月夜に照らされた小さな足が枝を蹴るたび、ざわざわと木々が鳴く。
木々を縫うように跳んでいた影は森林を抜けた。
「ほぉ〜、立派なお城じゃありませんか」
影ーーくのいちは目の前にそびえ立つ城を木の上から眺めた。
敵城の偵察、それがくのいちに与えられた使命だった。
「ん〜、ここからじゃよく見えないにゃぁ。いっちょ潜入してやりますか」
くのいちは脚に力をいれ、跳んだ。華奢な体が弧を描いて宙を舞う。
城壁に降り立った彼女の足元から音はしなかった。さすが忍である。
どこから見てやろう、と考えていたそのとき、くのいちは背後になにかを感じ、その場を飛びのいた。
刹那、つい先刻まで彼女がいた場所を分銅のついた鎖が飛び抜ける。
「ひゅ〜、危ない危ない。いきなりか弱い乙女の背後を狙うなんて趣味悪いぜぃ、ダンナぁ」
くのいちは分銅が飛んできたほうこうを見て言った。
茂みから黒い装束に身を纏った『影』が現れる。
「あれを避けるとは...さすが...」
まるで感情のこもってない声で服部半蔵は呟くように言った。
「ま、これでも真田家いちの忍ですからぁ〜、にゃはん」
「だが甘い...出ろ」
半蔵が言うやいなや、くのいちの周りに黒い影がいくつも現れた。みな、刀を構え、くのいちを見据えている。
「不意打ちの次は、多勢で囲む、ダンナも隅に置けない変態さんですなぁ」
軽口を叩きながらも彼女はこの状態を切り抜ける方法を考えていた。
ただの兵士にいくら囲まれようとも、彼女は簡単に逃げれるだろうが、いまは違う。手練れの忍数人に、かの服部半蔵である。
ーー逃げれない。
捕まった女忍者が待ち受けるものは決まっていた。
そのことを考えてしまったくのいちにできた隙を半蔵は見逃さなかった。
半蔵の拳が彼女のみぞおちに深く食い込んだ。
「くぅ・・・っ、あっ・・・」
もう一発くらったところで、くのいちの意識はとぎれた。