八月十八日、天下人として君臨していた秀吉は病没した
父のように慕っていた三成にはその死が夢のように感じられた
今までの事がふと、幻のように思い出しては消えていく
いつもは笑顔だったねねもこの時は終始悲しげな顔を浮かべている
最愛の人を失ったのだから無理も無い。あまりのショックでからか
その日は二度と目覚めぬ秀吉に向かって「お前さん」と声をかけている姿は
三成ほか彼女が子のように可愛がっていた福島、加藤には辛いものがあった
数週間が経ち、ようやく彼女の顔にも笑顔が戻り
城の中に漂っていた陰鬱な空気も徐々に晴れてきた
彼女の明るさは無くてはならないものだと皆が改めて感じさせる事である
「みんな、ちゃんとご飯食べている?」
「喧嘩はしちゃ駄目よ」
「こら、人の話はちゃんと聞かなきゃ駄目でしょ!」
彼女の小言は秀吉の死後も健在である
「ねね様が元気になって良かったな」
遊びに来ていた左近が三成と共に縁側で酒を飲みつつそんな彼女の様子を
微笑ましく見ていた
「元気なのは結構ですが…秀吉様亡くなった今、いい加減子供扱い
するのはやめて欲しい。もう俺達はそんな歳じゃない」
三成は呆れ返った表情で盃の酒を一気に飲んだ
「はははは、本当は誰よりも嬉しいくせに」
「…………。」
左近にからかうように言われて三成は思わず無言になってしまった
彼の指摘するようにねねが元気になって一番安堵しているのは三成だった
自分を引き立ててくれた秀吉が亡くなった事も辛かったが、それより一番
応えたのはねねの悲しむ姿だった。正直、彼女には母親的な感情以上の
想いがあった。彼自身、その想いが何なのかはっきりと自覚できずに日々
悶々としそれを突っぱねた態度でねねにぶつけていた
それ故に想う人が悲しんでいるのに何も出来ない自分にやるせなさと彼女」に
対する申し訳なさがあった
「全く、素直じゃないねぇ」
左近の穏やかな言葉に三成はそんな想いを見透かされた気がして
一瞬、盃の手が止まった
そんな日の夜…
三成はその日の用事を済ませ、自らの寝室に戻ろうとしていた
(……ん?)
一つの部屋の灯りがぼんやりと点いている
その畳に橙の小袖を着たねねがこちらに背を向けて横になっていた
そっとしようと思ったがこのまま放って置くのも難なので着ている羽織を
被せることにした
「…?!」
三成の手が思わず止まった
ねねの頬には涙の筋が見えたのだ。彼女は泣いていたのだ
(おねね様…)
普通に考えれば無理も無い。最愛の人が亡くなったのだから
数日で忘れられるわけが無い
三成は居た堪れない気持ちになり羽織をかけてすぐさま去ろうとした
「三成…?」
気配に気づいたのかねねは起き上がった
「早めに休まれた方がいいですよ」
三成は顔を背けつつ言った
「うん…すまないね……三成」
ねねの声は弱々しかった。それが三成の心に深く突き刺さる
次の瞬間、彼には予想外な事が起こった
ねねが三成の胸に抱きついたのだ。それも力強く
そして、ウッ、ウッと声を上げながら目から涙が溢れていた
三成は突き放すわけにもいかず、顔を背けたまま目を閉じそのままじっとしていた
表向きはどんなに明るく振舞っていてもねねの寂しさは変わらなかった
むしろどんどん深くなっている気がした。愛する人のため、可愛い子(家臣)のため
自分がしっかりしなければ思えば思うほど自分が壊れていく気がした
「お前さんはあたしがいなきゃ何も出来ない」と言いつつも本当はねねには秀吉が
いなくてはならない存在だった。彼がいなくては自分はこのまま朽ちていく
秀吉は彼女にとってそのくらい大きな存在だった
(お前さんの顔見たいよ、声聞きたいよ、お前さんと肌を触れ合っていたいよ……
でも、今は出来ないんだよね…)
ねねの心の声は涙と共にせきを切ってとめどなく流れていく
(俺は一体どうすればいいのだ)
三成にはねねの涙は自らを責めている気がした。いや、彼女自身はそんなつもりは毛頭無いのだろう
正確には涙によって彼は自責の念に駆られてしまっていると言った方がいい
考えてみるものの答えは見つからない。むしろ答えなど無いのかもしれない
だが、それがなお更彼に苛立ちと罪悪感に引きずり込んでいくのである
「…あたし、忘れたい。うちの人の事…忘れたい」
泣き止んでいたねねの瞳は虚ろになっていた
「 ?! 」
三成は我が耳を疑い、思わず彼女の方を向いた
そこには母親的なねねでは無く虚ろな目でただ救いを求める一人の女性だった
「……忘れさせて欲しい」
「おねね様! それはなり……っ!!」
只ならぬ様子に慌てる三成の唇をねねは本能のままに塞いだ
三成は振り払わなければと思うものの体が金縛りに遭ったかのように動けない
頭の中が真っ白になり、ただ彼女の舌が自らの口に入っていくのを受け入れていた
そのまま押し倒されるような形になり彼は呆然とした様子でねねの体を見た
着物から覗かせる柔らかな肌と豊満な胸が否をなしに三成の鼓動を高鳴らせる
どうしていいか分からずにいるとねねは彼の右手を手にと取り右胸の方に誘った
(や、柔らかい…)
そう思った瞬間、何を考えているんだと三成は自らにツッコミを入れたが、体は正直なものでねねの胸の
感触が彼の中のものを大きくさせていく
彼女の手と胸の感触が彼を何とも言えない気持ちにさせる
ねねのもう一つの手が三成の服を脱がしていく…上着の下から彼の胸板が露わになる
華奢な体つきとは裏腹に筋肉が締まっている。彼女はその胸に軽く口をつけ愛撫する
くすぐったいような感覚が三成に襲ってくる
そして、服を脱がしていた手は彼の下半身に及んできた
(……っ?!)
三成は少し戸惑いのような感情が沸き起こった。想う女性に自らのものを見られるのは
潔癖症の彼には恥ずかしいものがあった
彼の大きくなったものが露わになりねねは優しくそれを撫でた
「こんなに大きくして悪い子だね」
ねねは悪戯っぽく微笑んだ
「襲っておいてそれは無いでしょう……ぐっ!」
「口答えする子にはお仕置きだよ」
ねねは彼のものの根元を軽く握った
そんな理屈があるかと三成は思いつつも彼女に体を委ねてしまう。なぜなら、彼女の事が好きだから
惚れている以上は態度でどう示そうと彼女に逆らうことは彼には出来なかった
胸を愛撫させていた手をそのままゆっくりと滑らかな肌を伝いねねの秘部へ運んだ
三成の指には彼女の愛液が絡みつく。彼は誘われるように軽く指を動かすとねねの愛液は溢れていく
「…っ…ううん…」
ねねの愛らしい声が三成の耳元に聞こえ、それが彼の体を昂らせる
同時に彼女を自分のものにしてみたいという欲求がむくりと起き上がってきた
それは今までに抱きひた隠しにしてきた想いでもあった
おもむろに空いていた手で三成はねねの腰を抱き寄せた
(…え?!)
彼の思わぬ行動にねねは驚いた
彼女にとって三成は奥手であまり感情を出さない繊細な子と思っていたからだ
そんな彼が積極的に出られたのでねねは戸惑いから自らの秘部をあてがった手を離した
すると三成の指が枷を外されたかのように彼女の秘部を激しく愛撫しだした
「あっ…み、三成……だめっ」
「どのように駄目なのでしょうか」
「も…う…悪い子だ…ね」
三成は軽く微笑むとねねの柔らかな胸を舌で愛撫し始めた
だが、その愛撫は彼本人が慣れてないせいかどこかぎこちない
ねねはそれが可愛らしく感じて三成の頭を軽く撫でた
「気持ちいいよ…三成」
「………」
彼女の言葉には母親的なものを感じられ三成は複雑な気持ちになった
「いいかい?」
ねねが耳元で囁いた
しばらくの愛撫でねねの秘部はぐっしょりと濡れて、三成のものも抑えきれなくなっている
ねねは彼の大きくなったものを自らのものにあてがい徐々に入れていく
彼女の肉壁が三成のものを包み込んでいる。それは暖かく心地が良かった
(今、おねね様と…)
三成には俄かに信じられなかった。想っている人と一つになっている
これはひょっとして夢ではないのだろうかそんな気がした
ねねは三成と再び口付けを交わしながら、ゆっくりと腰を動かした
口の粘膜が絡みつく音、愛液が絡みつく音が真夜中に響く
そこには主従を越えた男女の姿があった
お互いを求めるように体を触れ合い、ねねの腰の動きが徐々に速くなる
二人の体温が上がっていき頭の中が空っぽになっていく
「三成…んっ…ああ」
「っ…おねね様…」
ついに二人は絶頂を迎え果てた
頭の中がぼんやりとしている。ねねと三成は繋がったまま余興のように唇を合わせた
目覚めのいい朝だった
三成にとって良き夢を見たかのように晴れやかな気分だった
――傍にいたねねの顔をはっきり見るまでは
(俺は何て事をしてしまったんだ…)
着衣の乱れたねねが気持ちよさそうに眠っている
その姿に三成は冷や水を頭からかぶせられたかのように罪悪感が襲ってきた
(秀吉様…申し訳ございません)
三成は秀吉に顔見せが出来ないと思った。一夜限りとはいえこれはいけない事ぐらい
彼にもわかっていた。義を重んじる彼には立ち直れなくらいの衝撃だった
「…お前さま」
ねねの寝言が彼に追い討ちをかける。やはり彼女には秀吉なのだろう
(これはおねね様の悲しみを和らげるためにしたんだ…他意はない。そのはずだ…そのはずなんだ!!)
三成は言い訳じみた事をひたすら自分に言い聞かせた。言い聞かせないと駄目だと思った
ねねに想いがあって彼女が欲しくて行為をしたなど本当であっても認めたくなかった
三成は着衣を整え、ねねに羽織を被せると静かに去って行った
「ごめんね…三成」
三成が去った後、ねねは目を開けた
お前さま、謝りたいことがある
昨日、浮気した。浮気は駄目なんて言っていたくせに…ごめん、人の事言えないね
相手は…その…お前さま可愛がっていた三成だ。ああ、三成を責めないでおくれ
あの子は巻き込まれただけだ。あたしがお前さまのいない寂しさに耐え切れずに…つい…
これじゃ、言い訳だね。本当にすまない…二度としない。この通りだ
三成にも悪いことをした。あの子は一番、繊細な子で優しい…なのにあんな事で傷つけてしまった
あたしの心が弱かったばかりに…お前さまのためにも、あの子のためにも強くならないといけないね
ねねは秀吉の墓前で平謝りしていた
これがねねには生まれて初めての浮気だった。秀吉は許してくれるだろうか?
彼女は歯がゆい気持ちと誓いを胸に空を見上げた。清々しいほどの快晴だ
(一番愛しているのはお前さまだよ)
ねねは軽く微笑んだ
「殿…最近のねね様、色っぽくないですか?」
左近の言葉は三成の心に鋭く刺さった。何となく彼に察せられている気がしたからだ
「さあ…」
三成はぶっきらぼうに答えた。ほっといてくれと言わんばかりだ
「あれはきっと…男が出来たんだ。ねね様もすみに置けませんな」
三成の察するように左近はねねと三成に何か肉体関係があったのでは思っていた
これは遊び人独特の臭覚ともいえる事でそれが確信に変わったのはねねに会ってからだ
彼女に会った時、左近は正直驚いた。一見、普段と変わらぬ様子なのだが何ともいえない
色気が漂っていた。さすがの左近も危うくクラッときそうになった
(こりゃ、さすがの女好きの秀吉様もハマるわけだ)
左近はそんなねねとある時から沈んでいる三成の様子が思い浮かびピンときたのだ
「相手は誰なんでしょうね…」
左近は露骨に揺さぶりをかけてくる。それでも三成は無言であさっての方を向いている
(往生際が悪いねぇ…)
左近はこうもわかりやすく意地を張られると逆に口を開かせたくなる
「義に生きる人が不義をひた隠すのはいかがなものでしょうかね…」
この挑発にはさすがに堪えられなくなり、三成の中でぷつっと何かが切れたような気がした
「貴様に何がわかる!! 俺のおねね様への気持ちなどわかるものか! そのような事が不義だとくらい
俺だってわかっている!! 秀吉様に申し訳がたたないのもわかっている! 意地でも墓にまで持っていく
つもりだった! だ、だが…おねね様の悲しむ顔が辛かった! それが一時の不義で消えるのなら……
いや、望んでいたのかもしれない。人の悲しみに漬け込んで悦んでいたのかもしれない
くそっ!!…最悪だ!! 最低な男さ! 俺を偽善者とでも不貞者とでも罵るがいい!! だが、おねね様を…
おねね様を侮蔑するな!! 愛する人を失ってまでも秀吉様の負っていた大きな荷を背負わなきゃならないんだぞ!!
その辛さが貴様らにはわかるか!! 辛くても笑って進まなきゃならない者の気持ちなどわかるまい!!
…ああぁぁ!! 畜生っ!! 馬鹿っ! 阿呆っ! うすらとんかちぃぃぃぃ!!」
三成はせきを切ったように言葉を張り上げた後、肩で息を切らせて左近を睨んだ
目が微かに潤んでいる
「……殿」
左近は軽く微笑むと慰めるように三成の肩をぽんと叩いた
「すまない…左近」
我に返った三成は全身の力が抜けたように俯いた
「わかってますよ……それに男は一つや二つ罪を抱えた方が味がありますぜ」
「………。」
三成が立ち直るにはもう少しの時間が必要なようだった
<終>