「だから!違うと言っているだろう!こうだ!!」
「むぅ・・・・こう、か?ァ千代」
「ちっがーう!何故腰が引けたままなのだ!?貴様はそんな恰好で剣をふるうのかッ!!」
山中にァ千代の怒声が木霊する。適度に切り開かれた山腹で、ァ千代は宗茂の稽古をつけていた。
「おや?もう太陽があんなに高く昇っておる。そろそろ一休みせぬか?ァ千代」
朗らかに微笑みその場に腰を落とす。そんな宗茂の様子に声にもならぬ怒りに身を震わせる。
「もうよい・・・!帰る!!」
「おや?どこへ行くのだァ千代」
「家に帰ると言っているだろう!貴様は帰って来なくても良い!ついて来るな!!」
そう吐き捨て、足を踏み鳴らしながら山を降りようとした。
「待たぬか。日が高くてもここは山中。おなごの一人歩きは危ないぞ、ァ千代」
「貴様まで私をそんな目で見るのか!私は立花、立花ァ千代だ!!」
キッと夫を睨むと、再び背を向ける。
夫の不甲斐無さ、そして、夫までもが自分を女扱いしているという事実。
苛立ちと、少しの胸の痛み。それらを払おうと、ァ千代はぎゅっと目を瞑り走り去ろうとした。
その時だった。大きな何かにぶつかったのは。
「ッ!?」
目を開くと、目の前には巨漢が立ち尽くしていた。
気がつけば囲まれている。この下品な成り・・・山賊だろうか。
「いってぇな〜姉ちゃん。どこに目がついてんだい?」
巨漢が醜い腹を揺らし、ァ千代に近寄る。
「あんだぁ?金目の物は無さそうじゃねぇか」
取り巻き達がねっとりとした視線でァ千代を見やる。巨漢も、羽織の隙間から見える谷間を狙っているようだった。
(ふん・・・愚かな男達だ。私が立花と知らずに絡んできたな)
雷切丸を静かに、低く構える。一斉にかかってきた時が好機。一瞬にして蹴散らしてやる。
「もしや・・・袴ん中に隠してんのかぁ!?」
取り巻きの一人が飛び掛かる。
しかし、雷切丸が唸る前に。
その男は悲鳴を上げ、倒れた。
「な・・・ッ!?」
息をつく暇も無い。取り巻き達は次々と叫び倒れていく。一瞬にして、塀が崩れ去ったのだ。
「ひ・・・ひぃい!!」
突然の窮地に巨漢は尻をつき後ずさる。そして、逃げようとした瞬間。
「我らを立花と知っての狼藉か・・・・?」
巨漢の首筋に光る冷たい一閃。
それは、確かに先程まで腰を降ろし、のんびりとしていた宗茂の剣だった。
「た、たたた立花だってぇ!?」
とんでも無い事態に、巨漢はようやく気付き慌てふためく。
「貴様の目の前におわすが、立花家が当主。ァ千代様だ」
「ひ・・・ひひひぃいいいい!!」
巨漢は恐怖の形相でァ千代を見た。そしてまた、ァ千代も驚いた表情で宗茂を見た。
腑抜けで、鈍感で、剣さえもろくに構えられないと思っていた男が。
自分の体より何倍もある男の首に、剣をあてがっている・・・初めてみる、冷酷な顔で。
「去ね、浅ましき下衆共が。二度と現れるで無い」
「お・・・おたすけー!!」
巨漢はどしんどしんと体を揺らし、気を取り戻した取り巻き達もすごすごと逃げていった。
「・・・・・・」
一瞬だった。あの刹那に、あれほどの人数を倒すとは。あの能天気な男が。
山賊を見やり剣を収めるその後姿に・・・鼓動が早くなっていくのを感じる。
「あ、あの・・・むね、しげ・・・」
「おお、もう昼時か?帰って飯でも食べようか、ァ千代」
しかし、振り返るその笑顔は、いつもの見慣れた宗茂であった。
「・・・まだ昼には早すぎる」
「そうか?まぁ大した変わりは無い。帰ろうか、ァ千代」
「ありがとう・・・あな、た」
「ん?何か言ったか、ァ千代」
「あっ・・・あれくらい、私一人でどうとでもなったというのに!余計な邪魔をして・・・!!」
「はっはっは。やはり強いなぁ、ァ千代」