木枯しの吹きつける音が隙間風ごしに教室中に響き渡る。
人気のないその場所ではなおのこと
そこにいる人間の寒さを助長させていた。
「寒いわね・・」
そう言い彼女は閉められた窓によりかかり
目の前に整然と広がる机を眺め、ため息をつく。
季節上か、室内であるにも関わらずその息は白く変化していった。
手に持つは使い古したのだろうかいくらか汚れたような・・
言い方を変えれば品性をも感じられるような財布。
彼女はその財布を目の前に翳すと不敵な笑みを浮かべていた。
「へっくし!」
時は夕暮れ。
昼間こそ太陽が射していればその恩恵を受けることが出来ていたが
それが姿を隠すことで寒さが全身を襲う。
「さすがに寒いな・・こんな時こそ末武に抱きしめられればな・・」
そう呟くなり自分の身体を両手で抱え
ふふふっ、と自分の世界に入っただろう工藤は不気味な笑顔を見せる。
当然、周囲に知人の姿は無く
そんな彼の姿にすれ違う人々は奇人とばかりにただ呆れるばかりなのであった。
と、そんなナチュラルハイとなった工藤の足が止まる。
そして足を止めるなり何かを思い出したようにカバンの中を探り始める。
「・・」
そして先刻とは打って変わり血相を変えると
その足を来た道へと急がせていた。
「はぁっ・・あっ・・」
息荒らげに校舎を見つめる工藤。
物を無くしただろう不安からかその顔は悲壮感に満ちていた。
(まずいだろう・・あれには貴重品ばかりか・・ヤバいものだって入ってるんだ・・)
そう思うとますます焦燥が高まる。
(頼む・・誰も見ないでくれ・・)
そう思い願うように階段を駆け上がる。
思い立つところといえば最後に財布を開いただろう教室なのだ。
そしてドアの前に立ち、息を荒らげたままにその扉を開ける。
疲労からか落ちかかっている瞼を上げ、肩を大きく揺らし前を見つめる。
しかし、そんな彼の葛藤は解決するどころか
第2の葛藤を生み出していた。
「あっ・・はっ・・とみ・・なが・・?」
そこには教室の窓邊によりかかり見せびらかすかのように
工藤の求めていたものを翳す富永の姿があった。
そして彼を見下げるように不敵な笑みを浮かべる。
「お前・・まさか・・」
そんな富永の表情からは自分に対する悪意しか感じられなかった。
「ぬす・・」
「何言ってるの?アンタ、この私をでっち上げるだなんて・・。」
意外と根性あるのね、と言いかけた工藤の台詞を遮るように
先刻見せた氷のような笑顔を見せ、言い放つ。
「じゃぁ、何だっていうんだ。そんなに嬉しそうに人の物を持って・・」
「これは拾ったのよ。」
「なら返せ・・」
と、工藤が富永に駆け、近づきその財布を彼女の手から奪おうとするが・・
「ばぁ〜か。」
その手をもう片方の手で遮り、物は更に遠くへ遠ざけされていた。
そしてクスクス、と小悪魔のように微笑を浮かべる富永。
「お前・・いい加減に・・!」
そんな富永の態度にさすがの工藤もいささか腹がたったようで
その額に青筋らしきものを浮かべ彼女を睨みつける。
そしてムキになったように幾度と無く目的のものを奪おうと試みる。
富永の丈を考えるとそれは決して奪えないものではなかった。
しかし、彼女の・・富永のペースに巻かれ
冷静さを失っている彼には到底叶わない目的であった。
「・・何でそんなにムキになるのかしら。」
散々工藤をからかった富永は満足したように彼に歩み寄る。
「そんなに大事なものが入ってるの?」
そして彼の異性嫌いを分かっていて
彼の耳にそう囁きかけると、踵を返しその財布を開きだす。
「なっ・・何を・・」
「あれ・・?この紙は何かしら・・」
彼女の手には一枚の白い紙が、
その紙の表を工藤に翳すと、その表情が一変する。
「こんなの末武に見られたら・・」
その言葉には続きがあった筈だった。
しかし・・その彼女の台詞は遮られることになるのである。
「ちょ・・何よ・・ちょっとからかっただけじゃない・・」
文字通り力づくでそれを奪われたことで富永は床にすわりこんでいた。
その衝撃か先刻とは打って変わり血相を変え、富永は座り込み工藤を見上げる。
「第一何なのよ・・あんなのただの紙切れじゃない・・」
「紙切れだって・・俺にとっては・・」
そう呟くと工藤は奪い返した財布を握り締め
富永から目を逸らすように地を見つめる。
「誰にだって知られたくないことはあるだろう・・それを・・お前は・・」
−だったら持ってこなければいいでしょう?
返答は目に見えていた。そう思うと悔しさがこみ上げるだけで・・
「そうだね。」
しかし次の言葉は彼の予想に反していた。
「富永・・?」
そんな彼女の反応に目を白黒させる工藤。
打って変わった神妙さと穏やかさを持ち合わせたその表情に不思議と惹かれてゆく。
「誰にだって・・秘密ってあるよね。」
じゃあ・・と、彼女は立ち上がりこちらを向きなおすとその肩を両手で優しく包んでゆく。
「何やってる・・お前・・」
そしてその温かく優しい力で彼を椅子に座らせると
天使のような微笑みで彼に問いかける。
「あたしの秘密・・教えたら・・アンタの秘密・・教えてくれる?」
確かにその場所は暖かかった。
しかし先刻の状況と合わせ、考えるととても信じられるものではなかった。
「もし・・『嫌だ』と言えば・・?」
大人を疑る幼い子供のような眼で彼女を見つめ返す。
「怯えてるんだ。でもね、考えて?今のアンタに選択権はないのよ。
此処で回避してもあの紙の秘密はいつでも暴露できるのよ・・分かる?
工藤、アンタには知る義務があるの。」
まるで蜘蛛に絡め取られた蝶のように
その心を鎖で繋がれたような感覚に囚われてゆく。
そんなことなどまるで構わないように、富永は工藤の返答を待たずに、そのスカートをめくり始める。
「お前・・何を・・!」
突然の富永の奇怪な行動に怯える工藤であったが
その眼を疑る光景が目に付くことでそれは驚愕へと変わっていた。
「ふふっ・・驚いた?これがあたしの秘密・・」
そのショーツは今の彼女にはとても苦しそうに見えた。
何故かと言うと女性の窪みにあたるだろうその位置にあるのは凸の部分が・・
自分のそこについているそれと同じものであったからである。
恐怖の為か立ち上がり思わず後ずさりをする工藤。
椅子の乱れる音が教室中に響く。
「逃げないで・・?怖くないから・・」
そう言いつつも何処と無く恥らうような表情をする富永に工藤の恐怖がますますつのってゆく。
「私だって最初は怖かったわよ。でもね、不思議と愛着が湧くのよ。それに・・」
「・・何だ・・」
言いかけた富永の言葉に思わず喉が鳴る。
「アンタ・・こういうの好きでしょう?」
「何故・・あんな真似をした・・」
富永に促されるままに・・否、その珍しいものに惹かれるように
工藤は富永のショーツに触れ、彼女に問い質す。
「そうでなければ・・んっ・・真剣に見てくれないじゃない・・」
触れることでいくらか感じてしまうのか、吐息混じりに答えを返す。
「・・」
工藤にとって、
その台詞には思い当たる節があった。
初夏のあの時、彼女が自分を助けることを口実に告白をしたこと。
しかし工藤はそのことを根に持っているわけでもなく
ましてや富永を恨んでいたわけでもなかった。
むしろあの出来事は白昼夢ではなかったのだろうか、と今迄自分を戒めていたのである。
「本気・・だったのか・・?」
「アンタ・・あたしをバカにしてるの・・?
あの時のことだってどうせ夢か何かと思っていたんでしょう・・?
って・・あんっ・・」
そんな会話そしているうちに
それはショーツ越しでも容易に分かるほどに隆起していた。
思わず手を引く工藤。
「ねぇ・・めくって・・ううん、めくってくれる・・?」
半眼となりそのショーツを恐る恐るめくってゆくと
富永のそれは解き放たれたかのように立ち上がってゆく。
恐怖を持ちつつも興味を隠せない様子でそれを包み、擦ってゆく。
「・・ヤバい・・」
思わず目を伏せる工藤。
富永の言うように自分の性癖を考えると興味を持たずにはいられないのである。
「含んで・・いいか・・?」
頬を染め薄目を開きつつ富永を問う。
その問いに富永はただ頷く。
「あっ・・あっ・・気持ちいいっ・・!」
工藤の口に含まれたそれは彼の口の中で舌に転がされ踊るように動いてゆく。
元々そのテのことにはテクニシャンである工藤のこと
相手を昇華させるには十分すぎる技術は持っていたのだが
富永にとってそれだけが「幸せ」へと導かれる原因ではなかったのだろう。
それが舌に触れる度に彼女の中で切なさが・・愛しさが舞っていた。
「もっと・・もっと・・弄って・・!」
それは彼女を夢の世界へと導いていた。
普段の彼女らしからぬ台詞が工藤の耳につく。
「ああんっ・・イっちゃうよ・・工藤・・っ・・!」
思わずその手で彼の頭を掻き毟る。
「出ちゃうよ・・きっと・・って、やっ・・離れなさ・・」
そして前回、工藤が恐れたそれ・・すなわち精の放出を感じた富永は
彼の身体を突き放そうとする。
しかし工藤はそれに応じなかったようで、愛撫を続けていた。
「あっ・・あっ・・あん----っ!」
その「精」は勢いが余ったのか工藤の口だけではなく、彼の指に頬に付着してゆく。
それを指につけ口に含んでゆくと、工藤は富永を不敵な笑みで見上げる。
「何よっ・・その眼・・」
気に入らないわね、と怪訝そうな顔をする富永。
「いいや・・悪くはない、と思っただけだ・・」
富永の妙な身体といい、彼女とのこんな関係といい、奇妙とは思っていた。
しかし、快楽に溺れてゆくことで
彼・・工藤の中でそのようなことは蚊帳の外となっていたのである。
「この身体のせいでこのまま何処かに連れられてしまう
モルモットやハツカネズミのように実験材料として・・そう思うと怖かったのよ。」
あたしらしくないけれどね、と一息つくと富永は逃げるように天井に視線を移す。
「でも・・今、気がついた。何でこんな身体になったのか・・」
そして照れるように床に座る工藤に視線を戻す。
「・・」
彼女の言う事に肯定も否定もできなかった。
そんな彼女を使い、誘われたとはいえ一時でも弄んだのは自分なのだ。
「分かっているけれど答えたくないんでしょう?
いいの、アンタにはそんな期待なんてしていないから。それよりも・・」
「知らない方がいいことだってある。」
先刻の約束、自分の隠し事を訊ねていると知り、わざと富永の言葉を遮ってやる。
そうすることで、今の彼女から・・否自分から逃げたいようだった。
しかし、どこか気になるのか上を見上げれば富永の切ない顔が・・
落ちる前にもがいているのだろう夕日と相まってその悲しみは一層引き立つばかりで・・
「あたしを一人にしないで・・」
そんな彼女の言葉は自分を突き刺すばかりで・・
すると工藤はブレザーの内ポケットに手をやり
かつて彼女から奪還した財布を、その中の紙を取り出し手渡す。
「・・さっきの・・じゃない。」
そこには工藤とは十くらい違うのだろう、一人の青年が写っていた。
細身でありながら決して貧弱ではない体格、
鼻の下からは無精髭を生やし、
その栗色の髪と銀色に輝く瞳からは海の外の人間を連想されていた。
どうせ行き付けのバーのホストか何かなのだろう、そう思い先刻はからかったのだが・・
工藤の神妙な表情にそれだけではないことを富永は悟っていた。
「初めてゲイを認めてくれた人?」
「・・だから言いたくなかったんだ・・」
純粋に不思議そうな顔をする富永に工藤は目を伏せため息をつく。
「ちょっとしたことで知り合った男が実はバーのマスターで身の上相談にのってくれた。
別に隠すことでもないじゃない。」
「・・」
それだけならいいのだが、心にそう強く訴える。
それにその真実を伝えたところで彼女には何のメリットもないのだ。
「納得したか?なら帰るぞ、これ以上お前といると気が狂いそうになる。」
逃げているとは知っている、だけど、どうすることも出来ないのだ。
富永から紙を抜き取ると工藤はドアへと足を向けようとする。
「・・嘘つき・・」
不器用なくせに、そう呟きが聞こえる。
「何言ってる、そんな・・」
そう、工藤が言い訳をしようと振り返ると富永が彼の首に手を廻し、
次の言葉を出させまいとその口を塞いでいた。
「んっ・・は・・せっ・・」
そんな彼女の手を離そうと腕に手を回すも、必死なのだろうか
それを振りほどくことは到底叶わなかった。
「・・あふっ・・やっ・・な・・がっ・・」
何かを訴えようとする工藤であったが、富永のキスは激しくなるばかりであり
途中、舌が入ってきたことでそれはノイズでしかならずにいた。
富永のその眼も潤み、必死に彼を捕らえていた。
やっとの思いで彼女を突き放すと、
口の周りにつく粘液を袖でふき取りながら息荒らげに彼女を見つめ直す。
「・・何の・・真似だ・・」
「約束違反よ・・終いまで話しなさい。それまでは離さないわ・・」
富永の執念に近い感情も無論怖かった。
しかしそれ以上に自分を知られること、そしてそのことで人を傷つけることが怖かった。
「勝手にしろ。」
「ふ〜ん、今の台詞、忘れないでね。」
思わず出た台詞であったが、それは誘導されて出た言葉のようで
富永は先刻見せた小悪魔のような表情で楽しそうに微笑んでいる。
「だったら、自白させてあげる・・」
すると富永はかつて自分にしたように、後ろから抱きしめ
チャックを下ろすとそれを優しく擦り始める。
そして彼を先刻の自分のように椅子に座らせると、前に回り
擦ったことで通常よりも敏感になっているその部分に口をあてがう。
「・・何・・してる・・そんなこと・・頼んで・・ない・・」
そんな工藤の言動など全く聞かぬ様子で富永は口でそれを優しく包みだす。
「・・うっ・・あっ・・」
そうされることでかつての快感が自分を襲う。
そしてあの優しかった彼女のことを。
「・・オレはっ・・」
どうしたらいいのだろう?そう思いつつ全身を快楽が襲う。
このまま、溶けてしまいたくなるくらいに。
「どう、言いたくなった?」
これが彼女の策略だった。
無論それはとうに分かっていることだったのだが。
「それとも・・もっと気持ちよくさせないと・・駄目?」
すると、思い立ったように工藤は椅子から立ち、富永の肩を掴むと床へと押し倒す。
「富永は・・」
そして彼女の頬をそっと撫でる。
「あの人によく似てる・・」
そしてそっと口づけするとその眼を伺い再度口を重ねる。
「『あの人』ってさっきの・・?何よっ・・それってあたしが男みたい・・」
告白に嬉しさを覚えつつ、男扱いされただろうことで
何処か複雑な気持ちに囚われたような表情をする富永に工藤は安堵を覚える。
「お前はそういう奴だったな。」
そしてそう言い微笑んで。
「終いまで・・だったよな。」
どうする?と富永の顔色を窺う。
「いいよ・・来て・・」
そして、彼女を机にうつ伏せになるように促すと、その秘部に指を差し入れてやる。
「あんっ・・」
そしていくらか弄ぶと今度は前に・・凸の部分に手を当て、擦りだす。
「勿体ぶらないで・・あんっ・・気持ちいいっ・・!」
そして擦ってゆくうちに峠に行き着いたのか白く混濁した液がその先から噴き出し、
女性の本来持つそこは酷く湿っていた。
「ほら・・焦らすから・・出ちゃったじゃない・・」
そんな自分の身体を擦り、顔を染め涙目で訴える富永にいささか同情を感じたのか
工藤は自分の持つ器具を富永にゆっくりと突き刺してやる。
「あ・・・んっ・・はぁ・・ん・・」
求めていたものが挿入されたことで喜びにも切なさとも捕らえられる感情が襲う。
「・・好きぃ・・」
「なっ・・」
分かっていたこととはいえ、こんな時に言うほどに卑怯なことはない。
照れからかいち早く済ませようとその腰の動きが無意識のうちに早まってゆく。
「あっ・・あっ・・あっ・・」
その度に机の軋む音が響いてゆく。
「あっ・・あっ・・イっちゃう・・・!!」
そして絶頂を確かめると工藤は富永からその身体を抜き取り
今一度彼女の身体を見つめなおす。
そして赤く火照ったその華奢な身体に触れてみる。
−俺は一体どうしてしまったというのだろう?
そう疑問に思いつつ幸せに浸り眠りに就こうとする彼女を後ろから再度抱きしめてやる。
「卑怯者・・」
−分かってるじゃない。でもアンタが悪いのよ。
そんな声が今にも聞こえてきそうだった。
しかしそんな工藤の想像も、ましてや彼の呟きも外に舞う木枯しにかき消されていた。
起きてみればそこは見慣れた部屋であった。
外からは月明かりが照らし、趣を出しているものの
相変わらず容赦なく吹き付ける木枯しが孤独感を助長させていた。
−起こしてくれればよかったのに。
おそらく工藤が自宅に電話を入れ、眠ってしまった自分を迎えに行くよう促したのだろう。
そんな彼の優しさに嬉しさを覚えつつ
彼女・・富永を襲う孤独感はそれを受け入れていないようだった。
その気持ちを受け流そうと、愚かであると分かりつつ彼女は欲情の捌け口へと手を運んでゆく。
しかしそこに・・先刻まで彼に愛されていただろう部位にそれは存在していなかった。
−夢・・?
先刻まであったことは夢だったのだろうか。
そう思うと寂しさがこみ上げる一方で・・思わず自分の身体を両手で抱える。
すると机の上にある一枚の写真が目に付く。
それに手に取り目をやると富永は口元を緩ませる。
「隠すことなんてないのに・・」
そして写真の向こうの銀色の瞳を見つめる。
「何があったとしても驚かないわ。だからもっとあたしに素顔を見せて・・」
そして写真を再び机の端に乗せると彼女は床につく。
しばらく経つとバランスを失ったそれはハラハラと舞い落ちていった。