秋空が天を被う。
清々しいまでの空色が、それを彩る雲が1つの芸術を作り上げていた。
そんな空の下、音楽室の窓の外を小林は眺めていた。
「まだかな・・」
よりかかる手は窓の淵をなぞり
その足の片方は地につかずに壁を軽く叩いていた。
すると廊下の方からコツコツと足音が聞こえてくる。
その音は・・音だけで存在を明白にしていた。
「待ってたんだよ。」
ドアが開くや否やそう言うと小林はいつになく穏やかな笑顔を見せていた。
かの音楽会の後のことである。
「ねぇねぇ、とみ〜ピアノ教えてよ。」
小林はその後、それによって受けた影響を素直すぎるほどに顔に出していた。
「教えてもいいけど・・」
そんな小林の反応に面白さを感じつつもそれを隠し、富永は呟く。
「私、スパルタよ。」
「え〜っ、そんなの構わないよ、富永がキツいの知ってて頼んでるの。
ね〜え、だから教えて。」
つき放すつもりで放った台詞であったが、
富永のそんな意図は無邪気な小林には通じなかったようで、彼女は懇願を続けていた。
「・・うるさいわね・・分かったわよ。明日の放課後、うちに来なさい。
どうせアンタはバイトだかで遅くなるんでしょう?」
「えっ、ホント?マジ?」
やった〜、とばかりに両手を挙げ喜ぶ小林。
そんな彼女に富永は折れたかのようにため息をつきつつも穏やかな表情で見つめていた。
「こんばんは♪」
「・・」
翌日の晩、小林は富永の指定した時間に遅れることなく到着していた。
そのことで胸を張る小林を知りつつ富永は淡々と楽譜の準備を始める。
「何さ、富永。ちゃんと時間通りに来たんだから何か言ってくれたっていいのに・・」
「アンタは褒めるとつけあがるから。」
というか当たり前よね、と富永は踵を返す。
「練習曲から始めるのが普通なんだけれど・・」
そして小林の坐るグランドピアノの前に楽譜を置く。
「アンタにそれは向きそうにないから・・」
何で?と富永を見つめる小林。
「練習曲はあくまで指の動かし方を学ぶだけなのよ。
曲にはならないといった方が正しいわ。コツコツとした練習が必要・・」
と、バイトの疲れからなのか富永の説明にウトウトし始める小林。
その反応を見るなり富永は呆れたように楽譜をたたみ始めていた。
「ちょ・・ちょっと待ってよ、富永、私ちゃんとやるから。」
本当かしら?と小林を睨む富永。うん、と頷く小林。
「これくらいなら・・アンタでも弾けるわね・・」
そう言い富永は頁を開け小林の前に置くと手本を見せ始めていた。
「どう富永、なかなかなんじゃない?」
曲が弾き終わった後にそう言い笑顔を見せる小林。
「まぁまぁ・・かしら。」
しかしあくまで富永は小林を褒めようとはしなかった。
「なんだよぉ・・その反応。」
「・・たかが『猫ふんじゃった』でそう言われてもね・・」
それなら誰でも弾けるわよ、と鼻を鳴らす。
(どうせ長くは続かないんだから・・)
そう思いながら富永は帰る小林を見送っていた。
「おっはよ〜う♪」
翌日の朝、小林は富永邸のインターフォンを鳴らし、
何処から出てくるのだろう元気を振りまいていた。
「今日はね、お弁当持参なんだよ。」
「アンタ、いつまでうちに居座る気・・」
勿論、と小林は胸を張る。
「上手になるまで。」
そんな小林の言動に頭を抱える富永。
呆れつつも昨日とは違う楽譜を取り出す。
(これだけ難しいのをやればあの子も無理だと気がつくでしょう・・)
「ううっ・・何だよぅ・・これ・・」
指をもたれさせながら、小林は譜面と鍵盤を交互に見つめていた。
(富永・・ワザとこんな曲を弾かせたな・・)
富永の意図もとい策略を知りつつも小林はその手を止めなかった。
もとい止めることができないようだった。
「無理なら止めなさいよ。指にタコが出来ることだってあるんだから・・」
特に慣れないとね、と富永は嘲笑する。
「やだ・・」
その曲は先日説明しただろう練習曲をこなせば難なくこなせるものであった。
右手で、左手で鍵盤をタイミングを確かめそれを幾度となく合わせようとする。
しかし右手が左手につられあるいはその逆となりそれはとても曲とはいいがたいものであった。
「小林・・」
曲を完成させることに執着することで狂気ですら感じられるその小林の姿に
いつしか富永も見入っていた。
「くやしいから・・」
「・・」
「このまま・・弾けないの・・くやしいから・・」
そんな彼女を富永はただ見つめることでしか対処できないでいた。
その翌日、音楽会の日から3日目。
その日は雨だった。
「明日も来るからね。」
そう言い帰り路についた昨日の小林の言葉が富永の頭に浮かぶ。
しかし昼となっても彼女は一向に姿を見せなかった。
気にかかり彼女の携帯に連絡を入れる。
「もう少しで行くから、ちょっとねぼけちゃって・・」
それが彼女の答えだった。
それから1時間が経った。
富永の中で焦燥が走り再度彼女の携帯へと連絡を入れる。
しかし受話器の向こうからは機械的な呼び出し音がするだけ。
あらぬ予感を感じ、富永は先刻連絡のあった興津駅までのルートをたどりに足を運んでいた。
「とみ・・なが・・」
興津駅商店街の裏路地、そこに小林は雨に打たれ、佇んでいた。
その服は泥まみれとなっており、
よく見ると皮膚には赤く腫れた打撲の跡が見受けられる。
「アンタ・・何よ・・その姿・・」
声の上ずる富永に小林は切ないまでの笑顔を見せる。
「へへっ・・実はね、ラチられそうになったの・・
いい仕事があるよとか何とか言ってたけど、怪しいと思って断ったら
いかにも・・な人たちにこう・・身体を押さえつけられてね。
物珍しいよね、あたしなんかをスカウトするなんて・・。」
雨なのかはたまた涙なのか、小林の頬を雫が伝う。
「でもね、追い返したんだよ、すごい?」
きっと富永が教えてくれた護身術が役立ったんだよね、と空笑いをする。
すると小林の身体が温かい腕に包まれる。
「やだなぁ・・富永・・心配することなんてないよ・・」
そのかすれた声がダイレクトに富永の耳につく。
「ばか・・」
その腕が小林の身体を更にきつく締め付ける。
やがてぬくもりを与え終わるとその衝動に駆られ小林の髪を・・頬を自らの顔へと引き寄せる。
そして彼女の目を見つめる。
「いい・・これから警察に行って事情を話すの・・」
このままないがしろにはさせないわ・・、そう言うと富永は地を睨みつける。
「でもっ・・」
何かを言おうとする小林であったが、その言葉は富永の口の中に・・
重なり合った口のぬくもりを感じることで、その思いを分かち合っているようであった。
警察での事情聴取を終え、小林達は富永邸のリビングに座り込んでいた。
運の悪いことに小林の家族は慰安旅行中にて不在であり、
今日の小林の身柄は富永が保護するより他がなかったのである。
「今日はゆっくり眠りなさい。」
夜も更けていた。疲労しているだろう小林を気遣い、富永は彼女を部屋へと促そうとする。
「・・富永・・お願いがあるんだけど・・」
そう力ない声で呟く小林に富永は足を止め耳を傾ける。
「もう一度ピアノを弾かせて欲しいの・・」
その言葉に富永は耳を疑る。
「何言ってるの、今のアンタには無理よ。」
演奏はその人の感情が出るんだから、と小林を諭す富永。
「お願い。」
ただ、そう言い富永を見つめる小林。
「小林・・」
その眼に宿るだろう小林の意志を富永は感じ取ると、
彼女達は足をその場へと向けていた。
その音は案の定か細いものであった。
聞いているだけで守りたくなるような、そんな音色。
昨日奏でられた荒くも力強いものとは打って変わったものであった。
それでも
今の小林にとって「何かを形成すること」には意味があった。
そうすることで自分を忘れられる。
気にするなと富永に言ってはみたものの独りになれば先刻の出来事がリンクするだろう。
その苦しみから逃れたいが為にただ、弾き続けていた。
しかし
しばらく経つと疲労が襲ったのか小林の身体が鍵盤に凭れ掛かってしまう。
「私・・情けないな・・」
思わず愚痴が出る。
そんな小林をただ見つめていただけの富永がようやく彼女の元へと近づく。
そして彼女の頬を指でなぞってやる。
「・・分かったでしょう・・これで・・」
優しくも妖艶な表情を見せる富永。
「分からない・・よ・・だってあたしまだ弾ける・・」
そう言い身体を起こすと鍵盤へ手をかける。
「無理よ。」
そう言いきると富永は戸棚からピアノ線を取り出す。
そして小林の背後に立つとそれをそれぞれの10本の指に対応するように結わきつける。
「やっ・・何・・何するの・・富永・・」
「一人じゃ無理よ・・だから・・一緒に弾くの。」
そう言い小林の肩から顔を出し演奏を始める富永。
当然それに引っ張られるように小林の手も動いてゆく。
その姿は人形師が操り人形を繰り出す動きに類似していた。
その力が加わったことでその「音」は「旋律」となる。
「とっ・・富永・・怖いよっ・・」
富永の手の動きの速さに戸惑いを超え恐怖ですら感じる小林。
そんなことには構わない様子で富永は黙ったままに演奏を続ける。
(でも・・弾けてる・・)
しかしその曲が終盤にさしかかると小林の中で達成感にも似た快感が襲う。
(富永と・・一緒に・・)
曲が終わると互いに息を切らしていた。
「何だ・・富永だって・・無理してるじゃない・・」
「アンタが・・トロいから・・気張っちゃったのよ・・」
息を整えると小林は富永の手のぬくもりを改めて感じ取る。
そして先刻のこと、雨の下でのことを思い出す。
(富永は・・あたしによくしてくれる・・でも・・どうして?)
雨の中で口づけを交わしたことを思い出す。
(どうして・・?)
「富永はあたしのこと、どう思ってるの?」
溢れる感情は疲労の為か制御することができなくなっていた。
返答を考えると恐怖はあった。しかしこのままうやむやにできることでもない。
「小林はどう思うの?」
返答の無いままに次の質問を浴びせられる。
「その・・あたしは・・」
小林が返答に困っていると富永はその繋がれた手を引き自らの胸を小林の背に引きつける。
「ほら・・感じるでしょう。これが私の答え・・」
小林の背からは心臓の鼓動が伝わってきていた。そのぬくもりに小林の身体が火照ってゆく。
ゆくゆく富永の手は小林の胸の内へと滑り落ちてゆく。
「ひゃっ・・」
「自慰させるなんて趣味じゃないのよ・・お願い・・答えて・・」
繋がれた手は解かれぬまま内側にある小林の手が富永の手に導かれるままに動かされる。
その刺激に不本意にも感じ取ってしまう自分が居る。
「あんっ・・んっ・・」
甘い声が漏れ、富永の耳にもつく。
「やらしい声・・」
そう富永は呟くとその手をズボン越しに秘部へと持ち込み擦り出す。
「いやっ・・富永・・やめて・・」
「本当にそう思ってるのかしら?」
顔は嬉しそうよ、と小林の火照った顔を覗きこむ。
「お願い・・答えるから・・やめて・・」
快楽を覚えさせられた身体は確実に刺激を追い求めていた。
「富永が・・欲しい・・」
しかし彼女を欲する理由はそれだけに過ぎず、
今迄ともに過ごしてきた思い出・・
自分に対する彼女の慈愛の気持ちを受容したからでもあった。
関係が変わることは無論怖かった。
しかしそれ以上に新しい自分の感情に気がついたことを今の小林は嬉しく思っているようだった。
「そう・・」
富永はそれだけ言うと、繋がれていた糸を断ち切る。
そして先刻は小林に自慰させていたその箇所に自らの手をあてがい、愛撫する。
胸はブラの上からすべりこむようにその手を差し入れ、撫で
もう片方の手は小林の髪を掻き分けその首筋に口づけをする。
次第に荒くなる小林の息を感じながらその手を動かしてゆく。
「そろそろ・・濡れてきたかしら?」
「うん・・ぐしょぐしょ・・」
富永のせいだよ、と小林は照れ笑いをする。
すると富永は小林のズボンのフックを外すとその中に手を忍ばせ・・薄い布の上から秘部を撫でてやる。
「ああんっ・・」
そこから全身へと広がる切ないまでの快楽に小林は身を任せていた。
その愛撫を繰り返すうちに布越しに愛液が伝わってくる。
「富永・・上手だね・・気持ちいい・・よ・・」
「安心なさい。その言葉も言えないくらいに気持ちよくしてあげるから・・」
すると富永は小林と向かい合いその大腿を掴むとズボンを下ろし、その間に顔を埋める。
あくまで布越しに、小林のそこに舌を這わせる。
その刺激に思わず身体を仰け反らせる小林。
そんな彼女を上目で見つめると、富永は彼女のショーツを下ろしそこに直接舌を這わせる。
「いやっ・・富永・・汚い・・よっ・・」
小林の手は富永の肩を掴んでいた。その手が徐々に震えてゆく。
「・・ぞくぞくする・・」
このままじゃいっちゃうよ、と富永の肩を揺さぶる小林。
するとその言葉を聞きつけたのか富永の舌が小林の内部に侵入してゆく。
「あ・・・んっ・・・!!」
その刺激で愛液が一気に富永の口腔を満たしてゆく。
それとともに粘液のつく音が一層激しくなってゆく。
小林の一番気持ちいいだろう部分を富永は舌で愛撫してゆく。
「あっ・・あっ・・・あ――――んっ・!!」
絶頂を迎えた小林の身体は力を失っていた。
顔を上げ、その身体を支える富永。その無謀な口に自らの口を重ねる。
「可愛い子ね・・」
そう呟き眠ってしまっただろう小林の身体をソファーに横たわらせると
富永もまた自分の衣類を脱ぎ隣に横たわりその肌を重ねる。
「これも自慰っていうのかしら・・」
小林の肌のぬくもりを・・彼女自身を感じることで衝動に駆られ思わず自分の秘部を弄る富永。
感じることで出現する音は徐々に強くなってゆく。
(どうしよう・・お願い・・小林・・見ないで・・)
「あんっ・・気持ちいい・・」
思わず声が出る。その口をすかさずもう片方の手で押さえつける。
(駄目・・)
と、自分を戒めていると富永の胸に妙な感触が襲う。
そして舌で繰り出されるその刺激に軽い興奮を覚える。
「こっ・・小林・・!?」
そこには眠っていたはずの小林が富永の胸を愛撫していた。
その愛撫は舌に限らず手で・・彼女の胸を撫で回すにまでいたっていた。
「富永の胸・・あったかいし大きいね・・」
そして頬擦りをする。
そんな小林に富永は頬を染める。
「見てたの・・?」
「でもいいんじゃない?気にしない、気にしない。」
先刻までしていただろう行為について訊ねるも小林の元気な返答に思わず顔がほころぶ。
「それよりも富永もいかないと身体に毒だぞ。」
「なっ・・」
先刻まで自分が保護されていたことなどすっかり忘れた様子で自分を諭す小林に富永は呆れかえっていた。
「言ってくれるじゃない・・」
そう言うと富永は小林の頭を自らの胸へと押し当てる。
そして富永がその髪を撫でると、小林はそれに促されるままに富永を舐めはじめる。
その刺激が中心へと向かう度に胸だけではなく、局所に影響を及ぼしてゆく。
「早く・・ここを弄って・・」
多分に溢れた欲情は彼女を焦燥へと誘う。
富永はそう呟くと小林の手を自らの秘部へと連れてゆく。
「慌てないでよ・・富永・・」
そして富永を甘い眼で見つめ、その手を濡れたその場所へと自らの意志で向かわせる。
「すぐ・・気持ちよくなるから・・」
下手だったらごめんね、と小林は愛想笑いをする。
(ばかっ・・そんな眼で見ないで・・)
小林によって与えられた刺激と色香に今の富永は絡めとられているようであった。
彼女のそこから自然と愛液が溢れて出てくる。
「あっ・・ああんっ・・」
その愛液は小林の手をも潤わせ、彼女の衝動をもかきたてていた。
「富永・・そんな声・・出さないで・・可愛すぎて・・苛めたくなっちゃうよ・・」
そしてその指を巧みに動かしてやる。
その度に富永の鳴く声が聞こえてきていた。
「いきたいの・・?ねぇ・・富永・・」
その指を止め、愛らしくも意地の悪い顔で彼女を見つめる。
息を身体を乱す富永はただ頷くことでしか返答を返すことができないでいた。
「そっか・・じゃぁ質問していい?」
明らかに焦らしている小林の態度に富永は嫌悪を感じたのか彼女を睨んでやる。
「そんなに睨まないでよ・・あたしを欲しいか、
ただそれだけに答えてくれればいいんだからさ・・」
先刻の富永を真似るように彼女を誘う小林。
しかしその策を知りつつも否定も修正もできないことを富永は悟っていた。
「知ってて・・言うのね・・」
そう言い頬を染める富永。すると小林はクスクスと笑いだす。
「だって言葉で聞きたいもん。」
さっきだって結局は濁したしさ、と口を尖らせる。
(・・アンタが欲しいの・・好きよ・・小林・・)
すると富永は小林の耳元に顔を寄せ、そこに言葉を流し込む。
分かっていたこととはいえ一瞬頬を染める小林。
しかし次の瞬間変わったように富永のその足に手をかける。
そして秘部があらわになるように膝を胸のあたりまで押し上げてやる。
恥じらいの為かそんな小林の行動に抵抗する富永であったが
小林がすぐさま舌での愛撫を始めたことでそれを受け入れようとしていた。
「あ・・あんっ・・焦らさない・・でよ」
そう言いつつも富永のそこからは愛液が次々と溢れ出てくる。
すると小林はその顔を上げ、富永を見つめる。
「一緒に・・いこう・・」
そう言い穏やかな・天使のような笑顔を見せる小林。
すると富永に背を向け馬乗りになるように・・
丁度彼女の顔に自分の秘部があたるように、
そして小林自身は富永の秘部を慰めることのできるように体制を変えてやる。
その言葉に富永は軽く頷くと促されるままに小林のそこを舐め始める。
その刺激を受けつつも小林もまた富永のそれを舌で弄り始めていた。
乱れる吐息が部屋を被う。
それに伴う愛液のつく音が互いの耳についていた。
「あ・・はぁっ・・いっちゃう・・」
与えられる刺激に身体を捩りつつ互いを受け入れようとする・・
「あたしもっ・・」
そうすることで歓喜の時は意外と早くに訪れていた。
「っ・・・!!」
絶頂に達した彼女達の身体は力なくその場に倒れこんでいった。
そして富永は力尽きただろうその身体を起こすと
眠りに就こうとする小林の耳元に最後の力を振り絞り囁きかける。
「アンタは・・私が守るから・・」
その富永の言葉を耳にした小林は頬を染め安心した様子でその瞼を閉じていった。
「ねぇねぇ、今日のニュース見た?」
「知ってる・・怖いよね・・興津にそんな怪しげな風俗店があったなんて・・」
「っていうか、ラチられそうになったのうちの生徒なんだって。」
「うわぁ・・そりゃぁ災難だね。あたしだったらトラウマになるね。」
「どう、少しは上達したの?」
ドアの向こうからの来訪者、富永は余裕のある笑顔で小林を挑発していた。
「当たり前だよ、だから呼んだのに。」
と、小林は口を尖らせる。
すると富永はピアノの前の椅子に座り頬杖をする。
「何さ・・その期待しないような態度は。」
「だって、小林だし。」
あっけらかんとした表情でそう言う富永を気にしつつも
小林は息を整え、ピアノの前に座り、姿勢を整える。
「後悔しても知らないぞ〜」
「まったく・・」
そう富永の呟いた時だった。穏やかな旋律が彼女の耳につく。
それは時折乱れるものの心地のよいものであった。
(荒削りだけど・・)
そう思うと富永の口元が緩む。
(意外と素質があるのかもしれないわ・・。)
純粋な気持ちが奏でるそれは富永の心を確実に揺り動かしていた。
「どうだっ、富永!」
いつの間にか曲は終わっていたようで小林は手でVのサインを作り、
それみたことかとばかりに得意げな目で富永に訴えかける。
「まだまだね。」
それでもあくまで突き放して。
「次はうちのクラスメートにでも聞いてもらうのね。」
時に愛を注いでゆく。
「なんだよぉ・・素直に褒めればいいのに・・」
でもそんなところが富永らしいけどね、と小林は苦笑する。
そして踵を返す富永を後ろから抱きしめてやる。
振り返る富永に奇襲をかけようとする小林であったが
彼女の方が一手早かったようで、その瞬間口を塞がれていたのである。