未だ茫然と立ち尽くす秀吉と苦い顔をした三成の姿が遠ざかっていった。
城の地下に運び込まれたねねは、女忍者たちの手によって拷問の準備を施されていた。
天井の五つの滑車から垂れ下がった五本の麻縄のうち一本が、ねねの上半身を亀甲型に締め付け、
残る四本は両膝と両脚の付け根にそれぞれ取りつけられる。
そして、女忍者たちが縄のもう一端を引くと、ねねの体は浮き上がり、脚をM字に開いて座った格好で吊り下げられることとなった。
終始うつむいていたねねだったが、「おねね様、大成功でしたよ」という女忍者の声を聞き、はっと顔を上げた。
見れば、四人の女忍者たちは一様に不自然な笑いを浮かべている。しかしねねには、いったい何が「大成功」なのかさっぱりわからない。
まだ戸惑っているねねを見かねて、一人が「もしかして、まだ気づいてないの? うわ、底無しの鈍感」と吐き捨てるように言った。
「私たちはね、あんたのことがずーっと気に入らなかったの。
そこで、あんたら夫婦の秘密をちょっと利用させてもらって、あんたにふさわしい末路を演出したってわけ」
「あんたはこれから、子ども同然にかわいがってきた三成様たちの手によって拷問を受けるのよ。最高でしょう」
「この格好が既に気に入らないんだよね。
下品なぐらいでかい胸と、太い脚を丸出しにして、忍者の品格ってものが下がるじゃない。あの半蔵様とは大違いね」
ねねは茫然としながら彼女たちの声を聞いていたが、ふと、我に返ると、
「こっ、こんなことっ、許さないよ!」と顔を紅潮させて身をよじり始めた。
しかし体が四方へゆらゆらと小さく揺れるだけで、背中で縛られている両手もまったく動かせない。
「許さないとか言われても、ねぇ。三成様に本当のこと言えるの?」
「言えないよね? 暗殺業なんて御法度なことしていたんだから。
それに、秀吉様の妻がそんなことしていたなんて知れたら、秀吉様自身もどうなるか……」
「っ、それは……」
そう言いかけたねねの口に、突然、濡れた布が押し当てられた。薬の臭いを感じ取り、咄嗟に息を止めるが、布はさらに強く、鼻と口を塞いでくる。
「三成様が来るまでもう少し時間がかかるわ。その間、ちょっといたぶっておかない?」
背後に立った忍者がねねの両胸をわし掴みにして、ほぐすように揉みしだき始める。
「この薬で、ぐちょ濡れにさせておいてさ……裏切りで捕まってるのに、縛られて吊るされて悦ぶ変態女ってことで三成様とご対面するの」
「こんなはしたない格好してるんだから、そのほうが自然かもね」
さらに、ねねの股間にクナイの柄を近づけ、ぐりぐりと押し当てる。
「むぅっ、うんぅぅぅっ……くっ、んくぅっ!」
一番敏感なところが強く押された瞬間、ねねは思わず息を思い切り吸い込んだ。媚薬の甘い香りが胸いっぱいに広がる。
途端に、首から力が抜けて、背後に立つ忍者の肩に頭を預けた。
「あんまりやりすぎないようにね。あくまで、自然に、ね」
忍者の冷たい手が、ねねの服の中に入り込み、汗ばんだ胸をしつこく刺激する。
股間のほうは相変わらずに、服の上からクナイの柄で撫でられ続けている。
媚薬を染み込ませた布がようやく口から離されると、ねねは荒く呼吸をして、「いい加減にしない……と、本当に怒るよ…ぉ…!」と凄んだ。
股間を責めていたクナイの動きが止まり、忍者がその服を横にずらして割れ目を露出させると、
わずかな湯気が立つと共に、割れ目が糸を引いてぱっくりと開いているのが確認できた。
「もう十分ね。自分じゃわからないだろうけど、顔を近づけなくたってあんたの汁の匂いが丸わかりよ」
再び割れ目を隠すと、忍者は勝ち誇ったようにねねを見た。
「そんな嘘っ、信じないからね!」
ねねも負けじと言い返す。
と、そのとき、ねねの胸を揉んでいた忍者が何かに気づいたように手の動きを止め、視線を宙へ泳がせた。
部屋に近づいてくる足音が聞こえていた。
*
…………足音が近づいてくる。
四人の女忍者は、それまでのくだけた調子が嘘だったかのように表情を引き締めると、吊るされたねねの背後で横一列に並び、三成の到着に備えた。
拷問室内は、蝋燭の炎と、ねねの汗ばんだ身体の熱気がこもっていて、やや息苦しい。
やがて足音が部屋の前で止まり、重厚な木製の引き戸が開くと、思わず深呼吸をしたくなるほどによく冷えた空気が流れ込んできた。
そこに来たのは、三成ではなく、清正だった。
清正はすぐには中に入らず、戸を開けたところでしばし立ち止る。意を決するように、何かを振り切ろうとするように。
ねねは上気した顔を隠すように、目線を床へ落とした。
このような状況で、そしてこのような格好で彼と顔を合わせることなど、できるわけがない。
しかし無情にも、落とした視界の中にはやがて清正の足が入ってきて、両脚を広げて吊るされた自分の真正面で立ち止まる。
最悪の立ち位置だった。
媚薬を嗅がされ、身体を弄られてから、下腹部のうずきが治まらず、愛液が微量ながらも垂れ流しの状態になっていた。
力を込めて、ぱっくりと開かされてしまった割れ目を閉じようとはしているものの、両脚をこうして固定された状態ではどうにもならない。
今にも、秘部を隠している服から愛液が染み出していってしまうのではないか、そのにおいにはもう気付かれているのではないか、という不安と恥ずかしさが襲う。
清正はしばし黙っていたが、やがて口を開くと、ねねの背後に立つ女忍者たちにまずは声をかけた。
「何か喋ったか?」
「いえ、何も−−−−」
応答はそれだけだった。
清正は溜め息をつくような様子で、自分よりわずかばかり低い位置に吊るされたねねを見下ろしている。
静まり返った中、ねねが少し身をよじる度、麻縄が擦れる音がいやに大きく聞こえている。
やがて口を開いた清正の口調は、穏やかだった。
「……どうして、何も話してくださらないのですか、おねね様。俺だってこんなことはしたくない。でも、おねね様が何も教えてくれないのなら……」
「その身体に訊くしかないだろう」
清正の声を遮り、三成の冷めた声が割り込んだ。
ねねが咄嗟に顔を上げると、今まさに、三成が部屋に入ってくるところだった。
目がすわっている。
「秀吉様の悲嘆、もう見ていられん。何としてでも、さっさと白黒つける」
清正とは正反対に、三成の口調には淀みがない。
「……み、三成ぃ…」
何も話すことのできない悔しさ、そして、女忍者たちへの怒りで潤んだ目を三成に向ける。
しかし三成の表情はなにひとつ変わらない。
そんな三成の様子を見て、清正が少し焦った様子でねねの肩に手をかけ、まくしたてる。
「こ、こんな辱めを受けてなお何も教えてくださらないというのは、どういうことなのですか!?
おねね様、どうか、どうか俺たちに教えてください!
俺たちは、おねね様の『息子』ではないですか……」
肩にかけた手に強く力が込められたそのとき、ねねの身体がぴくんと跳ねるように動いて、清正は思わず手を離した。
女忍者たちが表情には出さずに嘲笑う−−媚薬が全身にすっかり回っているのだ。
そして、一瞬の隙が、ねねが下腹部に込めていた力を緩めさせ、秘部を覆っている部分に染みがじわりと広がる。
三成が鼻をわずかに動かし、ねねの股間に視線を落とす。
ねねは足を閉じようともがくが、ひざ裏と足の付け根に絡みついた麻縄はびくともしない。
「どういうことだ?」と言いたげな清正の視線を受け、女忍者は「あの、その……えぇと……」といかにも言い辛そうに口ごもってみせた後、少し恥じらうような素振りで答えた。
「実は……この女、ここに運び込むまではしおらしくしていたのですが……」
「身体に縄をかけ始めると、急に恍惚とした様子になって、息を乱し始めまして……」
「世には、辱めを受けることによって性的な悦楽を得る者もいると聞きますが、おそらくはこの女も…」
女忍者たちが何も知らぬ素振りで口々に語る一方、ねねは顔を伏せ、屈辱を堪えている。
三成はねねの顎に手をかけると、顔を上げさせた。今にも泣きだしそうな真っ赤な目、額に浮かぶ汗、震える唇。
「その者たちの言うとおりなのか?」
「違う……違うんだよ、三成…、これは…」
後ろめたさもあって、三成を直視することができない。しかし、三成の鋭い視線は全身を責め立てられるかのように感じられる。
三成は容赦なかった−−ねねの股間に手を当て、服の下に指を押し込むと、秘部を縦にひと撫でした。
卑猥な水音が立つと同時に、ねねの脚が敏感に反応して震える。
そしてすぐさま服から手を抜くと、愛液がたっぷりと付いた人差し指をねねの眼前で見せつけた。
「では、これは何なのでしょう」
「おい、三成!」
ねねに対するあまりにひどい仕打ちに、清正が今度は三成の肩を掴む。
「何やってんだよ、これ! いくら疑いがあるからって…」
「馬鹿が。ここまでやっても何も言わないとなると、もう疑いだけでは済まんだろう」
「確かにそうだが…しかし……」
「……ちょっと来い」
三成は清正の手を振り落とし、その手を掴み返すと、二人で部屋を出ていった。
途端に部屋は静かになり、ねねの緊張も、女忍者たちの緊張もいくぶんか和らぐ。
廊下からは、三成と清正の言い争う声が聞こえている。
「濡らしてるの、ついにバレちゃったね」
女忍者が耳元で囁いた。
「しかもバレるだけじゃなく、三成様に大事なトコロ、撫でられちゃったね」
「ねぇ、大事な子どもたちからあんなふうにして責められるのって、どんな気持ち?」
ねねは言い返そうとして口を開きかけるが、ふいに、割れ目に指を突っ込まれ、声が喉のところで詰まった。
「でも三成様も、どうせならかき混ぜたりしてくれたら良かったのにね……こんなふうに〜」
指が激しく動き、ねねの肉襞を弄る。
「……っ、んくぅ−−−!?」
掻きだされた愛液が滴り、石床にぶつかってぴちゃぴちゃと鳴った。
しかしそれ以上は責め立てずに、一気に指を引き抜くと、服を元通りの位置に戻す。
もはや止まらなくなった愛液が、さらに大きな染みを作っていく。
「『三成様に撫でられただけでこーんなに興奮しちゃってる変態お母さん』の出来上がりだよ」
女忍者たちはくすくすと笑いながら、三成たちが戻ってくる気配を察すると、元のようにねねの背後で一列になった。
どうやら、三成に説得され、清正も覚悟を決めたようだった。ねねへの視線がいくぶんか厳しいものになっている。
しかし、服から染み出すほどに愛液を滴らせ、脚をぴくつかせているねねの姿を見ると、また戸惑うような表情を浮かべた。
一方の三成は、女忍者たちのもくろみ通りのことを考えたようで、一段と険しい視線をねねに向ける。
そして再び、ねねの顎を掴んで顔を上げさせると、彼女の潤んだ瞳を見据えた。
「三成ぃ……お願いだよ、あたしを信じて−−−−」
「拷問を開始だ」
ねねを遮って冷たく言い放ち、女忍者たちへ「快楽責めの準備を」と告げる。
「あなたの身体の淫乱ぶりを逆手にとらせてもらいますよ。
快楽責めがどのようなものか、ご存知でしょう?」
女忍者が、ぬるぬるした透明な液体を入れた桶を持って、ねねの両側に立った。
そして清正がねねの背後に立ち、三成はねねの正面に立ったまま、その顎からそっと手を離した。
ねねが再び俯くように顔を下げる瞬間、女忍者の笑顔が見えたような気がした−−まずは、この媚薬をたっぷりと付けた二人の手で、全身をあますところなく撫で尽くされるのよ−−そう言っているような気がした。
そこに、越えたらもう戻れない一線を見出し、ねねは急に激しくもがき始める。
「み、三成っ、清正っ、信じておくれよ!……」
女忍者が、ねねの首に巻かれている布を解いて外し、右脚の履物を脱がせる。
快楽責めの始めは、首とつま先という身体の両端から、その中央の最も敏感なところへ向けて、着ているものをひとつずつ剥がされながら媚薬をたっぷりと塗り込まれていくのだ。
「あたしは、うちの人もお前たちも裏切るようなことは……」
三成と清正は薄い手袋を着けると、その手を桶に浸した。
「もうちょっとだけ、もう少しだけ待っておく……れ……」
媚薬をたっぷりと纏った清正の手がねねの首を包むように撫でた。その冷たさに、思わず声が詰まり、ねねの肩がぶるぶると震える。
一方、三成はねねの足の裏を撫でるようにして媚薬を塗り込み始めた。
女忍者たちに嗅がされた薬のせいでもともと火照っていた身体が、さらに熱くなっていく。
「あなたが話をする気にさえなったら、いつでも止めてさしあげますよ」
顎の下を、耳の裏側を、清正の指が丁寧にゆっくりと撫でて過ぎていく。
右足の指の間に、三成の指が何度も何度も割り込んできては指のマタを押し広げるようにして媚薬が塗り込まれていく。
「やめて……やめておくれよぉ……」
ねねは小刻みに震えながら、ただ果てのない逡巡を続けながら、「息子」たちの手が自分の身体を撫で回し、快楽責めの準備を施していくのを見ているしかなかった。
*