追っ手を撒いているうちに迷ってしまったようだ。
七月の大坂城下、ガラシャは細川屋敷を脱出し、自分を捕らえて人質にせんとする石田三成方の追っ手から逃げ回っていた。
「ここはどこなのじゃ……」
茂みに座り込んだ拍子にカサ、と小さな音を立ててしまった。
敵が居たらと案じた瞬間、誰だ!と鋭い声が飛ぶ。続いて少しおちゃらけた声。
「殿、もしかしてお探しの奥方じゃありませんかね?」
無情にもどちらの声にも聞き覚えがあった。石田三成にその部下の島左近。
逃げる間もなく茂みが割れ、目の前に小勢がいた。
相手も面食らったように一瞬固まったが、動くのは敵が早かった。すぐにガラシャを拘束する。
「くぅ……離すのじゃ!」
「左近、あとは俺一人でどうにかする!」
「了解。俺は各砦で暴れてるって皆さんを捕えてきますよ」
ガラシャを捕らえたのは三成当人。
女一人どうとでもなると思ったのだろう、左近を向かわせるとガラシャの手を後ろに捩じり上げた。
「時間を無駄にはできん。さっさと歩け。大人しく従うなら手荒な真似は……くっ、暴れるなというのに」
「離せ!!」
渾身の力で振り切ろうとしたが無駄に終わる。
これまでも忠興によって幽閉同然だったガラシャは今夜の脱出劇で疲れ果てていた。
肩で息をするガラシャを三成は引っ立てる。
「このまま城内へ移ってもらおう」
「行かぬ。いい加減そちの顔は見飽きたのじゃ」
「それは俺の科白だ。細川は必要だが、いつまでも貴様にかかずらっている暇はないのだよ」
足を止めた三成が心底面倒そうに溜息をつく。
投げやりな態度にガラシャの怒りは増幅する一方だ。
なぜいつも、この世は優しくない。なぜいつも他人の都合で振り回されねばならない。
人の運命を些細な意地で狂わせる傲慢さ。
山崎の邂逅以来、行く先々で三成の傲慢な物言いと光秀への暴言はガラシャを傷つけてきた。
豊臣の世をよく思わぬガラシャにとって、三成は切っても切り離せぬ遺恨の象徴でもある。
「そちは……そちも家康も同じ大馬鹿者じゃ」
「なんだと?」
「何故つまらぬ意地で要らぬ戦をしたがり、せっかくの平和を乱しおるのじゃ。豊臣が限界ならば話し合いで家康に譲れば良い!」
「馬鹿なことを言うな。家康は簒奪者だ、理は豊臣にある」
「理があれば戦で人が苦しんでも良いと申すのか。あの優しい父上ならば、きっと違う道を――」
「うるさい!」
三成の声と同時に体が投げ出される。
「きゃぅ……っ」
叢に叩き付けられた痛みが散る間もなく、背後から三成に組み敷かれていた。
背中で手を捩じり上げられ、のしかかる三成の圧迫で息がうまくできない。
確かに三成は手荒ではなかったのだろう。そう、たった今まで。
逆鱗に触れた。そう悟るには十分な痛みが、押さえつけられた手首や背中を起点に体中へ広がる。
ぞわりと肌が泡立った。
「光秀もてっとり早く信長を黙らせたのだったな」
「ぅ……く、はな、せ……」
三成はさらに頭を押さえつけ、ガラシャの上半身を叢に這わせる。
突き出すように浮いた腰から手を差し入れ、衣を力任せに乱すと、無遠慮に肌をまさぐり始めた。
胸のふくらみを掴まれ、肩に歯を立てられ、ガラシャは小さく呻きをこぼす。
痛い。痛い。痛い。
押さえつけられた背骨がぎしぎしと音を立てているような気がする。
苦しい息と、目のくらむ痛みにガラシャは呻きとも喘ぎともつかぬ声を上げるしかできない。
この苦しさをガラシャは知っていた。そしてどうやってやり過ごしたらいいのかも。
「……はぁっ……あぅ、……うう」
ガラシャの目尻から涙が溢れては、何の涙かわからないうちに土に吸い取られていく。
「たすけ……ちち、うえ」
「この期に及んで光秀か。さすがに忠興が哀れになるな」
頬は涙と土にまみれてぐしゃぐしゃだ。すでに両手は解放されていたが、抵抗する力もなく、縋るように草を掴んでいた。
体が熱いのは痛みなのか、怒りのためなのか。
三成が動きを止め、荒い息をつくガラシャの耳元でせせら笑う。
「どうした、ご高説はもう終いか。あっけないものだ」
その瞬間、逃げなくてはという意識が不意に戻った。
このまま犯されるわけにはいかない。忠興への操立てなどどうでも良かった。ただ、逃げなければ。
だがガラシャの抵抗を感じ取ったのか、抵抗はあっさりと封じられた。
いつの間にかさらけ出していた下半身に三成の手が伸びる。
「―――っ」
容赦なく指が突き立てられ、声もなくガラシャは身悶える。
ガラシャの中は難なく受け入れたどころか、指をさらに奥へと誘うようにうごめく。
その濡れ方は、愛撫とは呼べない三成の行為に感じていなければあり得なかった。
なんだ、と三成がガラシャを冷ややかに見下ろす。
「濡れているではないか」
「ちが…………」
「どう違うというのだ」
「ぁうう」
わざとらしく、ゆっくりと中をかき回される。
動きに合わせて隠しようのない喘ぎがこぼれ、指を逃がさぬように咥え込んでいるのが自分でもわかる。
思い出したかのように胸の突起を摘ままれると、ガラシャはまた違う刺激に体を震わせた。
「随分飼いならされているものだ。俺も楽しませてもらおうか」
三成が何やら言葉で弄っているようだが、ぼうっと霞がかって何も頭に入ってこない。
だって、仕方がないではないか。
婿殿はいつもわらわを「どこへもやらぬ」と押さえつけながら抱くのだから。
押さえつけられて気を失ったわらわを、「気をやるほど感じてくれたのだな」と勝手に喜び、その抱き方しかしないのだから。
婿殿、なぜじゃ。なぜ、わらわはこんな風にしかならぬ?
身体的な苦痛から逃れるには、ガラシャはなけなしの快楽を拾い集め、高まるしかなかった。
そうすることを覚えた体は、男の身勝手な動きでも反応してしまう。
刹那の快楽から目覚めた後は己が浅ましさに死にたくなった。
死んでおけばよかった。
そうすれば忠興にだけで済んだ。こんなことは誰にも知られたくなかったのに。
「嫌じゃ、婿どのぉ……ぁ、はああ……」
三成は喘ぎすすり泣くガラシャを仰向けに転がし、残る上半身もすべて剥いだ。
闇に白く浮かぶ肌には痣が散っている。
消えかかってはいるが、一目でそれとわかる狼藉の痕。
忠興が発ってひと月ほどか。それでも消えぬ痣に、さすがに三成も眉をひそめた。
「……忠興を呼ばぬわけだ」
三成は呆れたように呟き、だが止めるつもりもなく。
ガラシャに覆いかぶさると一息にその細い肢体を貫いた。
三成の気が済むまで乱暴に揺すぶられ、ガラシャは何度達したかわからない。
やがて今宵の騒ぎを鎮めた左近が戻ってくるまでそれは続いた。
大坂城の一室。
ガラシャはくたりと身体を投げ出し、三成の動きに合わせてただ喘ぎをこぼす。
忠興の去就は知らない。結局戦が起こったのかどうかも知らない。
三成がしばらく大坂を離れ、また戻ってきてガラシャを抱くようになった。ガラシャが知っているのはそれだけだ
相変わらず愛撫とも呼べない愛撫でも体は蕩け、すんなりと受け入れる。
きっとおかしくなっているのだろう。時折ガラシャは自分でも可笑しくなる。
この世にはガラシャを斟酌しない男しかいない。それはもう諦めがついた。
あとは何に慣れたらこの優しくない世で心安らかでいられるのだろう。
自分の体から痣がきれいに消えたこと、それだけは父が生きていた頃のようだった。