8月18日(金) 晴れ
今日はかなりハードな一日だった。
こんなことを書くべきか迷ったが、
社長にこの日記が見られないことを祈りつつ、
記していこうと思う。
まず・・・
くのいちから泣きそうな声で電話がかかってきた時は心底驚いた。
〜15分前〜
ロビーでルンルンと走ってきたのが今回の事件の元凶。
「あら〜?どうしたん、えらいごきげんさんやなぁ〜」
「ねー、くにっち、これな〜んだ。」
トンっと受付に置いたのはかなり古いネジ巻き式の車の玩具。
「なんやの?えらい古臭いけど。」
「これね〜社長から預かってるんだよぉ、
わしの命より大事なこの宝を預けられるのはお主だけじゃ!
ってねぇ〜♪」
無論少なからずくのいち補正がかかっているものの、
正真正銘、社長の宝物だ。
話によると、社長のご子息がまだ小さいころに誕生日プレゼントとして買ったものの、
忙しくて渡しそびれてしまい、戸棚の奥に眠っていたのだが、
最近発掘され、孫の正宗君の誕生日プレゼントとして渡すそうなのだ。
「へぇ〜、大層やなぁ。でもこんなん渡されてもなぁ〜」
「そぉっスねぇ、今時のガキはゲームやらなんやらで、こんなかび臭い玩具にゃ見向きもしませんよ。」
いつの間にか輪に入ってきたのは警備員の石川五右衛門。
「そんなこと無いよ!正宗君まだちいさいもん!」
あれだけ大事にしてたものを古臭いだのかび臭いだの言われて若干ムッとしているようだ。
「これ、まだ動くんかなぁ?」
「動かしてみよっか」
カチャカチャと阿国がネジをいじっている。
このときは誰もが忘れていた。
阿国が人並みはずれた強靭な握力を持っていることを。
「おかしいなぁ〜ネジ回らんよ?」
そう言った瞬間だった。
バキッ!!
ロビーに沈黙が走る。
阿国はしばらく硬直し、その後そっと五右衛門に渡すと
「あら〜五右衛門はんたら〜、あんまり強く回したらアカンやろ〜」
阿国が言っている事が理解できずに3秒ほど考えた。
そしてやっと理解できたのか、
「えぇ〜!?俺っスかぁ〜!?」
「くにっち…」
あまりの行動に呆然とするくのいち。
「それよりどうしましょ、社長はんの宝物なんやろ?」
さらっと話題を変えるあたり阿国らしい。
「い…いつ正宗君に渡すとか言ってなかったスか?」
「え〜っと…確か……今日………」
ロビーに二度目の沈黙が走る
そんなわけで俺は仕事中だというのにわざわざ呼ばれたらしい。
「ほらっ、幸村さまなら、修理が得意な友達とかいるでしょっ!」
「すんませんなぁ〜ほら、五右衛門はんも謝って。」
「俺っスか!?もう俺のせいって事になってるんスか!?」
それぞれ思い思いに焦っている。
「そんなこと言ってもなぁ…」
都合よく修理が得意な友人なんているわけな…
「そういえば……」
幸村に注目が集まる。
「蘭丸…森蘭丸が、その手の玩具に詳しいって言ってたような…」
俺は織田文具本社前にいた。
そもそもなんで仕事中の俺が行かなければならないのか、疑問はあったが、
「社長秘書って結構忙しいし。」
「警備員がいなくなるわけにはいかないっス」
「ウチは…その……面倒やし」
阿国さんはもうほっとくとして、
確かに二人は出かけるわけにはいかない。
それになにより、お館様…改め社長に「壊れちゃいました」なんて言おうモンなら、
怒る事はないとは思うが…すごく…がっかりするだろう。そんな姿は見たくない。
まぁそれでも何で俺が仕事で忙しいのに(ry
「一体どうしたんですか?会社まで来るなんて…」
「済まない…実は折り入って頼みがあるんだが…」
がさがさと例の玩具を取り出す。
「これを…直してもらえないだろうか、いや直していただけないでしょうか?」
しばらくじっくりと見た後、
「あぁ、これくらいなら僕にも直せますよ。」
「そうか、いやー助かった。」
この時は心底安心していた。
この程度ではまだ終わらないとも知らずに。
「でも、なにやったんですか?
こんな壊れ方なんて、よっぽど力を入れないとなりませんよ?」
「さ…さぁ、床にでも落としたんじゃないかな、ははは。」
蘭丸は首を横にかしげている。
一応笑って見せたが心は笑ってなかった。
まさか受け付け譲がちょっと力を入れただけなんて口が裂けても言えなかった。
この日は幸村が「阿国さんには逆らわない」と心に誓った日でもあった。
「はい、直りましたよ。」
「ありがとう、本当に助かったよ。」
「ちなみにこの玩具は1973年に○×玩具で作られた……で
………が………であーだのこーだの(以下約500文字ほど続く)」
覚悟していたとはいえ予想以上に長い。
蘭丸は…いや蘭丸に限らずマニアという生き物は一度語りだすと長い。
だがそのうんちくは意外な人に止められた。
「あら?これなぁに?」
この声の主は織田文具社長秘書通称濃姫様。
噂にたがわぬ美貌だ。
「あ…ぁの濃姫様…」
蘭丸は明らかにテンパっている。
「こ…これはですね、1973年に…」
同じうんちくをしゃべりながら濃姫に渡そうとした瞬間だった。
そもそも震えている手で渡そうとした瞬間止めるべきだったと今にして思う。