1
少女と見間違うほど幼げな容貌を持つ妻女は、自室に閉じこもり、
誰もいないことを確認すると、慎重に手紙らしきものの封を切り、その内容に目を通した。
***
以前に逢った時より、遙かにうぬは綺麗になっている。
うぬのように美しい女房をもちながら、あの藤吉郎はしきりに不足を言っているとのことだが、
それは言語道断である。
どこを捜してもうぬほどの女を二度と再び、あの禿鼠めが女房にすることができるものか。
これより以降は身持ちを陽快にして、いかにも妻女らしい重々しさを示しつつ、
仮初めであれ嫉妬がましい素振りをしてはならぬ。
***
織田家臣・羽柴秀吉の妻女ねねは、こみ上げる笑いを堪えずにはいられなかった。
「やっぱり、信長様はちゃんとあたしのことを分かってくれてるんだねぇ」
独り言を呟くと、満足そうに書状を折りたたんだ。
そう。その文章は、大殿であられる織田信長よりねねへの書状であった。
夫である秀吉のひどい女癖、ねねは大分前よりそれを不満に思っていたのである。
結婚当初はねねだけを愛していた(ように思える)が、最近になって出世する度に女をつくる。
ねねは頬を膨らませながら夫を叱咤し、しかしそれでいて、夫を本気で怒る気にはなれない。
そんな自分に溜息を吐く毎日であった。
不満ばかりはどんどんと募る。だけど、一晩愛し合えば、すぐにその怒りも忘れてしまう。
そして夫はまた側室や愛人をつくる――まさに悪循環であった。
この悪循環をどうすれば打破できるのか。
ねねなりに考えたのが、この“信長への告白”であった。大殿に愚痴をこぼすのも、
言われてみれば大変奇妙なことなのだが、夫への不満を自分の身体の内だけでは抑えきれ
なかったのだろう。夫の主君と言うことを忘れ、洗いざらい吐露してしまった。
信長は小さく頷き、それを拒むことなくすんなりと聞いていたのだった。
そして数日後に届いたのが、このかな交じりの書状であった。
2
「ね、ねねーっ!」
どうやら外で声がする。秀吉だ。なんとなくねねには想像がついていた。
バタバタと廊下を走る音が聞こえたかと思うと、その音はだんだんと大きく響き渡り――
「ねね!」
襖が勢い良く開き、そこには汗びっしょりで息を弾ませた秀吉の姿があった。
「どうしたんだい、お前様。そんなに慌てて」
ねねは眉を八の字に曲げ、まるで子供に対する母のような表情を浮かべて尋ねた。
すると、秀吉はガバッと畳の上に手をついて、ねねに跪くように土下座した。
そして、許してくれ、と周りを気にせず大声で謝罪の言葉を述べた。ねねはその声量の
大きさに目を丸くするが、
「何があったのかわからないけど、そんなに謝ること無いよ」
夫の前に膝をすり寄せながら、頭を軽く撫でて微笑んだ。
大方、信長様がこの人にきつく灸を据えたのだろう、とねねは予想した。
“ねねをもっと大事にせよ”とか、“女遊びも程々に”など。
少し夫である秀吉には悪い気がした。けれでも、信長様にガミガミと怒られる旦那の姿を
想像するのは、愉しくないわけが無かった。
「さ、お腹減ったでしょ。ご飯にしよ」
ひとり全てを知るねねは、やや上機嫌に立ち上がる。だが、足は思ったように動かなかった。
足元をふと見てみると、秀吉がねねの足をしっかりと掴んでいる。
ねねは訝しげに夫を見遣った。
「どうしたの、今日のお前様はちょっと変だよ」
「ねね……わしは、わしはお前に詫びを入れなくてはならん。だから、わしは……。
ねね!すまんっ!」
勢い良くねねを軽く引っ張ると、何の抵抗も無くねねは尻餅をついた。
「お前様!もうっ……――んぐっ!」
ねねは何かを話そうとしたその途端、秀吉は妻の身体に覆いかぶさり、まさに動こうとする
妻のふっくらした桃色の唇を手で塞いだ。
掌に触れるねねの唇が小さく動くことで、何とも言えないくすぐったさを秀吉は感じる。
ねねは、困惑を表すように眉をしかめつつも、何か諦めかけたような――苦笑にも似た笑みが、
目元に宿っていた。
秀吉は、ゆっくりと妻の口を解放した。ねねの口に篭っていた息が一気に吐き出された。
「お前様……んもう、今日はちょっと強引だよ?」
「そりゃぁ、ねねがあんまり綺麗なもんだから」
秀吉は智謀に長けた口達者である。女の機嫌を上向きにすることは造作でもなかった。
しかし、女は女でも、妻はそれ以上に上手なものである。
それが自分の機嫌を良くさせる為の戯言――悪く言えば、お世辞であることを知っていても、
ねねはそれを嬉しそうに聞き、素直に頬を赤らめるしかなかった。
「お前様の口からそんな事言われたら、あたし……どうしようもないよ……」
3
秀吉は徐に、ねねの、くのいちを思わせるような忍び装束に手をかけた。
そしてその色好みな手は、やがてねねの胸の谷間へと辿り着く。表面は滑々として、
ふんわりとした柔らかい弾力のある乳を、秀吉は楽しんだ。
「ん……」
ねねは、小さな身体の割に乳は大きいほうである。そして胴や腰がいくらか細い為に、
なおさら乳房の存在が強調されるのであろう。
秀吉は、堪えきれずにねねの乳房を外界に晒す。すると、綺麗に整った淡い桃色の乳首に、
全体として形崩れぬ端正な乳肉が露になった。
「やだ、お前様。ちょっと……恥ずかしいよ」
「わしらは夫婦じゃ。気にすることはねえ。それに、ずっとご無沙汰じゃったろ」
秀吉の屈託のない笑顔が、まるで猿のように皺くちゃになる。
ねねにとって、夫のその笑顔が、どれだけかけがえのないものか――到底計り知れない。
(お前様の笑った顔があれば……あたしは、ずっとお前様を支え続けていける)
秀吉がねねの豊満な乳房に顔を埋め、その谷間に舌を這わせると同時に、
ねねは夫の頭を、さも大事そうにぎゅっと抱きしめた。
「ねね……はぁ、わしのねねの味じゃ……」
谷間に感じる妻の温もりと微々たる芳香が、秀吉の情欲をゆっくりと駆り立てていく。
「ひゃぁっ、あん……っ」
秀吉の右手が、ねねの乳首をコリコリと刺激し、思わず“女性”の声を発してしまう。
同時に彼女の突起は、秀吉の指と擦れ合わさることによって、次第に熱を帯びていった。
秀吉の舌が、谷間よりゆっくりと乳房の丘を登っていく。
そしてその唾液が、舌の這っていった軌跡を残し――やがて、妻の敏感な突起へと至った。
乳房の突起は指の愛撫だけですでに固く、その存在を強調するかのように尖っていた。
「なんじゃ、ねねも結構興奮しとるのう」
「……やだよ、お前様ったら。んっ――」
秀吉の舌は、ねねの言葉を遮るかのように、彼女の肥大する乳首を包み込んで、
チューッと強く音をたてて吸っていった。
「あっ、お前様ぁっ!そんなに吸ったらだめぇ……っ」
ねねは首を大きく仰け反らせて、その淫猥な吸音を振り払った。
秀吉は吸引を暫し休めると、ねねの顔を見つめながら、舌先でチロチロと突起を愛する。
そして対する妻も、秀吉の熱心な愛撫に、トロンとした瞳で見つめ――微笑んだ。
(お前様、あたしも……)
ゆっくりと夫の頬に手を伸ばし、寝そべっていた己の頭を起こす。
小さく口をすぼめて、夫の唇に自身の唇をあてがった。責められっぱなしであった妻の、
「今度は夫を責めてあげたい」と思う“孝行の気持ち”の表れであった。
「ねね……ちゅっ……ん……」
互いが互いの唇を貪る。次第に白い歯がカチカチとぶつかり合い、
舌先と舌先で叩き合うように舌が絡み合う。それはまさしく深い深い夫婦の口づけであった。
(ひゃっ……やだ、お前様ぁ……)
秀吉の舌が、ねねの舌から離れたと思うと、今度は彼女の“歯”に絡みつく。
妻の歯を一本一本丁寧に愛していく眼前の夫を、ねねはしがみつくように抱きしめる。
(また、お前様に愛されてばかりで……)
夫を気持ちよくしてあげたいのに、どうしても自分ばかりが感じてしまう――
そんな歯痒さを心の奥底に持ちながら、ねねは夫の丁寧な愛撫に呑み込まれていった。
4
「お前様!」
ねねの突然の鋭い大声に、秀吉は目を丸くした。
「その、あたしばっかり気持ち良くなってたら申し訳ないよ……だから……」
すると、秀吉が組み敷いていた筈のねねの身体が、忽然と消える。
そしてそれと同時に、秀吉の背にずしっとした重みがのしかかった。――ねねであった。
そう、ねねは消えたのではなく、一種の奇術で夫の背に回りこんだのだ。
「ね、ねね!」
形勢逆転。夫の身体はうつ伏せとなって、妻によって馬乗りの馬の状態にされた。
「さ、お前様。こっち向いて」
ねねは、夫の身体を仰向けの姿勢へ変える。そして徐に秀吉の股間に優しく手を添えた。
感触は――まるで鉄を触っているかのごとく、硬い。
そしてその手で、あくまでも平然に、夫の物を外界に露出した。
秀吉の一物は、凶悪なほどにそそり立っていた。その頂点は既にパンパンに張っている。
「こんなにしちゃうなんて。お前様ったら、悪い子だね」
「おいおい、わしまで子供扱いするな」
「ありゃ、そうだったね。お前様はあたしの子供じゃなくって、あたしの男だもんねぇ」
ねねは、ひどく愉快そうな笑みを浮かべ、人差し指で膨れ上がった亀頭をこねくり回す。
そして彼女は、すすっと自分の身体を、秀吉の下腹部にスライドさせて、
夫の一物を、(秀吉にそれが見えるように、口を大きく開け)長めの舌で亀頭を弄った。
「う……うおっ、ねねぇ……!」
妻の舌が、鈴口に滑り込み――かと思えば、敏感な雁首の部分にしっかりと纏わりつく。
ねねは、秀吉のほかに男を知っているわけではなかった。
よって、その“女としての妙技”は、旦那との営みの上での試行錯誤の結果である。
“どうすれば夫は悦ぶか”“どうすれば自分を一生愛してもらえるか”
この健気でいじらしい良妻の精神が、ねねの性技にふんだんに盛り込まれているのであった。
ねねはゆっくりと夫の一物を、自分の咥内へと差し込んだ。
ふっくらとした弾力のある妻の唇は優しく物を包み込み、喉奥から漏れる吐息が熱くかかる。
そして延々と続く舌での亀頭の愛撫。
それらが一斉に秀吉の一物を刺激する。まさに夫の快楽を知り尽くした妻の口淫。
「うぎゃっ!ね……ねね!すまん、わしは……!」
(いいよ、お前様……たくさん出して……あたしの中に……)
秀吉の手が、自然とねねの後頭部に添えられた。それは十分に感じている証拠――
ねねは心の中でしたり顔を浮かべ、責めを一気に激しくさせる。
そして、潤いを十分に持った熱い瞳で、夫に全てを注がれることを懇願した。
―――うぐっ。
夫の口から唸り声が、小さいながらも確かに漏れた。ねねがそれを確認した時には、
すでに熱く絡みつく粘液が、喉奥に勢い良く発射され、咽かえりたい気持ちになっていた。
(ごくっ……ごく)
ねねはそれをおさえ、ゆっくりと――喉を鳴らしてそれを飲み干していく。
秀吉はねねの口元に目を遣った。唇の端から一筋の白濁が零れ落ちるのを見た。
眉をしかめて苦しむ妻への罪悪感からか、秀吉は一物をほおばった妻の頬を優しく撫でた。
喉の、最後の一鳴りがなった。ねねが全てを飲み干した証であった。
罪悪感に塗れた秀吉に、彼女らしい軽い笑みを向ける。そして口の端から顎に伝っていった
白濁の雫を指で救うと、それすらも惜しそうに、自分の口の中へと収めた。
「んふっ、久しぶりのお前様のは美味しいねぇ」
ねねは、己の両頬に手を添えてうっとりと陶酔した表情で、秀吉を見下ろした。
その、彼女らしからぬ扇情的な表情は、秀吉の萎えた物に今一度熱と硬度を取り戻すには、
十分すぎるものであった。
5
ねねはすくっと立ち上がると、衣の擦れる音を立てながら、忍びの装束を完全に脱ぎ捨て
紛う事なき裸体を夫に見せつけた。
「相手がお前様でも、やっぱり見られるのは恥ずかしいよ」
「そりゃ、ねねが女を忘れてねぇっちゅう証拠だ」
先程愛されたばかりで、てらてらに光る大胆な乳に、人妻とは思えぬ引き締まった腰つき。
何より、少女のような容貌に秘められた、男を求める女の妖艶な表情。
「でもね、お前様」
ねねは床に尻をつき、前に投げ出された脚を折り曲げ、そして大胆にも股を開く。
すると、短く黒い毛によって囲まれた女陰が、秀吉の視界に移る。
さらに湿り気を帯びた自分の陰唇を二指で広げ、これ以上無い痴態を夫に見せつけた。
「あたし、お前様のためなら、恥ずかしさなんて無いよ」
「ねね……!」
秀吉は、ねねの過度なまでの淫靡な誘いに、沸き立つそれを抑えようも無く、
ただただ本能に従うままに、ねねを強く抱きしめた。
「あ……んっ!お前様……!」
「ねねっ!」
秀吉は熱く滾ったその肉棒を、女房の美貌に誘われるがまま、女陰にあてがい――
一気にねねの身体を貫いた。
(ああっ、いい……いいよっ、お前様)
必死に腰を振って、淫猥な水音を奏でるたびに、ねねは夫の愛情を噛み締める。
彼の首に腕を回して、激しく身体を貪る夫の――秀吉の表情を、愛しそうな瞳で見つめた。
秀吉がねねを突くと、その豊満な乳房がまるで柔らかな毬のように、形を変え、
上下にぽよぽよと揺れて、その行為の激しさを物語った。
「ねねっ!ねねぇっ!」
ああ、なんて男らしいのだろう。ねねは激しい行為に陶酔し、朦朧とする意識の中で、
これ以上格好の良い男などいないのではないか、と夫を賞賛する気持ちが募る。
(やっぱりこの人と一緒になって良かったよ……)
ぐぽっ、ぐぽっと、淫猥というより下劣な音が辺りを響かせるようになってきた。
こんな場に第三者が踏み込んできたら――そう考えると、ねねの膣はぎゅっと窄んで、
秀吉の一物を苦しめる。
「あたた……!ねね、締め付けすぎじゃ」
「ありゃぁ?……ご、ごめんね、お前様……」
互いに激しい律動で弾む息遣いが、場を更に高揚させていく。
――ねえ、お前様……――
ねねはしっかりと夫の身体を抱き寄せ密着させる。夫の唇に押し付けるようにして
己の唇を当てた。
秀吉から漏れる吐息は、ねねの咥内へと侵入する。そしてまたねねから漏れる吐息も、
秀吉の中へと吸い込まれていった。
――あたし、お前様が偉くなれば側室を設けることだってしょうがないと、ずっと思ってたよ――
不意に秀吉はねねを四つん這いにし、まるで犬の交尾のように、後ろから犯し始めた。
「はぁ!はぁ……ねねっ!!」
――けどなんでだろうねぇ――
――頭じゃわかってても、どうしてもそれが認められないんだよ――
ねねの嬌声が高まった。と同時に、膣がひくひくと小刻みに全体が蠢くのを、秀吉は感じる。
そろそろねねも……そう思った秀吉は、とどめとばかりに激しく腰を入れて責め立てる。
「はぁっ!ねね!そろそろ、そろそろイくぞっ!」
「うん、うん……お前様っ!ああっ、お願い……出して!!」
――こんなわがままな女だけど、どうか見捨てないでおくれ――
「うおおおおっ!」
「ああああっ!!」
絶叫に似た二人の大きな悲鳴。そしてそれと同時に大きく身体を震わせた。
絶頂を迎えた男の熱い精は、ねねの子宮にドクドクと脈を打ちながら流れ、注ぎ込まれていく。
秀吉は、ねねの深いところに己を突き立てたまま、彼女の背後より乳房を強く掴み、
すっかり汗ばんだうなじに舌を這わせた。
「はぁ……はぁ……!」
ねねの身体をひっくり返し、また仰向けにして向かい合うような体勢へと変える。
――男女は暫しじっくりとお互いを見つめ合った。
そして、ねねが吹き出すように笑みを浮かべると、秀吉は人懐っこそうな笑顔を妻に見せる。
「今度こそ、赤ちゃんできるといいねえ」
「できなかったら、出来るまでわしらががんばるまでさ」
「おや、頼もしいね」
お互いの弾んだ息遣いは、やがて安穏の寝息へと変わり、夫婦の行為は終焉を迎えた。
6
それは数日後の話であった。
***
信長様、先日はわざわざお手紙を給わり下さり、感謝しております。
相変わらず、うちの人の女癖の悪さは直らないみたいです。もう、しょうがありません。
でも、わかりました。
うちの人は、あたしを一番に愛してくれてるってことに。
色々と愚痴をこぼしてしまって、大変申し訳なく思っております。
信長様は沢山の諸事をお抱えになっていらっしゃるというのに、恥ずかしい限りです。
今度、信長様さえよろしければ、安土に御礼に向かいたいと思います。
それでは、濃姫様にもよろしくお伝えください。ありがとうございました。
ねね
***
「あら、ねねからの手紙?」
織田信長はねねの書状を読み終えると、傍らの濃姫にそれをよこした。
「微笑ましいわね」
「ふん」
信長はすっと腰を上げると、漆黒のマントを翻し、安土の天守から見える絶景に目を遣った。
するとそれに付き従うように、濃姫は信長の背後に立ち、夫と同じ風景を見た。
「それにしても、あなた結構面倒見がいいのね。部下の妻に手紙まで書くんですもの」
濃姫は、夫の背中に言葉を投げかける。
織田信長は、うっすらと自嘲の笑みを浮かべ、妻の唇を己の唇で塞いだ。
――了