ゆらゆら揺れる蝋燭の灯りが、一人にはやや広すぎる愛姫の寝所を頼りなく照らす。  
「政宗さま…」  
 力なく座り込んだまま、愛しい者の名を何度呟いた事だろう。  
 明日が来れば、この伊達家の当主にして愛姫の良人の政宗は、戦のためこの城を旅立ってしまう。  
 どうしても話しておきたい事を伝えられぬまま、ついにこの晩を迎えてしまった。  
 
―もしや今ならば、まだお話出来るかしら?  
 立ち上がりかけて、また迷いが頭をよぎる。  
―いけない。  
―明日は大事な戦。政宗さまには、落ち着いてゆっくり休んでいただかなくては。  
 振り払うように、また諦めるように頭を振って、愛姫は再び畳の上に腰を下ろした。  
 
「愛、起きておるか?」  
 唐突に襖の向こうから聞こえた声に、驚いて顔を上げる。  
「政宗さま…? こんな夜更けに、一体どうなさいましたの?」  
「夫が妻の寝所を訪れるのに、どうしたも何もあるまい? 入るぞ」  
 無遠慮に襖を開けると、夜着姿の政宗は当然のように寝所に入って来た。  
 そして、やはり無遠慮に言った。  
「今宵は、ここで寝る事に決めた。良いな?」  
 
「…!」  
 それが何を意味するかは、うぶな愛姫にも察しがついた。  
 
 恋焦がれた政宗と、晴れて真の夫婦となる事。決して望まぬ事ではない。  
 幼な過ぎるゆえに何事もなく、ただ同じ床で共に寄り添って眠っただけの形ばかりの初夜。その日から愛姫は、むしろ心の何処かでこの時をずっと夢見ていた。  
 だがこれでは、余りにも唐突過ぎる。  
 それに、今は。  
「あ、明日も早うございます。 その…今宵はもう、お休みになられた方が…」  
「馬鹿め、言われずとも分かっておる。だがしばらく留守にする前に、お前を抱いておきたいのだ」  
 お構いなしに政宗は愛姫の手をぎゅっと握ると、そのままぎこちなく抱き寄せた。  
「政宗、さま…」  
「愛い奴よ」  
 愛しい良人の温もり。そして触れ合った互いの心の臓が奏でる心地よい律動に、愛姫は何もかも忘れて身を任せた。  
 
 どれくらいそうしていただろう。  
 政宗は僅かに身体を離すと、そっと愛姫の瞼に触れて眸を閉じさせた。  
「んっ…」  
 程なく唇に触れた柔らかい感触が、政宗の唇である事に気付くのにそう時間はかからなかった。  
―政宗さま…。  
 ただひたすら触れて擦りつけるだけの、幼く不器用な口づけを何度も交わす。  
 滑らかな愛姫の頬を何度も撫でていた政宗の手は、いつしか首筋を滑り降り夜着を掻き分けて柔らかい膨らみへと届き始めていた。  
 
「いや…っ!」  
 忘れていた痛みが、思わぬ強さで不意に蘇る。反射的に、愛姫は政宗の肩を突き放した。  
「愛…?」  
「も、申し訳ありません! ですが、これ以上は…どうか、どうかお許し下さいませ…」  
 慌てて襟元を直し、突然の事に呆気に取られる政宗にひたすら詫びる。  
「…怖気づいたか? それとも…このわしには抱かれたくないか?」  
「違いますわ! 信じて下さいませ! 愛はずっと、政宗さまをお慕いして…!」  
「出まかせを申すな!」  
 先程よりずいぶん乱暴に抱き寄せられると、のしかかるように体重をかけて床の上に押さえつけられた。  
 十四の少年にしては小柄な政宗だが、更に小柄で華奢な愛姫には逃れる術はない。  
「出まかせ、なんかでは…」  
 容赦ない痛みに息を詰まらせながら、愛姫はやっとそれだけ声を絞り出した。  
 引きつれて歪んだ右目の傷跡を覆う眼帯がするりと解け、愛姫の耳の側に音もなく落ちる。  
「ならば何故、わしを拒む? このような、このような醜い傷ゆえか!?」  
「いいえ…! 醜いのは…愛の方でございます…」  
「ふん、何を言う! どこの世界に、わしのこの目より醜いものがあるというのか?」  
 消え入りそうな声を一蹴すると、政宗は半ば引き裂くように一息に愛姫の夜着を割った。  
 十二という年の割に豊かに実った胸乳、桜色のその頂がふるん、とあらわになる。  
 だが、灯りに照らされたその裸身を一目見て、政宗は思わず身体を起こした。  
 
「な…何だ、これは!?」  
 日に全く焼ける事のない、質の良い京の水菓子のように滑らかな肌。だが。  
 透けるように白く美しいその肌の上には今、触れれば鮮血を噴き出しそうな無数の赤黒い痣や治りかけの傷が痛々しく散らばっていた。  
「ですから…申し上げましたのに…!」  
 見上げた天井、そして驚きを隠せない政宗の顔がみるみる滲んでぼやけていく。  
 いたたまれず背けた目から、抑えきれない涙が後から後から流れて落ちた。  
「ば、馬鹿め…泣くな!」  
 乱暴にはだけられた夜着が、元通りに掻き合わせられる。  
 政宗は、泣きじゃくり始めた愛姫の身体をそっと抱き起こした。  
「正直に申せ。誰に何をされた? 必ずやこのわしが、その者を成敗してくれる…」  
 首を横に振って、精一杯に否定する。  
「黙っていては分からぬ、言わぬか!」  
「いいえ、いいえ…!」  
「ならばそれは一体何だ!? かような酷い傷が、ただ転んで出来たとでも申すつもりか!?」  
 もはや隠しようがない。今日この日まで打ち明けようと思い悩み、そしてつい先程諦めたばかりの事。  
 手の甲でごしごしと涙を拭うと、愛姫は嗚咽で荒れた呼吸を懸命に整えながら言った。  
「薙刀の、お稽古で…こしらえました…」  
「何だと…!!」  
 絶句されるのも無理はない。  
 武家の女子が護身術として嗜む刀術は形稽古中心で、普通このような傷を負う事などないのだから。  
 
 しかし愛姫は、我が身を守る術ではなく戦場で屈強の武士たちと互角以上に渡り合える技を所望した。  
 元々、人を傷付ける事や争いは恐ろしくて好まない。だが愛する政宗と共に戦えるのなら。少しでも、天下統一という良人の夢の手助けが出来るのなら。  
 幸い、愛姫の周囲には厳しくも良き先達が二人もいた。  
 「奥州の鬼姫」の異名を持つ元・最上家の女武将にして政宗の母、義姫。  
 愛姫の侍女で、政宗の重臣の片倉小十郎の実姉でもある刀術の達人、片倉喜多。  
 二人の女傑の激しく容赦ない特訓を愛姫は自ら受け、そして見事に耐え抜いて見せたのである。  
 
「…愛も、政宗さまのお側で戦いたくて…そのためには、足手まといにならぬよう…」  
「馬鹿め! それだけのために…女だてらに傷だらけになって薙刀の鍛錬か!?」  
 怒鳴りつけられ、肩がびくりと震える。  
「戦場におなごの出る幕などない! 余計な事など考えず、おなごは大人しゅう城で待っておれ!」  
「…お言葉ですが」  
 だが言い返さずにはいられない。  
「織田信長殿の奥方様、妹君…本多忠勝殿のご息女…あの方たちとて女子ながら、立派に戦っておいでです」  
「片腹痛いわ! か弱い小兎が、あのような戦に慣れた女狐を目指すか? 小兎は小兎らしゅう…」  
「小兎にも、意地がございますわ!」  
 予想もしなかった反応に言葉を失った政宗に、更に畳み掛けた。  
「小兎とて大切な者のためには必死で戦って、狐さえ蹴り殺しますのよ!」  
 再びぽろぽろと零れ落ちた大粒の涙は、押し当てられた政宗の肩に染みて消えた。  
 
「馬鹿め…馬鹿め!」  
「何とでも、仰ればよろしいですわ」  
 抱きしめる腕に、息も出来ぬほど力が込もる。  
「ですが政宗さまは、愛の大切なお方…」  
 その腕に抗いもせず、むしろ応えるように愛姫は良人の背中に腕を回した。  
「愛はずっと、あなたさまのお側に居とうございます…お役に立ちとうございます…だから…!」  
「もう良い。何も申すな」  
 ふわりと均衡が崩され、気がつくと愛姫の身体は褥の上に横たえられていた。  
 ほっそりとした腰に手を掛けると、政宗は殊更に音を立てて帯、続いて夜着を解き始めた。  
「やっ…何をなさいますの?」  
「先に申したであろう、ここに来たのはそもそもお前を抱くためよ」  
 抵抗もろくに出来ないままやがて全てを脱がされ、生まれたままの姿が再びさらけ出された。  
 
 痣や傷の散らばる肌を少しでも隠そうと恥らう手も押さえつけられ、まるで磔のように縛められる。  
「いや…見ないで下さいませ、こんな肌では…」  
「馬鹿め、見損なうな。これしきでわしの心が揺らぐとでも思うたか?」  
 乱暴な口調とは裏腹に、頬に残る涙が優しく啜られる。  
 受け入れるように目を閉じた愛姫の唇を何度もついばむと、政宗は赤く跡の浮き始めた手首をようやく解き放った。  
 撫でるような口づけが、徐々に下へと降りていく。  
 耳朶、首筋、そして傷や痣の一つ一つに唇で触れられ辿られるその度に、実りきらぬ身体の内にはほんのりとした熱が少しずつ灯り始めた。  
 
「あっ…ん…」  
 形の良い膨らみを不意に捕らえられ、愛姫は小さく声を上げた。  
 時には貪るように、時にはどこか戸惑うように、戦慣れはしているものの未だ幼さの残る掌はぎこちなく力を込めて揉みしだく。その度に、両の胸は柔らかく歪んで形を変えた。  
 既に焔と変わった身の内の熱は感じやすい胸から全身に広がり、甘い痺れとなって下腹に収束していく。  
 身体の芯から、じわりと熱いものが沸き出すのが分かった。  
 
「良い胸だな。わしの吾子は、さぞかし乳には困るまい…」  
 政宗は誘うようにつんと立った小さな果実に指を這わせると、軽く摘んだ。  
「…ぁんっ…」  
 堪えきれず思わず漏れ出た声のいやらしさに、火照った顔を背けた。  
 その様が、好いた相手を苛めて困らせてみたくなる男児の嗜虐心を煽ってしまう事を、愛姫は知らない。  
 隻眼が、意地悪く細められた。  
「どうした? こんなものはまだ序の口だぞ」  
「…んんっ…!」  
 摘まれた乳首に不意に軽く歯を立てられ、びくりと身体が震えた。  
 それだけでは飽き足らないのか、ちゅ、ちゅと音を立てて幼子のように強く吸われる。  
「…やっ…ぁん…はぁ、ああっ…!」  
 自分のものとは信じがたい、淫らな囀りを奏でる身体。  
 気が遠くなってしまうほどに恥ずかしく、浅ましい。  
 覆い被さる政宗の下で、愛姫は力なく身体を捩らせた。  
 
「たったあれだけで、こんなになりおって」  
「はぁ…はぁ…」  
「全く、愛い奴よ」  
 乱れきった苦しげな呼吸を繰り返す初々しい身体を抱き起こすと、政宗は自分も夜着を緩め始めた。  
 無駄な肉の削ぎ落とされた上半身を晒し、続いて急くように褌を解く。  
「きゃあ!」  
 目を覆おうとした愛姫の手は掴まれ、これ以上ないほどに真っ赤に染まった顔を背けるよりも早く、褌を払い落とすように現れた股間の物をしっかりと握らさられた。  
 慣れた物とは違う滑らかな手に包み込まれて、肉の幹は歓喜に強く脈打った。  
「ふふ、これがわしの一物よ。どうだ?」  
「…あ…熱くて…大きゅう、ございますわ…」  
 何も知らない初さ故の却って率直な物言いに、それはいっそう血を滾らせる。  
「これがわしとお前に子宝を授けてくれる、とても有難い物だ。よく見ておくが良い」  
「政宗さまと、愛に…?」  
 言われて恐る恐る、愛姫は手の中の剛直に目をやった。  
 下腹に貼り付かん勢いで誇らしげにきつく反り、赤黒く腫れ上がったようなそれは痛そうにさえ見えた。  
 
「これが…」  
 包み込む手が、思わず緩む。  
 それを許さぬのか、それとも慈しむ為か、重なった政宗の手が強く握り締められた。  
「何だ、やはり怖気づいたのか?」  
「怖気づいてなど…」  
「ふん、まことか? 今更泣いて許しを請うた所で、わしもこれも最早聞く耳など持たぬぞ」  
 初めて目の当たりにする男の一物に驚き戸惑う様を揶揄するような、それでいてどこか不安げな響きを含んだ問い掛けに、愛姫は顔を上げた。  
「…やはり、拒むか?」  
 普段はふてぶてしいほどに強気な光を湛えた眼差しが、今は心なしか震えて見える。  
 
―政宗さま…。  
 拒む理由など、最早ある筈がない。  
 嫁いだ日から恋焦がれてきた者が、体中のこんな醜い傷にも構わず自分を望んでくれるのだから。  
 ずっと守り通してきた操を捧げられるのが、誰でもなく政宗なのだから。  
「…いいえ、望む所でございます。ですから」  
 隻眼を真っ直ぐに見上げて答えると、愛姫は政宗の胸元に頬を寄せた。  
「ですから、どうか愛を…政宗さまの思うままになさって下さいませ」  
 
 折り重なるようにして、床の中に身が沈む。  
「きゃ…!」  
 腿の間に両の手が入り込み、はしたないほど脚を大きく開かされる。脚を合わせる暇も大切な所を隠す暇も与えず、政宗はその間に素早く潜り込んだ。  
 生え揃わぬふんわりとした茂みが掻き分けられ、やがて初々しい桜色の秘裂が晒される。  
「…いや、政宗さま…恥ずかしゅう、ございますわ…ああっ…!」  
 誘うようにぷっくりとほころんだ蕾が舌先でそっと愛でられ、脚がびくびくと跳ねた。  
「思うままにしても良いと申したのは、お前ではないか」  
「ですが…ぁ…あ、はぁっ…あんっ!」  
 穢れを知らない、ましてや自分ですら触れる事を知らなかった所を遠慮なく味わわれる羞恥と強すぎる刺激に、愛姫は首を仰け反らせて高く哭いた。  
「こんなに蕩けさせおって…」  
 ひときわ強く迸る熱い花蜜を政宗は貪るように吸い尽くし、音を立てて飲み下した。  
 
 床布までしとど濡らした潤み。その源に、猛った物が不意に押し当てられる。  
「もう堪らぬ…入れるぞ」  
 先程握らされた時よりもそれは心なしか大きさと固さを増し、その先端からは焦れたように熱い雫が滴り落ち始めていた。  
「…はい、政宗さま…」  
 初めて迎え入れる不安に強張る声を、優しい口づけがほぐす。  
 続いて鋭い痛み、下腹をいっぱいに満たす圧迫感が愛姫の身体を貫いた。  
 
「っ…!!」  
 覚悟はしていた。痛さにも慣れているつもりだった。  
 だが内から引き裂かれるような激痛は、この身を幾度も打ち据えた義母や喜多の一撃とは全く違う。  
「…くううっ…」  
 十分に潤っても尚、男を知らぬ乙女の径は狭く幼さの残る身体は痛みを逃す術さえ知らない。そうする事が余計に苦痛を増すという事も知らず、愛姫は歯を食いしばって堪えた。  
「苦しいか?」  
 見下ろしてくるひどく気遣わしげな隻眼に無理に微笑みを返し、首筋に腕を絡めて応える。  
 
 触れ合った頬を何度も擦り付けると、政宗は動き始めた。  
 鮮血と共にとろとろと溢れ出した新たな潤みが泡立ち、くちゅっ、くちゅっ、とはしたない音を立てた。  
 滑らかさを増したそれに助けられ、抜き差しの度に激痛は少しずつ薄らいでゆく。  
「…ぁふ! …う…くぅっ…はぁ…んっ…!」  
 力強く突き上げられるうちに、やがてそれは融けるような痺れに変わった。  
 
「く…」  
 すぐにでも出してしまいたいのを堪えているのか、食いしばった歯から時折漏れる悩ましげな声。  
 汗にまみれた政宗の肌は熱く、快活な少年らしい日なたの香りに混じって仄かに男の匂いが立ち上る。  
「…政宗さま…政宗、さま…ぁ…!」  
 真っ白になりそうな脳髄に鞭打って、愛姫は大切な者の名をまるでうわ言のように呼び続けた。  
 その名を、思いを何度も口にしなければ、この意識ごと消えてしまいそうで。  
「愛…」  
「…離さないで、下さいませ…どうか…愛を、ずうっと…お側に…」  
「馬鹿め、離すものか…お前は、わしの…わしの、姫…っ…!」  
 下腹を打ち付けんばかりに、奥までいっそう激しく腰が突き込まれる。  
 胎内が、強く脈打った。  
 断続的に熱い物が注ぎ込まれる心地よい感触を最後に、愛姫はぼやけた意識をとうとう手放した。  
 
「んっ…」  
 どれくらい時間が経ったのだろう。蝋燭の灯りも消えた寝所の中で、愛姫はそっと目を覚ました。  
 初めて抱かれたあの後も何度も交わり、求められるままに睦みあった。  
 それが決して夢などではない証拠に身体中から栗の花の香りがほんのりと香り、口の中にはまだ青苦い味が残っている。  
 思い出し、頬が赤く染まった。  
 
 耳をすませば、同じ褥の中でいびきもかかずに眠る政宗の寝息が聞こえた。  
 そしてよく見れば愛姫が頭を預けていたのは慣れた枕ではなく、まだ若いがよく鍛えられて引き締まった政宗の腕であった。  
 身を起こし、圧迫されて少し冷たくなった腕を優しくさすってやる。  
 
「愛、起きたのか?」  
 眠っていた政宗が、僅かに目を開けた。  
「あ、起こしてしまいましたのね?」  
「いや…構わぬ」  
 一度寝返りを打ち、再び愛姫の方に振り向く。  
「もう寝るが良い。明日は早い上に忙しくなる」  
「…はい」  
「何せ、出発の前にお前の薙刀の腕を見てやらねばならぬからな」  
「政宗さま!」  
 相変わらず一方的で唐突な、だが喜ばしい申し出に思わず声が上擦る。  
「控えておるのは大切な戦。もしお前が女だてらに一廉の将としてわが軍の戦力となり得るならば、考えねばならぬ。それに…」  
 床に引きずり込まれ、きつくきつく抱きすくめられる。  
「こんな情の深いおなごは、次に何をしでかすか分からぬ。ならば手元に置いた方が安心というものよ」  
 
 そして。  
 数日に及ぶ行軍の後、伊達軍は川中島の一角に陣を構えた。  
 
 伊達軍本陣。  
「どうだ?」  
 そのひときわ奥の幕の陰に、既に鎧兜に身を包んだ政宗は声をかけた。  
 兵糧と共に早馬で本隊に届けられた荷物。それを持って支度を始めた愛姫は、まだ出て来ない  
「…政宗さま…」  
 ややあって、ようやく恥ずかしげな声が応える。  
 続いて小兎の耳を模した緋色の兜の前立て、それに負けぬほどに染まった顔、女物の鎧に包まれたか細い身体が幕の後ろからおずおずと覗いた。  
 鎧の隙間から覗いた素肌はあくまでも白い。散らばっていた傷や痣もこの行軍の間にだいぶ淡くなり、大半が痕も残らず消えていた。  
「ほう…なかなか似合うではないか。どうだ、動き易かろう?」  
「ええ、確かに動き易うございますが…これでは少々…はしたのう、ございませんか?」  
 零れ落ちそうに襟元が大きく開いた胸当て、下穿きが見えてしまいそうな短い腰垂れの裾をもじもじと気にしながら、愛姫は手にした大きな薙刀の陰に隠れるようにして俯いた。  
「お前の太刀筋は手数と俊敏さが身上と、喜多が褒めておった。わしのような全身を覆う具足は重かろう」  
「ですがこれでは、敵の殿方に…その…不埒な目で見られてしまいそうで…」  
「ふっ、馬鹿め! そんな不届きな輩は、その薙刀で蹴散らしてやれば良い!」  
 消え入りそうな声は、あっさり笑い飛ばされる。  
「母上と喜多に仕込まれた技だ。そしてそれほどの腕前なら、造作もなかろう」  
「政宗さま…」  
「そして、決してわしの側を離れるな。お前の役目は、小十郎や成実と共にわしの背を守る事だ。良いな?」  
「…承知いたしました!」  
 愛用の二刀を携えると政宗は愛姫の手を引き、皆の待つ陣の外へと駆け出した。  
 
 大きな薙刀を手に、まだ小さな竜の後を追う可愛らしい小兎。  
 薙刀に刻まれた銘は「巴御前」。  
 その昔、やはり愛する者を助け、また共にある為に戦場に身を投じた伝説の女傑の名である。  
 

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