教室の窓際の空いた席に腰を掛け、足は机の上に乗せ、末武は暇つぶしとばかりに窓の外を見ていた。  
今日で学校も終わりか・・  
人気のなくなった校庭を眺めるとよけいに喪失感が襲う。  
と、物思いにふけているとドアの方から物音がする。  
思わず振り返るとそこには工藤が俯き立ち尽くしていた。  
「何だよぉ、居るんだったら声けろよ。」  
正論を浴びせる末武であったが、工藤はただ黙っているだけであった。  
痺れをきたした末武は工藤に歩み寄る。  
「今のお前、変だぜ。」  
そしてその顔を覗きこんでやる。  
しばらく沈黙が流れた後、工藤の口がかすかに動き始める。  
しかしそれは音声とはならず、末武は言葉が発せられるだろう口元に耳を傾ける。  
「・・末武・・俺のこと・・嫌いにならないでくれ・・」  
不可解な工藤の発言に首を捻る末武。  
「言ってることがわけ分からんぞ・・」  
「真剣に聞いてもらいたいことがある。」  
そう言うと工藤は顔をあげる。  
「くっ・・工藤?」  
一変し真剣な表情となった工藤にたじろぐ末武。  
しかしそれはこれから始まることの断片にしかすぎなかった。  
 
 
「ねぇねぇ、富永、知ってるぅ?」  
「は?」  
立冬も近いだろうある日、小林と富永は屋上の壁の段差に腰掛け、昼食をとっていた。  
小林の主語の抜けた発言に怪訝そうな顔をする富永。  
まあまあ〜とばかりに小林は富永をなだめる。  
そして周りを見渡し誰も居ないことを確認すると富永に近づけるだけ近づいてゆく。  
「末武のこと。」  
小声でそう言った小林の言葉に予感を感じ、思わず肩で反応する富永。  
「すっ・・末武が何よ・・」  
「付き合ってんの。」  
「・・」  
「あれっ?富永・・どうしたの?」  
突然口を閉ざしてしまった富永を気遣うように見つめる小林。  
「何でもないわ、さっさと話を続けなさいよ。」  
何処か、棘のあるような口調。  
小林はやぶ蛇だったと思いつつ、このまま退くことは出来ないと思い話を続ける。  
「・・堀先生と・・」  
「・・」  
そう、小林が呟くと冷たい風が二人の間を通り過ぎる。  
「そう・・。」  
富永は、ただ、それだけを言って、  
「富永・・」  
小林に切ない笑顔を見せる。  
何か訳があるんだ、そう思う小林であったが  
今の富永に掛けるべく言葉が見つからず、ただ俯き次の富永の言葉を待っていた。  
 
「好き・・なんだ・・お前のこと。」  
工藤は向かい合い両手で末武の肩を掴みそう言った。  
あくまで工藤の目を見ようとする末武であったが、  
先刻までの工藤の言葉が頭から離れず目を合わせることができないでいた。  
「はっ・・ははっ・・俺も・・好きだぞ・・工藤・・」  
誤魔化すように口を割る末武。  
あたかも先刻の言葉が虚実であるかのような返答をする。  
「そういう『好き』じゃないんだ・・。お前のことを・・その・・」  
肝心なところで言葉に詰まる。  
踏み込んだことには責任を持たねばならない。  
しかし、  
「末武・・分かってるんだろう・・?」  
自分の技量の無さを相手に押し付けていると分かりつつ、  
今の工藤にはそうすることしかできないようであった。  
末武の眼をただ見つめ、返答を待つ工藤。  
「・・ゴメン・・工藤・・」  
と、末武は逃がした目を工藤のそれへと戻してやる。  
「俺・・好きな人・・いるから。」  
当然、末武が倒錯愛など知る由もなかった。  
しかし工藤の眼を見ればそれが何であったかは容易に分かる。  
そしてそれに答えられないことも。  
「そうか・・。」  
心に重圧がかかりつつもそれを許容しようと・・工藤は必死に努めているようだった。  
心なしかその眼に涙が浮かぶ。  
それを末武に悟られまいと喉を鳴らし飲み込もうとする。  
「鳩子姉ちゃん・・いや堀先生と言った方が分かり易いか。」  
と、末武は窓を向きなおし口を割り始める。  
「守りたいんだ、その人を。」  
太陽が末武の頬を照らし出す。  
反射も相まって末武の・・その表情は輝いていた。  
「・・」  
最後までライバルだったんだな、  
末武の愛しい人は自分の信頼している人でもあった。  
そう思うと工藤の心が落ち着いてゆくのが分かる。  
と、工藤は末武に背を向けドアの方へ歩き始める。  
「・・工藤?」  
一緒に帰る筈だったよな、と工藤を呼び止める末武。  
「悪い・・今日は一人にさせてくれないか?」  
また、今度・・な、そう言うと工藤は表情を悟られまいと背を向けたまま手を振る。  
そして  
「大事にしろよ。」  
そう言い残し工藤は教室を後にした。  
 
「あいつ、ああ見えて結構脆いから・・ちょっと心配になったのよ。」  
食事を終え、睡眠の導入段階に入っている小林の横で富永は空に向けそう呟いた。  
「ふえっ・・、富永・・何か言った?」  
突然話しかけられたことで小林は対応できない様子だった。  
慌て、ふためき返答を返す。  
「いいのよ、聞いてなければね。」  
「聞いてるよぉ・・というか聞かせてください・・」  
要は聞いていないんでしょう、と富永が毒舌を吐くと小林は目を擦り彼女の方を向く。  
「工藤のこと。」  
「・・」  
言われてみれば、と小林は思う。  
「告白なんてしなければいいんだけど・・」  
「・・」  
「別に私が心配することでもないんだけどね・・」  
そう言うと富永は手を伸ばし背伸びをする。  
「何となく分かるよ、富永の気持ち。」  
頬杖をつきそう言う小林に富永は心なしか嬉しそうな顔をしていた。  
 
「・・どう・・」  
工藤の耳にノイズがつく。  
薄目を開けると北川がこちらに向かって叫んでいた。  
しかし北川は工藤が目覚めたことには一切気がつかない様子で  
彼の肩を揺さぶり起こそうとする。  
「工藤!私の話は終わったわけじゃないのよ!!」  
「分かってる・・」  
寝起きの、苦汁の絡んだような声で返答する工藤。  
酒が入ったこともあり、北川の話を聞きながらいつの間にか眠ってしまったようだった。  
「だが、昨日は当直明けだったんだ・・少し寝かせてくれ・・」  
そう言うと再び顔を伏せ、眠る体制をとってしまう。  
夢の・・苦い思い出のこともあり、今北川と話す気にはなれなかった。  
と、そんな店内に甲高い声がこだまする。  
「ですから〜私は大人なんですってばぁ〜。」  
その言葉を発する少女・・もとい一人の女性は店員に取り押さえられていた。  
その声に気がついたかのように北川はその場に駆け寄る。  
「みか先生!どうしてここが分かったんですか?」  
「せっ・・先生ですか?この・・子が・・?」  
北川の言動にたじろぐ店員。その言動に店員の手を振り解き胸を張るみか先生。  
「何度も言ってるじゃないですか、私は30代の立派な大人だって!」  
そう言い怪訝そうな顔をするみか先生に北川は顔をほころばせる。  
「かわいいv」  
そして頬を摺り寄せる。  
「きゃっ。北川さんっ!ここで・・は恥ずかしいよぉ・・」  
店員の目など構わない様子で北川はみか先生を抱擁する。  
と、店員が去ってゆくとみか先生の視野にテーブルにうつ伏せて眠る男の姿が目に入る。  
「北川さん・・アレ・・誰・・」  
怪訝そう・・もとい不機嫌な顔をするみか先生。  
「せっ・・先生・・妬いてくれてるんですかっ!」  
それはそれで嬉しいらしく北川は顔を輝かせる。  
「それはそうだよ・・何も言わずに帰りが遅いから心配していきつけの居酒屋に来てみれば・・」  
そして再びその男に視線を戻す。  
「こんな知らない人と一緒にいるなんてっ!北川さんに限って・・と思ってたのにぃ・・」  
と、みか先生が涙目で興奮しその人間を指差すと・・  
「みか先生・・北川が男に興味を持つようになったら世界が破滅しますよ・・」  
その男・・こと工藤が眠たさ半分で顔を上げていた。  
「くっ・・工藤くんっ!?」  
久しぶりだねっ!と、焦り、驚くや否や北川を冷ややかな目で見るみか先生。  
「知ってたら教えてよぉ〜酷いよぉ〜北川さん〜。」  
「でも分かりませんよ、あたしが気が変わって  
工藤と浮気する可能性だってないことはないですし・・」  
冗談ですけど、と北川は付け加える。  
そんなやりとりをため息交じりで見つめる工藤。  
「北川、その辺にしとけ。・・というか先生達・・同居してるのか?」  
あっけらかんとした表情で言う工藤であったが  
「さっき言ったわよ。」  
その言動が北川の機嫌を損ねるとは知らなかったようである。  
 
「じゃあね、工藤くん、元気でね。」  
未だにそう呼ばれることに違和感を覚えつつも、何処となく懐かしい気持ちに駆られ  
工藤は顔をほころばせていた。  
居酒屋の前、歩くことですらままならない北川をみか先生は小さい手で支え歩き出そうとする。  
と、北川はみか先生にちょっとだけ、と歩みを止めるように言うと工藤の方を振り返る。  
「工藤。」  
予定外の北川の言動に一瞬たじろぐ工藤。  
「思い出は思い出・・よ、問題は今どうあるか・・だから気に病むことはないわ。」  
アンタの過去に何があったかは知らないけれど、  
そう付け足すと北川は歩みを進めるようにみか先生を促す。  
「幸せにな。」  
そんな彼女達の後ろ姿を工藤は穏やかな顔で見送る。  
そして最後まで彼女達を見送るとため息をつく。  
また・・一人になっちまったな。  
そう思うと工藤は夜空を見上げ、帰り路に足を向けていた。  
 
 
それからどれだけ歩いたのだろうか。  
眠った後とはいえ酔いが残るその足取りで長距離を歩くことには限界があったように思えてきていた。  
− 重い・・眠い・・  
ましてや当直明け、折角眠りについたとしても  
夢に振り回わされ熟睡できず、体力は奪われるばかり・・  
と、遠くの方からかすかにメロディーが聞こえてくる。  
― ピアノ・・か?こんな時間に?  
ストリートミュージシャンならともかくとして  
こんな夜更けに楽器の音が聞こえるのには違和感を覚える。  
近所は何も言わないのだろうか、そう思いつつ工藤は歩みを進める。  
 
その音源をたどり前を見上げると、そこには否が応でも見覚えのある建物が視野に入ってきていた。  
− 富永邸・・か・・  
と、工藤はため息をつく。道理で、と納得しつつも  
ここにたどり着くまでに気がつかなかった自分をふがいなく思う。  
そんな工藤の気持ちを癒すかのようにメロディーは彼を包んでゆく。  
そして白昼に見えた黒い髪の女性が思い出される。  
― 富永・・お前は何処までも・・俺に纏わりつくんだな  
その音に身を任せるように工藤は壁にもたれかかり目を伏せていた。  
 
「一人にしてほしいんだ。」  
そう言ってはみたものの、工藤の中には孤独感だけが支配していた。  
どうすることも出来ずただ、立ち尽くすばかりで。  
情けないことに足を運ぼうものならつまずいてしまうのではないかと思うくらいだった。  
そんな彼の耳にピアノの音がつく。  
― 誰だ・・?  
日の傾き始める兆しの見えるその時間に奏でられるその音色。  
当然違和感を覚えないはずがなかった。  
おそるおそるその場所・・音楽室へ足を運ぶ。  
しかし気が変わったようで工藤のその歩みは音楽室前の廊下で止まっていた。  
1つは中に踏み込む勇気がないことに気がついたため、  
もう1つはその音をただ、聴いていたかったから。  
どのみち、演奏者に自分の気持ちを悟られたくなかった為である。  
しかし、  
その音色は今の彼の気持ちを温かく包んでいた。  
― ただの楽器の音なのにな・・  
不思議と気持ちが安らいでゆく。  
と、その演奏は終わりを告げる。目を伏せ、その音色の余韻に浸る。  
と、後輩だろうか幾人かの生徒が出てきた後に、演奏者が廊下へと歩み出てきた。  
その少女は廊下に立ち尽くす工藤に目をやり、驚愕の表情を見せる。  
「・・アンタ・・何でここにいるの・・?」  
「・・富永!」  
 
お前だったのか?と、工藤は目を白黒させる。  
そしてよりによって・・とばかりに手を額に当て、目を伏せる。  
「まっ・・いいわ、ギャラリーに演奏はし終わったからここはこれから閉めるわ。  
アンタもさっさと帰りなさい。」  
そんな工藤に構わない様子で富永は鍵を扉へと突き刺す。  
しかし工藤は頷きもせず・・また帰り路に歩みを向かわせる様子も見せなかった。  
「・・何よ。」  
そんな工藤の様子を富永は不審に思いその顔に目を向ける。  
何かを、伝えたい・・とばかりに工藤の目は富永を見つめていた。  
「ハッキリ言いなさいよ・・まったく、いくじがないんだから。」  
「その通りだ・・。」  
と、工藤は目を伏せ、俯く。  
「工藤・・どうしちゃったの・・?」  
悲哀の表情ですら見せる工藤に富永は思わず情を寄せる。  
「何でもない、お前はさっさと帰ってくれ。」  
そんな富永の情を受け取りたいと思いつつ、  
迷惑をかけたくない、という気持ちがそれを制止していた。  
「何でもないってこと、ないでしょう!?」  
そんな心遣いはかえって富永の気持ちを助長させるだけであって  
「・・話して・・」  
そして逃げる工藤の目を追ってゆく。  
そして辺りを見回し誰も居ないことを確認すると彼の頬に手をあてる。  
「ほら・・こんな顔して・・」  
そして強張った顔を優しく揉んでゆく。  
「・・とみ・・なが・・」  
その手はとても温かくて。  
張り詰めていた紐を解かれたかのように工藤の頬から涙が伝ってゆく。  
その涙を富永の手がふき取り、  
それでも涙は頬を伝う。  
「オレ・・間違ってないよな・・なぁ・・富永・・」  
拭いきれないその雫を、彼女の肩に委ねる。  
そんな彼の肩を富永はただ、優しく包み込んでいた。  
 
柔和な音色が室内を駆け巡り  
床に座り込み窓の外を見つめる工藤を包み込んでゆく。  
元来富永の演奏が並外れて優れていることは知っていた。  
だが、今、こんなにも心に響いているのは何故だろうか。  
止まった筈の涙ですらぶり返しそうになる。  
「・・もう・・終わりか・・」  
「仕方ないでしょ、今まで散々弾いていたんだから。指だってズタボロよ。」  
そうか、と工藤は苦笑する。  
「それより。」  
と、富永は工藤の前に座り込む。  
「何があったの?」  
富永にはごまかしは効かない、そんな分かりきったことを思いつつ  
工藤は今まであったことを話し始める。  
「・・そう・・。」  
全てを聞いた富永はたった一言だけそう言い目を伏せる。  
そして工藤の奥に広がる空を見つめる。  
「ねぇ・・覚えてる?あの日のこと・・」  
その言葉に工藤の胸が軽く脈打つ。  
「忘れるわけないか、あれだけ脅したんだものね。」  
あの日のこと。忘れもしない、2年の初夏の頃。  
富永に初めて告白された日のこと。  
返答をうやむやにしたままに時が経過していたこと。  
「ずっと・・思ってた。」  
その言葉に胸が痛む。  
「こういう返事って女の方から求めちゃいけないって知ってるけど・・  
やっぱり知りたいのよ。」  
そして富永は切なく笑う。  
そんなにも自分のことを想ってくれていたと言うのだろうか。  
自分の倒錯癖を知りつつ何故そこまで想えるのだろうか。  
そう思うと工藤は富永の肩を掴む。  
「あまり俺を苦しめないでくれ・・。」  
様々な思いが工藤の中を交差する。  
 
それは彼の許容量を超えているようだった。  
その思いは溢れるばかりで。  
「工藤・・?」  
掴んだ手はいつしか富永の華奢な身体を包んでいた。  
それは言葉では言い表せない工藤の心で。  
富永はその心を受け止めると、  
その身体を引き離しブレザーに手を掛け丁寧に脱がせると工藤の胸に身を寄せる。  
と、富永は上目使いで工藤を見上げる。  
「ねぇ・・工藤。どうすれば・・アンタを苦しめないで済む?」  
「・・そうだな・・」  
と、工藤は天井を見上げる。  
「全てを忘れさせてくれ・・。」  
すると富永は頬を染め、工藤のズボンに手を掛ける。  
そしてそこから工藤自身を取り出すと再度彼と目を合わせる。  
「いいの・・?」  
富永の問いにただ頷く工藤。  
それを確認すると富永の舌が愛撫を始める。  
やがてそれが怒張し始めると、  
工藤は沸きあがる気持ちを逃がそうと息の荒いままに富永の頭を撫でてやる。  
それを知りつつ富永の愛撫は止まることなく続いてゆく。  
やがて精の放出が近くなることを察すると、富永の顔を自らから離してやる。  
「我慢しなくていいよ・・ほら・・」  
 
と、富永は工藤のそれを両手で包み込み摺り合わせる。  
「わわっ・・バカっ・・」  
それが刺激となりそこから白く混濁した液が富永の顔に付着する。  
富永はそれを丁寧に手で取り口に含む。  
「やめろっ!お前・・そんな汚い・・」  
「忘れさせてくれ、って言ったの・・誰かしら?」  
『精』を呑むなり、そう言い妖艶な表情を見せる富永。  
「何度言えば分かるの・・?遠慮は無用だって。」  
そして身体を起こすと力の入らない工藤の肩を掴み床へと押し倒す。  
一瞬だけ富永の眼が工藤の色を窺うと、すぐさまその顔を彼の首筋へと向かわせる。  
余った手で肩を擦り、首筋へ向けたその顔は彼の耳に到達する。  
軽くその耳を噛んでやると、口を窄ませ息を吹き込んでやる。  
「・・っ!」  
その刺激に身体をのけぞらせる工藤であったが、構わない様子で富永はその耳元に囁く。  
「アンタ・・弱いところばっかりね。」  
その言葉に頬を・・否、全身を赤く染める工藤。  
「うるさいっ・・よけいな世話だ・・っ・・」  
しかしそんな工藤の抵抗も空しく富永の手が先刻『精』を放ったそこへと向かう。  
あくまで優しく、撫でるように、彼の表情を確認しながら愛撫を始める。  
そしてそれが再度隆起すると、その先を指で弄ってやる。  
すると富永は突然その手を離し、触発されたように自らの衣類に手を掛け始める。  
「・・富永・・?」  
 
「身勝手とは知ってる・・だけど・・あたしを見て欲しいの・・」  
衣類を脱ぎ捨てるなり富永は頬を染めそう言った。  
その姿を見るなり工藤の鼓動が一気に高鳴る。  
鼓動で息が苦しくなるのが分かる。  
出来ることならこの場から開放されたい、そんな気持ちに駆られる。  
しかし、手は自然と富永を追い求めていた。その手でその腕で彼女を包み込む。  
すると工藤の肩に湿った感触が伝わる。  
それが富永の眼から溢れているものと知ると、その背中を擦ってやる。  
「お前でも泣くんだな。」  
「・・バカ・・」  
そう言い空笑いをする富永。その心の中には温かさが充填されているようだった。  
その感触を惜しむように身体を離すと富永は足を開き、工藤のそれを出迎えようとする。  
「んんっ・・」  
富永の秘部は既に潤滑されていた。  
それに押し込むように身体を寄せ、挿入させてゆく。  
「あっ・・ああんっ・・」  
それが呑みこまれる度に甘い声が出る。  
「・・とっ・・富永・・」  
たじろぎ、それを静止しようと手を出す工藤であったが富永の手がそれを振り解く。  
「・・だめぇ・・」  
そう言い請うような眼で見つめる。  
そして限界まで挿入すると富永は腰を動かし始める。  
「あんっ・・あんっ・・」  
甘い声が出る度に息も荒くなってゆく。  
それでも感じているのだろうか、結合部からは愛液が次々と溢れてゆく。  
「やめ・・ろ・・」  
そう言うなり工藤の手が富永の腕を掴み、彼女を押し倒す。  
「工藤・・?」  
どうしたの、とばかりに工藤の顔を愛くるしい顔で見つめる富永。  
その顔に工藤は苦笑し、彼女の頭を撫でるとその腰を動かし始める。  
「あっ・・やっ・・あっ・・」  
予想しないほどに目まぐるしく運動を始めるそれに富永はついていかれないようだった。  
声をあげ、身体を縮めその刺激から逃れようとする。  
「あっ・・あっ・・いっちゃう・・」  
その峠は思っていたよりもずっと早く訪れることを予期していた。  
「んんんーーーーっ!」  
唇を噛み、歓喜の時を迎える。  
そして工藤は富永からそれを抜き取ると放出される愛液を彼女の口に頬張らせてやる。  
「どう・・だ・・?」  
息荒らぐ中であったが、そう言った工藤の表情はいつになく穏やかだった。  
富永はそれを全て口の中に入れ、飲み込む。  
「ありがとう・・。」  
やっと分かってくれたのね、と富永は微笑む。  
「それは俺の台詞だ・・」  
工藤はそんな彼女から目を逸らし頬を染めていた。  
 
 
それから。  
1ヶ月も経たないうちに富永は海外に留学に行くことになったらしい。  
元々お嬢様なのだ。  
わざわざ国内で勤勉する必要もないだろうと思い、無理やり納得することとした。  
 
到底彼女から連絡が来るわけもなく  
また、俺自身もそんな記憶を忘れようとしていた。  
― 筈なのに。  
 
 
やがてその音も幕が閉まったかのように終わりを遂げていた。  
時計を見ると午後10時、子供であれば就寝している時間である。  
そう思いにふけていると、この時期独特の冷たくも心地よい風が通り過ぎる。  
「・・くっ・・工藤じゃない!アンタ何でここにいるの?」  
声の方に振り返ると一人の女性となったかつての少女が立ち尽くしていた。  
その長い黒い髪は風によってなびき、月の光に照らされ輝いていた。  
それは幻視を見ているかのようだった。  
背景では開かれた扉が行方を失い、風になびくがままに音をたてている。  
「・・くくっ・・」  
思わず笑いがこみ上げる。それを隠すように俯き手を額にあてる。  
「何で・・だろうな・・」  
そして夜空を見上げる。  
「お前こそ何でここにいるんだ・・?」  
卑怯だと分かりつつ富永の質問に答えることなく自らの質問を浴びせてやる。  
「何で・・って、ここ・・興津に帰ってきたからに決まってるじゃない。」  
そう言いかすかに頬を染める富永。  
正論だ、しかし。  
「ちょっ・・ちょっと何するのよ!」  
工藤は富永の手を引くなり彼女の家に向かって歩いてゆく。  
「お前のピアノが聞きたい。」  
すると富永の頬がみるみるうちに赤くなってゆく。  
このままかの記憶をないがしろにはしたくない、そんな想いがあって。  
 
「ねぇ・・聞いていいかしら・・」  
「何だ?」  
「末武って今どうしてる?」  
「堀先生と上手くやってるぜ。  
子沢山でな、末武が休みの度に出かけるからいろいろかさむらしいぞ。  
というかあそこまで微笑ましい夫婦も珍しいよな・・」  
「・・」  
「何だよ。」  
「工藤・・変わったね。きっと高校の頃だったら発狂してたわ。」  
「お前なぁ。しかし俺だって末武のこと、諦めたわけじゃない。  
夏の末武の誕生日プレゼントに今からブーメランパンツを用意しているんだ!  
・・って何故笑う、富永!」  
「前言撤回。工藤はちっとも変わらないわ。」  
「・・何だか腹立つな。まぁいい、話は変わるが、お前、ここの屋敷に一人なのか?」  
「今は他の家族が旅行中なだけよ、でもその間小林達が遊びに来てくれたわ。」  
「小林か・・元気だろうか。」  
「関と2ヵ月後に入籍ですって。・・って何、噴いてるのよ。汚いっ。」  
「いっ・・いや・・あまりのことに・・。みか先生と北川の同居といい・・驚くことばかりだ。」  
「おやじと委員長もすっかり落ち着いちゃったし、渡部と中山さんは相変わらず漫画漬けだし・・」  
 
 
「すっかり置いていかれた気分だ。」  
工藤はソファーにもたれかかりそう言った。  
「いいんじゃない?アンタはアンタよ。」  
自分の進むべき道を信じればいいのよ、そう付け足し富永は微笑む。  
そして工藤のリクエストに答えようとその足をグランドピアノへと向ける。  
「リクエストは何かあるかしら?」  
「あの日と同じ曲を。」  
そして美しい音色が奏でられる。  
― 思い出は思い出・・よ、問題は今どうあるか・・だから気に病むことはないわ。  
(過去だって捨てたものじゃないぜ・・)  
先刻の北川の台詞を思い出し、工藤は物思いにふける。  
そして目を閉じその音に耳を傾ける。  
やがて音が鳴り止み余韻に浸っていると前に気配を感じる。  
慌て、工藤が目を開けると富永の顔が目の前にあった。  
驚く彼の髪を掻き分け富永はその額に軽く口をつける。  
「今からでも・・遅くないんじゃない?」  
そしてそう囁いて、  
「付き合ってくれるのか?」  
そう言った工藤に富永は当然とばかりに微笑んだ。  
 

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