妻の言葉に夫たる男は顔をしかめる。
その言葉より明らかな様子に、男が口を開く前に、妻ーー立花ァ千代は
憤然たる様子で立ち上がった。
「ならばもう構いませぬ! ァ千代は一人でも参じますゆえ!」
怒声のような一喝を室内に響かせ、くるりと身を翻す。慌てて夫、つま
り立花宗茂は手を伸ばしてァ千代の小袖の裾を掴んだ。
「ぎん、待ちなさい」
「お離しください、宗茂さま」
真冬の海に吹き荒れる風の如き冷ややかな口調で言い捨て、宗茂の手を
ぴしゃりと払う。2人は夫婦となる以前の幼き頃からの付き合いであるた
め、すでに宗茂はこのようなァ千代の仕打ちに慣れていた。臣に言わせれ
ば嘆かわしいことこの上ない、ということになるだろうが、宗茂からすれ
ば手負いの子鹿に似た愛らしさがある。獰猛を装いながらも、時おりふと
見せる愛嬌が可愛らしくてしようがない。現に今も、予想外に派手な音が
立ったことに驚いたァ千代が、口をつぐんで気遣わしげな視線をそっと宗
茂に送っていた。
「ぎん、落ち着いて考え直しなさい。女人が戦場に立つということがどれ
ほど危険かを」
叩かれた手を大仰に擦ってみせる。実際には赤く腫れているということ
もなく、痛みもなかったのだけれど。
「女ではございません。わたしは立花でございまする」
「知っている。かの秀吉殿に剛勇鎮西一と詠われし九州随一の勇婦。だが、
敵はそのような目でそなたを見ない」
静かに告げる。
悔しそうに下唇を噛み締め、なにかを堪えるように眦に力を込める様は、
とうに彼女も宗茂の言わんとすることを承知しているに他ならぬ。それで
もなお、父立花道雪より譲られし「雷切」を携えて出兵しようとする。そ
の心根を、宗茂は夫として誇りに思っていた。
天下人豊臣秀吉より小田原征伐への参戦を命じられたのは、一月ほど前
のことである。立花家は数年前、主家であった大友氏が薩摩の島津に攻め
滅ぼされそうになったおり、秀吉からの救援を得た義があった。また、そ
の時の立花家当主としてのァ千代の武功ゆえに直臣大名として取り立てら
れた恩もある。恩義に報いるために小田原へ出陣するのは当然だとァ千代
は勇み立ったが、宗茂としてはどうも気乗りしない。秀吉は女武士として
のァ千代を買っており、是非にとァ千代の参戦を望むのだが、かの天下人
の好色ぶりは遠く離れた九州にも届いている。幼き頃より筑前はもとより
九州でも有名なる美貌を持つ妻を、さすがにそのような男のもとへは笑顔
で送り出すことなどできぬ。だが、ァ千代に夫としての憂いなど分かろう
はずもない。そもそも己の魅力に対しても頓着のない烈婦は、単に宗茂が
渋るのは、武士としての自分の腕への侮りだと思い込んでいた。
「……女だと侮る連中など斬り捨てるまで」
なんでもないことのようにァ千代は呟く。それが過信でもなんでもない
ことは、宗茂も分かっていた。確かに彼女は並みの男たちよりも強い。し
かし、それにも限界がある。味方優勢のうちならば案ずることはないだろ
う。怖いのは味方が劣勢となり、多数を相手取らねばならぬ時だ。女の身
では体力に限界も来よう。その後の末路を、よもや知らぬわけでもあるま
い。
「敗戦し、敵兵に捕われたらどうする。無論、わたしもそなたを救うため
に尽力致そう。しかし、捕虜となったそなたの身に保証はない……」
「わたしなど切り捨てれば良いでしょう」
唾棄の勢いでァ千代が言い放つ。
常に前に進むことしか考えぬ女武者は、例え話でも敗戦を想像すること
を厭う。あまりに素直な反応に宗茂はくつくつと喉を鳴らした。
「そうもゆかぬ。立花の城主はそなたであろう。わたしのようなものでは
道雪殿の御遺志を継げず絶やしてしまうやも知れぬ」
殊勝な言葉にァ千代は逡巡の様子を一瞬見せる。
立花家を存続させるーーそれは志半ばで倒れた舅の悲願であった。
「ぎん、なにもわたしは武功を立て、立花の名を日の本に知らしめんとす
るそなたの、当主としての意気に反対なわけではないのだ」
意外そうに妻は小首を傾げた。やはり、と宗茂は微かに苦笑する。真っ
すぐな性格のァ千代は、真っすぐ過ぎるがゆえに思い込みが激しいきらい
があった。特に、婿養子として立花家に入り、実質的に立花家当主となっ
た宗茂に対してその短所は顕著であり、宗茂の一言一言を悪い方向に曲解
して解釈することが多々あった。臣らに夫婦不仲と囁かれる一因である。
「ただ、戦に敗れようとも必ずや筑前に戻ってきて欲しい。だが誇り高き
そなたのこと、万が一捕虜となり、拷問に耐えきれず口を割ったとなれば
自刃する心づもりであろう」
問えばァ千代は頷く。これにもやはり宗茂は苦笑する。
「おいで、ぎん。そなたが拷問に耐えられるかどうか試してみよう。見事
耐えられたなら出陣することを許そう」
柔らかな手つきで手招きをする。
かつて一度もその手を妻が拒んだことはなかった。
*
帯を解き、ァ千代の両手を縛る。
「わたしの顔が見えては雰囲気がでぬゆえ、我慢してもらうぞ」
申し訳なさそうに告げて、手ぬぐいて目隠しをする。薄暗い部屋の中、
帯を解かれ着物を乱したァ千代の姿はひどく艶かしく、美しかった。
「宗茂さま……?」
視界を奪われた頼りなさでァ千代が問う。
両手を縛られ、豊かな肢体を惜しげなく男の前に晒しているのに
ーー己の淫らな姿を見られていることを知らぬあどけない仕草が、宗茂を
煽った。普段よりなにかと宗茂に突っかかる気位の高さが、たった視界と
両手の自由を奪われただけでこうも容易く砕かれるか。夫婦としての契り
は何度か交わしている。けれど、これほどまでに無防備な妻の姿は初めて
であった。いい知れぬ優越感と支配欲が湧く。
「もはやわたしはそなたの夫、立花宗茂ではない。敵軍の将と心得よ」
「了承致しました……っ」
まず、早急な手つきで太ももを割る。手を這わせ、探るように秘部へと
近付く。それだけでァ千代の唇から小さな吐息が漏れた。耐えるようにし
なやかな身体が硬直し、背中を浮かす。感じているのだと、すぐに分かっ
た。
「名家立花の当主たるァ千代殿が、某のような下賤のものに辱められて感
じているとは」
「感じてなど……っ」
言葉とは裏腹に、すでにしとどに蜜を垂らす秘部に指先を触れる。びく
りと震えた身体に人知れず笑みを浮かべて、申し訳程度に肢体を隠してい
た着物をはだけさせる。寒さゆえか、快感ゆえか、すでに固くなっている
乳房の頂にそっと舌先を触れさせた。
「……あっ」
なにかを耐えるかのように身じろぎする。けれど固く結ばれた帯は無慈
悲に自由を奪われ、もどかしげにァ千代が喘いだ。秘部に宛てがっていた
指にはべったりと蜜が絡み付いている。指通りのよくなったことに満足し
て、爪だけでそっと陰唇をなぞった。
「あっ……うぅ……む、むねしげ……さま……ぁ」
「某はァ千代殿の夫に非ず」
にべなく応え、舌先を頂を潰すように強く押しあてる。そのまま水音を
立てるようにゆっくり舐めれば、苦しそうにァ千代が悶えた。
「貴殿らの総大将、豊臣秀吉公はどこへ逃げた。言えばすぐに解放してや
ろう」
緩やかな仕草でなぞっていた陰唇に、とっぷりと指を挿し込む。
「ああっ」
身体をびくびくと震わせ、身体を折り曲げて必死に快感に耐えようとす
る。そうはさせまいと、空いていた腕でァ千代のまとめられた腕を畳に押
しあて、己の足で太ももを固定すれば、我慢できぬとばかりに涙を滲ませ
た荒い呼吸を繰り返す。
「それとも某に陵辱されるがお好みか。とんだ淫乱だな」
「い、淫乱などと……っ」
「これほどに涎を垂らしてよくいう」
指先の絡めた蜜を、固くなった頂きに塗り付ける。そうして片方を吸い、
片方を濡れた指先で愛撫すれば、蕩けそうな声でァ千代が啼く。
「あ……あぁっ、あ……ん……ふっ……」
けれど、決して達しないことを宗茂は知っていた。乳房をねぶっている
と、まるで乳を授けられている子どものような心地がして、宗茂は好まな
かった。ゆえに、あまり契る時に責め立てて開発をしてこなかったのであ
る。だからこそだろう、激しく宗茂が愛撫すればするほど紙一重で達する
ことの出来ぬァ千代は、必死に動かぬ両手を畳に擦り付けて抵抗した。
「も、もう……お許しください……宗茂さま……ーーどうか、指だけでも」
懇願は嬌声に飲み込まれる。
「申しているだろう、某は宗茂などというものではない」
努めて平静を装って宗茂は顔をあげて言い放つ。目隠しをしておいて正
解であったなと、心中でほくそ笑む。でなければ、隠しきれぬ嬉しさでつ
い口許には笑みが浮かんでしまうのだ。矜持の高いァ千代は、普段の閨で
は無口であった。時おり態度には出すものの、滅多に宗茂になにかを求め
ようとはしない。それが今、こうして必死に宗茂を求めているーーああ、
なんと可愛らしいのだろう。
「ああ……んっ……お願いです……指だけでも……っ」
「指だけでも?」
意地悪く問う。
よほど恥ずかしいのか、ァ千代は頬を赤らめて口をつぐんだ。それなら
ば、と執拗に頂を責め立てる。
「捕虜たるァ千代殿の思い通りに某が振る舞わねばならぬ道理もない。
が、気まぐれに応えても構わぬ。どうして欲しいか言ってみよ」
「……くっ……屈辱だ……っ」
「屈辱を与えているのだ、当然であろう」
怒りを滲ませたァ千代の言葉に、宗茂が朗らかに応える。
「さて、どうして欲しい?」
「指を……」
「指でさらにこちらを責めれば良いのかな」
わざと頂をつまんで強く擦れば、ふるふるとァ千代が首を振った。
「指を……どうか、わたしの……」
「わたしの?」
これ以上ないというほどに、ァ千代の白い肌が朱色に染まっている。そ
れが己の手によるものだと感じる瞬間ほど、幸せなことはない。誰よりも
勇ましく、誰よりも美しい立花ァ千代。彼女を屈することが出来るのは自
分唯一人なのだという自負は、温厚な人柄と称させられる宗茂を、この時
ばかりは獣のように獰猛にさせる。
「……わたしのーーに!」
自棄のようにァ千代が叫んだ。
「上出来だ、ァ千代殿」
くつくつ楽しげに喉を鳴らして宗茂は乱暴に指を秘部に挿し込む。開き
きった陰唇は待ちこがれていたものを受け入れた悦びで、痛いほどに締め
付けてくる。自身の男根であったなら、そ想像するだけで股間が疼いた。
挿し込んだ指を上下に動かしつつ、顔を寄せ、赤くなっている陰核を舐め
上げる。
「ああんっ」
最も敏感な個所に愛撫され、ァ千代が悲鳴を上げた。
「も、もう……っ」
「もう?」
乱れきったァ千代とは対照的に、いっそ冷淡なほど静かに宗茂が問う。
「もう、これ以上されたら……わたし……っ」
「下賎のものの手に果てるかーー立花家当主が」
侮蔑を滲ませて告げる。
許されぬ行為と分かっているものほど、人は堕ちてゆく。それは天下人
にして剛勇と讃えられし女武者も例外ではない。
「惨めだな」
嗤う。
一方で、間断なく激しく指と下で彼女を弄んだ。
そうして。
「ーー……あぁ……ぅんっ」
ひと際甲高く啼いて、誰よりも愛おしい女性は果てた。
*
荒く息を繰り返し、ァ千代が呼吸を整える。
「宗茂さま、もうほどいてくださいませぬか……?」
相変わらず視界と両腕の自由を奪われたままの、頼りない妻の姿を見下
ろしながら宗茂は微笑んだ。
「何度も繰り返すがーー某はそなたの夫ではない」
信じられぬ、とばかりに小さくァ千代が声をあげた。だがそれに構うこ
となく、宗茂は首筋に汗で張り付いた髪を指で払ってやる。そうして、口
づけるように唇を耳朶によせ、そっと囁く。
「ーーこの程度で果てるようでは、小田原へは行かせられぬな」
絶望にたたき落とす、その快感に酔うように。