「動かぬのか」
床の上に向かい合って正座する二人の長き睨めっこを終わらせたのはァ千代の一言だった。
その無愛想な声色に長い間維持していた緊張と警戒が入り混じった面持ちをムッとさせ、豊久も口を開く。
「そう言う貴様が動けば良いだろう」
「何だ。武勇に名高き島津の若武者も床の上では未熟者か」
「何だと!」
片端を微かに吊り上げた唇から紡がれた挑発的な台詞に頭が痺れる程の怒りを覚え、
感情の赴くままに目の前の女の胸倉を掴むと、薄い襦袢がはだけ、張りの良い乳房が片方だけ小さく揺れながら現れた。
「……あっ」
視界に入った見慣れぬそれは瞬く間に熱くなっていた豊久の頭に冷水をかけ、すまないだの何だのゴニョゴニョと口の中で言いながら恐る恐る手を離す。
微かに震えている手をかじかんだ時のように落ち着きなく擦り合わせる豊久の赤く染まった頬を見ながら
ァ千代ははだけた胸元を整えようと手を伸ばしたが、結局何もせずにその手を膝の上に乗せた。
「な、何をしている!早くそれをしまわぬか!」
視線を己の両手から近くに座る女へと移すも、例のそれが未だに露にされている事を知った途端に忙しく顔を背け、
元々成人男子にしては高めの声を更に裏返す豊久にァ千代は小さく嘆息し、相手の赤い耳に唇を近付けた。
「そう怒るな。夜伽については立花も未熟者だ。ここは互いに手を取り合い、共に学ぼうではないか」
「…………」
耳に飛び込む吐息に肩を震わせつつ横目で睨んで来る男の表情は未だに硬かったが、その瞳には何処か怒りとは違う熱を帯びつつあった。
何かを言おうと開きかけた口を突如触れて来た女の柔らかな唇が封じ、不慣れな事の連続に目を白黒させる豊久の頬にァ千代の手が伸びる。
熱い頬を包みこむ冷たい手が何とも心地良い。