明智ガラシャ。明智十兵衛光秀の娘。
東洋人にしては珍しく赤みのかかった朝焼け色の髪は、
同じ年頃の女性たちより少し短めに切りそろえられている。
父親、光秀譲りの顔立ちは均整に整っており、誰が見ても息を呑むほどの美少女だ。
特筆すべきはその服装。
異国や南蛮に興味を持っていた彼女は着物ではなく、西洋の服を自ら好んで身につけていた。
初めて彼女を見るものに、それはかなりの驚きを印象付けるのだが、
一方で新鮮な美しさを見つけてしまったような気持ちも抱かせていた。
実際髪色が少し違うガラシャに、それは着物よりも良く似合っているように見える。
真面目な父親も、その所為かは知らないが特に口やかましく咎め立てすることもなかった。
父親が仕える尾張の大名織田信長は、南蛮の服を好んで身につけ、
またそれがとても映える彼女を気に入って、新しい服を贈ってくれたりもした。
傅く女中たちは目新しくも美しい彼女の衣装を好んでくれるものが多かった。
彼女たちはそれが良く似合うガラシャをまるで着せ替え人形のようにして、
毎日ことさら美しく飾り立てた。
父親譲りの少し憂いを帯びた顔立ちとは裏腹にとても活発なガラシャは、
動きにくい衣服に身を包むのは結構な面倒ではあったが、
そうやって自分を可愛がってくれる彼女たちをとても好んでいた。
つまり彼女は今のところとても幸せだった。
──彼の存在を知るまでは。
「───孫市!!」
抜けるような青空に植えられたばかりの稲が風なびく田園から少し離れた石垣に、
ガラシャは馬に乗ってこちらに向かってくる男に手を振って迎えた。
季節は初夏。まだ春の名残を残した少し涼しい風が、
夏の気温を滲ませる空気に微熱を感じる彼女の頬を通り過ぎてゆく。
そんな彼女の前で男は馬からゆっくり降りて、けだるそうに片手をあげた。
「よう、ガラシャ。相変わらず元気そうだな。今日もまた可愛らしい事で」
少しのびた無精髭が生える顎をさすりながら、男、雑賀孫市はガラシャを見やった。
南蛮製の小さめではじきの長い傘は白く、日差しを受ける部分の淵に
白と金が折り合わされたレースが装飾されている。
それに合わせているかのように、(いや、実際女中が合わせたものではある)
彼女の服装も白を基調とした清純かつ華やかな装いになっていた。
ただ丁度膝丈で途切れているふわふわとしたスカートが、
彼女の活発さを表しているようにも見える。
孫市の視線に少し顔を赤くしながら、ガラシャは困ったように呟いた。
「じょ、女中たちがやたら着替えに凝ってしまってな。
本当ならばもっと動きやすい格好が良いのだが、どうも断りきれなくて・・・」
「はははっ、まぁ愛されてるって事じゃないか。良いことだよ」
そんなガラシャにひとしきり軽く笑いかけ、孫市は彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
薔薇の花束を模した白い頭飾りの生地の感触と、ガラシャのすこし猫っ毛の髪の
柔らかい感触が冷たく彼の手に感じる。
ガラシャは暖かく大きいその手をくすぐったそうにしつつも、大人しくしていた。
「で、今日は一体どうした?話があると言っていたが」
最後にぽふっと頭を優しく叩いて、孫市はガラシャに言った。
途端にガラシャの顔色が曇る。
拗ねた様に唇を突き出して下を俯くその少女らしい仕草に苦笑しながら、
孫市は再び馬に乗り、ガラシャに手を差し伸べた。
「少しばかり散歩でもしてみないか?今日は天気もいいし、楽しめそうだ」
そんな孫市の気遣いを感じ取ったガラシャは、済まなそうに微笑んでその手を取る。
孫市はガラシャを引き上げ、自分の前に乗せるとゆっくり馬を走らせた。
そのうち、閉じた傘の柄を手でもてあそびながら、ガラシャがおずおずと口を開く。
「実は・・・な。」
(なぁんだ、結局まだまだ父親離れ出来てないって話じゃないか)
夕暮れの帰り道に馬を走らせながら、孫市は今日のガラシャの話を反芻していた。
簡単に述べることが余りにも簡単すぎる。
織田信長の小姓、森蘭丸が気に入らないという話だった。
──理由は自分の父親と余りにも親しすぎるから。
確かにそう自分の年と変わらない少年と自分の父親が仲良くしているということは、
娘にとっては不愉快なことなのかもしれない。──その少年が美しいのであれば尚更。
(しかし所詮は信長の小姓だからな。光秀とどうこうっていうのは有り得ない話だろ)
孫市にとって衆道とは全く理解できないものではあったが、
この時代にはびこっている間柄であることは否定できない。
それでも、圧倒的な力を持つ者の小姓と光秀に睦み事があるとは考えられなかった。
残虐な魔王の機嫌を損なえば、死ぬことさえ楽には許されないであろうことは明らかである。
しかしそのような生々しい話を年端もいかない少女に話すのは気が引けたので、
同じ斉藤家から信長に仕えた間柄なのだから、
多分に親しいのも無理はないのかもしれないとだけ言って宥めておいた。
ガラシャは信長からもらった頭飾りの礼に今度父親と行くのだが、
行きたくないといって終始拗ねていた。
そんなそぶりからしてまだまだ、彼女は父親離れには暫く縁がなさそうである。
まあそれもまた可愛らしいと、孫市は思っているのだが。
それにしても──、と孫市は独りごちる。
(森蘭丸ねぇ・・・。黙ってりゃ女にしか見えない麗しの麒麟児ってか。
織田家の人間は信長といい濃姫さんといい人間離れしたやつらが多いが・・・)
良くも悪くも、彼、森蘭丸は人に何がしかの感情を持たせる人間だと、孫市は思っていた。
清廉潔白な性格であるが故に、彼自身では気づかぬうちに人は少しずつ、彼に魅せられて行く。
(あいつも結局魔王の魔性を持ちあわせてる・・・ってことなんだろうかね)
信長の圧倒的な存在感、そして濃姫の堕ちていきそうな妖艶さを思い出し、
少し身を震わせながら、孫市は蘭丸をそう評した。
「まぁガラシャに・・・、何もなきゃいいんだがね」
少々過保護すぎると思いつつも、孫市はそれだけぽつりと呟いて
暮れ行く街道を走る馬に少し強く鞭を入れた。
その日も快晴だった。
信長に頭飾りの礼に参った明智親子は、それぞれ輿から降り、安土城へと入城する。
出発前からどことなく不機嫌な様子をちらほらさせている娘を気にしながら、光秀は諭すように声をかけた。
「お珠、今日は信長様にお礼に来ているのですから、粗相の無い様にして下さいね」
「・・・分かっております、父上」
それがまたなんとなく癪に障って、ガラシャは一層不機嫌な声で返した。
光秀は軽く嘆息して、信長の待つ客間へと足を運ぶ。
父の様子を感じ取ったガラシャは、半ばむしゃくしゃしながらそれに続いた。
そして最初に出迎えてきた人間を見て、ガラシャの心境は一層波立つことになる。
「光秀様、ガラシャ様、よくぞいらっしゃいました!」
ガラシャにとっては今一番遭いたくない人物、森蘭丸だ。
女子のような細い体、そして白い肌が、眩しい日の光を浴びて淡く朱に染まっている。
流れるような黒髪は一つに結われ、彼が動くたびにきらきらと光を零した。
「久しぶりですね、蘭丸。元気にしていましたか?」
うってかわってガラシャの父は、懐かしそうに目を細め、蘭丸にゆるりと笑いかけた。
(・・・どうして父上はあの小姓にああも優しい笑みを向けるのじゃ・・・!)
むっとしながら、ガラシャはそんな二人のやりとりを妬ましげに見つめる。
その視線に気づいた蘭丸が、ガラシャのほうに邪気のない笑みを返してきた。
「ガラシャ様も、随分お久しぶりでございますね!・・・相も変わらず南蛮の服が良くお似合いになっておられます」
上手いこと言うものだと内心で舌を出しながら、ガラシャはあくまで淑やかに微笑んだ。
「勿体のうお言葉にございます。
今日は信長様からいただいた頭飾りをつけたところを是非お見せしたいと思うて参りましたのじゃ」
信長からもらった花と蝶をモチーフにした黒の頭飾りは
濃い紫とやはり黒のレースが外側に満遍なく縫われており
暖色の多かったガラシャの服から合うものを探すのはどうやら一苦労だったようだ。
それでも女中たちは綺麗にガラシャを着飾ってくれた。
黒を基調とした今日の服は、ところどころが濃い目の暗い青と黒のレースに飾られている。
胸元の赤いリボンが印象的だ。
ガラシャが動く度に揺れるスカートは真ん中から凸型状に白が見えるようになっている。
寒色を好む信長様なら好んでくれるかもしれないと、光秀も嬉しそうに微笑んでいた。
あの時は、私も楽しかったのにとガラシャは思う。
「今日はガラシャ様に合わせて、蘭丸も斯様な装いにして参りました。
信長様がたまにはこういった装いも興があって良いと言われ、着けてみたのですが・・・」
少しばかり恥ずかしそうにしながら、蘭丸は困ったように頭を掻いた。
彼の服装も確かに西洋風なものだった。
胸元からフリルのついた白いブラウスに、サスペンダーのついた膝丈までのズボン。
そして黒い長めのマント。和風な顔立ちの彼だが、気品あるせいかとても良く似合っている。
「ええ、とても良く似合っておりますよ」
ガラシャが何か言おうとする前に、光秀が優しくそう言った。
(ち・・・父上の・・・、馬鹿っ!!!!)
心底蘭丸を憎たらしいと思いながら、彼女は適当に蘭丸を誉めたて、
二人の少し後をとぼとぼとついていった。
もう帰りたいと、何度も何度も思いながら。
「なんとも美しいことよのう、これで贈った甲斐もあったということよ」
パチリと扇を顔の前で広げて、信長が面白そうにくすりと笑った。
「ふふ、光秀、遠いところからわざわざご苦労だったわね。
でも良いものを見ることができて私も嬉しいわ。・・・好きよ、綺麗なものって」
足を崩し、肘置きについた手に顔を委ねながら、濃姫がやはり面白そうにくすくすと笑う。
「勿体のうお言葉に存じます、わが娘も同じ所存かと。・・・お珠」
「はい。信長様、濃姫様、此度は斯様に貴重なものをわざわざ有難うございました。
私も大変気に入っております。後生大事に使わせていただきます」
言って、頭を伏せる。が、すぐに面をあげよと言われ、信長と対面した。
それからは信長と光秀のやり取りになる。
光秀がお礼の茶器を渡したり、二人で次の戦に向けての話をしたりしていた。
その間、ガラシャは二人の後ろに控える蘭丸を見る。
一言も発せず、また綺麗に伸びた背筋を曲げず、
正座で信長と濃姫を見つめる彼は確かに綺麗だとは彼女も思った。
しかしその美貌のせいで自分より彼のほうが父親に可愛がられているのかと思うとまた苛々と心が泡立つ。
(なんとか父上とあやつを遠ざける方法はないものか・・・)
ぼんやりとそのようなことを考えているうちに、信長の言葉が耳に入る。
「さて、光秀。そちに少々込み入った話がある。」
と、直ぐに濃姫が信長をちらりと横目で見て言った。
「そう、じゃあ私、これから着物屋でも呼んで新しい服の買い付けでもしようかしら。
・・・ガラシャ、貴女も一緒に如何?」
妖艶な視線を、ガラシャは真正面から向けられる。
「わっ、私はその、遠慮しておきますのじゃ、そんな・・・」
同性であるのに何故かどきどきしてしまって、ガラシャは声を上擦らせてそう答えた。
「遠慮なんて、しなくて良いのに・・・。でも、貴女が気に入りそうな服はなさそうだものね。
じゃあ・・・、蘭丸。ガラシャの相手をして差し上げなさい。・・・粗相のないようにね」
聞いてガラシャは顔を青くする。
彼といるくらいなら一人のほうがよっぽどマシだと思うのだが、
流石に二度も断る気にはなれず、彼女はただ無言を通すしかなかった。
蘭丸は二つ返事でそれに答え、お城の案内でも致しましょうか、
といってどこか嬉しそうに、にこりとこちらに微笑みかけてきた。
「それじゃあ、とりあえずこの場はお開きね。・・・楽しかったわ」
濃姫の声を合図に、各々立ち上がって別室に移る。
それを呆然と見送る中、にっくき相手は楽しそうな足取りでこちらに向かってきた。
「安土城は広く、風情の良いところも数多くあります。さて、どこから参りましょうか」
悪気のない笑顔に、ガラシャは少しばかり引きつった笑みを返すしかなかった。
傍目から見ると二人はまるで西洋貴族の一室にいる子供たちのようだった。
広い城内をしとやかに歩く蘭丸と、見慣れぬ城の物珍しさに多少の興奮を覚えながら
とたとたとついていくガラシャは、通り過ぎる家臣たちを驚かせ、そして和ませた。
当の本人たちは、非常に楽しそうに城内探索を行っていた。
最初はしぶしぶと蘭丸の案内に付き従っていたガラシャだが、
安土城の普通の城とは少し違った装いに驚き、
丁寧に解説してくれる蘭丸にあれやこれやと疑問をぶつけた。
そう、気づくとすっかりガラシャは蘭丸に対する不快な気持ちを忘れていたのだ。
「・・・で、ここが秀吉様の住まいですね。今は遠征中にてこちらにはおられませんが。
さて、昼時ですし少し一休み致しましょうか。
近くに私の住居がありますので、おもてなしさせていただきますよ」
「ありがたいのう、それでは早速参らせてもらうのじゃ!」
嬉しそうに蘭丸を見上げて、ガラシャがにっこりと微笑む。
蘭丸は対してどこか照れたように微笑しながら、彼女を自分の母屋へと案内した。
少し早い昼食を二人で食べ、最後に出された餡蜜を口にしているうちに、ガラシャは突然思い出した。
(はっ!・・・わ、私は何をしておるのじゃ!蘭丸は私の父を私から奪ったにっくき敵だというのに!!)
我に返って、思わず蘭丸を見つめる。
当のにっくき敵は同じく餡蜜を上品に口に運びながら、にこにことガラシャの様子を見ていた。
「・・・そちは何を面白いと思ってそう笑いながら私を見ておるのじゃ?」
途端に態度が気に入らなくなって、ガラシャはじとりと蘭丸をねめつける。
「も、申し訳ございません!そ、その、ガラシャ様がとても・・・いえ・・・、その・・・」
幾分語尾を濁しながら、蘭丸は身を縮こまらせて平に謝った。
その余りにも実直な態度に再び毒気を抜かれたガラシャは、嘆息して手をひらひらと振る。
「もう良い、・・・面をあげい。別に怒っていたわけではないのじゃ。
・・・いや、そうでもないけれど、・・・ううんと、・・・とにかくもう良い」
それだけいって、一気に餡蜜の汁を飲み干した。
言われたとおりに面を上げた蘭丸は、不安そうに訊ねてくる。
「美味しゅうございましたか?」
「勿論じゃ。甘くて冷えていて、とても美味しかった。有難う、蘭丸」
「・・・はい!」
たったそれだけの言葉で嬉しそうに笑う蘭丸に少しどきりとしながら、ガラシャも改めて彼に微笑を返した。
「そちは父上と仲が良いと聞く。父上がいつも世話になっておるの」
「そんな、勿体無いお言葉にございます。それに、世話をかけているのは蘭のほうです」
縁側に腰をかけのんびりとまどろみながら、毒気は抜かれたもののやはり気になる本音を、
ガラシャはできるだけ包み込むようにして言ってみた。
「父上とはどれくらいの縁なのじゃ?」
・・・少々露骨だったかのうと言った後に後悔しながら、ガラシャは返事を待つ。
「そうですね、斉藤家時代からの、もう随分長い縁になりますよ」
それを聞いて、彼が生まれる前の自分の父親のことも知っているのかと思うと、
ガラシャは少し複雑な気持ちになった。
自分だけ仲間はずれのような、そんな気分。
「光秀様とは志を共にしている同士だと、蘭は思っております。
これからも末永く、共に信長様をお守りしていけたら、と願っておりますよ」
その言葉を聞いて、ガラシャの心が更に萎む。
(父上が蘭丸を可愛がるのは、こういうわけなのじゃな・・・。
こやつは私なんかより、ずっとずっと、・・・大人で、賢くて、強くて・・・)
「ど、どうしました、ガラシャ様?どこかお加減でも・・・?」
急に顔色を暗くしたガラシャに驚き、蘭丸は慌ててあたふたと問いただした。
彼女はただ黙って、膝を抱えてそっぽを向く。
「ガラシャ様・・・」
しばしの沈黙の後に、彼女が寂しそうにぽつりと呟いた。
「そちが父上に慕われている理由が、分かった気がする」
その言葉だけで、聡い蘭丸は彼女が何を考えているか、すぐに感じ取ってしまった。
「ガラシャ様」
相変わらずそっぽを向いたままの彼女に近寄って、穏やかに蘭丸が述べる。
「ガラシャ様がお生まれになられた時、誰よりも喜んでおられたのが光秀様でした。
小さい頃から今日まで、会うたびに蘭丸は光秀様からガラシャ様のお話を嬉しそうにされるのです。
土産に簪を買って帰ろうかとか、たびたび相談までされたほどですよ?」
それから再び、二人の間に沈黙が生まれる。蘭丸は心配そうに、横向くガラシャを見つめた。
ガラシャは今までの自分の余りに子供っぽい考えに自己嫌悪で押しつぶされそうだった。
けれどもやはり、素直に蘭丸に謝ることが出来ない。
相も変わらず意地っ張りで、子供っぽい自分。
堂々巡りする思考の中で、ガラシャはただただ涙を出さないよう、必死にこらえることしかできない。
──と、ふと部屋の上座に、自分より倍の丈はあるくらいの長い刀が目に入った。
「・・・蘭丸」
ふいに聞こえた声に、蘭丸ができるだけ優しく聞こえるように返事を返す。
「如何なされました?」
「あれは、そちが使う刀なのか?」
彼女が指差す方向を見ると、そこには愛刀、神剣カムドが収められていた。
「ええ、戦で使っている私の刀にございます」
何故いきなりそんなことをと思いつつも素直に答えると、
彼女はいきなりすっくと立ち上がって、自分に向かって宣言してきた。
「勝負じゃ!蘭丸!!!!」
時刻は昼を少し過ぎた頃だろうか。
天辺に上がった太陽の下で、蘭丸はどうしてこんなことになってしまったのだろうと愛刀を片手に考えていた。
少し離れた所で立っているのは尊敬する人物の娘。
黒地に金が薄く混じった帯から、二つの不可思議な腕輪を装着して戦闘体制に入っている。
何度か彼女に会った経験はあるが、互いに仕合うのはこれが初めてだ。
(・・・初めても何も、一生こんな経験なくてよかったのだけど・・・)
げんなりした表情で輝く愛刀を見つめながら、
とりあえず適当に相手をして勝たせれば気が済むだろうと蘭丸は展開を考える。
「蘭丸!手抜きをしてはただではおかぬからな!!」
「・・・・・・。」
がっくりと、蘭丸は肩を落とした。
一方ガラシャは、体を動かせるということで多少気分の切り替えになっていた。
(これで勝っても負けても、蘭丸に謝ろう。このように不甲斐ないままでは明智の娘として立つ瀬がない・・・)
そう決心して、ガラシャはにじりと構えを取る。
日頃の訓練での体術師に教わったとおり、ガラシャは念じて腕輪から光の帯を発生させた。
「!」
それを見て、蘭丸も覚悟を決める。
(女心というものはさっぱり分からないが、こうなった以上、真剣勝負しかない・・・!)
「蘭丸、参ります!」
「ガラシャ、参る!!」
お互い名乗り合って、仕合の火蓋は切られた。
遠くから放たれた真空波を身軽に飛び越えて、ガラシャは蘭丸の懐に忍び入り、打撃を打ち込もうとする。
が、それに気づいた蘭丸は刀を縦に構えて防御を取った。
ガギン!と鉄のぶつかり合う様な音がして、腕輪から発する帯と刀の間に火花が散る。
「・・・なかなかやるのう」
「ガラシャ様こそ・・・!」
一旦離れて間合いを取り、ガラシャが大きく跳躍してそのまま拳から衝撃波を撃とうとした次の瞬間。
すっぽーーーーん!
「「・・・へっ!?」」
声は二人同時に上がる。
なんと伸ばしたガラシャのか細い腕から、少し大きめの腕輪がすっぽ抜けてしまったのだ。
「しっ、しまった・・・!そういえば先生が少し大きめのものだからと言っていたような・・・!」
空中であたふたしている内に、もう一方の腕輪にも変化が起こる。
ガラシャの念を基点に発動する腕輪が、純粋に彼女の混乱に陥っている思念を汲み取ってしまったのだ。
「きゃ、きゃああああっ!?」
腕輪を中心にして、ガラシャの体がぐるぐると振り回される。
「ガラシャ様っ!?」
防御を構えていた蘭丸が、驚いて構えを解いた瞬間だった。
「きゃああああ〜〜〜〜〜!!!」
「ええええっ!?」
全身に光を帯びたガラシャが、蘭丸一直線に体当たりをかましてきたのだった。
「いっ、いたたたた・・・」
濛々と土煙が上がっているのを感じながら、ガラシャはゆっくりと身を起こす。
あれほど激しく下に叩き落されたような感じであったのに、ほとんど無傷であるようだった。
激しい落下音で何事かと駆けつけてくる人々の声を聞きながら、どうしたものかと起き上がろうとしたその時。
「きゃあああっ!!」
縁側に駆けつけた女中が悲鳴を上げる。
「ら、蘭丸様っ!!」
視線は自分の下。
見ると土煙晴れたそこには、ガラシャの下敷きになって気を失い、倒れている蘭丸の姿があった。
「ら、蘭丸っ!?」
慌てて飛び起き、蘭丸から下りる。
頭をかき抱き何度も何度も名前を呼ぶと、小さく呻きながら彼は目を開いた。
「う・・・、こ、これは・・・」
「蘭丸っ!無事か!?」
「ガラシャ様・・・」
ぎこちなく辺りを見回して、ガラシャの顔を見ると彼はにこりと笑い、その後大きくため息を付いた。
「・・・全くなんて無鉄砲な技なのでしょう。ガラシャ様らしいといえば、らしいですが」
「ち、ちがっ、あれは失敗したのじゃっ!」
「分かっておりますよ」
土と砂にまみれた顔を再び微笑に変えて、蘭丸は起き上がりガラシャの頭をそっと撫でた。
「ご無事で何よりです」
ガラシャは今度こそ本当に、泣き崩れた。
「腕輪のことなど蘭はさっぱりわかりませぬが、
やはり自分に合った物を選んだほうが宜しいですよ?
戦場ではそういう言い訳は通用しないのですからね」
「・・・わかっておるのじゃ、そちには、本当に迷惑をかけた・・・」
「光秀様のご息女ですし、これくらいなんでもありませんよ。
信長様との手合わせではもっと酷い目にあっておりますから」
言ってくすくすと蘭丸の肩が揺れる。
特に打ち所は悪くなかったものの、背中に大きな擦り傷が出来てしまった蘭丸の手当てを、
ガラシャは自ら進んですることにした。
申し訳なさと気恥ずかしさで、胸がいっぱいになってしまう。
「・・・これで、大丈夫だ。」
腕輪の術式の一つである治癒である程度傷をふさぎ、ガラシャはふうと一息つく。
蘭丸は少し振り返って礼を言った。そして新調されたブラウスに袖を通そうとする。
「今日は、本当に悪かったのじゃ」
後ろから蘭丸の肩をぎゅうと掴んで、ガラシャは謝った。
良いのですと言いながら彼はガラシャに向き直り、ブラウスを羽織ながらにこにこと微笑む。
相変わらず邪気のない笑顔が胸に突き刺さり、ガラシャはまた涙腺が緩んでしまう。
───と、ふいに彼の腹の近くに大きな傷が見えて、ガラシャはびくりと身を硬くした。
その視線に気づいて、蘭丸が当たり前のように説明をする。
「ああ、だいぶ前の戦の時の傷です。今はもう痛みもしませんよ」
「戦・・・」
そういえば背中にも、大なり小なりの切り傷や撃たれたような後が見受けられた。
薄い肉付きの均整の取れた白い肉体が戦で傷つけられることの惨さに、ガラシャは思わず眉をひそめる。
そしてその腹の傷を、そっとなぞった。
「え・・・、が、ガラシャ様っ!?」
上擦る声に気づきもせず、ガラシャは独りごちる様に呟いた。
「父上にも、・・・あるのだろうか・・・」
それを聞いて蘭丸は真剣さを取り戻して、ガラシャの手をそっと握る。
「それはございますでしょう。あのお方は私以上に戦を切り抜いてきたお方。貴女様を、
──お守りするために」
その手は孫市より小さくて、細くて・・・
───しかし同じくらい、暖かかった。
その感触に小さな疼きを覚えながら、ガラシャはなんとなく、蘭丸の手を握り返した。
それに驚いて視線を向けてくる蘭丸を見ずに、ガラシャは俯くことしか出来なかった。
「が、ガラシャ様っ!」
突然大声で呼ぶ蘭丸に驚いて、ガラシャはびくりと面を上げた。
「な、なんじゃ、いきなり・・・。驚くではないか」
「も、申し訳ございません・・・。
ですが、その・・・、ついでですから、もう一ヶ所、ガラシャ様に癒してもらいたいところがあって・・・」
恥ずかしそうに言葉を続ける蘭丸を見て、なんだそんなことかと思いながら、
ガラシャは一旦外した腕輪を片方だけつけた。
「構わぬぞ。今日はそちには・・・、本当に世話になってしまったからのう。申してみい」
「で、では遠慮なく・・・」
蘭丸が何故か腕輪をつけている方とは反対の腕を、傷む部分に誘導する。
───そこは、彼の左胸だった。
「・・・?特に傷はないようじゃが・・・」
訝しがるガラシャに、触れている腕から蘭丸の激しい心音がどくどくと聞こえてくる。
「・・・えっ・・・?」
その感覚に、ガラシャは震えるような何かを感じたような気がした。
「・・・ガラシャ様・・・」
「な、なんじゃ・・・」
左胸に当てた彼女の手を握り締めながら、彼はそっと彼女の近くへと寄ってくる。
「痛いのです、ここが。貴女様を見る度に、想う度にずきずきと疼くのです。
今日もこちらに参られると聞いてすごくすごく蘭は嬉しくて・・・、嬉しくて、胸が痛むのです」
ちゃり、と外れたままのサスペンダーが音を立てる。
頬を赤くして切実に訴えてくる彼に、ガラシャは目眩を覚えそうだった。
───なんてことだ。あんなににっくき敵だったのに。
逃げられず、逃げたいとも思えず。気づけば組伏され、蘭丸の顔が真上にあった。
「無理にとは申しません、けれど、・・・ずっとずっと、お慕い申しておりました・・・。
光秀様から聞く貴女様のお話が、楽しみで仕方がありませんでした・・・。
初めて会った時から、蘭はずっと貴女様を見るたびに、想う度に胸を痛めておりました・・・!」
訴えるかのように切々と言葉を紡ぐ蘭丸に、ガラシャの胸はぎゅうと締め付けられる。
これが彼の感じている痛みなのだろうかと、ふと彼女は思った。
「私は・・・、そちのことが憎くてたまらなかった。父上を取られてしまったような気がして・・・。
でも、・・・でもどうして・・・?今は私も胸が痛む・・・。」
泣き出しそうなくらいに顔を歪ませて、蘭丸はガラシャのか細い体を思い切りぎゅうと抱きしめた。
「・・・ん、んっ・・・」
余りの力強さに息が止まる思いをしながらもガラシャはそれがとても嬉しくて、
やはりありったけの力で彼を抱きしめる。
細くて、少し硬い体。男なのだと、改めて実感する。
しばらく上に下にと体勢を変えながらお互いの体を抱き寄せた後、蘭丸が躊躇いがちにガラシャに尋ねた。
「あ、あの、・・・唇を重ねても、良いですか・・・?」
「む・・・、ぅふ・・・、ぅ・・・」
押し付けられるように唇を重ねられ、
ガラシャは多分に息苦しさを覚えながらも、必死で蘭丸に答えた。
乱れた髪からは頭飾りが外れ、赤い髪があちらこちらへと遊んでいた。
そのうちに開いた口の隙間から舌を差し込まれ、ガラシャの体がびくりと跳ねる。
「んふ、む・・・ぅ!」
カチカチと音を立てて当たる歯が、ゆるりと舐められる口内が、彼女体に徐々に熱を与えていった。
ぴちゃぴちゃと音を立てる互いの唇がどうにもいやらしい。
やがて互いに空気がどうしても必要だとなったときに、やっと彼らは唇を離した。
「・・・っぷ・・・はぁ・・・っ!!」
お互い息を荒げながら、必死に新鮮な空気を肺に流し込む。
「はぁ・・・ぁ・・・、も、申し訳ございません、無理をさせてしまって」
顔を赤くして涙を滲ませているガラシャを見て、蘭丸は済まなそうに頬を撫でた。
「あ、あの、初めてだったので・・・。・・・言い訳にもなりませんが・・・」
少々情けない顔をしながら蘭丸が再度彼女を抱きしめる。
ガラシャは彼の背中をゆっくりさすりながら、構わぬよと笑った。
「・・・胸の痛み、少しは収まったか?」
蘭丸の耳元で、彼女が呟く。
「収まったというよりも、緊張しすぎて心の臓が飛び出しそうです」
同じく顔を赤くしながら、蘭丸が困ったように笑った。
「私は・・・、もっともっと胸が痛くなった。」
再びぎゅっと彼の体を抱きしめて、ガラシャは熱に浮かされたようにそう囁く。
「が、ガラシャ様、」
「のう、蘭丸・・・」
一旦体を離し、起き上がって彼女は彼の顔を見据える。
そして胸元の赤いリボンを、自分からしゅるりと解いた。きっちりと閉じていた胸元が、
少しだけ緩くなって白い喉元が顔を出す。
「私の胸の痛みを治すことが出来るのは、きっと、・・・いや、ただ一人、そちだけじゃ。
斯様に幼い体ではそちにとって不足なのかもしれぬが・・・」
「滅相も御座いません、ガラシャ様!」
皆まで言わせず蘭丸が声を上げる。
「私にとって貴女様は・・・。・・・その、憧れていた、大切な人だから」
膝をついてにじり寄り、そっと少女を抱きしめる。
「お願いです、ガラシャ様の全てを・・・、蘭にお見せください」
「・・・うん」
本当に小声で、ガラシャはそれだけ言った。
それはもし見る人が見れば、ある種の禁忌を感じるのかもしれない。
年端もいかない、美しい少年少女が西洋人形のような服を脱がしあい、
そして伸びきっていないほっそりとした肢体をぎこちなく、しかし激しく絡ませる。
どことなく倒錯的な二人の秘め事は、初夏の輝かしい太陽から隠れた部屋の陰の一室で
ひっそりと、しかし熱を持って続けられていた。
どうやって脱がしたら良いのか分からないガラシャのドレスを、蘭丸は苦心しながらもなんとか剥いてゆく。
見たこともない女体と触れたこともないそれの感触に胸を焦がしながら、
必死に彼女の服に手をかけていく彼を、ガラシャは期待と不安の表情で黙って見つめていた。
やがて最後の衣類を手間をかけながらも慌しく脱がせると、そこから白く柔らかいガラシャの肢体が浮かび上がった。
蘭丸は初めて見る女子の体を食い入るようにじっと見つめた。
反対にガラシャは、恥ずかしさに頬を染めて目を瞑る。
薄く肉がついた彼女の体は、未発達だがそれがまた儚げな魅力を醸し出している。
幼い乳房の真ん中には、薄桃色の頂きが控えめに色づいていた。
ただ好奇心で、蘭丸は不躾に二つの乳房をぎゅうと握ってみる。
「や・・・痛・・・!」
閉じていた目を見開いて、ガラシャが呻くように声を上げた。
「も、申し訳ございません!」
慌てて手を離し、今度はそっと掌で包んでみる。
外側は柔らかくふにふにしていて、内側は少し硬いしこりがあるように感じられた。
「・・・柔らかい」
蘭丸は乳房の少し温かくすべすべしている肌触りとその肉感に感動しながら、恐る恐る、しかし何度も掌で撫で回した。
「ぁ・・・や、・・・な、何かこそばゆい様な・・・、へ、変な感じがするのじゃ・・・」
一方でガラシャは、彼の掌に時々触れる先端に妙な感覚を覚えていた。
手や指が通り過ぎる度に、びくりと小さく体を震わせる。
それに気づいた蘭丸は掌で乳房を揉みしだきながら、指先で先端をくりくりと押さえた。
「ひゃっ・・・!?ん・・・ぁ・・・、ふ・・・」
むずがゆいような気持ち良さを感じて、ガラシャは戸惑いながら声を上げる。
その様子を見ながら蘭丸は、今度は胸元にちゅ、と口付け、先端を舌先でゆっくりと舐めあげた。
「んやあっ、や・・・、な、なに・・・、ぁ・・・!」
そんなガラシャに心奪われ、彼は激しく乳房に唇を落とす。
片方を指先で捏ね繰り回し、もう片方を唇と舌で吸ったり舐めたり、
あるいは優しく噛み付いたりすると、彼女は困ったように身を捩じらせた。
「いぁ・・・っ、ふ・・・ん、ぁあっ、か、噛んだら、駄目・・・!」
ちりちりと体の奥底に火花を散らされているような快感を覚えながら、ガラシャは必死で声を上げた。
更に蘭丸は首筋を舐め上げ、鎖骨に舌を這わせガラシャの体を堪能する。
「ら、蘭丸に・・・、食べられてしまいそうじゃな・・・」
息も絶え絶えに苦笑しながらガラシャが言うと、
「私はこれからガラシャ様をいただいてしまうのですよ」
と彼は笑って、再度彼女に強い接吻をした。
喘ぐガラシャに気を使いながら、蘭丸は手を少しずつ下に持っていき、秘部へ触れようと試みる。
すると意外にもあまり抵抗なく、彼女の両足はするりと彼の手を通してくれた。
見ることが出来ないので、太ももを撫でていた手を確認するように少しずつ上に持っていくと、
いきなりぬめっとした感触が指先に触れる。
「うわっ!」
これには蘭丸が驚いて、思わず声を上げてしまった。
「す・・・、すまぬ、あの、・・・ら、蘭丸・・・」
涙目になってあたふたとするガラシャを見て、傷つけてしまったような気がした蘭丸は、慌てて声を上げた。
「いえ、あの、私も初めてですから、その色々と驚くことも多くて・・・。・・・すいません。」
言って恥ずかしそうに目を伏せる。
「・・・でも、こうなっているということは、気持ちが良いということなのですよね?」
ぬるぬるとしているそこを探索するように指でにちにちと触れながら、彼は確認するように彼女を見上げた。
「こ、これが、気持ち良いというのかは・・・、私も初めてだから分からんのじゃが・・・」
困ったように彼を見返して、ガラシャは蘭丸の空いている手を自分の下腹部にそっと置いた。
「・・・ここら辺の中の方が、疼く様な、じりじりと炙られているような気になってしまう・・・」
無邪気に伝えてくるそんな彼女を愛しく思って、蘭丸は彼女の名を呼んで何度も何度も抱きしめた。
ガラシャもそれが嬉しくて、彼の頬に自分の頬を満足そうに摺り寄せる。
ひとしきりそうやって互いの体温を感じた後、蘭丸は恐る恐るガラシャに尋ねた。
「あの・・・、蘭は何度も言うように初めてにございますから、
ガラシャ様にはつらい思いをさせてしまうかもしれません。
それでも懸命に励みます故・・・、・・・よ、宜しいですか?」
必死の様相で睨み付ける様に見てくる蘭丸を可愛らしく思いながら、
ガラシャは満面の笑みを浮かべて顔を縦に振った。
「・・・それでは、参りますね」
ズボンを脱ぎ、下穿きを取って全裸になった蘭丸は、
すっかり膨張しきったそれをそっと、ガラシャの蜜壷の入り口に押し当てた。
「ひ・・・!?ゃぁああああああっ・・・!!」
それまで感じていた甘ったるい疼きとは全く違う、
ただただ自分を引き裂くように進入してくる異物に、ガラシャは痛みを覚えて悲鳴を上げた。
堪える余裕もなく涙を零して、縋る様に蘭丸の背中を必死で抱きしめる。
「ぁう・・・、申し訳ございません・・・!」
反対に蘭丸は、蜜壷の肉圧にこれまでにない、初めての快感を覚えていた。
それでもガラシャを少しでも苦しめないようにと、あくまでじりじりと自身を埋め込んでいく。
それは数分にも満たない時間だったが、二人にとっては恐ろしく長い時間。
「・・・これで、全部です・・・」
脂汗で額に張り付くガラシャの前髪をそっと掻き分けて、蘭丸は喘ぐように言ってガラシャに笑いかけた。
「ふ・・・ぁ・・・。き、きついものじゃのう・・・」
苦しそうにしながらもなんとか笑みを返そうとする彼女が痛々しくて、蘭丸は何度もガラシャの唇に口を寄せた。
そして少しずつ、動かしていく。
「きゃ・・・、ひん!やっ!あぅっ!」
擦れる度に激痛を感じ、奥を突かれる度にほんの少しの快楽を感じながら、
自分の体に夢中になる蘭丸を、ガラシャは離れないようにぎゅっと抱きしめる。
それに答えるように、蘭丸の腰使いは少しずつ激しさを帯びていった。
「いぁ、んっ、ら、蘭丸、・・・お、奥が・・・、きもち、いいかも・・・!」
余りに必死で返事が出来ない蘭丸は、腰をどっぷりとガラシャに打ち付けることでその要望に答えた。
「あっ・・・!ぁ、んはっ、ん、ら、んまる・・・!」
「・・・ふ・・・ぅ、ガラシャさ、ま・・・!」
まじないの様に二人とも互いの名を呼び続けながら、次第に高みへと昇っていく。
やがて蘭丸の腰使いが一層激しくなると、ガラシャは甘い声を上げながら身悶えた。
「やぁ・・・!蘭丸、奥が、・・・奥が気持ちいいのじゃ・・・!!」
「は・・・っ、ん、ガラシャ様・・・!」
「んやっ、はぅ!ああっ・・・!す・・・ご・・・!」
痺れる様な快感に酔いしれるようになった頃、蘭丸が困ったように鳴いた。
「すいませ・・・、も、もう気持ちよくて・・・」
「ふぁ・・・?なに・・・・・・、・・・っひゃあっ!」
顔を真っ赤にして、切なく口を開けながら彼はガラシャの中に自分の精を注ぎ込む。
生暖かい感触と、びくびくと震える彼のものをガラシャは感じとった。
「ぁ・・・、ガラシャ様・・・。申し訳ございません・・・」
今日何度も口にしている謝罪を述べながら、蘭丸は彼女の胸に顔を埋めた。
優しい気持ちになりながら、ガラシャはそんな彼の頭を宥める様に何度も撫でてやる。
気持ちよさそうにまどろむ蘭丸を見ながら次第にガラシャも眠くなり、二人は繋がったまま眠りに落ちていくのだった。
「で、結局信長んとこへの訪問は滞りなく済んだのかね」
「まあ、な・・・」
数日後の同じ場所で落ち合ったガラシャと孫市は、先日話し合った信長へのお礼訪問の話になっていた。
今日のガラシャは落ち着いた赤を表立たせたいつもより少し派手目の装いだったが、
子供っぽく見えることもなく、艶やかな雰囲気に仕上がっていた。
少しばかりガラシャを心配していた孫市は、予想外のガラシャの反応に肩透かしを食らったような気になってしまう。
「あんなに蘭丸のことを気にしてたってのに意外だな。
・・・もしかして話してみたら予想外にいい男だったもんで、仲良くなっちまったりしたのか?」
「べ、別にそういうわけではないが・・・、・・・まぁ、色々分かった気がする・・・」
言いにくそうに眉をしかめながら、孫市の顔を見ずに返事をするガラシャに、彼はどことなく寂しさを感じてしまう。
「ふぅん?まっ、仲良きことは良きことかな、ってな。下手に険悪な関係よりかは、良かったのかもしんねーな」
「そうかもしれぬのう・・・」
上の空で返事をし続けるガラシャにいい加減苛立ちを覚え、何かを言おうとしたときに、
突然彼女は孫市を真剣な表情で見つめてきた。
「孫市・・・」
「な、なんだ?いきなり真面目な顔しやがって」
言われて少し顔に憂いを見せながら、それでもガラシャは彼を見つめた。
(・・・なんだぁ?こりゃ・・・)
彼はそんな彼女の表情に、幼くも妙な色気を感じ取ってどきりとしてしまう。
「怪我も病気もしておらぬが、私は最近いつも胸を痛めてしまう・・・」
自分の胸元にそっと手を置いて、ガラシャは伏し目がちに呟いた。
その淑やかな仕草に、孫市は思わず唾を飲んで見つめることしか出来ない。
「そちも、このように胸を痛めることがあるのか?どうしたら、独りでこの痛みを和らげることができると思うか?」
縋るような目つきで見てくる彼女から目を逸らして、こりゃ骨抜きだと彼は心の中で舌を巻いた。
「どーしようもねーだろ。・・・そういうことは張本人に聞いてみるこったな」
いまいち曖昧な答えに的を得なかった彼女は、釈然としない顔でありながらもとりあえず相槌を打った。
それから数分話した後自分の理性に危険を感じてしまった孫市は、
用があるからなどと適当に言葉を並べ立て、逃げるようにして里へと馬を走らせた。
(──あんな餓鬼まで女にしちまうたぁ、織田家の魔性ってのはつくづく恐えもんだ)
半ば何かに呆れながら、孫市は胸中で嘆息して独りごちる。
「あー、でも、俺が教えてやるってのも有りだったよなぁ、絶対」
ちょっとだけ悔しそうに呟いた声もすぐに風と共に消え去って。
蝉たちが本格的な夏の到来を告げるようにして忙しなく鳴き続ける、そんな夏の午後だった。