夜もとっぷりと更けた刻、今日、婚姻の儀を交わしたばかりの一組の男女が寝屋にて対峙していた。
これが二度目の輿入れである女と、その女より二周りも齢を重ねた男。
夫も妻も真新しい白い衣に身を包み、初夜であることを暗に示していたが、その顔つきは初々しい新婚の男女のそれでは無く、どこか神妙な面持ちであった。
男は哀しいまでに生真面目な性分であった。
ひとたび戦に出かければ、その獰猛さに、人は彼を「鬼柴田」「瓶割りの柴田」と呼び恐れたが、普段の彼は非常に不器用で剛直な男であった。一途に想いを寄せる女がいる故、他の女を抱くことが出来ずに、この歳にして正室がいない程であった。
そしてこのたび迎えた妻こそ他でもない、彼が密かに長年、心の内で愛し続けてきた女であった。
男の名は勝家、女の名は市、という。
勝家の居城、越前国・北ノ庄城にて二人は晴れて夫婦となり、今宵めでたく初夜を迎えることに相成った。
が。
「それはなりませぬ、お市様」
「どうしてなのです、勝家」
婚姻を結んだ男と女が床を一つにする、と言えば当然男女の営みを交わすことであり、お市はとうに覚悟を決めていたのだが、何故か勝家はそうしようとはしなかった。
お市は前夫と離別、いや死別した。
だがそれから十年経った今でも彼女が前夫を心から愛しているということを勝家は誰よりも深く知っていた。そしてその事実を認めながらも彼は黙ってお市との縁談話を受け入れたのだ。
別に未亡人となった彼女を手に入れる為では無い。ただただ愛しい彼女を守る、その為だけに夫婦となったのである。
愛する女を娶ったのであるから、すぐさまその体を存分に抱けばよいものを、彼はその生真面目さ故、出来なかった。"据え膳食わぬは男の恥"と言ったもんだが、例えどんなに腹が空いていても、他人の膳には手を出せない、そんな男だった。
「以前、申し上げたとおりです。わしがお市様と共にあるのは織田家の為」
「私は形ばかりの夫婦など嫌です。勝家、お前は私が織田を守る為だけに齢が二十五も上のお前の元に嫁いだと思っているのですか」
「しかし!それは……」
頑固な勝家に困憊したのと、「織田の人間」ではない、ただの「市」という女である自分を受け入れて貰えない悲しみに、お市は淋しそうに溜め息をついた。
「やはり……かつて他の男と契りを交わしていた使い古しの女など、汚らわしいと思うのですか」
「わしは左様なことは……!」
お市の溜め息を勝家は即座に否定した。嘘のつけない男である。
確かにお市が他の男に抱かれていたことが気にならない訳では無い。だが彼の気がかりは彼女では無くむしろ自分の方にあった。
彼が気にしているのは、女盛りの新妻の肉体を果たして自分のような、盛りのとうに過ぎた男が満足させられるのか、ということであった。
妻の前夫は彼女と年の頃も釣り合い、若くしなやかな肉体の男だった。それ故彼女との間に多くの子を成すことも出来た。
それに対し自分の何と醜くく年老いたことか。どちらが劣っているかなど勝負する前から明確だ。齢故に仕方無いとは言えども、女子一人も満足させられないなど、流石に男子たる者、面子が立たない。
まだ訝しがるお市の姿を見、勝家は唾を飛ばしながら懸命に捲し立てた。
「お市様は、う、美しい!本来ならば、さ、山賊などと揶揄されるわしなんぞが娶れる立場のお方では無い!他の女子などわしの目には映らないし、お市様が傍におれば大輪の花ですら霞む!」
そこまで言って勝家は慌てて口を噤んだ。どさくさに紛れて自分の耐え忍んできた想いまで口にしてしまった。
"汚らわしい女"という自分の言葉を力の限り否定する勝家にお市は一瞬面食らった。だが直後慌てふためく彼の姿にその言葉には何ら嘘偽りが無いことも、勝家の自分に対する真意も感じ取り、ふふっと愛らしい笑顔を見せた。
「よく分かりました」
「い、いや……そのわしは……」
「でも私を……こんな私を美しいと思ってくれているのでしょう?」
「その……はい」
「ならば来なさい」
お市は自ら寝間着の帯紐を解き、その白い裸身を彼の前にて露わにした。お市の思いがけぬ大胆な行動に勝家の目は大きく見開かれた。
「さあ……」
少女のように小ぶりながらも、果実にも似た二つの膨らみは勝家を誘うかのように揺れていた。その白き肌を目にした瞬間、勝家の中で何かが弾けた。雄の欲望が目覚め、お市の強い意思を感じとった勝家は観念し、覚悟を決めた。
一つ大きく頷くと、彼はお市の方へと向き直した。
「……この勝家、あい承知致した。お市様……どうぞご覚悟!」
「勝家……っ」
剥き出しの欲望のままに、勝家は男の力でたおやかな女の体を強引に押し倒した。
お市の裸身は男を知らぬ少女のように見目麗しかった。前夫・浅井長政との間に五人もの子を成したとは思えぬ程、みずみずしくしなやかなものである。
お市は確かに夫を持ち、幾度となく床を共にしてきた。しかしながら彼女はまだ年若く美しい。
やはりこのような釣り合いの取れない男と女の間では夫婦の営みなどするべきでは無いのではないか、と再び勝家は思った。だがお市の滑らかな肌を目の当たりにし、己の肉欲には勝てそうにも無い。もののふたる者が何と言う体たらくよ、と彼は己自身を嘆いた。
勝家の武骨な指でお市は荒々しく乳房を揉まれる。かつて受けてきた長政の女体への気遣いに溢れた優しい愛撫とは違い、勢いと力に任せただけの乳飲み子のような愛撫。
女をあまり知らぬそのむしゃぶりつき方に、お市は獣に体を侵食されているようだと思った。
だがそれ故、彼の実直さも伝わってきた。女の体をあまり知らないのは、その生真面目な性格のせいであろう。自分の上に覆い被さり、乱暴に乳房の頂点を吸い上げる勝家から、猛々しい「野の男」の匂いがした。
「お市様……お市様!」
「勝……家……」
勝家の手はお市の腰をなぞり、やがて秘所へと辿りついた。薄い茂みの奥へと手を伸ばし、捉えた陰核を必死で擦り上げた。
男のごつごつした手で触られる柔らかな女陰。
不慣れな勝家による陰核への愛撫は、決して女の快感を満たすものでは無かったが、お市には懸命な彼の心が嬉しかった。少しだけ息が上がり、彼女の全身の肌が桃色に染まった。
お市は体を起こし、勝家と向き合う形を取った。そしてそっと手を伸ばし、半ば持ち上がり始めた勝家の怒張に触れた。
「お市様、それは……!」
「どうしたのです?」
勝家は呆然とした。お市が自ら己の雄に手をかけようとしている。こんな己のものなどに。
先程からずっとお市の裸身を至近距離で見続けているが、彼女の身体はどこも美しい。醜い場所など一つも無い。なのに己の股の間のものは……
「いやお市様の手がこのようなものに触れるのは……」
勝家の拒絶に、市は花のような笑みを零した。
「勝家、私たちは『夫婦』なのでしょう?」
「それはそうでありますが……がはあっ」
お市は勝家のまだ完全に露出していない先端から皮をずらしてやり、亀頭を剥き出しにさせた。そして白魚のような手でそこを丹念に擦った。長政のよりも、太く尺の短い勝家のそれは、刺激を与えることで徐々に血の筋が浮き出始めた。
市の愛撫は決して上手い訳では無い。だが女人にあまり縁の無い生活をしてきた勝家にとって、それは十分な刺激となった。市の手が先端を擦るたび、えも言われぬ快感が背を抜ける。
同時にむくむくといやらしい欲望が彼の中でそそり立ち始めた。これを、この張り詰めたイチモツをすぐさまお市の中へ入れ、彼女の中を存分に掻き回したい、という……
目を細め、眉をしかめて快感に抗っていた勝家だったがもはや限界であった。
「お市様……わしは……いやその……」
「もはや堪えられぬ、と?」
「あ、いや、その…………その通りで……」
「分かりました」
お市が昂ぶりから手を離すと、再び横になった。そして彼女は目を閉じ、脚をゆっくりと開いた。勝家の前に初めて開かれるお市の奥深く。今から彼女のここと己の男根が一つになるのだ、ということを実感すると彼自身も信じられないような雄の本能が沸き上がって来た。
勝家はお市の上に圧し掛かり、太い指ですぐさま女陰を開かせた。そして彼女の入り口へ己を宛がうと、男を求め、しとどに濡れているそこを一気に貫いた。
「あああっ!」
今度はお市が声を上げる番だった。太くて硬い勝家のそれはお市の女の悦びの扉をあっという間に開かせた。
久方ぶりに男を迎え入れたそこは勝家を離さぬかのように締めつける。その内部のうねりに彼の欲望は更に追い立てられた。
「お市様、……お市様…っ……!」
「やっ、ん、ああっ、ああぁっ!」
お市は勝家に激しく攻め立てられた。
抽送を繰り返され、子を成す部分へと繋がる最奥を突かれるごとにお市は悲鳴とも嬌声ともつかぬ甘美な声を上げた。彼女は白い首を反らせ、野獣に犯されているような快感に喘ぐ。
勝家の両腕でお市は脚を掴まれ、臀部を高く持ち上げられた。それにより結合している部分が両者の目に露わになった。
恰幅のいい男の股にぶら下がる猛々しいものがお市の女の入り口をせわしなく出入りし、恥毛が激しく擦れ合っている様が見える。それだけで無く、上下の激しい動きに揺れる勝家のふぐりすらもちらほらと見える。
「いや……っ!あっ、駄目……!」
自分があられも無い格好で犯されているという屈辱と興奮にお市の体は更に熱を孕んだ。体勢を変えたことで結合はより深いものとなり、まぐわいの快感が更に増した。
「お……市様……」
「やっ、駄目……いやよ!あぁ!」
勝家が腰を打ちつけるたび、ぐちゅぐちゅと淫靡な音が北ノ庄の静かな宵に響く。今、城内にいる全ての者に二人の秘め事が知れ渡っているのでは無いかという程、結合部は激しく音を立てる。
勝家の先走りの液とお市の蜜が混じり合ったものが糸を引き、脚を伝って褥を汚した。
その蜜の多さに、勝家は一旦お市から昂ぶりを引き抜き、女陰に直接口をつけ、とめどなく溢れる蜜をすすった。じゅるっと大きな音を立て蜜をすすった後は、再びそこへ昂ぶりを挿入し、腰を大きく揺すった。
荒々しい息の下、勝家は何度もお市の名を呼んだ。
気がついたときには、想いを寄せていたその人。恋焦がれて、恋焦がれて……だが愛してはいけない女性だった。
長政の元へ嫁ぐと知ったとき、もう二度と手が届かないとその熱い心の内を永遠に葬り去ったはずだった。
信長の忘れ形見である信孝の薦めにより、自分とお市に縁談の話が持ち上がったときは本当に信じられない気持ちであった。例えそれが形ばかりの夫婦であったとしても。
それが今、夫婦の契りを交わし、彼女は己の下で、己を感じて喘いでいる……
「くっ、お市様……!」
「……っ!やっ……かつ…い……あああぁっ!」
絶頂を迎えたお市の体が小刻みに震え、内部の勝家を強く締めつけた。それを受け、彼は何度か強く腰を動かした後、お市に深く突き刺し直した。
そして―――彼女の蜜壷に白濁液を注ぎ込む瞬間、勝家は狂ったかのように獣じみた咆哮を上げた。
それは彼の積年の想いがお市に放たれた瞬間でもあった。
「申し訳ござらん、お市様……」
情交を終え、我に返ると、すぐさま勝家はお市に向かって頭を下げた。大の男が女にこうべを垂れるなど、愚行の極みであると心得てはいたが、妻であるとはいえ、お市は亡き主君の妹君である。
だがそれだけでなく彼は、最中、愛するお市の体に夢中になるあまり、歯止めが利かなくなった挙げ句、彼女に恥辱を与えてしまったことを深く後悔していた。
「おかしな勝家。どうして謝るのです」
寝間着を着なおしながらお市は彼に問い掛けた。
弁解しようにも激しい睦み合いをしたことについてどう言えばいいのか。ヘタに言葉にすれば、またお市に恥をかかせてしまうのでは無いか。バツが悪そうに勝家は頭をかき、俯いた。
「いや……わしはその……お市様を……」
「…………あっ……」
勝家が弁明に戸惑っている間にもお市は幾度か己の股を押さえた。勝家が先程放ったものがしばしの間を置いてどろりと溢れ出してくるのだ。そのたび毎に寝屋はかすかに男の臭いが立ち込める。勝家はいよいよしどろもどろになった。
「お市様!わしは……面目無い!」
『それ』が股を伝う感覚は、確かに不快ではある。だがその場を上手く取り繕うことすら出来ない勝家を見、何だか滑稽に思えたお市はコロコロと笑った。
体を重ねた為、彼に情のようなものが移ったのであろうか。お市は目の前の不器用な夫がどこか愛しく思えた。
「いいのです。その……これは、私も望んだことなのですから」
「お市様……」
そして――――お市はこの縁組がまとまる前、勝家に尋ねたことを今一度彼に問うた。
「勝家は、私のことが好きなのですか?」
以前はにべも無く勝家に突っぱねられた問い。今ならば……きっと。
勝家はしばしの沈黙を通した後、お市の目をまっすぐに見据え、彼女の問いに答えた。
「……はい、お市様。わしはずっと……ずっとお市様を、お市様だけをお慕い申し上げて参りました」
期待したとおりの言葉をくれた勝家にお市の顔も幸せそうに綻んだ。
「この勝家、命が続く限り、お市様を……、や、市、わしの妻であるお前を愛し続けることを今ここに誓う」
「そうですか。では……今宵から市の命は永久(とわ)にお前へ預けます。勝家、私のこの命が果てるその時もずっと、ずっと傍に……」
枕を交わし、今本当の夫婦となった二人はそっと寄り添い、どちらからともなく口付けを交わした。甘く柔らかなお市の唇が無骨な髭面の口元に包まれていく。
口を存分に吸い合った後、眩しいばかりの笑みを浮かべたお市は、やがて夫の胸に顔を寄せた。
賤ヶ岳にて戦が起こる七月前のこの夜、二人の間には確かに愛が芽生えて始めていた。