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それが二人にとって不可避の行為であると、若菜は知っていた。  
 
それがよりお互いを理解し、確かな絆を作るために必要とされる  
行為であると、若菜は過剰ともとれる思いこみで、胸の奥の泥の  
ような不安と、荒波のような動悸を押さえ込もうとした。  
けれど、彼の両腕に囲繞され、唇と唇とを重ね合いながら、舌先  
で互いの零す雫を溶かし合わせている今なお、薄白い肌には寄り  
添えば寄り添うほど、重ね合えば重ね合うほど震えの細波がゆらめくのだ。  
 
祖父や使用人は滅多に訪れることの無い綾崎家の離れの一室は、様々な  
世間の喧騒を忘れ、心の平静を保つべく若菜がひとり、他愛のない空想や  
読書をして過ごす、お気に入りの寝室である。  
(この部屋で……こんなこと……こんな気持ちに……)  
東京から若菜を訪ねて来る彼は、若菜の初恋の相手であり、現在では  
お互いの相手に対する恋情を確かめ合った相手でもある。その彼を寝室へと  
招いたのは、それこそ他愛のない、軽い気持ちだった。厳格な祖父が長い  
時間をかけて、やっと認めてくれた相手とはいえ、二人きりでなければ  
出来ない話、他の誰にも聞かせたくない話もあることを、彼と度々の逢瀬を  
重ねる中で、若菜は実体験として知った。  
初めは、別々に過ごしている日常の話。  
次に、若菜が東京へ来ることで始まる、希望に満ちたほんの少し先の未来の話。  
そして話題が、軒先に咲く紫陽花を濡らし始めたにわか雨に移り始めたとき、  
縁側に障子を閉じに立った若菜の右手に、不意に彼はその若菜より一回りほど  
大きな手を伸ばした。  
 
両肩を包み込むその腕を拒むことはせずに、その中へと溶けるように重なり合う。  
互いに言葉を発することも出来ないまま、初めは軽く先端だけの口づけ。  
生暖かく柔らかな感触が、二人の折り重なる心を高ぶらせてゆく。何かを言いか  
けた彼に応えるように、舌先で彼と触れ合う。絡み合う唾液が唇の脇を伝って頬や顎を濡らしてゆく。  
ぴちっ……くちゅ……くちゅっ……くちゅっ……。  
(……神様……お願いっ……わたくしの……この胸の高鳴りを……どうか、どうか  
止めて……このまま、このまま彼とひとつにっ……)  
「んむっ……んっ……っはあぁ……んくっ……」  
頬を紅潮させながら荒く呼吸を繰り返す。額がうっすらと汗ばみ始める。  
潤んだ瞳の向こうで揺れる彼の顔はいつもの優しいそれでありながら、そこに  
獣性、ともいうべき激しい意思を感じる。  
 
その高ぶりを、受け入れよう。いや、受け入れたいと思う。  
今そこにあるのは彼のすべてであり、これからを共に歩むものだから。  
 
彼の両手がブラウスの上から程よい膨らみの乳房へ不慣れ故の強引かつ乱雑な  
愛撫を始める。若菜は唐突なその行為に戸惑いの表情を一瞬浮かべたが、すぐに  
その手に自らの手を重ね、微笑みかける。精一杯、優しく微笑みかける。  
「構いません……直接、触っていただいても」彼はその言葉に思わず視線を  
外す。「……若菜、本当にいいの?」「……ええ、貴方のしたいように……。  
わたくし、貴方になら……」耳のあたりまでを紅潮させながらも、若菜は決して  
視線を彼のほうから外そうとはしない。その言葉を裏付けるように、若菜はブラ  
ウスのボタンを上から順に、ゆっくりと外してゆく。彼の視線が、さらけ出され  
た胸元へと向かうのを感じながら、誘うように。必要以上にブラウスを横に  
広げることで、震える指先をごまかしながら。  
 
(白く、飾り気のないブラジャーは、若菜の胸によく似合っている。  
僕は目の前にさらけ出されたそれから視線を外せずに、この手を伸ばす  
ことさえ出来ない。ふくよかな胸がブラジャーからはみ出している。  
手を伸ばせばそこに、柔らかな弾力を以って僕を包み込んでくれる若菜の  
体。彼女と再会して、心のどこかでいつも求め続けていた若菜の……)  
「こ……これを、外してくださいませんか?」「うん……」  
(呆けた表情で、若菜に言われなければ動くことさえできない  
自分が恨めしい。若菜の背中へ両手を回し、繋ぎ止めるためのホックを外し、  
肩を撫でるようにブラジャーを外すと、若菜の長く美しい黒髪が僕の顔から  
肩へと絡みつき、さらけ出された胸の先端……誰にも触れられたことのない  
薄いピンク色の乳首が、僕の胸と重なる)  
「もう一度……」「もう一度、よく見せて……」  
(若菜の肩を抱きながらその体を少しだけ引き離し、釣鐘のように丸く形の  
よい乳房を眺める……その瞬間、僕は)  
 
混沌のように渦巻いた欲望が、彼の指を導く。  
指全体が乳房の外周へと覆い被さるように動き、人差し指だけが小さく突起  
した乳首を軽く撫でる。  
(私はその瞬間、背を仰け反らせ両肩を引き締め唇を噛んだ。全身を稲妻のよ  
うな何かが迸(ほとばし)る。再び彼の指がそこを刺激したとき、舌先から  
唇の隙間を縫って、息が突風のように漏れる。いや、息ではない……声だ。  
押さえ込んでいた恐れ、羞恥、快感。それらが具象化するような声が)  
「……あんっ……あっ……ああんっ! あんっ! ああっっ!!」  
彼の指が徐々にその動きを活発化させるたびに、若菜の声がよりトーンを  
高く、より大きな声になってゆく。口からはだらしないほどに唾を、涎を  
垂らしながら、不器用な愛撫に心を溶かしながら。  
 

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