「前田又左衛門利家様の、あ、お帰り〜じゃ〜」  
と、小男が妙な声色を使って言った。  
前田利家といえば織田家の若殿・信長に仕える小姓で、この尾張でも一二を争う美少年である。  
少なくとも、この猿にも似た男を指す名前でないことは確かだ。  
「お帰りなさい、お前様」  
舌足らずな声が返った。  
ちょこんと少女の小さなオカッパ頭が下がり、肩の高さで切り揃えられた色素が薄めの髪がふわりと揺れる。  
「お前様、功名は立てられた?」  
「ああ」  
戦から帰ってきたという設定なのか。  
小男は少女の意図するところを察し、にやりと笑う。  
「当〜然〜じゃ〜あ〜! 俺様は天下無敵の〜、槍の又左〜よ〜!!」  
もし利家に熱を上げる娘達が耳にすれば、本当に殺されかねないセリフを芝居がかった口調で言い切った。  
「喜べ、ねね〜」  
と、少女の名を呼ぶ。  
「この槍の又左、冑首を三つも上げる大手柄じゃ〜! 信長様も、あ、大喜び〜の〜喜び舞いじゃ〜!!」  
「よくガンバったね、お前様!」  
言いつつ、ねねと呼ばれた少女が吹き出す。  
その大きな瞳に涙さえ浮かべて大笑いし、小男の丸めた背中をひいひい言いながらバンバン叩いた。  
「も、もうダメ・・・苦しい。サルの兄ちゃん、本っ当に全然似てないよ!」  
「そんなこたーないわあ。おねね様が知らんだけで、利家はこういうヤツだぎゃ」  
「ウソ! あのカッコいい利家様が、そんな頭が悪そうな喋り方するわけないよ!!」  
「あっ、そりゃー差別じゃよおねね様」  
「はいはい、兄ちゃんもカッコいいカッコいい」  
「全く心がこもっとらんのー・・・。ええさええさ、わしゃお市様を嫁にもらう男だぎゃ。他の誰に何を言われても平気なんさ」  
「いや、それ絶対に無理」  
「なんのなんの、この木下藤吉郎に不可能はにゃーでよ。おねね様はおねね様で、少々おつむの足りん傾奇者とお幸せになってちょー」  
 
ぷいっと小男が拗ねた様子で背を向ける。  
機嫌を損ねてしまったかなと、ねねは小首を傾げた。  
しばらくゴソゴソと手荷物を漁った後、この木下藤吉郎と名乗る小男が顔だけで振り向く。  
「で、わしゃーねねの婿の前田利家じゃ〜」  
例の下手な物真似を再開し、後ろ手に何かを抱えて相対した。  
ねねがぱあっと満面の笑みを浮かべて、両手を差し出す。  
「ごはんだよ、お前様」  
「ん! ええ香りじゃあ、今夜は奮発してくれたのう」  
少女の手には何も握られていないのだが、藤吉郎はピクピクと鼻をひくつかせて全身で喜んでみせた。  
「こりゃ御馳走じゃの〜、美味そうじゃ〜!」  
「そりゃあ、お前様がガンバったんだもの。御馳走でお出迎えしなくちゃ、妻として恥ずかしいよ」  
「ねね〜、愛しとるぞ〜!」  
感極まった様子で、藤吉郎がじわりと涙を浮かべる。  
たかだか子供のままごとに、こうも真剣に付き合ってくれる大人はこの小男くらいのものだ。  
「んじゃ、わしもねねに大将首を見せてやろうかの〜」  
「え?」  
きょとんとする少女に、藤吉郎がにやりと笑う。  
後ろに回していた手に何かを抱え、ねねが空気でできた食器を差し出す小さな手の上に置いた。  
「どうじゃ! 美濃の侍大将、真桑瓜の首じゃあ〜!!」  
「え! 一体どうしたの、これ!?」  
瓜である。  
それも真桑瓜という、美濃名産の極上品だ。  
木下藤吉郎ごときが易々と手に入れられる代物ではない。  
「ささ、大将首に死化粧をしてもらおうかの〜。美濃の瓜は普通にでらうみゃーでよ」  
こくんと頷き、ねねが瓜を受け取る。  
両手にずしっと重い。  
「ちょっと待っててね」  
と言って、ぱたぱたと長屋に駆けていった。  
しばらくすると、両手に瓜を抱えて戻る。  
瓜の中央には一直線に切れ目が入っていた。  
そこから瓜を真っ二つに分かち、片割れを差し出す。  
「おいしいものは、二人で食べると二倍おいしいんだよお前様」  
「おっ、そりゃ教えられたのう」  
「ところでお前様、首は三つじゃなかったの?」  
 
それは後に夫婦となる、ある男と女の一幕。  
 

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