注意:甲斐姫がかなり悪役
藁とホコリの臭いに満ちた、薄暗い納屋の中。
屋根板の隙間から差し込む日光のスポットライトの下、薄汚れたゴザの上。
後ろ手に縛られたくのいちが横を向いて寝転がり、腹部に残る鈍痛に顔をしかめ喘いでいる。
「ごめんねー、手加減して蹴っ飛ばしたつもりだったんだけど……あたしの脚って太いから、けっこう勢いついちゃうんだよね。あんたの美脚とは違ってさ」
傍らにしゃがんでくのいちを見おろす甲斐姫。
憎しみだけに満たされた声と眼差し。
くのいちは苦しげに彼女を見上げる。
「…っ、冗談じゃ済まないよっ、コレ……」
腹の痛みと共に声を絞り出し、伸ばした両脚をもぞもぞと力なく動かした。腹部に受けた強烈な蹴りのおかげで、下半身に力が入らなくなっている。
甲斐姫もそのことを見越した上で、普段なら脅威の武器ともなる両脚に縄をかけずにおいたのだった。
「あたし、本気だから」
くのいちのポニーテールを鷲掴みにして首を引き上げ、自らも顔を寄せる。互いの鼻息がかかり合うほどに、近く。
「幸村様はあたしがちゃんと守って、ゼッタイ幸せにする。だからあんたはもう二度と幸村様の前に現れないでちょうだい」
「そっ…か、あなたも幸村様のこと……」
「そうよ、幸村様とあたしの幸せのために、あんたにはいなくなってもらわないといけないの」
悲しみか、怒りか、小さな唇の隙間から歯ぎしりが漏れる。
「ヤだよっ、幸村様は、あたしが−−」
言い終えるのを待たずにポニーテールを離すと、くのいちの頭は再びゴザの上に転がった。
「大体さ、幸村様とあんたみたいな忍びとじゃ、吊り合うわけないじゃん」
ゆっくりと立ちあがり、栗色の髪を乱した側頭部を踏みつけにして、
「代わりに紹介してあげるわ、あんたにぴったりのいい男。一人だけじゃ寂しいだろうから、五人ぐらい」
納屋の入り口のほうで、引き戸を遠慮がちに開ける音が響いた。
「甲斐姫さまー、いらっしゃるんですかー……」
男の声に続いて、何人分もの足音が藁を蹴散らし進んでくる。
「まぁ、これまで散々バカにしてくれたお礼だからさ。遠慮なく受け取ってよ」
脚の下、必死にもがき始めた頭をさらに強く踏みつけた。
「五人でも足りなければ、いくらでも追加するし、ね」
背で縛られた両手をばたつかせる一方、脚にはいまだ力が入らない。
つま先でゴザを引っ掻くことしかできず焦っている間にも、足音はすぐそこまで迫っている。