初夏の臭いがする頃だった。  
中庭、丁度校舎の影にあたる場所には被い茂る木々によって木漏れ日が幻想的に映し出されていた。  
このような環境に臨場して木々にもたれかかり慣れ親しむ者、また読書に明け暮れる者、  
過ごし方はそれぞれだが光の恩恵を受け彼らは充実した時間を送っていた。  
 
工藤もそんな生徒の一人だった。  
毎度のように末武を目で追う予定だったのだが、あいにく今日は試合の開始時間が遅く、  
時間つぶしにと読書にいそしんでいるようだった。  
と、ページをめくろうと手をかけるとその本に影がかかる。  
上を見上げるとそこには見慣れた顔があった。  
「なんだ、富永か・・。」  
何の用なんだ、用があるならさっさと済ませてくれ、と工藤は手を振り追い返そうとする。  
と、富永は表情を変えずに工藤の持っている本を取り上げる。  
「オイ、何をするっ!」  
本を取り上げられ慌てる工藤をよそに富永はその本に目を通しだす。  
「あんた、またこんな本読んでるの・・?」  
その本は綺麗に扱われながらも何度も読み直した跡が見受けられていた。  
 
「うっ・・うるさいっ!お前には分からないんだ。」  
そう言い頬を染める工藤に富永はため息をつく。  
「この本の主人公って本当、アンタにソックリ。自分でもそう思うでしょう?」  
本のタイトルは言わんと知れた『仮面の告白』。いわば工藤の愛読書だ。  
主人公は自分の倒錯した恋心のやり場に困り苦悩する・・というストーリーなのである。  
「情けないけど同情もできないのよね。」  
「そんなこと言いに来たのか、お前はっ。」  
と、富永を一瞥すると拗ねたように横を向く。  
「あ、すねちゃった。これから末武の試合始まるってのにね。」  
と、富永は慢心の笑みを浮かべる。  
だからこいつは嫌いだ。人のことをからかってはその反応を見て楽しんでいる。  
そんなに俺のことなんてからかって意地悪して楽しいのだろうか。  
「恋する男は大変ね。ましてや思いも告白できず苦悩の毎日。思いは募るばかり・・」  
そう言うと富永は校舎に足を向ける。これでやっと厄介払いができるというものだ。  
そう思い工藤が前を見上げると温かくも爽やかな風が通り過ぎる。  
「手助けしてあげようか。」  
 
校舎の方を向き、そう言い振り返った富永はいつになく穏やかな顔をしていた。  
 
「今・・何て・・」  
一瞬耳を疑った。  
あの富永が自分を助ける?しかも自分の恋心の取次ぎをするという。  
素直に受け止めることのできない自分がいた。  
「一度しか言わないわよ。私もそこまでお人よしじゃないの。」  
やはり富永は富永だ。善意で人を援助するようならそれは富永じゃない。  
そう思いつめていると富永が手をこちらに翳す。  
どう反応したらいいか分からず、工藤が戸惑っていると案の定富永は彼に一喝する。  
「何してるの、さっさと手を出しなさいよ。」  
一人で手を出してるとマヌケじゃない、と富永は頬を染めていた。  
言われるがままに工藤がおそるおそる手を出すと富永はそっとその手をとる。と、その手を彼女の頬に向かわせ、工藤の手が彼女の頬を撫でるように動かしてゆく。  
「とっ・・富永・・!」  
 
唐突の富永の奇怪な行動に戸惑いどころか恐怖ですら感じる工藤。  
しかしそんな彼の感情を知っていてかその手はその先につく指は彼女の口に含まれてゆく。  
「やっ・・やめろ・・。」  
富永のその口は工藤を優しく包んでいた。  
そうすればそうするほどに青ざめてゆく工藤。  
そんな彼を見定めたのか富永はその口を工藤の指から引き離す。  
そして彼をいつものように見下げるわけではなく上目遣いでただ、見つめる。  
「そっ・・そんな目で・・見るな・・。何か言えよ、富永!」  
工藤の緊張は限界に達していた。狼狽していることもあり思わず声が上ずる。  
「言葉が必要?なら言ってあげるわ。」  
と、富永は工藤の腕を掴み自らの身体を引き寄せ甘い言葉を囁いた。  
 
「好き・・だって?冗談だろう?」  
場所は人気の少ない校舎の裏に移っていた。  
もとい危険を感じた工藤が人目を気にして富永の手を引っ張っていったのだが。  
何としてでも和解をして穏便にことを済ませたかった。  
それでも先ほど富永の言った台詞が頭から離れず、苦悩しているようであった。  
 
「何の理由もなしに手助けするなんて言わないわよ。」  
それが彼女の言い分だった。  
ずっと昔から女を避けていた。  
だけどそれは単に興味が無いだけであって恐怖を感じたことは今一度なかった。  
今日のこの日まで。  
「末武の試合、始まっちゃうわね。」  
そう言い富永は優しくも意地悪ともとれる顔で微笑んだ。  
無論試合も大事であったが今はそれどころではない。  
何としてでもこの状況から逃れたかった。  
 
それでも工藤は逃げようとはしなかった。  
一つは自分の良心が許さない為、そしてもう一つは・・  
「分かっている。」  
そう言った工藤の表情は緊張が走りつつもどことなく凛々しいものへと変わっていた。  
「それよりも今はお前をどうにかしないといけないだろ。」  
「私はお荷物扱い・・か。」  
確かに富永の言う通りではある。  
しかし今の状況が嫌いではなかった。  
自分の中で新しい感情を知った、そんな気分だった。  
だから、工藤は逃げようとはしなかったのであろう。  
 
「だったら降ろしていっても構わないわ。勝手なことして悪かったわ。」  
「そんなこと、誰も言っていないだろう。」  
そう言うと工藤は富永の手を取る。  
「自分だってよく分からないんだ・・気持ちに整理をつけたい。  
 逃げるわけにも追い出すわけにもいかないんだ。」  
「ありがとう。」  
そう言うと富永はいつになく純粋な笑顔を見せた。  
「だったら・・いいかしら・・その・・。」  
と、言葉を濁す富永。普段はハッキリとモノを言うものなのだがこういうことには疎いようだった。  
「何だよ。」  
工藤が不思議そうな顔をすると富永は彼のその胸に身を寄せる。  
「・・ああ、いいさ。今日の今だけ・・な。」  
と、富永は精一杯に背伸びをして工藤に近づこうとする。  
それに合わせ工藤もまた背を屈め彼女を受け入れていた。  
 
「とっ・・富永っ・・ちょっと・・待て」  
自ら受け入れたこととはいえ執拗に繰り返される富永の愛撫に工藤はいささか参っているようだった。  
次第にその息も荒くなってゆく。  
「おっ・・まえ・・一体何処でそんな・・こと・・」  
すると「んっ」と富永が工藤の身体から手を引き離し彼を見上げる。  
「何処だったかしら・・工藤のせいで沢山要らない情報が入ったからそこかしら。」  
「人のせいにするなよ。」  
と、富永はその背をかがめ、工藤に座るように促すと局部に手をあてる。  
「一番困っているのはここよね。」  
「お前・・本当にかわいくないな・・。」  
そしてそこを開放すると富永は口をあてがう。  
最初は舌先でゆくゆくは口全体で撫でるように愛撫してゆく。  
そんな富永を薄目で見下げる工藤であったが、富永はそれを察したのか口をそれから引き離す。  
「目は閉じていて・・これは私じゃないの。末武だと思って。」  
そして工藤の瞼を閉じさせる。  
 
 余計な気、使うなよ。  
 
俺はお前がしてくれるだけで・・  
「・・やばい・・きもちいい・・。」  
思いもあったのだがそれ以上に身体は正直だった。思わず身体をのけぞらせる工藤。  
「そろそろ・・やめにしないか・・」  
工藤の一番に恐れていたこと、『精』の放出が近いことを悟って富永の頭を両手で引き離してやる。  
「えっ?だって、まだ・・」  
「その・・お前に迷惑かけたくないし。」  
「私のこと嫌い・・?」  
工藤の気遣いはすれ違いを産んでいるようだった。  
「・・」  
嫌いなわけがない。だからこそ、後悔なんてさせたくない。  
意識の高潮と共に心臓の音が高まる。  
 
「それとも嫌いになった・・?」  
その言葉を最後まで言えぬよう口を塞いでやった。  
そして中途半端に膨張したそれを富永の秘部に無理やり押し入れてやる。  
 
「あっ・・あっ・・痛いよぉ・・痛いよっ・・工藤・・やめ・・て・・」  
富永の口からこれ以上悲しい言葉を聞きたくなかった。  
それが悲鳴に変わったとしても、自分のわがままと知っていても。  
その痛みからか手に力がこもり富永の爪が工藤の背中に食い込んでゆく。  
「あっ・・あっ・・いや〜ぁっ!」  
「嫌いだったら・・誰がこんなことするか・・」  
工藤にとってその爪の痛みですら快楽に変わっていた。  
いっそ自分を傷つけてほしい。そんな感情ですら感じていた。  
「・・んっ・・ふぅ・・。」  
次の瞬間富永は全てを終えたかのように穏やかな表情となっていた。  
そんな富永の髪を梳くように撫でる工藤。  
「よかったな・・富永・・。」  
そしてそう耳元で呟くのであった。  
 
「同じこと何度も言わせるな、ってお前もそう言っていたじゃないか!」  
「あんたとは違ってちゃんと聞いてたわよ。私は耳を疑っただけ。」  
 
全てを終えた頃には日が沈んでいた。  
生徒はほぼ帰宅しており富永と工藤は帰り路に足をむけていた。  
そんな中、道路の真ん中で口論となり大声をあげる二人。  
「・・だから言ってる。お前は変な気を使いすぎる、ってな。」  
「あんたが末武への思いに悩んでるっていうから手助けしてやったのに何よその言い草。」  
どこまでも富永は意地っ張りだ、もとい素直でない。  
「別に助けてくれなんて頼んでいない。」  
売り言葉に買い言葉、想いが交差してゆくかのように見えた。  
「だけど・・嬉しかった。」  
強がりの後に頬を染め言葉を濁す工藤の呟きを富永は聞き逃さなかった。  
「それって助けてくれたこと?それとも・・」  
あたしの気持ち? 富永は前を、空を見上げてそう言った。  
「さぁ、どうだか。」  
そう言うと工藤もまた富永と同じ空を見上げていた。  
 
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