彼女は的を睨み、すっ、と弓を放つと見事中心に当ててみせた。  
その姿に男は手を叩き、  
 
「流石は稲殿であるな」  
 
と称賛した。  
彼女は額に伝う汗を手で拭うと、  
 
「ありがとうございます」  
 
と答えた。  
昼頃を過ぎ、一日で一番暑い時間となったが、日陰はまだ幾分か涼しかった。  
空は雲一つない晴天で、深緑が運ぶ風は心地好かった。  
 
彼女は記憶を失っていた。  
己が誰であるか、どんな生活をしていたかさえも覚えていない。  
ただ記憶していたのは名と自らがもののふであったことだけであった。  
 
「稲」  
 
「はい」  
 
誰も近寄ることのない山奥、この広大な庭を備えた、しかし造りは粗末な庵が彼の住家であった。  
男は脚を投げ出し、縁に座り直すと、彼女は弓を置いて、その脚の間に正座した。  
 
「失礼します」  
 
と少々遠慮がちに男の袴を寛げると、細い指が誇張を捕まえた。  
赤黒いそれは既に反り返り、血管が浮き出て脈を打っている。  
そのまま二三度丁寧に擦ると、ぷっくりと膨れた先端に彼女は口づけを落とした。  
 
初めて彼女に出会った時のことを男は思い出した。  
ちょうど今日のような晴れた夏の日だった。  
 
男は流水に流れていく自らの血を眺めながら、かっと沸き上がった心を鎮めていた。  
適当に手当てをし、戦利品を抱えて庵へ戻る。  
牢人の中には戦が終われば、大将の下へ詰めかける者が殆どで、褒美や入隊することを請うたが、男はそんなことは決してしなかった。  
誰にも縛られたくなかったのだ。  
ただこうして悠々自適に暮らすのが幸せだった。  
牢人になる前の財産がまだ残っていたので、生活には困らなかった。  
しかし、ただ一つ、孤独というものは耐え難かった。  
こうして誰も寄り付かない山奥に暮らしていると、此処だけ浮き世から切り離されたのではないかという気持ちにさえなって、気がおかしくなってくる。  
けれども農民と馴れ合うのも、一時の感情で山賊のように女を掠うのも、町に出て遊び呆けるのも、彼の中の武士としての誇りが許さなかった。  
この矛盾が男を悩ませていた。  
 
そんなある日である。  
男は不自然に茂みに引っ掛かった弓を見つけた。  
引っ張り出そうとすると案の定、それを握り締める拳があった。  
男は生い茂る木の枝を切り払うと、興味本位にその引っ掛かった四肢を引きずり出した。  
枝や葉が掠めた擦り傷があったが、他に酷い外傷は見られない。  
恐らく興奮した馬に振り落とされたのであろう。  
そうすれば、こんなに戦場から離れた所まで来た説明もつく。  
顔を見れば、美しい女性で、とても武士には思えなかった。  
脈はまだあり、頭を打って気絶しているようだった。  
ちぎれちぎれになった衣はその役目を果たさず、鎧の部分も幾重にも重なった傷が見られる。  
そして不意に目に入った紋様に男は驚いた。  
それは徳川家の家紋であった。  
 
気づけば、庵にいた。  
布団の上に彼女を横たえ、必死に思惑している自分がいた。  
とんでもないことをしてしまったという不安と仄かな期待が渦巻いていた。  
答えの出ないまま夜になり、とうとう彼女は目を覚ましてしまった。  
記憶のない状態で。  
 
突如、じゅる、と先端を強く吸われ、男は頭を掴んだ。  
背筋が緊張し、遅れて白濁液が彼女の口腔に注がれる。  
どくどくと波打つ陰茎を押さえ込み、舌で根本を愛撫する。  
男は二三度突き上げ、喉奥で扱きあげると、稲姫は尿道に残った分も丁寧に吸い取った。  
やっと唇を離すと、銀色の糸が伝った。  
零れ落ちそうになった精液を赤い舌が舐め取る様子は何とも艶めかしく、そして次にこくこくと嚥下する音が響いた。  
未だ硬直しているのを見て、彼女は  
 
「もう一度出来ますか?」  
 
と言ったが、断り、折角だから散歩に行こうと誘った。  
軟禁状態にあった彼女は喜んで、はい、と答えた。  
 
彼女が目覚めた時、動揺した男は一つの虚言を吐いた。  
彼女はその言葉に衝撃を受けたようだったが、他に頼れることもなくそれを信じた。  
その内容は、彼女が記憶を失っているのは病のせいだというもの。  
病が治るまでは城には戻ることは出来ず、それまで此処に住まうということだった。  
ふと、彼女は世間ではもう死んでいるのではないかと思った。  
弱々しく頷く彼女を見て、欲が出た。  
失った時間を取り戻すだけでなく、もっと濃密な時間を過ごしたいと、男はもう一つ虚言を吐いた。  
 
「稲の腹には悪い虫が巣喰っておるのだ」  
 
「はい」  
 
「一緒に城に戻る為だ、稲には辛いと思うが…」  
 
「はい、どんなに辛い治療にも稲は耐えます…そして必ずやまた戦場を駆けてみせます!」  
 
彼女はぎゅう、と拳を握りしめた。  
それはしどろもどろであったが、稲姫はこれも信じて込んでしまった。  
こうして男は歪んだ幸せを手に入れた。  
 
彼女は驚き、恥じらいなどの感情が幾分か薄くなっていたものの、それ以外は健全な人と変わらなかった。  
それがまた残酷で、もしも農民などとすれ違うことがあっても、彼らから見れば、ただの愛し合う夫婦にしか見えなかったであろう。  
より緑の深くなった場所に来ると、二人は茂みの中に入り、男は彼女を枝に縛り上げた。  
脚は地に着いているものの、手を縛られ、宙吊りのような姿勢になった彼女の服を全て剥いだ。  
 
「今度は此処で致すのですね?」  
 
「ああ、これが終ったら川へ行こう」  
 
「はい…ではお願い致します」  
 
男はその赤い唇を塞いだ。  
始めは舌を受け入れるだけであった稲姫も今では、お互いの唾液を交換するまでになった。  
手の平は彼女の豊満な胸を包み、もう一方は小振りな尻を摩りながら、男は今度は首筋を啄んでいく。  
彼女の汗の甘酸っぱい芳香を愉しみながら、腋を丹念に舐めあげれば、稲姫はくすぐったそうに身をよじった。  
 
「稲は此処が好きか?」  
 
「んっ…いえ、あの…ひゃあ!」  
 
答えを待たずしてすっかり勃起した芽を詰んでやる。  
反対は口に含むと、彼女は甘い吐息を漏らしながら、身体を震わせ、枝を揺らした。  
散々尻を揉んでいた手も、後ろから股ぐらの方へ伸ばすと、そこは粘液が腿の辺りまで滴っているのが分かった。  
彼女の中に己を突き立てたい気持ちを抑えて、男は膝立ちになるとその溢れ出した愛液を舐めとった。  
腿の付け根、花びらに鬱血する程の口づけをすれば彼女は甲高い声を上げた。  
 
「はは、稲のは凄い匂いだ」  
 
「ぃやあ…やめっ、あぁっ!」  
 
男は彼女の片足を持ち上げて、ついに秘め処に舌を伸ばした。  
態と音を立てて、吸い上げ、既に勃起した蕾に口づけを落とすと、鋭い感覚に稲姫は身をよじり逃げようとするが、それは叶わない。  
指を入れれば、容易に飲み込み、またそれが二本になろうとも変わらなかった。  
抽送を始めると、とめどなく愛液が溢れ出す。  
花弁を広げ、その真っ赤な果肉を啜りあげると、彼女は白い肌を上気させ脚を震わせた。  
 
「っん、あぁ!…しいです、あんっ!は…はやくっ、んああぁ!」  
 
「…何か言ったか?」  
 
「あんっ、ん…欲しいです!んぁっ!稲の中に突き立ててくださいましぃ!」  
 
男は彼女の身体を翻すと、突き出た尻にたぎる剛直を挿入した。  
汗とも愛液ともわからぬ液体にじっとりと濡れた秘め処は、涎を垂らし、侵入者を包み込み、離すまいと締め付ける。  
後ろから乳房を揉みしだき、うなじに口づけの嵐を降らせて、彼女の甘い匂いを嗅ぐ。  
溶ける程に熱い膣内を突き上げれば、稲姫の嬌声が響いた。  
 
「んっ、んっ、んっ、あぁっ!」  
 
ぷっくりとした唇を指で愛撫する。  
それを稲姫の舌が捕まえ、愛おしげに口内でねぶった。  
やがてそれが十分に唾液に塗れると、そのまま下り、やがて陰毛の上を探って、剥き出しになった肉芽を摘んだ。  
 
「ひゃあ!っん、あぁ!さように…されては、あんっ!は…果ててしまいますっ、んああぁ!」  
 
下りてきた子宮口をごりごりとえぐる。  
内臓を突かれるような苦しさと鋭い快感に、彼女はふるふると頭を振り、その拍子に高く結い上げていた髪が解けた。  
悲鳴のような喘ぎ声を上げ、ふやけた秘め処は怒涛をきつく締め付ける。  
男は抽送を早めた。  
 
「あっ、あっ、あっ、駄目です!ああぁ!は、果ててしまう、んあぁ!果ててしまいますっ!ああああぁぁ!!」  
 
「っ……!」  
 
男が素早く彼女を縛っていた縄を掻き切ると、稲姫はそれが最後の仕事であったように、陰茎をくわえ込んだ。  
どく、どくと跳ねる射精を舌で受け止め、その濃厚を嚥下すると、その場に崩れ落ちた。  
 
気づくと、流水の中にいた。  
 
冷たい水が火照った肌に当たって気持ちがいい。  
このままこうしていたかったが、ふと、自分が彼の腕に抱かれているのに気づいて跳ね起きた。  
 
「し、失礼しました!とんだご無礼をっ!」  
 
彼もまどろんでいたのか、突如跳ね上がった自身に身体を硬直させた。  
 
「…ああ、別に構わない」  
 
結局彼が抱くので、暫くそのままでいた。  
始めは緊張していたが、身体が清められていくその心地よさに体重を預けた。  
時間がゆっくりと流れていく。  
 
「稲は…淫乱、ですか?」  
 
不意に彼女がそう言った。  
男は驚いて稲姫の顔を見る。  
 
「あんなに卑猥な声を出して…辛い治療だというのに…全く…不埒です」  
 
男は首を横に振った。  
が、彼女は続ける。  
 
「欲情に負けるなど、もののふの恥です、稲は、稲は」  
 
その声が段々涙声になって、男の気持ちを焦らせる。  
 
「稲」  
 
「…はい」  
 
「今は城に戻ることだけを考えるんだ、稲にとって治療が少しでも楽になってきたならば、私も嬉しい」  
 
「あ、ありがとうございます」  
 
「稲は考え過ぎだ」  
 
そういって偽りの笑みを見せた。  
 
心が真っ黒に染まってゆく心地がした。  
男は彼女の身体だけでなく、心まで支配しているのだ。  
男は彼女の全てを奪ってしまったのだ。  
が、それ以上は考えないことにした。  
偽りの幸せが偽りでないように思いたかった。  
が、それは不可能だった。  
 
奇妙な程に夕日が赤く染まっていた。  
二人は早々に清拭を済ませると、仕掛けておいた魚籠を担いで、小川をあとにした。  
 
「ここは穏便にいこう、なっ、なっ」  
 
まずいことになった。  
この山には山賊というものがいないとばかり思っていた。  
対峙するのは三人の山賊。  
叩き切ってしまえばそれで済むのだが、三対一となると分が悪い。  
また一人でも逃がせば、仲間が来るに違いない。  
彼女は庵に弓を置いてきているし、万が一自らがやられれば彼女に勝ち目はない。  
男が刀を下ろすと籠を背負った山賊が安堵の表情を見せた。  
 
「そうそう、そうだ、そうだ、話せばわかる奴でよかったぜ」  
 
男は彼女に離れるように告げると、山賊と小声で会話を交わした。  
奴らが仲間に話せば、終わりだった。  
この生活の終わり。  
この幸福の終わり。  
だから、仕方なかった。  
 
「あっ、そうだ、そこ…くっ、たまんねぇ」  
 
「んっ、んふっ…こうですか?」  
 
「いいか、彼女に触れたらすぐにお前を殺すからな」  
 
「ったく、わかってるよぉ、おっかねぇからお前はあっちいってろ……あ、良い…そうだ…」  
 
男は彼女の「使用」と彼女の事を話さないことを交換条件とした。  
信頼出来なかったが、今はそうするしかなかった。  
が、山賊はそれだけでは納得いかず、頻繁に彼女を使用することを望んだ。  
結局、背に腹は代えられず、条件をのんだ。  
 
「いやまさか徳川の姫君が生きていたとはね…」  
 
「黙れ」  
 
山賊は下品な笑い声を上げた。  
汚らしい、赤黒い陰茎が三本並んでいた。  
彼女はその前に座り、懸命に奉仕していた。  
吐き気を催すような体臭がここまで漂ってくるというのに、彼女は顔しかめることなどなかった。  
男は身体の芯が熱くなるのを感じた。  
 
「じ、嬢ちゃん、出そうだ!もっとしこってくれ!」  
 
「んっ、んふっ、ん…んんっ!」  
 
山賊が身を震わせた。  
彼女はいつものように、躊躇いなく精液を嚥下する。  
その姿に山賊はにやり、と笑みを浮かべた。  
 
「おや、飲んだのかい?…はは、とんだ淫乱娘だなぁ!」  
 
そう言って男を一瞥する。  
 
「んっ、治療ですから…ありがとうございました」  
 
彼女はその言葉少し俯いて、そう答えた。  
 
「治療…?」  
 
山賊達は顔を見合わせた。  
どっ、と笑いが起きた。  
 
「稲、気にするな、君のしていることは間違いじゃない」  
 
「はい…」  
 
そう答えて彼女は二本目をくわえ込んだが、山賊の笑いがおさまることはなかった。  
 
「いやぁ…最高だった、また「治療」を頼むわ」  
 
彼女は結局山賊の底なしの性欲に付き合わされて、幾度も精液を飲んだ。  
その間も散々彼女に卑猥な言葉を浴びせては、嘲り、侮辱した。  
男は布の淵をきつく握り、その背中を睨みつづけた。  
 
家路につく頃には日が暮れていた。  
吹く風も幾分か冷たかった。  
 
「最初はどうなるかと思いましたけど、いい人たちでしたね」  
 
大盛りの山菜を抱えて、彼女は言う。  
 
「こんなに頂いて、悪いことをしてしまいました」  
 
「あ、ああ…」  
 
最早彼女の言葉は耳に入って来ていなかった。  
ただ押し寄せる不安と熱たぎる身体。  
早く喉を潤したかった。  
 
それからのことはよく覚えていない。  
ぱちぱちと音たてて弾ける魚の骨、炭の臭い。  
木で蓋をした真っ黒な鍋。  
倒れた魚籠。  
横たわる彼女の身体は痣だらけになっていた。  
 
「稲………稲……?」  
 
彼女はもう眠ってしまったようだった。  
いつの間にか雨が降り出していた。  
男は彼女の身体をきつく抱き寄せ、眠りについた。  
 
 
 
終  
 
 

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