その発端は油屋正面の橋にいた青蛙の叫びから始まった。  
「ギョエーーー!!!」  
 
 
 
 
「ったく、いったい何なんだよ、こんな朝っぱらから」  
心地よく眠っていたところを大きな悲鳴に起こされて機嫌悪く  
玄関にやってきたのはセンの姉役でもある狐女のリンだ。  
いつもなら布団の中で夢の世界に浸っていたのだがさっきの青蛙の  
叫びのせいで起こされてしまった。  
畜生、あの野郎いったい何が起こったっていうんだ  
寝ぼけまなこをこすりながら、エレベータで一階へと降りて  
正面玄関へと直行する。見ると青蛙が正面玄関で何かを見つめながら腰を抜かしていた。  
「なーにやってんだよ、幽霊でも見たのか?」  
そう言うと彼女は青蛙の視線の先にあったものを見た。  
そして絶句した。さらに叫んだ。  
「なんじゃこりゃーーーー!!!」  
 
 
 
「あの声、リンさん・・・?」  
畜舎で豚を見ていたセンこと千尋は顔を上げた。  
ここには豚に姿を変えられてしまった父と母がいる。  
千尋はさびしいときにはついここに会いに来てしまうことがある。  
そこはまだ子供であった。  
「何かあったのかな・・・」  
油屋は基本的に夜型である、朝の時間帯はまるで時が止まったように  
静まり返っている。そんな時間帯にあの大声、やっぱり何かあったのか。  
そう思うと千尋は急いで畜舎を出、正面玄関へと向かっていった。  
 
な、な、な、何だこいつは?巨人か?  
これが初めて”ソレ”を見たときの第一印象だった。  
大きさは大体7〜8メートルはあろうか。  
人間と同じように手もある、足もある、完全な人型だ。  
だが体は全身金属で覆われ、身じろぎもしない。  
右手には大きな鉄の筒みたいなのが腕にガッチリと固定されている  
ありゃ鉄砲か?でかすぎだろ  
頭なんか胴体に比べたらとても小さい  
鼻、口、耳なんかどこにも無く目らしきものがひとつ、中央で光っている  
おまけに背中には鉄の板らしきものが両方一枚ずつ折り畳まれている。  
「おい、なんだよおめー」  
とりあえず言ってみた。しかし”ソレ”はうんともすんとも言わず、  
反応は微塵も無かった。  
オクサレさまやタタリガミでもなさそうだし、ほんと何なんだよ、こいつ  
リンはそう思うと、隣で腰を抜かしている青蛙を見つけて、  
「おい、青蛙、急いでハク様呼んで来い」手短にそれだけ伝えた。  
「否、もうここにいる」  
いきなり無機質な声が後ろから飛んできた。  
「あ、ハク様、いたんですか」  
「さっき来たばかりだ。それよりリン、こいつは何者だ?」  
「青蛙にでも聞いてください」  
そういうとリンは腰を抜かしていた青蛙をグイッと引き上げ、  
ハクの目の前に突き出した。  
「え、あの、いやなんか今日いつもより早く目が覚めちゃって、  
暇つぶしに外に出ようとしたらこいつがここに突っ立っていたもんで、はい」  
必死に状況を説明する青蛙。どうやら彼が原因ではないらしい。  
とすると、ますます対処の仕方に頭を悩ますことになる。  
リンはそう直感し、はあ〜とため息をついた。  
と、その時  
「リンさーん」  
声のした方向を見ると橋の向こう側からこっちに近づいてくる影が見えた。  
間違いない、センだ。  
センなら何か知っているかもしれない  
そう思うとリンはセンを手招きした。  
一瞬、危ないかもしれないと思ったが、”ソレ”はセンがすぐそばを通り過ぎても  
何の反応も示さずただ突っ立っているだけだった。  
「セン、こいつは一体何者だと思う?」  
ハクが尋ねてみた。もともと駄目元で聞いた質問だが、それが現状打破になった。  
「多分・・・ロボットだと思う」  
「「ロボット?」」二人同時に同じ言葉が口から飛び出した。  
 
「セン、ロボットって何だ」  
リンが聞いた。  
「なんて言えばいいのかな・・・うーんと、人の形をした機械って言えばいいのかな・・・」  
「機械・・・か・・・」  
ハクがぼそりと呟いた。  
そう言われれば機械に見えなくも無い  
だが、何でここにやってきたのかその理由がわからない  
理由さえわかれば・・・  
ハクはその翡翠の色の瞳でその機械をじっと見つめた。  
とその時、青蛙がハクに尋ねた。  
「そういえばハク様、湯婆場様にご報告はなさったのですか」  
確かにそういえばこういう事態にいるべきはずの魔女がまったく姿を見せない。  
「実は湯婆場様は何でも急用とのことで2〜3日油屋を空けるとのことだ」  
くそっ、こんな時に出かけやがって、あのくそばばあ  
リンは心の中で悪態をついたそのとき、  
目の前のロボットが降ろしていた左腕をゆっくりと持ち上げた、そこから  
キーーーーキキキ  
と、三人と一匹の耳にとんでもなく凄まじい音が飛び込んできた。まるで歯の根が浮くような音だ。  
ヒイイイィとたまらずリンが両手で耳を抑えた。  
「ちょっと静かにして!」  
出し抜けに千尋が大声ををあげた。  
「一体どうしたんだ?」  
「しゃべってる・・・」  
「へ?」  
あいつ何か言ったのか?両手を耳からはずすとリンは不思議そうに耳を澄ました。  
しかし何も聞こえない。  
「油が・・・油がほしいって言ってる・・・」  
「私には何も聞こえないが・・・」  
ハクにも聞こえないとすると、こいつの言葉は人間にだけ聞くことが出来るのか  
「セン、油つーと釜爺がボイラーの点検のときに使ってる潤滑油のことか?」  
「・・・・・・・そうだって言ってる・・・」  
つーことはさっきのあの甲高い音は油切れの音だったのか  
「リンさん、釜爺さんが油もってるの?」  
「ああ、まあ頼めば貸してくれると思うけどよ」  
「私、とってくる」  
そう言うと千尋は一直線にボイラー室へと通じる通路を走っていった。  
 
「なに、機械にさす油?」  
寝ぼけまなこをこすりながら釜爺はオウム返しに尋ねた。  
うん、と千尋は首を縦に振った。  
「はてさて、どこにやったのやら」  
釜爺はその6本の腕を使ってあちこちの棚を調べ始めた。  
「あ、手伝いますか?」  
「じゃあ、そっちの棚を調べてくれんかの、  
 何せどこにしまったのかさっぱり検討がつかんでな」  
こうして千尋も棚を調べ始めた。  
いつしかススワタリたちも起きてきて何事かと千尋たちを見つめている。  
 
 
探すこと十分、  
「釜爺さん、見つかりました〜?」  
「みつかっとらん、捨てた覚えは無いんじゃが・・・」  
千尋たちは悪戦苦闘していた。  
すると、戸口からハクが入ってきた。「千尋、まだ見つからないのかい?」  
「うん、ごめんね待たせちゃって」  
千尋が踏み台を降りようとした時、  
ズルッ  
足を踏み外した。  
バランスを失って千尋は倒れそうになるがハクがそれをしっかりと受け止めた。  
ちょうどその時釜爺が声をあげた。「おお、あったぞ」  
釜爺は腕を伸ばすと千尋にそれを2つ手渡した。  
スプレー缶で両方とも中央に”クレ−556”と書いてある。  
ふと千尋が下を見るとススワタリ達が何かをやっていた。  
よくみるとさっきのハクが千尋を受け止めたあのシーン、  
しかも団体で再現していた。  
顔を真っ赤にしながら千尋は「ありがとうございます」と頭を下げ、  
ハクの手を引いて一目散に部屋を後にした。  
残された釜爺はぼそりと呟いた。  
「愛じゃなぁ・・・」  
 
「ふう、大体こんなもんかな?」  
リンが額の汗をぬぐいながら呟いた。なにせ、センが通訳するところ何でも  
全部の関節に油をさしてくれとのことだ。  
おかげでこちらはあの巨体によじ登っていろんなところに油をさしたのだ  
結構な重労働だ  
リンがそう思っているとロボットはゆっくりと腕を持ち上げた。  
そこからはもうさっきのようなキィキィ音は聞こえなかった。  
「あ・・・また何かしゃべってる」  
千尋は呟くとロボットの声に耳を傾けた。  
「(ありがとう、私の名は12式装甲歩行戦闘車。  
  MDM(マグダネル・ダグラス・三菱)社によって作り出された  
  HIGH−MACSだ。)」  
「????」  
当の千尋にはちんぷんかんぷんだ。  
「(これはここでの代金だ)」  
そう言うとそのロボットはハクに近づくとどこから取り出したのか左手に持っていた  
金の延べ棒をハクに差し出した。  
ハクがそれを受け取るとロボットは足も上げないのにものすごい速度で  
走り出し、そのまま川のほうへと去っていった。  
千尋に一言、「(油、おいしかったよ)」と言い残して・・・。  
 
 
3人と一匹は呆然と立ち尽くすしかなかった。  
 
 
                    数ヵ月後  
 
いろいろな紆余曲折を経て千尋はこっちの世界に戻ることが出来た。  
 
それから幾週間も過ぎたある日曜日のこと、  
千尋は友人と連れ立って中古のゲーム屋にやってきていた。  
なにか面白そうなのはないかと千尋は棚を食い入るように見つめ、  
かれこれ30分が過ぎかけたその時、  
千尋の目がひとつのゲームにくぎ付けになった。  
対応機種はセガサターン ジャンルは3Dロボットシューティング  
 
まぎれもなくあのロボットが写っていた。  
 
タイトルは  
         
       
          ―GUNGRIFFON THE EURASIAN CONFLICT  
 

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