――信長様に纏わるものは全て欲しい、と、その少年は常に語る。  
 あの御方はわたくしの憧れ、わたくしの太陽。  
 全身全霊をかけて護るべき、かけがえのないお方。  
 あのお方の力になれるのであれば、この身体、砕けても悔いはありませぬ。  
 囁く唇は桜桃めいた赤。  
 自分の放つ猛き言葉によって高揚したか、頬はふわりと朱色を孕む。  
 
 ――少年は、美しかった。  
 細い首と伸びやかな手足。  
 肢体に無駄な贅肉は無く、成長期の変遷にある身は、いかつい男らしさをまだ醸していない。  
 少女ではけして身に纏えない、凛とした美貌を孕む少年に、焦がれる乙女らの数は実際、多い。  
 が、少年の双眸は周囲のむすめらにとまることは一度もなく、  
 ただ真摯に己の使える主君を見詰めていた。  
   
 ……濃姫は、その視線が何とはなしに、厭だった。  
 
 
 誰もが好感を抱く清かな少年。  
 外見ばかりでなく、内面もまた彼は清廉だった。  
 誠実かつ努力家で、そして遠慮深いほど慎み深かった。  
 群雄割拠のこの乱世で、だれもが己の功を示そうと逸っているのに、  
 彼は下克上を狙うことも無く、ただただ主君の家柄に奉仕し続けてきた。  
 ……毛嫌いする理由など、何処にも無いのに。  
 それでも、厭だわ――濃姫は嘆息し、ひとりごちる。  
 そして、縁側に続く障子を静かに閉めた。  
 光満ちる夏の中庭で、己の夫・織田信長は剣戟の鍛錬をしている。  
 相手を務めているのは、可憐な美童、彼の気に入りの小姓の森 蘭丸だった。  
 こんな陽気のいい日に、部屋に閉じこもっているのも癪だったけれど、  
 ふてくされた顔をだれにも見られたくなかった。  
 侍女連中に目撃されれば、陰で密やかに嗤われる。妻女の癖に小姓に嫉妬したかと嘲笑われる。  
 ――織田家への輿入り前、美濃で懇々と親兄弟に『良き妻』の教えを説かれてきた。  
 なにがあっても夫君に逆らわぬこと、家を守り立て、子を成して一族を安泰にすることこそ妻女の本懐……  
 旧い教えを延々と叩き込まれた。  
 
 殊に、小姓の扱いについても、さんざんと教え込まれたものだった。  
 小姓は、主君の世話をするために存在する。  
 戦場ではむやみに興奮し、血が滾るものだから、気に入りの少年らと割り無い仲になる将らも、多く、ある。  
 側女のように小姓を寵愛する好事家も、いることは、いる。  
 だが、妻はそれを問いただしたり、不快に思ってはならない。  
 なんといっても、小姓は子を生めないのだから。己の絶対的有利はなにがあっても覆らないのだから。  
 子供のいたずらを黙認するような心持ちで、常にあれ、と。  
 小姓ごときを相手取り、妬心をおこすはただの愚か――と。  
 耳に胼胝(たこ)ができるほど、聞かされた。  
「けれども、厭なのだもの……」  
 唇を噛み、濃姫は眉宇を寄せる。  
 蘭丸のことが本当に厭だ、本音を言ってしまえば大嫌いだ。  
 結い上げた黒絹の髪、なめらかな白磁の肌、少女めいて赤い唇、華奢な骨格……  
 嗚呼、全て抜かりなく、完璧に整った彼という存在に眩暈がする。  
 美しさでは負けない、女如きに負けはしない、と、日夜挑発されているようで。  
 
 特に嫌いなのは、あの瞳だ。長い睫を宿した濡れ色の双眸。  
 あれが熱っぽく信長を捕らえているところを見ると、吐き気さえ覚える。  
 あれはもう忠誠を誓う家臣のものではない。  
 強者に平伏する犬、そうでなければ、しとねの中で媚を売る娼婦の瞳だ。  
 嗚呼、嫌い、嫌い、大嫌い。  
 私の最愛の人のそばに、お願いだから寄らないで。声を限りに叫びたい。  
「……濃?  
 どうした、部屋へ篭もっているのか」  
 縁側から声が掛かり、びくりと背中を引き攣らせる。  
 桟の上を戸が滑っていく音に、もうこれは避けきれぬと直感し、唇に笑みをつくりながら振り向いた。  
「どうした。こんなに天気がいいのに、そんな薄暗いところで」  
 問うて来る信長に、濃姫はゆったりと歩み寄る。  
「申し訳御座いません。少しばかり、日差しが眩しかったもので」  
 うむ、そうか、と磊落に応じる信長の背後に、濃姫の視線は吸い寄せられる。  
 光り輝く夏の中庭に凛と立つ少年。  
 獲物を手に首筋の汗を拭うその様は、まるで切り取った絵図のよう……  
 
(整いすぎて、きもちわるい)  
 素直な感想は胸中だけにとどめたのに、孕む悪意に気づいたか、  
 少年はゆるりとこちらを振り向いた。  
 おもわずどぎまぎしてしまうほど、自分は繊細な女ではない。  
 なにを見ているの、とばかりに、傲然と見詰め返した。  
 すこし汗ばんだ肌が、光の加減できらと輝く。  
 夏の日差しさえ味方につけたように、蘭丸は晴天のもと、その美貌を輝かせながら薄く微笑んだ。  
 その、淡笑に。  
 濃姫は背中に氷塊でも突っ込まれたような寒い不快感を感じた。  
 太陽がさんさんと輝く午後なのに。  
 この小姓の笑みはどす黒く、底無しに暗い。……そして、棘がある。  
 濡れ色の瞳は告げている、私も貴女と同じですよ、と。  
 私も貴女と同じ。  
 貴女のことなど、吐き気がするほど、きらいですよ、と。  
 しゃあしゃあと、秘める素振りも無く……告げている。  
   
 ……背中が、寒い。  
 
 ……どこかで決壊はするのだろうな、と思っていた。  
 だってここまで嫌いあっているのだから。  
 表立っていがみ合ったことは無かったけれど、心の底では常に相手を苦い気持ちで意識していたから。  
 爆発しそうな嫌悪を抱いて、二人はお互いにふれるまいとしながら、  
 それでも常に時を同じくしていたのだから。  
 限界が来れば……爆ぜて、砕ける。爛れた破滅がやってくる。  
   
 ……知っていた。  
 けれど、まさか、崩壊が、こういう形で去来するとは――  
   
「汚らわしい手を御放し、犬千代……!」  
 詰めた息で濃姫は短く警告する。  
 同時に蘭丸によってつかまれた右腕を振りほどいた。  
 毛を逆立てる猫さながらに、警戒心で全身を尖らす美姫を、  
 蘭丸は冷淡に見詰めている。  
 濃姫が嫌悪してやまない、大きな、黒目がちの――奸智を宿した双眸で。  
「面倒をかけさせないでくださいよ」  
 ため息に織り交ぜて囁く。  
 気だるげに――まるで、うっとおしい、とでもいうような抑揚で。  
 誰もが見惚れる、ふっくらとした桜唇で。  
 
 そして、ひゅ、と。  
 風を切って彼の左手が閃いた。まずい、と感じたときにはもう遅く、頬に衝撃が走った。  
 じんじんと疼くような衝撃が生じだしたのは、畳の上に膝をつき崩れ落ちた、あと。  
「私はね、姫君。あなたのことが大嫌いです」  
 かなり容赦ない力で引っ叩かれた。  
 視界がかすかに明滅する。口の中を切ったのか。舌先に滲む不快な、ねっとりとした血の味。  
 口を開けて息を吸った。萎えた喉をめいっぱい開いた。  
 声を。とにかく、声を。  
 太刀打ちできぬ相手ではないが、ラクに圧勝できる相手でもない。  
 この現状は――不味い。誰か従者を呼ばなくては。この乱心者を、取り押さえねば。  
「だれ、か――」  
 上げかけた声は中途で無様に途切れる。  
 ざすん、と重い音を立て、顔の横を何かが掠め、畳に突き立った。  
 耳の脇を掠め、深々と突き立ったそれは、鉄のクナイ。乱波者らが使うような。  
「な……」  
 
「ほんとうに、嫌いです。  
 だから、下手に抵抗されると、殺してしまうかもしれないんです」  
 底冷えする声音で蘭丸は言う。  
 道理のわからぬ子供に、物事を教え諭すような静かな調子で。  
「……犬千代……!」  
「そうそう。  
 陰ながら私をそう呼んで嘲笑う、あなたの陰険さも、大嫌いです」  
 噛み付きそうな眼差しで睨みつけてくる濃姫に、淡々とそう付け加えた。  
 ――とっくに誰も呼ばなくなった蘭丸の幼名を、濃姫はひっそりとよく用いた。  
 それも、侮蔑の意味で。  
 若輩者、青二才、と謗るかわりに、犬の癖に、犬のやつめ、と、繰り返し陰で毒づいた。  
 それが癇にさわったからとて、よもやこのような仕打ちをしてよい道理があるわけはない。  
 濃姫は主君の伴侶、身分は蘭丸よりも遥かに上だ。  
 手を上げるなど、組み伏して頬をはたくなど、斬首されても言い訳できぬ大逆に値する。  
 
 ソレが理解できぬほどのうつけ者では、まさか、あるまいに。  
 蘭丸は薄ら笑いを浮かべたまま、濃姫を組み敷いた姿勢を解こうとしない。  
「何故あなたのような姦婦が信長様の愛妻なのでしょうね」  
 罵りの言葉を吐きながら、固めた拳は濃姫のみぞおちを深々と抉った。  
 肋骨が軋み、朱唇を裂いて短い悲鳴が漏れた。  
「はっきりいって、祝言のそのときからお厭いしておりました。  
 あなたのことなど本当に大嫌いです――いま、この場で潰したい程に」  
 蘭丸の明瞭な声音に混じる憎悪が、脂汗の浮いた背中を静かに冷やしていく。  
 自分がおびえているのだと察し、屈辱的な想いで唇を噛んだ。  
「私を殺せば、あんたは手打ちになるわ……  
 一族郎党巻き込んで、御家断絶の憂き目にあうわよ。  
 それを覚悟のうえでの、不埒なのかしら」  
 切れ切れに搾り出した問いかけに、蘭丸は鼻で笑って返した。  
「殺したいほど嫌いですよ。  
 けれど、私が縛されては意味が無いから、それは堪えます。  
 私は栄達し、いつまでも信長様のおそばに添い続ける。  
 信長様のすべてを御守りするんだ」  
 
 だから、と言葉を継いだ刹那、蘭丸の手が濃姫の襟あわせにかかった。  
 なにを、と荒げた声に、絹布の裂かれる音がかぶさる。  
 ま白い胸元が、あられもなく晒された。  
「な、に!? 蘭丸、」  
「そう、あの御方の全てを手にするのが、私の夢……そのために」  
 狼狽する濃姫に構わず、蘭丸の双眸も声音も夢を見るもののようにうっとりと蕩けている。  
 なのに手だけは乱暴に、紫紺の帯締めを解こうと試みる。  
「やめなさい! お前、乱心したの!?」  
 荒げた声に、ようやく蘭丸は濃姫の目をまっすぐに見つめた。  
 うっとりと溶けていた光彩は焦点を取り戻し、濃姫を見やる。  
「そのために――  
 あなたには、私の子を孕んでいただきたい」  
 濡れ色の双眸が、嗜虐的に笑う。  
 
 たっぷりと量感のある乳房は、外気に晒されると同時に蘭丸の掌に掬い上げられる。  
 官能よりも、怖気で背筋が震えた。心臓でもつかみ出そうとするかのように、  
 手指は荒々しく白い肌の上を無遠慮に滑っていく。  
 声を限りに叫びたいが、出来ない。顔のすぐ脇につきたった刃が恐ろしすぎて。  
 奸智に長けた蘭丸のこと、仕込んでいる武器がこれひとつとは到底思えぬ。  
 立場を鑑みても殺されることは無い、自分が死ねば信長はかならず蘭丸を手打ちにするとわかっていても……  
 底知れぬ恐怖は、理屈では消えない。  
(どうして、こんなことに)  
 混濁する意識が軋んで叫んだ。朱唇がわななく、信長、と夫の名前の形に。  
 声帯は萎えてしまって、漏れた悲鳴はわずかなことばにもなりはしなかった、のに。  
 蘭丸はまるでそれを聞き及んだかのごとくに柳眉を逆立てた。  
「もともと、ね。許せなかったんですよ。  
 薄汚いマムシの娘が、あの信長様の妻となる、だなんてこと」  
 吐かれる言葉は鋭く冷たく。  
 手指だけが乳房を遠慮なくまさぐって、肌の上に熱を集めていく。  
 背筋はおののきで凍てついているのに、官能の火はこうも容易く灯る。  
 それが、とてつもなく、不可思議な気がした。  
「……ああ、それでも……あなたがいっそ愚鈍な姫君だったら……  
 乱世の何たるかをも理解し得ない飾り物だったら、ここまで苛立たしくはなかった……」  
「ひ、ァ」  
 
 胸の頂を押し潰され、びくん、と全身が跳ねた。  
 きり、と立てられる爪が、感じやすい部位を痛みを持って苛む。  
 肉の薄い指の腹。信長の無骨な手とは違う感触。  
 夫とは違う男に、嬲られようとしているこの現実。悪夢ならばいいのにと、理性が泣き騒ぐ。  
 濃艶で気丈、奔放な姫御前。それが世間からの『濃姫』に対する風評の全て。  
 あのような媚態では、きっとお館様に飽き足らず、寝所に男連中を引っ張り込んで  
 愉しんでいるに違いない――などという陰口を耳にしたことは数限りない。  
 だが、濃姫は潔癖だった。  
 他の男に体は愚か、口付けひとつさえ許したことはなかった。  
 己の体は信長のたかぶりを沈めるために存在し、  
 彼の子種を成して猛将の子を来世へ産み落とすために在る、と。貞女のごとく、そう思い続けていた。  
 だのに。  
「やめッ、蘭丸、おねが……!」  
「うるさい」  
 胸を嬲るのと別の手が足にかかる。  
 難なく膝裏を担ぎ上げられ、上ずった悲鳴が漏れた。  
 が、蘭丸の返答は何処までも無慈悲に冷たい。  
「やはりあなたがあなただから、私はあなたが嫌いなのでしょう……  
 お飾りの人形姫でなく、意思を持つ生々しいオンナであるからこそ――こんなにも、癇に障るんだ」  
 侮蔑の声を放ちながら、少年の指が腿のうえを這い回る。  
 はだけた布を引き毟るように開かれれば、濃姫の下腿を隠すものは何もない。  
 
「ひ、ァ!」  
 膝をすり合わせる、暇もなかった。  
 蘭丸の指はまるでずる賢い蛇、瞬時に両足の付け根に押し入って体内にもぐりこんだ。  
 引き攣れるような痛みに、全身が強張る。  
 心臓に爪指を立てられたよう、息が、上手くできない。  
 信長とて寝所では相当に性急なほう、指での前戯はそこそこに  
 己の高ぶりを濃姫の中に沈めようとすることが、まま、あった。  
 だが。これは――違う。  
 あ、あァ、と、断続的に悲鳴を上げながら。濃姫は悟る。  
 性欲に支配され、それゆえに愛撫が荒々しくなるのとは――違う。  
 秘部にもぐりこむ蘭丸の指使いからは憎悪が伝わる。  
 尖るような憎しみの念が、己の体の最奥に突き刺さる。  
「や、め」  
 殺したい潰したい傷付けたいと、彼の指は明瞭に殺意を訴えてくるのに。  
 過敏な柔肉を擦られれば背筋の芯にぞくりと妖しいものが駆けて行く。  
「嫌――」  
「……黙れ」  
 せめてもの抵抗に、両腕を振りあげた。  
 が、浮き上がった体は喉元を押さえつけられ、再度畳の上に叩き伏せられる。  
 喉首をぎしり、と締め上げられる。  
 きぁ、と悲鳴になり損ねた声が唇を突いた。  
 
 苦痛と酸欠に、意識は白く掠れて瞬くのに。  
 足の間に入り込んだ指が生み出す愉悦に、脊髄は甘く震える。  
 蘭丸の指はもはや付け根まで入り込んでいて、  
 あまつさえ陰部の周辺をさ迷いながら本数を増やそうと試みている。  
 張った節が、指の腹が、過敏な部分を刺激する。  
 湿るヒダを掻き分け、胎内をぬかるみに変えようと卑猥な戯れを仕掛ける。  
 こころのなかで高まるのは、強烈な違和感と背徳感だ。  
 だってそこは信長しか触れたことのない場所。信長しか触れるのを許されない場所。  
 どうしてそこに、いま、蘭丸の指が?  
 自分はどうしてこのようにふしだらに肌を曝し、こんなところで、一体、ナニを――?  
「っあ、っ!」  
 最奥の一点を擦られて、上ずった喘ぎが漏れた。  
 緩慢に濃姫の体を苛んでいた火照りは瞬時に狂おしいまでの熱に取って代わる。  
 ずるり、と水音を立てて、胎内にもぐりこんでいた指は一気に引き抜かれる。  
 その異物感に、腹の中が火でも灯したかのように熱くなる。  
「無理矢理なのに。  
 濡れるものですね、女性の体とは」  
 が、吐き捨てる蘭丸が冷たい目で見やる彼の指先は、滴るほどの濡れようだ。  
 あれが己の体から溢れたのか、この乱心者の小姓の手で、  
 この体はかくも乱されたのかと思うと、屈辱で涙さえ浮きそうだった。  
 
「どうして」  
 せめてもの抵抗に、潤んだ目で蘭丸を睨みつけながら切れ切れに問う。  
「どうしてこのような、こと」  
 蘭丸は答えない。濃姫の喉首を締め上げたまま、  
 開いた手は己の帯締めへ伸びている。片腕で軽く抱擁できそうなほど細い胴回り。  
「決まってる。  
 あなたに信長さまの子を宿して欲しくないからだ」  
 華奢とさえいえる骨格の上、据わる顔立ちは凄艶な夜叉のよう。  
 男をたぶらかしては、心臓をえぐって食らうという、  
 美しくもおぞましい怪談の化け物そっくりに見えた。  
 蘭丸は濃姫への憎悪をむき出しにしたまま、噛み付くように語る。  
「あなたのような浅ましい毒マムシが、信長さまの正妻の立場を得たというだけでも許しがたいのに!  
 そのうえで信長さまの子種まで宿す、だと? ……冗談じゃない!」  
 蘭丸の激憤の表情を眺めながら、濃姫の視界には別のものも写る。  
 帯を解かれて曝された蘭丸の白い体、薄い胸とくびれた胴、そして下腿。  
 諸肌脱いでなお、少女めいた印象が拭えぬ可憐な体つきの中、  
 屹立するソレばかりが何だか生々しく、恐ろしい。  
 私を苛み、いたぶりながらこんなにも猛ったのか。  
 或いは、信長への情が昂じた挙句、この少年はこんなにもたぎりきっているのか。  
 どちらにしても、露出させた性器はこれから起こる更なる辱めを連想させて。背筋が、凍えた。  
 
「やめ、蘭丸、やめ……っ!」  
「あなたは私の子を孕むんですよ、姫君。  
 愛する夫のものでなく、不埒者の小姓の子種を腹に抱えて――産み落とすんです」  
 喉笛を潰すように、咽喉は力任せに絞められ続け。抗議の声も濁って途切れる。  
 ひゅぅひゅぅと笛の音のような音を漏らして喘いだ。蘭丸の呪言のような言葉を聞きながら。  
「っあ、ァ――……あァ……っ!」  
 油で濡らしたように、ぬらぬらとした物体が内腿に突き当たる。  
 尖るソレは裂けたザクロのように開ききった濃姫の陰部を割り、  
 ぱっくりと開いた女の胎内へ入り込んだ。  
 ――痛みはなかった。露ほどにも。  
 愛液を潤滑油に、濃姫の体は苦も無く蘭丸の滾りを飲み込む。  
 痺れるような快さが下腹を中核に胎内を走り――  
 それでも、濃姫は歓喜に咽ぶのではなく、啜泣した。  
 自分の抱えていた宝物を、粉々に砕かれたような思いだった。  
(信長)  
 愛する人の面影が、意識の中霞んで消えていく。  
 もう、終わりだ。  
 ふいに、そう思った。  
 すべて、終わり……これから信長とどう接するにせよ、  
 以前のように、くつろいだ心で彼に向かい合うことは二度とない。できない――ありえない。  
 確信のように、強く強く強く、そう感じた。  
 もはや自分は――穢れてしまった、と。  
 
「っ、ぅあ」  
 体を割る勢いで入り込んだものは、そのまま深々と濃姫の奥を突き上げる。  
 女は初めてなのか。それとも愉しもうなどという考えが最初からないのか。  
 腰を振る動きは性急で、強弱の付け方ひとつさえ知らない様子。  
 息遣いは荒いものの、とても快楽に酔っている風には聴こえない。  
 むしろ――蘭丸はすすり泣いているように、濃姫の耳には届く。  
「……ぶ……なが……っ」  
 泣き声を聞きつけたか。  
 蘭丸の体が強張った。首を絞める手はいっそう力がこめられ、濃姫に銜え込まれた部位はぎりぎりと尖る。  
「殺してやりたい」  
「っ、は」  
 たかぶるものが最奥を穿つ。  
 痛いほど熱を孕み、疼く箇所を乱暴に突き上げられ、責められて、背筋がしなった。  
「なぜあなたのような牝犬に、横手からあのお方を浚われねばならない?  
 殺してやりたい、濃姫、あなたなど」  
 耳朶を噛みそうなほどそばで囁かれるのは、睦言ではなく憎悪に塗れた言葉で。  
 だのに結合部はこれ以上なく貪欲に繋がりあい、挿入の度に立ち上がる水音で鼓膜は聾される。  
 ――こころとからだが、かみあわない、露ほどにも。  
 
「私は信長さまになにも差し出すことはできない。  
 どんなに焦がれ、憧れても、彼の体も心もあなたのものだ。  
 だからせめて、子を下さりませ、姫君。  
 私の精をその身で受けて、子種を孕んでくださいませ。  
 信長さまの跡取りを産んでください……そうすれば、私は信長さまの子を作ることができる……  
 信長さまの世継ぎだけでも、私のものになるのだから」  
 壊れている、と濃姫は思う。  
 律動にあわせ、白い胸を上下させて喘鳴しながら。蘭丸は……壊れている、と。  
 蘭丸の精を受け、濃姫が孕んだとて、それはやはり蘭丸の子。  
 信長にコトが露見すれば、その赤子は世継ぎなどになれるはずがない。不義の子は瞬く間にくびり殺されるだろう。  
 こんな妄執、実るものではない。  
 心から、そう思うのに。二人の体はいまふしだらに繋がっている。  
 淫らな快さばかりを求め合い、貪り合い、噛み合わせながら。  
「っあぁ……!」  
 深く胎内を刺し貫かれた、と思った刹那、蘭丸の頭部が濃姫の左胸の上にかぶさった。  
 絹布めいた黒髪が柔肌をくすぐり、口唇が乳首を啄ばむ。そして、きつく歯を立てられた。  
 心臓まで食らいつこうとするかのように。ちぎれるほど――強く。  
 
「ひ、ァ……」  
 激痛にも似た感覚は脊髄に一瞬で伝播し。  
 下腿に生まれた疼きとあいまって、全身をしたたかに乱した。  
 寒気を感じたときのように、全身が震えて肌がざわめく。  
「――あぁあっ!」  
 力なく投げ出された掌は畳を鋭く掻いて。  
 担ぎ上げられたま白い脚は痙攣したように戦慄き。  
 体の奥底で、灼熱が爆ぜた。  
 脳裏さえ爛れさせ焼き焦がすような、圧倒的な熱が。散じて、砕けた。  
「……のうひ、め……!」  
 絶頂を迎え、きつく収縮する内襞に誘われるように、  
 蘭丸の怒張したものが硬く張り詰めるのがわかった。  
 それは刹那の間をおいて熱くはじけ、濃姫の胎内の中に熱い白濁を、放った。  
   
 
 ……そろわぬ息で二人、濡れそぼつ体を離せずにいた。  
 ややあって、ずるり、と蘭丸の萎えたものが体のうちから引き抜かれ、濃姫はかすれた悲鳴を漏らす。  
 いつからか、喉にかかった手は外れていた。  
 それでも咽喉全体がしびれているようで、声はおろかうまく呼吸さえできない。  
 濃姫は白い裸体を曝したまま、浅く息をし続ける。  
「きちんと受け取ってくださいね」  
「ひ、ぅ」  
 ぬちゃり、と卑猥な音がして、陰部にしなやかな指がかかる。  
 濃姫の太股に垂れ堕ちた己の白濁を指に絡めて、  
 蘭丸はまだ過敏になっている陰部の窄まりへ、ぬらつくソレを塗り込んだ。  
「せっかく出して差し上げたのですから。  
 ……ああでも、ご安心ください?」  
 涙によって歪む視界に、蘭丸の笑みは霞がかって映る。  
 だが、いまの彼がとほうもなく嗜虐的に歪んでいるだろうことは、濃姫には容易に察せられた。  
(信長)  
「私の子を孕むまで、何度でも。何度だって。  
 ……あなたのことを、犯して差し上げますから……」  
 蘭丸の舌が濃姫の泣き濡れた頬を辿る。赤い舌が涙の後をれろりと舐めとっていく。  
(信長……)  
 脳裏に最愛の夫の面影を思い描きながら。  
 濃姫は、悪鬼のように美しくおぞましい若者の昂ぶりが、  
 再度、己の内腿に、尖りながら触れるのを、狂おしい想いで感じ取り――ひとしずくの涙を、零した。  
 
   
   
   
 
                ―――了―――  
 
 

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