唯一無二の主君である豊臣秀吉の言葉に、一瞬石田三成は言葉を失う。  
 初夏の日差しが柔らかに勢い衰え、夕闇へと迫る頃。  
 秀吉お抱えの小姓に呼ばれて参じた三成に、秀吉が放った言葉はあまり  
にも意外であった。  
(ーーなんとおっしゃられた?)  
 才子と讃えられる明晰なる頭脳で今一度言葉の意味を考えるが、やはり  
分からぬ。戸惑いの眼差しを渋々と秀吉に向ければ、人誑しの極意ともい  
える極上の笑顔で主は再度告げる。即ち、ァ千代を抱け、と。  
「……仰られる意味を計りかねますが」  
 考えることを放棄し、半ば自棄のように憮然と言い放つ。秀吉はきれい  
に整えられた己のあご髭を撫でながら、面白がるように瞳を細めた。  
「北条が渋とうて、戦が長びいとる」  
 憂慮するように潜められた眉根に、反射的に俯く。  
「ーー面目ございません」  
「三成を責めとるわけではない」  
 そういって子どものように屈託なく秀吉は笑った。  
 春より始められた小田原征伐。  
 秀吉の天下統一への総括ともいえるこの戦いは、文字通り日の本の大名  
のほとんどが秀吉の名の下に結集し、もはや反対勢力の唯一となってしま  
った北条を滅ぼすことを目的としている。しかし、圧倒的な物量をこちら  
は誇っているというのに、背水の陣、ということだろうか、一向に北条は  
降伏する様子を見せぬ。それだけならまだしも、最後の力で必死に抵抗を  
続けていた。すでに春は終わりを見せ、夏の足音が聞こえてきそうである。  
三成が咄嗟に謝罪をしたのは、戦に参戦している大名の一人としての不甲  
斐なさを責められていると勘違いしたからであった。  
「戦が長引けば士気も下がる。否、それ以上に、鬱屈した気持ちが裡に篭  
れば消化できぬ熱となる」  
 秀吉のひどく婉曲的な物言い。けれどすぐに三成は言わんとすることを  
察する。それは三成が聡いという以上に、彼自身もまた秀吉の告げる内容  
に思い当たることがあったからだ。  
 つまり、欲求不満である。  
 大名は戦が長引くことを予感しすでに妾を連れてきているもの、或いは  
呼び寄せたものも多い。しかし、そうではない一介の兵士たちは夜な夜な  
手淫にて己を慰めているが、それもこれ以上長引けばどうなるか分からぬ。  
 
そうした彼らの満たされぬ気持ちはどこに行くかといえばーーもはや語る  
までもない。  
 本多平八郎忠勝が娘、稲。  
 西国の女城主、立花ァ千代。  
 どちらも甲乙つけ難い美女であった。しかし、稲の背後には徳川の守護  
神とあだ名される本多平八郎が控えている。一瞬の気の迷いで蜻蛉のごと  
く切り裂かれては敵わぬ、とさすがの兵士たちも怯えていた。となれば、  
残る立花ァ千代に慕情が向けられるのは至極当然のことといえよう。闇千  
代も、また忠勝ほどではないにしろ、並みの男では太刀打ちできぬ武士で  
ある。だが、滾る劣情を抑えることに必死な愚かな男たちは、具足を纏い  
ながらもなお美しさを損なわぬァ千代を侮っていた。このままでは、考え  
無しの愚か者どものがァ千代の愛刀「雷切」の餌食にされることも予想さ  
れる。事態は非常にまずい。聞き及んだところによれば、数日前、悋気ゆ  
えに私闘を始めかけた兵士たちもいるらしい。  
「火が大きくなる前に、三成、お前にァ千代を抱いて欲しいんさ」  
 相変わらずの人懐っこい笑みで明るく言い放つが、要するに全ての災禍  
を背負え、ということである。ァ千代が三成に大人しく組み敷かれるかは  
分からぬがーー平生の様子を顧みるに絶対にあり得ぬだろうーー万が一、  
成功したならば、今後ァ千代に向けられる慕情ゆえの嫉妬は全て三成に注  
がれるのである。秀吉の重臣でありながらも若き才子は侮られている風潮  
があった。果たして自分如きが抑止力になるだろうか。いっそ秀吉が抱け  
ば良いのではないかーーと思いかけて、いつの間にかひょっこり現れて参  
戦している、秀吉が正室ねねの怖さを思い出す。口ごもった三成を満足げ  
に眺め、その手に小振りの瓶を握らせた。内容を眼差しで問えば、茶目っ  
気のある笑顔で「ねねの持ってきた酒じゃ。契る前に呑めば気分も盛り上  
がろう」と後押しする。突き返すことも出来ぬまま、気付かれぬよう密や  
かにため息をつく。  
「……検討をさせていただきたく存じます」  
 辛うじてそれだけを告げ、三成は辞した。  
 
*  
 
「三成」  
 そう、気安い様子で名を呼び近付いてきたのは、他の誰もない立花闇千  
代本人であった。夕暮れの昏さの中あって、なお際立つ姿に足を止める。  
戦中であるため具足は纏っているが、額当てだけは外されており、女にし  
ては短過ぎる柔らかそうな髪が爽やかな風にたなびく。化粧気はないが、  
裡から滲み出るような意志の強さと凛然たる雰囲気が、華やかな美貌をい  
っそう引き立てる。百合のように真っすぐな佇まいと、ふとした仕草から  
滲み出る品の良さが殺伐とした陣内で殊の外目立った。眩しさを耐えるよ  
うに微かに目をすがめ、三成は応える。  
 
「なんだ」  
「相変わらず素っ気ないな。用がなければ立花と話をするのも苦痛か」  
 年頃の娘がしおらしく詰るように言ったなら鬱陶しいと感じるだろうが、  
不思議とァ千代には不快を感じることはなかった。三成が好まぬ女々しさ  
がないのだ。  
「……話か」  
「そうだ。しばらく忙しくて、話らしい話を貴様としていないことを思い  
出した」  
 目の前に自分がいなくとも自分を気にかけてくれているという事実が、  
単純に三成は嬉しかった。一瞬脳裏に目を通さねばならぬ書簡の量が浮か  
んだが、微かに頭を振って忘れる。  
「それはなんだ」  
 不意にァ千代が三成の掌中にあった瓶に視線を遣る。つられるように見  
下ろし、先ほど秀吉に押し付けられた酒であることと、同じく押し付けら  
れた命を思い出す。暗澹たる思いのまま「秀吉様より頂いた酒だ」と答え  
れば、女は笑う。  
「奇遇だな。立花の陣にも、貴様に馳走してやろうと思って持ってきた酒  
がある」  
 九州の酒は旨いぞ、と嫌味なく屈託なく誘う姿に、後ろめたさが募った。  
その後ろめたさを振り払うために、三成は酒の入った瓶を示すように持ち  
上げてみせる。  
「……少しだけなら、付き合ってやらんこともない」  
 素っ気なくいう。  
 だというのに、女は嬉しそうに破顔した。  
 
 
 立花勢の陣へ訪れるのは初めてであった。  
 小姓が酒と二つの杯を持ち、2人の前に丁寧な仕草で置く。  
「すまぬな。あとはよい、下がれ」  
 ァ千代が促すと小姓は恭しく礼をし、足音も立てずに幕から出ていった。  
「立花家の家紋は祇園守紋に変わったと聞いていたが」  
 杯に酒が満たされる音を聞きながら、掲げられた旗指物を見上げる。藤  
色地に抱き杏葉が染め抜かれた布が風になびいていた。無論、抱き杏葉が  
筑前立花家代々の家紋であることは知っている。だが、当主が立花宗茂  
ーーつまり、ァ千代の夫である宗茂に変わってからは祇園守紋に変わった  
はずであった。  
「夫が勝手に行ったこと。わたしは父上がお使いになられていた杏葉こそ  
が立花に相応しいと考えている」  
 その刺を含んだ物言いに、もう一つ思い出したことがある。  
 宗茂とァ千代は別居していた。  
 
 女だてらに戦場に立ち、並みの男ですら成し難い武功を立てる雷神の如  
き女房を、宗茂は夫としての面目を潰されたとして疎んじているという。  
この度の小田原参陣もァ千代の独断だと、そういえば己の臣でありながら  
情報通の島左近から聞いていた。なれば、この杏葉の旗指物を掲げる立花  
軍は、ァ千代の私軍ということだろうか。呆れるほどのじゃじゃ馬ぶりに、  
三成は思わず笑った。  
「何がおかしい」  
「とんだじゃじゃ馬だと」  
「立花は立花として相応しいことをしている」  
 憮然とァ千代が言い放つ。  
 大人びた容貌に忘れがちになるが、感情豊かに表情を見せるとき、三成  
よりも9つも年下なのだということを思い出す。  
「では問う。立花として相応しいこととはなんだ」  
 2人で杯を持ち上げ、同時に口に含む。果物のような瑞々しい芳香と甘  
さが口内に広がった。卓の上、小姓の持ってきた瓶にはまだ栓がされてい  
るをみると、どうやら秀吉から賜ったほうの酒を先に注いだようだ。酒の  
印象はァ千代も同じだったようで、呑み易い、と感嘆しながら九州育ちの  
酒豪はするすると杯を乾かす。気持ちのよい呑みっぷりを讃えるように、  
三成が手ずから酌をしてやる。  
「ーー戦に完璧なる勝利をおさめ、立花の名を世に知らしめることだ」  
 ほんのり頬を朱に染めながら、女がはっきりと告げた。そうして、三成  
によって満たされた杯を再び飲み干す。  
「その戦の完璧なる勝利に、もしーーもし、貴様の犠牲が必要だとすれば、  
どうする」  
 気まぐれに問う。  
 ァ千代は大きな瞳を幾度か瞬かせ、すぐに微笑む。紅潮した頬は情事の  
最中を想像させるようで、毒となりかねぬほどの色気を孕んでいた。おそ  
らく長引く籠城戦によって力を有り余らせている兵士たちがこのァ千代を  
見れば、よほどの自制心がない限り押し倒そうとするだろう。股間に血が  
集まりかけていることを自覚しながら、三成は必死で残してきた仕事の続  
きを頭の片隅で考え始める。少しでもァ千代の潤んだ眼差しから注意を逸  
らしたかった。  
「立花の犠牲か」  
 言いながら、ァ千代は「暑い」と呟いて小手や胴当てを外し始める。軽  
装になればなるほど彼女の華奢な線が浮き立つ。鍛えられたしなやかな身  
体、しかし姫君然とした白い肌。  
「必要なれば、いつでも背負う覚悟は出来ている」  
 はっきりと告げるも、その声には甘さが含まれていた。どうやら酔って  
いることは一目瞭然である。酒を飲めば酔うのは当然だがーーそれにして  
も、いつもより些か早い。そして、不自然なほど色っぽい。まるで三成を  
誘惑しているようでもある。怪訝に思って秀吉から賜った酒瓶を見下ろす。  
そういえばねねが持ってきた、と秀吉は言っていた。そうして契る前に呑  
めと。  
 
(ーーまさか)  
 ひやり、と背筋を伝うものがある。  
 秀吉の正室ねねは忍であった。以前、ねね本人から、暗殺のために寝所  
に潜り込むくのいちは忍特製の媚薬を携帯することがあると聞いたことが  
ある。どんな人間でも発情させる強力な媚薬を標的に呑ませ、その気にさ  
せて寝所に連れ込ませるのだ。三成も必要なら分けてあげるよ、と朗らか  
に言われ、居心地の悪い思いをしたことを思い出す。おそらくこの瓶の中  
身はその媚薬なのだろう。  
「……三成、すまぬ。立花は酔ったようだ」  
 己の不甲斐なさを恥じるように視線を落とす。暗に帰って欲しいと促さ  
れていることには気付くーーが。  
「そうか、おれもだ」  
 媚薬を呑んでいるのは三成も同じこと。ァ千代より量は少ないためまだ  
落ち着いていはいるが、見目麗しい女人に熱っぽい眼差しで見つめられれ  
ば、健全なる男子として当然の感情を催す。半ば自棄のように杯を飲み干  
し、立ち上がる。  
「必要ならば背負う覚悟がある、と言ったな」  
 座ったまま戸惑っているァ千代の手首を掴み、強引に自身に引き寄せた。  
微かにあげた悲鳴は甘く、どこか悦びを滲ませているようでもある。  
「ならば、背負ってもらおう」  
 拒絶の言葉はないーーなぜなら、その唇を三成の唇が塞いだからだ。  
 
*  
 
 唇を吸えば、しばらく躊躇うような間があったものの、すぐに応えるよ  
うに舌を絡めてきた。少々潔癖のきらいがある三成は、常から女人と肌を  
合わせることを好まぬ。ましてや相手は同志として共に戦場に立つァ千代  
である。美しいと思うことはこれまでも何度かあったが、そのような劣情  
の対象にしたことは皆無であった。それだというのに、今は目の前の闇千  
代を抱きたくてしようがないーー忍の媚薬が非常に強力であることは窺い  
知れた。  
「あ……ふっ……」  
 乱暴抱きすくめたため、勢いで2人の身体が卓にぶつかる。弾みで杯や  
瓶が地面に落ちた。柔らかな大地に受け止められ割れることはなかったが、  
大きな音に控えていた小姓らァ千代に何事かと問う。唇を離し、視線を交  
わせば、少し唇を噛み締めて逡巡した様子を見せた後、ァ千代が陣の外に  
なんでもないと返す。助けを求めることも可能であったのにしなかったと  
いうことは、行為を受け入れたも同然である。間隔短く繰り返される呼吸  
に混じって、甘えるようにァ千代が小さく啼く。  
「み、三成……」  
 恥じらうようにァ千代が視線を伏せる。  
 
 普段の凛とした佇まいからは想像もできぬ、幼くも艶やかな仕草。  
「やめるか」  
 形式ばかりの問いであることは互いに分かっていた。ァ千代は否定する  
ように小さく頭を振るが、それでも釈然としないように俯く。  
「ここで、か」  
 言う間に三成の手は袴の帯を外し、ァ千代の柔らかな内股に指を這わせ  
ていた。  
「嫌か」  
「聞こえる……」  
 何が、と訊ねなくてもすでに分かっている。常に先陣で、よく通った大  
きな声で味方を鼓舞する武士とは思えぬ言葉に、三成は思わず笑う。確か  
にァ千代の凛とした声は、軍議などで抑え気味に発言してもよく聞こえて  
いた。なればどれほどいやらしく啼くのだろう、と興味が湧くのが男の常  
である。  
「聞こえねば意味がない」  
 にべなく答え、拒む隙を与えぬよう素早く足を開かせ、秘所に指を宛て  
がう。媚薬の効果か、あるいはァ千代自身がもとから淫らなのか分からぬ  
が、すでにそこは潤んでいた。涎のように垂れた蜜は黒い茂みをしっとり  
と湿らせている。  
「……すごいな」  
 薬に対してか、ァ千代に対してかーーもはや三成自身も分からぬ。だが、  
感嘆を聞いた途端、ァ千代はこれ以上ないというほどに頬を染め、顔を逸  
らした。  
 緩慢な動きで秘部を指先で探る。  
 閉じぬよう腕で開かせていた腿に緊張が走った。素直な反応が可愛らし  
くて、次いで何度も何度も擦る。時には少し激しく、或いはゆっくりと繰  
り返せば、ァ千代が逃げるように身をよじった。嫌がる素振りをするもの  
の、蜜はますます溢れ、もっと欲しいのだとねだっているようでもある。  
「三成……っ」  
 呼吸は激しさを増す。  
「どうされたい?」  
 緊張に強ばった腿を優しく撫でる。そうして、摩擦が起きぬようもう一  
方の己の人差し指を舐めて唾液を含ませ、そっと差し込む。淫唇はすでに  
開ききっており、容易に三成の指を受け入れいるが、びくり、と一瞬闇千  
代の背が跳ねた。  
「三成……そこは……」  
 背後から抱きかかえている三成の鼻孔を、伽羅の芳香がくすぐる。汗に  
よっていっそう際立たされたァ千代の髪の匂いであった。  
「あ……っ」  
 漏れる声はどこまでも甘い。  
 
 熱い内壁を擦るように指を動かしながら、添えるように宛てていた親指  
で陰核を緩急つけて擦る。濡れた声を吐息とともに漏らしながらも、未だ  
懸命に唇を噛み締めて必死で声を押し殺す。それでは意味がないーー闇千  
代が三成に抱かれていると、知られなければならぬのだから。差し込んだ  
指を増やし、さらに内を攻める。そうする一方で、空いているほうの手で  
乳房をまさぐった。すでに固くなった頂を指でつまんで擦れば、耐えきれ  
ぬといった様子でァ千代が喘いだ。  
「み、三成……っ」  
 憤りを込めた声も、しかし少しばかり指先に力を込めただけで、呆気な  
く嬌声へと変わる。支配欲を満たしながらもかき立てる姿に、保っていた  
余裕が無くなった。焦らすように円を描くように乳房をなぞりながら、頂  
を爪で軽く引っ掻く。と同時に、下の唇に差し込んだ指先を緩急つけて出  
し入れする。それだけでァ千代はしなやかな身体を震わせ、生理的な涙を  
浮かべて啼く。  
「ーー先ほどの小姓は、主の醜態をどのように感じているのだろうな」  
 口づけるような距離で耳元に囁けば、いよいよァ千代の白い肌が赤くな  
った。泣きそうな顔で、縋るような表情で、けれど凛とした強い眼差しで  
三成を見上げる。もの言いたげに震えるも、間断なく与えられる快感によ  
って荒い呼吸を繰り返す。  
「貴様が……これほど……っ……性悪だと……は……思わなかった……っ」  
 飲み込むことの出来なかった唾液は唇を濡らし、艶やかな光を放ってい  
た。  
「心外だな。おれは貴様の熱を鎮めてやろうとしているだけだ」  
 嫌なら止めるが、と口先だけの提案をする。ひどく悔しげにァ千代は顔  
を歪め、何も言わずに顔を伏せた。平生では信じられぬほど素直な反応で  
ある。  
 唇を寄せ、舌先を差し出せば、反射のようにァ千代も舌先を出した。ま  
るで乞うているかのような真っ赤な舌に己の舌を絡めて、口づけを交わし、  
そのまま深く唇 と。を吸う。溢れ出た唾液を頓着することなく、欲情の  
ままに繰り返す。  
「ーー……で三成殿がこちらにいらっしゃると」  
 少し離れたところで、聞き慣れた声。  
 上田の真田源二郎幸村の声であると思い至ったのはすぐであった。  
 
「え、と。はい、いらっしゃいますが……その……っ」  
 幕の向こう側でしどろもどろに立花の小姓が返答する。その慌てぶりは、  
己の主と客人の繰り広げている行為を承知していることを雄弁に語ってい  
た。逃れようとするァ千代の耳朶を舐め、三成は幕の向こう側に声をかけ  
る。  
「幸村」  
「三成殿?」  
 幸村の動く気配。  
 腕の中のァ千代の身体が一気に強ばる。  
「ァ千代が悪い酔いしたため、介抱をしている。醜態ゆえ見られたくない  
と本人が言っているのだ。悪いが覗かずにいてくれるか」  
 三成の言葉に、幸村が立ち止まったようだ。そういうことでしたら、と  
疑うこともせず幸村が普段通りの朗らかな調子で了承する。幸村に痴態を  
見られることに怯えていたァ千代は大仰なほどに胸を撫で下ろすから、三  
成は笑う。笑って、さらに言葉を重ねた。  
「しばし、そこで待っていてはくれぬか」  
 弾かれたようにァ千代が三成に顔を向ける。  
「聞かれたくなければ、耐えよ」  
 囁けば、女が顔をしかめる。  
 美しい女の美貌が屈辱に歪むときほど、男の支配欲が満たされることは  
ない。ァ千代のように気位が高ければ、なお一層のこと。  
「……この性悪が……!」  
 再び笑う。  
 そうして乳房を口に含み、固くなった頂を舌先で嬲りながら、己の袴の  
帯を緩めていきり立った自身を取り出す。非難に口開く前に、己の指をく  
わえさせる。湯のように熱い口内は柔らかく、少し指を動かすだけで女の  
鼻から甘い息が漏れた。本能的にだろうか、まるで赤子のように夢中で三  
成の指をしゃぶるァ千代が愛おしくて、そっと伽羅の匂いがする艶やかな  
髪に接吻した。そのまま卓に両手をつかせて、背後から固くなったものを  
挿し込むーー耐えきれずに嬌声をあげるが、強引に掌で押さえ込んだ。行  
き場を失った熱に身体を震わせ、一粒二粒涙をこぼす。  
「っ……ぁあ……ぅっ……」  
 堪えるように身体を折り曲げ、拳を握って快感に耐えるいじらしい姿に、  
やはり三成の加虐心が疼いた。  
「耐える必要はないのだぞ」  
 揶揄するように告げれば、唇を噛み締めたァ千代が三成を睨む。普段な  
ら少しばかり気圧されるが、今は完全に主導権を自分が握っているという  
自負があった。ひと際強く貫けば、瞬く間に悦びに顔を歪めてァ千代が喘  
ぐ。  
 そこでふと気付く。  
(不仲と言えど、夫婦は夫婦ということか)  
 破瓜の様子がないことに、得体の知れぬ苛立ちを覚えた。三成も、これ  
までに決して多くはないが、それでも幾人もの女人とは肌を合わせている。  
無論、生娘ばかりというわけではないし、これまでそのことに頓着してき  
たこともない。だというのに、男勝りでありながらも百合のように美しい  
武者が、すでに何者かーー確実に夫の宗茂であろうがーーの手によって女  
となっていることが面白くない。  
 
 覆い被さるように身体を重ね、うなじに口づけを落とす。そうして、そ  
のまま首筋へと流れるように舌先でなぞる。無論、優しい愛撫を続けなが  
らも、下半身では激しく腰を打ち付け責め立てていた。声を出すことも許  
されず、上も下も嬲られ続けているァ千代は、しおらしく涙をこぼしなが  
ら拳を握って耐える素振りをしながらも、まるで仕返しとばかりに中で三  
成を激しく締め付ける。  
「……三成殿?」  
 怪訝そうな幸村の問い。  
 耐えねば自身のあられもない姿を知られる、とァ千代が焦れば焦るほど、  
理性とは真逆に身体は興奮するようであった。より蜜を垂らし、狂おしい  
ほどの快感に必死で溺れまいと耐える。そうなれば、意地でも乱したくな  
るのが男の矜持だ。これほど懸命に愛しているのだーー我慢されて、たま  
るものか。  
「おれ一人で不足ならば、幸村も呼ぶか?」  
「……や……っ」  
 即座にァ千代が首を振って嫌がった。  
「おれ程度では満足できぬのだろう」  
 出来る限り冷ややかに告げる。  
 無論、三成に他の男ーーたとえ親友であろうともーーの裸を見ながら情  
事を楽しむ性癖はない。ァ千代が確実に拒むことを知っての問いであった。  
「駄目……だ、三成……っ。貴様以外、に……見られるなど……!」  
 小さな、本当に小さな声でァ千代が懇願するーーそれは、予想外の返答  
で。  
(おれは秀吉様に言われたがため……抱いているのだ)  
 言い聞かせるも、こみ上げてくる想いがある。  
 ァ千代がこうして己を受け入れてくれているのも忍の媚薬ゆえ。一時的  
な熱情を、ただこうしてやり過ごしているに過ぎぬのだーーと、惑いそう  
になるたびに言い聞かせてきた。  
 だが、たった一言。  
 けれどそのたった一言で、淡い期待は一気に膨らむ。自覚してはならぬ  
と押し込めてきた想いが、一気に溢れ出す。  
 
 一瞬緩慢になった動きに、解放されたのかと安堵混じりの表情でァ千代  
が見上げてくる。  
 けれど。  
「ーーそうか」  
 呟いて再び、今度はいっそう強く腰を打ち付ける。  
「あ……ん……っ……み、みつなり……ーーっ」  
 もはや互いに堪える余裕すらない。  
 淫らな水音とともに、隠しきれぬ喘ぎ声が夜空の中に吸い込まれてゆく。  
 
*  
 
 後日。  
 九州の勇婦立花ァ千代と石田治部少三成が恋仲であるとの噂が、陣中に  
て実しやかに囁かれるようになった。大方の兵士たちは秀吉の思惑通り、  
ァ千代への思慕を諦めたようであった。しかし、中には女人の如き麗しき  
治部少を交えてでも構わぬと豪語するものも現れーー結局、小田原征伐が  
終了するその日まで多忙なる治部少を煩わせることとなる。  
 

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