ほのかと…喧嘩した。  
 彼女に「函館山の夜景を見たい」と誘われたんで、てっきり彼女もその気だと思ってた…目まで閉じてたし…。  
 で、キスできると思って迫ってみれば、「あなたを信じてたのに」で平手打ち…。  
 ……。  
 ここのところ二人で会ってても結構いい感じだったし、あんなカップルだらけのところに誘われて、しかも僕のすぐそばで目を閉じてれば、誰だって勘違い…するよな?  
 と、自己弁護したところで始まらない。  
 ともかく、僕は彼女を怒らせた。  
 何とか挽回のチャンスが欲しい所なんだけど…電話、出ないんだよな。…どうしよう。  
 
 そうこうしているうちに、2週間が過ぎた。  
 今だに連絡がとれない。  
 で、この2週間でわかったこと。  
 僕は、ほのかが……あ、手紙がきてる。  
 ほのかからだ。  
 僕は急いで封を切った。  
 
 
『ほのかです。  
  函館山でのこと、私、やっぱり、わからなくて…。  
  あなたが、どうしてあんなことをしたのか…。  
  今、稚内の別荘にいます。  
  週末までここにいるつもりです。  
  もう一度、会いに来て欲しい…。  
                ほのか』  
 
 
 稚内だな。すぐに行かなくっちゃ。  
 って、稚内ぃ!? ……何でまたそんな遠いところに……嫌がらせか? って、そんなことはないか。  
 何とかなる…かな?  
 えっと…場所は…ここだから…飛行機と電車で…交通費はこんなもんか…で、えっと…貯金は……何とかなるか…。ここのところ、他の女の子のところにも行ってないし、結構溜まってたからな。  
 よし! 行こう!  
 
 僕は真っ直ぐほのかのいるはずの別荘へと向かった。  
 ほのかは…いなかった。  
 呼びつけといてそれかい!  
 というツッコミは後にして、ともかく今はほのかを探そう。  
 
 とはいえ…闇雲に探してもなぁ…何だか、雲行きも怪しくなってきたし…雪でも降りそうだもんな…どうしようか…。  
 ……。  
 冬。  
 北の街。  
 雪。  
 恋に傷ついた女。  
 演歌の世界だな…。  
 ……。  
 海だ。  
 うん。間違いない。  
 ありがちすぎだとか、連想に無理があるとか、そんなことは気にしない。  
 海、海、海…。  
 やっぱり…近くに灯台とかある防波堤とかがいいかな…それとも、古ぼけた漁船のある海岸とか…とにかく、近い海岸から探していこうか。  
 
 えっと……ほのかは…  
 いた!  
 荒れだした海を見つめている人影が一つ。  
 あの後ろ姿は…。  
 ほのかだ、間違いない!  
「ほのか〜! ほのかぁ〜!」  
「あっ…」  
 駆け寄る僕の姿を認め、ほのかが顔を上げる。  
「ほのか…やっと、やっと会えた…」  
「私…」  
 と、何か言いかけたほのかを僕は遮った。  
 
「待って。まず、謝らせて欲しいんだ。  
 この間は、本当にごめん。あんなことしちゃって…でも…」  
「でも?」  
「でも、わかって欲しいんだ。僕は、ほのかだから、その…あんなことをしちゃったんだ…」  
「えっ?」  
「だから、その…上手く言えないけど、ほのかだから、相手がほのかだったから……キスしたいって思ったんだよ」  
 ほとんど一気に捲くし立てた。  
「でも、その、やっぱりごめん…」  
「……私だから? それ…本当?」  
 ほのかは僕を真っ直ぐに見つめる。  
「うん」  
 少なくとも嘘じゃない。本当でもある。ただ、「ほのかだけ」かと聞かれたら、ちょっと困る。  
「ふ〜うっ…」  
 ふと、ほのかがため息をついた。  
「もういい…」  
「えっ?」  
「許してあげる…」  
「ほのか!」  
「不思議だけど、毎日ここで冬の真っ白な海を見ていたら…なんだか素直な気持ちになれたの…」  
 毎日…そりゃまた大変だったろうに、というツッコミもしない。  
「ほのか、それじゃ、僕たちこれで仲直りできたんだよね?」  
「うん…」  
 頷くほのか。  
「あっ、でも…今度、またああいうことしようとしたら、私、絶対許さないから…」  
「うん」  
 気をつけなきゃ。  
 
「はい…。大丈夫…。うん…早ければ、明日の朝一番の札幌行きで帰るから……うん、それじゃあね、パパ」  
 受話器を置き、ほのかがこちらに向き直った。  
「どうだった?」  
「うん… 吹雪じゃしょうがないだろうって…」  
 そう。あの後、すぐに天気が崩れた。  
 僕たちは何とか別荘に戻ったのだが、吹雪のため交通機関がすべてストップしてしまい、ここから身動きがとれなくなってしまったのだ。  
「そう…じゃあ、取りあえず、今夜はここで、二人きりだね…」  
「あ〜っ…。もしかしてヘンなこと考えてるんじゃないでしょうね?」  
「ま、まさか! せっかく仲直りできたのに、また、ほのかとケンカなんてしたくないよ!」  
「そう…。なら良かった…」  
 安心してほっと胸を撫で下ろすといった感のほのか。  
 ガタガタと震える窓枠に近づくと  
「でもよりによって吹雪だなんて…夜が心配だな…」  
 何やらつぶやいた。  
「えっ?」  
「ううん…なんでもない…」  
 
 その夜。  
 食事もそこそこに、僕たちは早々に床に就いた。もちろん、部屋は別々だ。  
 吹雪はますます強くなっている気がする。  
 ゴウゴウと吹きすさぶ風の音と風圧でガタガタと揺れる窓枠が、その強さを物語る。  
 大丈夫なんだろうけど…これだけすごい音じゃ、寝つけない…。  
コンコン  
 ふと、ドアをノックする音がした。  
「…あの…」  
 ほのかだ。どうしたんだろう、こんな時間に。  
「ん? はい、開いてるよ」  
 ドアが開き、すき間から覗き込むように顔を出すほのか。  
 ……何か…カワイイ…。  
「あっ…ごめんね…。入ってもいい?」  
「ほのか…そ、そりゃ、いいけど」  
 パジャマ姿のほのかが大きな枕を抱えて入ってきた。  
「どうしたの?」  
 意外な展開に少し声をうわずらせながら、僕は訊ねた。  
「笑わないでね…」  
 恥ずかしそうに視線を落とす。  
「うん」  
「あのね……。外の吹雪の音が恐くて眠れないの…」  
「そ、そうなんだ…」  
 期待した僕がバカだった。というか、そんなことがある訳がないよな、うん。  
 なんだかんだいっても、ほのかも普通の女の子ってことか。  
 まぁ、眠くなるまでの話し相手ぐらいなら…  
「それで…お願いがあるの…」  
「えっ、なに?」  
「ここで寝てもいいかな?」  
 なんですとぉ!?  
 
 そ、それって…つ、つまり…その…何だ…えっと…。  
「そ、それはいいけど…い、いいの?」  
「うん…」  
 えぇ!? い…いいのか!?  
「だってあなたのこと信用してるから…」  
 は?  
 ……。  
 …えっと…つまり、何だ。『そういうこと』しちゃダメってことだよな、これは。  
「ほのか…」  
 思わず呟いた。  
「ウフフッ…私、ソファーで寝るね」  
 ほのかはそうイタズラっぽく微笑むと、ソファーへと近づく。  
「いいよ、僕がソファーで寝るから」  
 こんな状況で女の子をソファーに寝かせるなんて、男が廃るってもんだ。  
「ほのかはベッドで寝てよ」  
「いいの?」  
「うん」  
「ありがとう…」  
 
 それから僕たちは床に就きながら、他愛のないおしゃべりをしながら時を過ごした。  
 そして、お互いまどろみだしたころ…  
「ねぇ…」  
 と、ほのかが訊いてきた。  
「ん?」  
「私が…部屋に入ってきた時…」  
「うん…」  
「エッチなこと…考えた…でしょ?」  
「……」  
「考えたでしょ?」  
「…うん…」  
 
「………」  
「でも、それは…」  
「私…だから?」  
「うん…」  
「…何だか…ズルイよ…」  
「そ、そうかな…」  
「…そう…だよ…」  
「そんなつもりはないんだけどな…」  
「なくても…ズルイ…」  
「……」  
「だって…」  
「?」  
「…私、どうしたらいいの…」  
「え? 今、何て…」  
「……」  
「ほのか?」  
 寝息が聞こえる。  
 どうやら、眠ってしまったらしい。  
 聞こえなかったほのかの最後の言葉が少し気になるけど、今は確かめようもない。僕は毛布を被り直すと、寝る体勢に入った。  
 
「…雪…祭りに…」  
 ほのかの声。  
「えっ?」  
 僕はベッドのほうを見やった。  
「う〜ん…」  
 唸りながら寝返りを打つほのか。  
「なんだ、寝言か…」  
 僕は思わず呟いた。  
 ベッドに目をやると、薄暗がりの中、寝顔がわずかに見て取れる。  
 ほのか…。  
 
 もったいないから朝まで見てよう。  
 う〜ん、寝顔もカワイイなあ〜。  
 この寝顔だけで満足しなきゃ。もし、また勘違いして変なことしたりしたら、せっかく仲直りしたのが台なしだ。  
 我慢しなきゃ…。  
 ……。  
 …。  
 何だか…妙に緊張するな…。  
 ……。  
 …。  
「……う…ん…」  
 ほのかが少し呻いた。  
 夢でも見てるんだろうか。  
 ……。  
 …。  
 それにしても、ほのかは僕のことどう思ってるんだろう…。  
 いくら怖いからって、同年代の男の部屋に来るか?  
 嫌いならまず来ないだろうけど…。  
 例え好きだとしても…どうなんだろう…。  
 昔なじみの安心感…なのかな…。  
 ……。  
 誘われてる…なんてことはないよな…。  
 ……。  
 試されてるのかな?  
 ……。  
 それは、あるかもな。  
 もうあんなことしないって約束したばっかりだし…  
 ……。  
 どっちにしても、このままほのかの寝顔を見ていたら、また変な気を起こさないとも限らない。  
 さっさと寝よ。  
 僕は毛布を被り直すと、目を閉じ少し身体を丸めて寝る体勢に入った。  
 
「寒い?」  
 え? ……ほのか?  
 目を開けると、ほのかがこちらを見つめていた。  
「ほのか…起きてたの?」  
「うん…寒くない?」  
「え? …あ…ううん。大丈夫」  
「…入る?」  
「えぇ!?」  
 こちらに背を向け、身体を向こう側にずらす。  
 一人分のスペースが目の前のベッドに空いた。  
 そ…それって……。  
「風邪、ひいちゃうよ…」  
 背中を向けたまま、ほのかが言った。  
「ほ…ほのか?」  
 思わず名前を呼んだが返事はない。  
 …何を考えてるんだ、ほのかは…。  
 ……。  
 ……本当にいいのか?  
 ……。  
 僕はゆっくりと毛布を出た。  
 ……。  
 …もしかして、試されてたんじゃなくて…誘われてた?  
 そうだ。そうに違いない。ほのかも本当は待っていてくれてたんだ。  
 この状況でそれ以外考えられるか?  
 ……。  
 ベッドの上に乗る。  
 体重でベッドが軋んだ。  
 シーツの中へ入る。  
 ほのかは背中を向けたままだ。  
「ほのか……」  
 
 彼女の肩に手をかけると、ビクンと反応した。  
 引き寄せ、こちらを向かせる。  
 目と目が合った。  
「ほのか…」  
「……はしたない…よね…」  
「そんなことないよ…嬉しいよ…」  
「…本当? ありがとう……」  
 ほっとしたように微笑む。  
「…いいんだね…」  
 一応、確認しとく。また、殴られちゃたまらない。  
 ほのかは小さく頷くと、  
「…うん………」  
 そう言って瞳を閉じた。  
 よし、大丈夫。  
 僕は意を決して、ほのかの唇にキスをした。  
 柔らかな唇の感触が伝わってくる。  
 拒絶はない。  
 少し強く押しつける。  
「…ん…」  
 彼女が少し呻いたが、やはり拒絶はない。それどころか、彼女の腕が僕の背中に回されてきた。  
 柔らかくて…気持ちいい…。  
 キスって、こんなに気持ちのいいものなんだ…。頭の中が痺れて、何だか真っ白になる。  
 右手をほのかの胸元へ滑らせた。  
「……ん…」  
 ゆるやかな膨らみを掌で包み込み、パジャマの上から触ってみる。  
 柔らかな感触が右掌に広がる。  
 少し力を加えて揉んでみる。  
 反応し少し身体を反らせるほのか。  
 その唇に再びキスをする。  
「…あ…ん……ん……」  
 もっと触りたい。  
 頭の中はそれだけだった。  
 
 パジャマのボタンを外す。  
 目の前には、ブラジャーに包まれたほのかの胸が…。  
「あ…」  
 両腕で顔を被い、恥ずかしげに顔を背けるほのか。  
 ブラジャーの上から今度は両掌で愛撫を加える。  
「……ん……あ…」  
 もっと…。  
 彼女の背中に手をまわし、ホックを探す。  
 これ……だよな? …あれれ? どうやって外すんだ?  
 僕が悪戦苦闘していると、ほのかが身体を横に向け、ホックを外してくれた。  
 再び仰向かせると、ブラジャーをたくし上げる。  
 小ぶりだが形のいい乳房が姿をあらわした。  
 これが…ほのかの…。  
「…恥ずかしい……」  
 思わず見入ってしまっていた。  
 掌で包み込むようにして、乳房を揉みしだく。  
「……ん……あン…」  
 少しは気持ちいいのかな?  
 これはどうだろう。  
 親指と人差し指で摘まむようにして乳首を愛撫してみる。  
「あ……ん……あ……」  
 今度は唇を付け、舌で乳首をなぞるように舐める。  
「ひゃ……ちょ…っと……あん……」  
 身体を捩るほのか。  
 逃さないように押さえつけ、さらに舌先で転がすようにしてみる。  
「あ…や……」  
 少し固くなったきた?  
 …気持ちいいんだ…。  
 僕は意を決して、次へ進む。  
 胸の愛撫を続けながら、右掌を下へ移動させた。  
 
 胸…お腹…そして、パジャマの裾から中へと滑り込ませる。  
「あ…ちょっと…そこ…」  
 手探りだったせいか、一気にパンティの中まで手を突っ込んでしまった。普通はパンティの上から撫ぜたりするんだよな……ま、いいや。  
 柔らかな繁みの感触が指先に伝わってくる。  
「ダメ…そこ……あぁン」  
 少し湿った温かい場所に辿り着く。  
 …ここ…かな?  
 よくわからない。  
 でも、わからないなりに指を動かす。  
「…あっ……ん……あぁう…」  
 彼女のズボンに手をかけ、ゆっくりと引き下ろした。  
「…あ…」  
 ほのかは恥ずかしそうに顔を掌で被い、背けている。  
 パンティも下ろすと、ほのかは両脚に力を入れ太股を固く閉じた。  
「ほのか…」  
 僕の意図を理解したのか、両脚の力が少し緩んだ。  
 僕は、彼女の両脚を開くとその間に身体を入れた。  
 薄暗がりの中、ほのかの秘所が僕の目に入る。  
 先程指で触れた柔らかな繁み…その先のほのかの…  
「…そんな…見ないで…」  
 ほのかの言葉も僕の興奮を加速させる効果しかなかった。  
 彼女の襞に指を這わせる。  
「あ……やだ…」  
 唇をつける。舌を挿し込み、舐め上げる。  
「ひあ……や…あ…あン……」  
 指で舌でかきまわすうちに、彼女の秘所はさらに潤いを増す。  
「あ……あぅん……あ……ん…」  
 もう限界だった。  
 
 僕は急いでズボンを下ろすと、すでに固くなっているモノをほのかの襞に押し当てた。  
 先端が少し彼女の中に入る。  
「え? あ…ちょっと…あン! 痛い…」  
「だ、大丈夫だから」  
 さらに奥へ。  
「…怖い…よ…」  
「大丈夫だよ、ほのか」  
「でも…あン! ね?」  
「うん?」  
「キス…して…」  
 口づける。  
 濃厚な恋人同士のキス。  
「ねぇ?」  
「?」  
「私のこと…好き…?」  
 もちろん好きだ。  
 でも、『こういう時に好きというのは卑怯なんじゃないのか?』という考えが頭を過る。  
 言葉を安売りしているようで嫌だった。  
 僕は、ほのかの言葉に応える様に再度口づけ、そして腰に力を込めた。  
「ん……んあ………ちょっと…ね……あ…あン…」  
 僕のモノ全体が彼女の中に収まる。  
 彼女の柔らかい襞がぎゅうぎゅうと締めつけてくる。あまりの気持ち良さにすぐにイってしまいそうになる。  
「まだ痛い?」  
「え? …少し楽になったけど……ねぇ?」  
 彼女の太股を抱え込み、さらに突き入れる。  
「あ、あぁん……ちょっと……待って…」  
 待てない。  
 さらに腰を強く動かす。  
「あ…ちょ…はげし……あん……あ……あぁン…」  
 彼女の膣内の潤いがさらに増してきた。  
 感じてくれてるんだ、ほのかも。  
 
 僕はさらに夢中になって腰を動かし続けた。  
「や…あ……あん…あ……ん……あは……」  
 限界が近い。  
 中は…ダメだ……そ、外へ……。  
 射精の寸前、僕はほのかの中から引き抜いた。  
ビュッビュクッ  
「あ…あ…あぁん……」  
 僕はほのかの腹に胸に自らの白濁をぶちまけた。  
 
「…ねぇ…」  
 少しして、ほのかが訊いてきた。  
「何?」  
 彼女の身体をティッシュで拭いてあげながら応える。  
「私のこと、好き?」  
「…もちろん」  
「………」  
 黙り込むほのか。  
「どうしたの、ほのか?」  
「え? ううん…なんでもない…。私、シャワー浴びてくる」  
 そう言うとほのかは、ベッドを抜けだし軽く身繕いをすると、部屋を出ていった。  
 …ほのか…何か言いたそうだったけど…。  
 部屋を出るほのかを見送りながら、考えを巡らせる。  
 ほのかが戻ったら聞いてみよう、などと考えているうちに僕はいつしか眠りに落ちていた。  
 
 翌朝。  
 稚内空港まで一緒だったほのかの様子は、今までと変わらない気もしたし、少し違うような気もした。  
 経験すると女の子は変わるっていうし…。  
 はっきり言ってよくわからない。  
 それに、昨夜言いたそうにしていたことを聞いても、  
「何でもない」  
 と、はぐらかされて結局わからずじまい。  
 ついに一線を越えたとはいえ、何となく釈然としないものを残して、僕は帰路についた。  
 
 あれから2週間。  
 ほのかとの仲は順調…とは言い難かった。  
 またしても、ほのかと連絡が取れないのだ。  
 原因は…ひとつだよな。  
 「あの夜」のことだろう。  
 …何か気に障ることしたのかな…。  
 痛いばっかりで気持ち良くなかった?  
 …初めてなんだからそれは……あ、もしかしたら「ああなったこと」自体が一時の気の迷いで今ものすごく後悔してるとか…。  
 ……。  
 ありうる。  
 というか、それぐらいしか考えられない。  
 う〜ん…どうしよう?  
 とりあえずは謝りたいんだけど、連絡が取れないんじゃ、それすらも叶わない。  
 どうすれば…。  
 
 あれ? 手紙がきてる。  
 え〜と、ほのかからじゃないか!  
 僕は急いで封を切った。  
 
 
  お元気ですか? こっちはもうすっかり雪景色、町中真っ白です。  
  もうすぐ雪祭りが始まります。  
  私の周りでも、雪像を作るのにみんな忙しいみたいです。  
  今年の雪祭り、あなたと一緒に見たいな…。  
  来週の土曜日、大通り公園のいつもの場所で待ってます。  
                ほのか  
 
 ほのか…。  
 何がどうなってるのか、わからなくなってきた。  
 まるで何事もなかったような手紙…怒ってるんじゃないんだろうか?  
 会いたくない訳じゃないんだろうか?  
 手紙をくれたってことは、違うんだろう。  
 でも…。  
 あーー!! わからない!  
 とにかく、ほのかに会ってからだ。  
 直接訊けば何かわかるだろう。  
 
 当日。  
 僕は待ちあわせ場所に急いだ。  
 予定の時間より早かったハズなのに、ほのかはすでに待っていた。  
「ほのか!」  
「あ…」  
「久しぶり…」  
「うん…」  
「元気にしてた?」  
「うん」  
「あの…」  
「それより、今日は来てくれてありがとう…」  
「う、うん…」  
「今日はいっぱい楽しもうね!」  
 そうやっていつも通りに笑うほのか。  
 でも、どこか違う気が…。  
「どうしたの?」  
「ううん。何でもない…」  
「…変なの」  
 
 それから僕たちは、会場内の雪像を一緒に見て回った。  
 ほのかは…やっぱりいつもと違っていた。  
「あ、滑り台!」  
「え? うん。そうだね」  
「ね、一緒に滑ろ!」  
「え!?」  
「ウフフ…行こう!」  
 妙に浮かれてるというか、何というか…。  
 
「どう? 雪祭りは?」  
 少ししてほのかが訊いてきた。  
「なんだかすごいね。こんなに大きい雪の像がいっぱいあるなんて…」  
「ウフフッ…でもね、本番は夜なんだよ」  
「夜?」  
「雪像がライトアップされて、神秘的なくらいキレイなんだから」  
「そうなんだ」  
「ねっ、夜までお茶でも飲んで、おしゃべりしてよ…」  
「そうしようか」  
 
「なんだか不思議だなあ…雪祭りの日にこうしてあなたと…」  
「えっ?」  
「ううん、なんでもない…」  
「そう…」  
 僕はカップのコーヒーに口をつけた。  
 今しかない。  
 そんな気がした。  
「あのさ…ほのか」  
「何?」  
「この間のこと…なんだけど」  
「この間? あ…」  
 そう言うとほのかは少し顔を赤らめて俯いた。  
「うん…」  
「その…何ていうか…ゴメン」  
 僕は頭を下げた。  
「え?」  
「あの…あんなことになっちゃって…でも…」  
「でも?」  
「でも、わかって欲しいんだ。僕は、ほのかだから、その…あんなことをしちゃったんだ…」  
「……」  
「だから、その…」  
「……クスッ」  
 いきなり、ほのかが笑みをもらした。  
「え?」  
「あ…ごめんなさい。つい…」  
「ほのか…」  
「だって、この前と同じこと言うんだもの…」  
「え? 同じこと?」  
 同じことって……あ。  
 同じだ。  
 あの時、ほのかに謝った時と同じこと言ってる。  
 
「あ…」  
「でしょ?」  
「……」  
「それに…」  
「それに?」  
「沙樹ちゃん…私の友達が言ってたことも思い出しちゃって…」  
「何て?」  
「『男の子の言うことなんか真に受けちゃダメだよ。アイツら、エッチなことするためだったら、君だけだよ、とか、愛してる、とか誰にでも言うんだから』って」  
「そんな、僕は!」  
「うん……わかってるよ」  
「え?」  
「わかってる、つもり」  
 そう言うと、彼女はふと視線を窓の外へと向けた。  
「ほのか…」  
 僕はそれ以上、何も言えなかった。  
 
 しばらくして僕たちは大通り公園に戻った。  
「どう?」  
 と、ほのか。  
「ほんとだ、昼間とはガラリと雰囲気変わるんだ…。確かになんだか幻想的だね」  
「うん…」  
「ねえ、覚えてるかな?」  
「えっ?」  
「私たちが再会したの…。ここ大通り公園だったってこと…」  
「ああ、確かあの時は、ほのかがナンパされてて、偶然通りかかった僕が助けたんだよね」  
「そう…でもどうしてかな? 私、あの時、この人なら私を助けてくれるはず…なぜだかそんな気がしたの…。不思議だよね…」  
「ほのか…」  
「ウフフッ…私ね、夢だったんだよ…」  
「えっ?」  
「あなたと二人で、こんな風に雪祭りの夜をすごすのが…。そうだ、これ…覚えてるよね?」  
 そう言うとほのかは、鞄の中から一冊のノートを取り出した。  
「これは…あの時の日記?」  
「うん…」  
 僕はふと、あの時の彼女の言葉を思い出した。  
「私、これだけは絶対やめたくない! 別に、噂になったって平気だから…」  
 クラスの男の子連中に冷やかされても、頑に交換日記を続けると言い張ったほのか。  
 その彼女が今、目の前にいる。  
「これに、あの時伝えられなかった気持ちが書いてあるの…。小学校5年生の女の子が一生懸命伝えようとした想いがね…。最初は昔の思い出だったけど、あなたと会って過ごすうちに、私ね…」  
「うん…」  
「今でも自分の気持ちが、少しも色あせてないってことに気がついたの…」  
 ノートを手に取る。  
 ページを繰っていく。  
「やっぱり、ちょっと恥ずかしいから、向こうに行ってるね…」  
 そう言うと、走り去るほのか。  
「あっ、ほのか…」  
 
 僕は適当に腰を下ろすと、順にページを繰っていった。  
 最初のころは本当にほのかしか書いていなかった。  
 学校の事、友達の事…色々なことが書いてある。  
 程なくして、僕が返事を書きだしていた。  
 ほのかに  
「なんでもいいから、あなたも何か書いてくれないかな? 一方通行じゃ寂しいから…」  
と、言われたからだ。  
 ……うわ…。  
 酷いなこりゃ…。  
 我ながら酷い返事だった。  
 「面白かった」とか「どういう意味?」とか…もうちょっと気の利いた返事はできないのかと、書いた本人でも思ってしまう。  
 それでも、ほのかは丁寧にそれに応えてくれていた。  
 一つ一つ、丁寧に。  
 そして、僕が書いた最後のページ。  
 来週引っ越す事を告げていた。  
 ……。  
 この後だ。  
 僕はページをめくった。  
 
「ねえ…」  
 少ししてから、ほのかが戻ってきた。  
「あれ? いつもどってきたの?」  
「ウフフッ…読んでくれた?」  
 小首を傾げ、座っている僕を覗き込む。  
「うん…」  
 僕が読んだ日記。  
 その日記には、少女時代のほのかが思いつく精一杯の言葉で、僕へのせつない思いがつづられていた。  
「あ、あのさ…」  
「あっ、お願い、何も言わないで!」  
 立ち上がり、言いかけた僕をほのかが遮った。  
「今日はこのまま…幸せなままでいさせて。だって、やっとあなたに渡せたんだもん…。やっと伝えられたんだもん。あの時の私の気持ちを…」  
「ほのか…」  
「お願い…」  
 僕は頭を振る。  
「僕もほのかのことが好きだよ」  
「あ、ありがとう…。優しいね…」  
「え?」  
 軽く吐息をつく。  
「やっぱりあなたは少しも変わってない。小学校の頃、私が大好きだったあなたと…」  
「ほのか、僕は…」  
 ほのかは僕の言葉を遮るように踵を返すと、2、3歩遠ざかった。  
「あのね、私…私…今でもあなたが好きなの…。どんなにページは色あせたって、私の気持ちは少しも色あせたりしてないの…。あの日記を書いた時のまま…。ずっとずっと…あの場所であなたを見送ったあの日から…ずっと…」  
 振り向いた。  
 ほのかの瞳が僕を見つめる。  
 
「あなたが…あなたが…好き…」  
「ほのか…」  
「だから…」  
「誤解してるよ、ほのか」  
「え?」  
「同情とか、そんなのじゃないんだ。…すごく嬉しかったんだ。日記に書いてあったほのかの気持ち…」  
「ホントに…」  
「うん、だって、僕も同じ気持ちだったから…」  
「ほんとに…ほんとに信じてもいいの?」  
「うん、ほのか…もう一度言うよ」  
「は、はい…」  
「…好きだよ! 今ならハッキリ言える。僕が好きなのはほのかだって。もう、二度とほのかとのこと思い出だけにしたくないって」  
「嬉しい… 私… 私…」  
「ほのか…」  
 僕は思わずほのかを抱きしめていた。  
 
「でも…あなたは、明日になれば…また東京に帰っちゃうんだよね…」  
「えっ…」  
「さみしい…。私、もっともっとあなたと一緒にいたい…。できれば…ずっとずっと一緒に…」  
「ほのか…」  
「……………」  
「あの…さ」  
「?」  
「もし、ほのかさえ良かったらなんだけど…明日の朝まで一緒にいない?」  
「え?」  
「い、嫌だったら、いいんだけど…」  
「うん…一緒に…いよう…」  
「ほのか…」  
「あっ……大好き…」  
 僕たちは人目もはばからず長いキスを続けた。  
 
「私ね…あやまらなきゃいけないの…」  
「えっ?」  
「覚えてるかな…。去年の3月頃…不思議な手紙が届いてたでしょう?」  
「えっ、もしかして差出人が書いてなかった手紙のこと?」  
「うん…」  
「私、どうしても恐かったの。あの時あなたに会うのが…。それで…名前も書かずに手紙をポストに入れて…そのまま…」  
「そうだったんだ」  
「ごめんね。あなたに捜させたりしちゃって…」  
「いいんだよ、そのおかげで昔の思い出だけじゃなくて、ほのかとの新しい思い出もいっぱい作れたんだから」  
「うん…ありがとう…。優しい…」  
「そんなことないよ…。ほのかの気持ち考えないで突っ走っちゃったし…」  
「ウフフッ…そうだね。じゃあ…」  
「?」  
「この前の分も優しくしてね…」  
「もちろん」  
「嬉しい……あ……もう…エッチ…」  
 
 翌朝。  
 ほのかは空港まで見送りに来てくれた。  
「ウフフッ…」  
「ど、どうしたの? なんだか、すごく楽しそうだけど…」  
「はい、これ… お守り…」  
「これは、ほのかがいつも大事にしてた、馬のブローチじゃない」  
「うん…。私のこと忘れないように…」  
「ありがとう、でも、ごめん。お返しにあげるモノがないよ」  
「ううん…私は大丈夫…。だって…昨日、あなたがくれたから…」  
「えっ? な、なにを?」  
「これから、ずう〜っと、あなたを信じて待っていられる勇気をね!」  
「ほのか…」  
 
 
エピローグ  
 
トゥルルルルル  
カチャ  
 
『はい…』  
「あ、もしもし、ほのか?」  
『遅い…』  
「…ごめん…なかなか抜け出せなくて…」  
『ずっと待ってたんだよ?』  
「だから、ごめんって」  
『サークルの歓迎会?』  
「うん…」  
『どうせカワイイ女の子に囲まれて鼻の下伸ばしてたんでしょ…』  
「あのね」  
『東京の女の子はカワイイ子多いし…』  
「何スネてるの?」  
『スネてなんかないよ』  
「じゃあ、何?」  
『心配なだけ…』  
 
『ふぅ…こんな心配、これから4年もしなくちゃいけないなんて…』  
「仕方ないだろ? お互い地元の大学なんだから…」  
『どうして、ことごとくこっちの大学落ちるの?』  
「何を今更…仕方ないよ、ろくに勉強してなかったんだから」  
『待つのは慣れてるけどね』  
「絡むなぁ…どうしたの、今日は?」  
『ふ〜う…でも、4年は長いよね…』  
「じゃ、どうしろと?」  
『長いよね…』  
「あのね…」  
 
「あ…」  
『どうしたの?』  
「桜が…」  
『見えるの?』  
「うん。満開だよ」  
『わぁ…見てみたいな〜。ねぇ、ゴールデンウィークはこっちに来れるんだよね?』  
「うん。そのつもりだよ」  
『じゃ、一緒に見に行けるね、桜』  
「そうだね。そっちだったら円山公園あたりなの?」  
『ウフフ…実はとっておきの場所があるの』  
「へぇ〜そうなんだ。どこ?」  
『ナイショ』  
「ケチ…」  
『ウフフッ…』  
 
「それじゃ、そろそろ切るよ?」  
『え、もう?』  
「何だか眠そうだよ」  
『そんなこと…』  
「何回おやすみ言ったと思ってるの?」  
『3回』  
「わかってるんなら、もう寝なさい」  
『だって…寂しいよ』  
「僕だって…」  
『……』  
「明日も早いんでしょ?」  
『うん…』  
「夢でまた逢えるよ」  
『………プッ』  
「笑ったな!」  
『似合わない…』  
「あ、ひどいなぁ!」  
『ウフフッ…ごめんなさい。でも、本当に逢えるといいね』  
「逢えるよ」  
『うん…』  
「おやすみ」  
『うん…おやすみ』  
 
           おしまい  
 

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