悔しい。  
ただ、本当に悔しかった。  
「・・・・・弓は向かない」  
ぽつり、と呟く。  
「大丈夫だァ千代。ほら、もう一度」  
隣で宗茂が声援を送った。しかし、ァ千代は顔をしかめて俯いている。  
「始めた頃と比べると随分な成長ぶりではないか。さぁ、弓を引くのだァ千代」  
宗茂はにっこりと微笑み妻の肩に手を置いた。しぶしぶと、ァ千代は構えの姿勢を取る。  
(・・・当たれ!)  
念を込めて矢を放った・・・・・・が。  
 
ばぃんっ!  
 
弦は思い切り跳ね上がり、照準をずらした矢は場外へと飛んでいった。  
「・・・・・・・・・・・・」  
宗茂が冷や汗を流しながらちらりと横を見る。  
案の定、そこには顔を真っ赤にしたァ千代が怒りを露わにしていた。  
 
「た、たまにはこういう事もあるものだァ千代!気を取り直して・・・・・・」  
「もうよいッ!!」  
キッと宗茂を下から睨みつける。  
「それとも何か?私の失態を眺めて楽しいのか!?」  
「そ、そんなつもりは・・・」  
「貴様の得意な弓で私を見下したつもりか!!」  
怒りに任せるまま罵声を浴びせると、宗茂は額に手を当て溜息をついた。  
「わかったわかった。私が悪かったよ、ァ千代。だからもう怒らないでくれ」  
「その態度が気に食わないのだッ!!」  
「す、すまぬ・・・」  
自分よりも体が大きいくせに、目の前の男はしゅんと頭を垂れている。  
その姿に情けなさを感じ、苛々しながら弓を片付けようとした。  
「なぁァ千代。頼む、もう一度だけ」  
「くどいっ!」  
「いや、もう私は弓を取らない。私が隣にいたから気が散ってしまったのだろう?」  
「・・・・・」  
「ならば、私もァ千代と共に弓を取ろうではないか。それなら何の問題もない」  
そう言うと、宗茂はにこにこしながらァ千代の背後へと回った。  
「なっ!?何をするつもりだ!!」  
「さぁ、もう一度やってみよう。今度こそ大丈夫だ、ァ千代」  
自分の右手に、暖かい手が重なる。  
鼓動が、高鳴った。  
 
「離れぬか!馬鹿者!!」  
慌てて喚いたが、左手にも宗茂の手が重なってしまい、言葉が詰まった。  
「そう・・・・力を抜くのだァ千代。全て私に委ねるといい」  
上から響く低い声。そして、自身を包む逞しい体。  
もはや弓取りどころでは無い。心臓は体を突き破りそうな程脈を打ち、どうにかなってしまいそうだった。  
「心身を研ぎ澄まし、的を見据えるのだ。当てる、のではなく、射抜く。他は見ずとも良い。的の中心だけを見るのだ、ァ千代」  
(的の・・・中心)  
次第に平常心を取り戻したァ千代は、自然と的に集中する事が出来た。  
背中越しに伝わる宗茂の存在が、何よりも心強くて。  
「力はいらぬ。息を吸い、止めたと同時に静かに指を離してごらん、ァ千代」  
腕をすっと宗茂に引かれた。それを合図に息を吸い・・・止める。  
見計らったかのように、宗茂が指を離した。無意識に、ァ千代も。  
 
すとんっ。  
 
軽快な音を立て、矢は的を射抜いた。  
真ん中とはいかなかったが、今までで一番近い所に。放った矢は綺麗に刺さっていた。  
 
「やったぁ!!」  
普段聞く事の無い、本当に嬉しそうなァ千代の声。喜びに満ちた顔で、ぴょんぴょんとはしゃいでいる。  
「宗茂見たか!?私の矢が的を射たぞ!!しかもあんな近く・・・・・」  
言葉の途中で、ァ千代は我に返った。  
「どうした?」  
宗茂も嬉しそうに微笑んでいた。しかし、さっきまでの自分を見られていたかと思うと途端に恥ずかしさがこみ上げる。  
「な・・・・何でも無い!」  
突っぱねようとしたが、太い腕にぎゅっと抱きすくめられた。  
「ッ!?」  
突然の事態にァ千代は目を見開く。もがいても、もがいても。腕の主は離そうとしてくれない。  
「何をする!離せ・・・!!」  
力の限りを尽くし、宗茂を引き離した。  
しかし、ァ千代は宗茂の顔を見るなり驚いた。  
 
違う。  
いつも自分を見守ってくれている優しい眼差しは無く。  
深い情念を宿した瞳がそこにあった。  
 
 

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