殺生禁断の寺院に武士(もののふ)どもが詰め、色欲御法度の境内に女の鳴く声がする。  
それが、戦国乱世。  
 
「ああ……んくっ……」  
 床(とこ)の上で、若い娘が悶えていた。抱かれているのか。いや、相手の男はいない。  
独りで身をよじり、半開きになった口から切なく吐息を漏らしている。艶やかな黒髪が、  
布団の上でバサバサと振り乱される。透けるように薄い寝間着は、胸元や裾がはしたなくも  
乱れていた。  
 火照った身体を慰めているのであろう。年頃の娘ならば珍しくもないことだ。  
 
 それが、本多平八郎忠勝の娘、稲であればどうだろう。凛々しき徳川の女与一が、  
劣情に支配されるなど信じがたい。それでも今孤独に悶えている娘は、稲以外の何者でも  
なかった。  
「ん……んふうっ……だ、駄目……」  
 寝間着の上から、掌でそっと乳房を包み、円を描くようにさする。上質な布地でこすられるたび、  
心の臓が苦しくなってくる。苦しいだけではない。触った部分が甘く痺れ、奇妙にも安らいだ  
気持ちになってくる。  
(乳房を揉んで悦に入るなど――このような淫戯、武士にあるまじきこと)  
「やめないと……やめ……でも気持ちいい……」  
 そう強く念じても、指は止まらない。更なる高みを求めて、指づかいはいっそう速く、  
激しくなっていく。  
 
 いくら稲でも、かかる指遊びをまったくしなかったわけではなかった。どうしても眠れない  
夜だけ、五日に一度ほどの頻度であっただろうか。  
 それが小田原に参陣してからは、ほぼ毎晩のようにしていた。自室に戻り、布団に横に  
なるや否や、自らの肢体をまさぐり、喘ぎ、果てる。  
 すべては、大舞台での極度の緊張感が原因であった。  
 
 小田原征伐――北は伊達から南は島津までが、一堂に会しているのだ。徳川の将として、  
無様な真似は許されない。戦場のみならず、平時の立ち居振る舞いさえも。  
(もし、父上や殿の期待に応えられなかったら……!)  
 芽生える不安を、稲は己を鍛えて乗り越えようとした。本番で失敗しないために、  
長い時間を稽古に費やす。だが焦れば焦るほど、矢は的から外れ、兵法書は頭に入らない。  
今の彼女に必要なものが息抜きだということを、生真面目な稲は思いつかなかった。  
 
 自分で自分を追いつめ、もはや、心の重荷を下ろせる場所は深夜の床の上しかない。  
(病にかかってしまう……でも、それでも今の私には、あふぅ、これしか、これしかっ)  
『やりすぎれば病になりますよ』  
と釘を刺されながら、侍女がそっと教えてくれた指遊び。  
今の稲はその刹那の悦びに、阿弥陀如来のごとくすがっていた。  
 
 そして、小田原に来てから、大きく変わったことがあった。  
 今までは、少しでも早く火照りを鎮めることだけに、心を用いていた。だが気付いてしまったのだ。  
行為の途中で、誰かを思い浮かべていることに。  
 
「い、いい……た……立花……様……立花様ぁ」  
 立花ァ千代。誇り高き雷の姫に出会ったその時から、稲の心には彼女の姿が焼きついて  
離れない。  
 強さと美しさを兼ね備えたァ千代は、父にも並ぶ、稲の尊敬の対象となった。  
『立花様のような、凛々しい武士になりたい』  
 そして、  
『少しでもお近づきになりたい、私を見てほしい』  
と。  
 
 その純真な想いが、毎晩自慰を繰り返すうち、危うい色を帯びるようになっていた。  
(立花様……私のすべてを見てください……弓を置いた、み、淫らな私を……)  
 ァ千代にだったらすみずみまで見てほしい、触れてほしい。  
『立花様に申し訳ない』  
と思いながらも、自分の指を彼女の指だと思うと快楽の度合いがぐんと増す。今宵も稲は、  
そこにいるはずもない想い人に、抱かれる。  
 
 妄想の中、稲は決まってァ千代に組み敷かれていた。戦いに敗れたのだろうか。  
そこに至る物語は、稲自身も緻密に構築してはいなかった。  
(ひぐぅ! う……あ……なぜ、このようなことを……)  
 雷撃で身体の自由を奪われ、されるがまま全裸に剥かれていく。面倒な部分は  
雷切で切り裂かれてしまう。  
『憧れの人が酷いことをしてくれる』  
歪んだ想像は、稲を存分に昂ぶらせた。  
 
 自分でも帯をほどき、袖から腕を抜いて、衣の上に裸体を横たえた。ァ千代の涼やかな  
視線を想像して、胸と下腹を腕で隠す。  
 
(恥ずかしい……)  
(ふ。その姿が一番好ましい)  
「んふぅ……れろ、れろっ」  
 一糸纏わぬ稲を、茶器でも鑑賞するように眺めてから、そっと唇を奪う。悲しいかな接吻は、  
相手がいないとできない。代わりに稲は、自分の唇を繰り返し繰り返し舐めた。  
 それから、大胆に責められる。ァ千代は愛の営みにおいても優れた技巧を持っているに  
違いない。それに比べて、自分の指づかいはあまりに拙く思えて、もどかしかった。  
 彼女なりに懸命に乳を揉みしだき、硬くしこりはじめた先端を親指と人差し指でつまみ、  
ひねり、引っ張る。  
「素敵……お上手です立花様ぁ……」  
 
 乳首を虐めていると、いよいよ女芯が潤ってくる。ァ千代も、それに気付いて侮蔑の言葉を  
投げかけた。  
(まだ男も知らぬのに『お雛様』がこんなに濡れて……貴様は随分と淫乱なのだな)  
 ァ千代の言葉を借りて、稲は自分で自分を貶める。下々が女性器に使う、あけすけな言  
葉を稲は知らない。  
(は……い……私は、私は武士なのに……毎晩、お雛様を……!)  
 
「んくっ」  
 白魚のような指を、股に伸ばす。赤みがかった姫割れの上には、すでに雫がにじんでいた。  
(濡れてる……立花様がしてくださったから……)  
 
 その上で指を往復させ、透明な雫を塗りたくる。挿入は、したことがない。怖くてできなかった。  
指も入れず陰唇を撫でるだけの自己愛撫は、傍から見ればまことにお上品で、それで満足  
なのか疑問に思えてくる。  
 乳も尻も、身体は人並み以上に発育している。秘毛も伸びるに任せ、豊穣に茂っているというのに、  
稲の営みはあまりに幼かった。  
 妄想のァ千代もまた、稲の姫割れを可愛がる。茹だった肉饅頭をくつろげ、その指は包皮に守られた、  
肉珠へ――  
 
「ひあああっ!」  
 包皮を剥きあげわずかにこね回すだけで、狂おしいほどの雷撃が走る。  
(ほら、気持ちいいかい? 淫乱な稲殿)  
(立花様、立花様ぁっ! 稲は果ててしまいますっ)  
「むぐううぅっ、ふぐっ」  
 あられもなく叫びそうになり、稲は慌てて枕を噛みしめる。  
 鼓動が耳の奥まで聞こえてくる。息が、できない。もう、絶頂までいくらの時も残されては  
いなかった。  
 
(鳴け。立花が貴様の最期、見届けてやる)  
(死んでしまう、稲は、稲はもう――あああああ!)  
 ここにはいないァ千代に抱かれて、とうとう稲は達した。しなやかな肢体がビクビクわななき、  
それから糸が切れたように崩れ落ちる。  
 目の前いっぱいに、ァ千代の微笑みが浮かぶ。それも瞬く間に、まばゆい光に吸い込まれていった。  
 
 快楽の波が去ると、たまらなく虚しい。  
(また、敬愛するあの方を汚してしまった。立花様が、私みたく煩悩に振り回されるはず  
などないのに。こんなことをしても、何の意味もないのに)  
 それでも明日はやってくる。今日から何かが変わるかもしれない、いや己の力で変えなければ。  
惨めな、弱い自分を。  
 
(お休みなさい、立花様。そして――こんな稲をお許しください)  
 目を閉じた稲の頬を、純情の涙が流れて落ちた。  
 
 
終わり  
 
 

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