どきどきどきどき  
 胸が高鳴ってる。ホントに、張り裂けそうなくらい。  
 私は、ぐるっと部屋を見回した。  
 パパの別荘の寝室。一日かけて綺麗に御掃除したから、ゴミなんてどこにも落ちてない。  
 そとは、冷たい風がひゅーひゅーいってるけど、中はとっても暖かなの。  
 大きなベッドには、私一人。でも、もうすぐ二人……。  
 そう、もうすぐ、シャワーを浴びた彼が入ってきて、そして……。  
 私は、シーツの下で、何も着ていない体を自分でぎゅっと抱きしめた。  
「あ……」  
 すごく敏感になってる。肌に触れただけで、声が漏れちゃうくらいに。  
 いいんだよね?  
 自分に尋ねて、自分で答える。  
 いいの。決めたの。あげるんだって。  
 
 ずっと前から、決めてたんだ。  
 私だって、子供じゃない。男の人のことだって、ちゃんとわかってるもの。  
 
 彼と初めて逢ったのは、……そう、小学校の5年生のときだった。私が通ってた小学校に、彼が転校してきたの。  
 最初は、そう、ただの転校生だった。それでなくても、パパ以外の男性なんて、全然興味がなかった私にとっては、ホントにただいるだけって存在だった。  
 でも、あの遠足の時から、それは変わった。  
 春の遠足で牧場に行ったとき、誰か馬に乗ってみないかって話になって、それで私だけが馬に乗ったことがあったからって、私が乗ることになった。  
 その時、誰かが(もう誰がやったかなんて覚えてないけど、男子の誰かだったと思う)私の乗った馬の後ろで、持っていた爆竹を鳴らした。馬は驚いて飛び跳ねて、私は振り落とされた。  
 その瞬間のことなんて、何も覚えてない。ただ、気が付いたとき、私の下でうめき声が聞こえてた。  
 一拍置いてから、私は状況を理解した。私の下に、一人の男の子が下敷きになってた。  
 それが、彼だったの。  
 
 彼は、私の下敷きになって、足の骨を折っちゃって、しばらく入院してた。  
 私のせいだから、毎日お見舞いに行くのは、だから最初のうちは義務みたいなものだった。  
 でも、何も持っていかないっていうのも変だなって思ったし、それに担任の先生にも言われて、その日の授業のノートを彼に渡すようになった。  
 それから、私のノートは2冊になった。もちろん、小学校の5年生だった私に、2冊もノートを付ける余力があるわけじゃない。その日につけたノートは彼に渡して、次の日は別のノートを使う、というわけで2冊必要になったわけ。  
 そしてある日、家に帰った私は、彼から回収したノートをぱらぱらっとめくって、それを見つけた。  
 最後のページに小さく、走り書きがしてあったの。  
"いつもありがとう"  
 次の日、私はいつものノートの最後に、短く一文だけ書き加えた。  
"どういたしまして"  
 そして、そのノートを渡すとき、なぜかすごくドキドキしてたのを覚えてる。  
 
 それから、私は、彼に渡すノートの最後にいろいろと書くようになった。  
 今考えると、交換日記みたいなものだったと思う。  
 まぁ、小学5年生が書くことだから、ホントに大した内容じゃなかったけど。今日の授業は眠かったとか、先生はすぐ怒るとか……。  
 彼の方も、検査が退屈とか、テレビでサッカーを見たとか、そんなのばっかりだったけど、それでもなんとなく楽しかった。  
 それは、彼が退院して、ノートを渡す必要がなくなっても、続いた。何故って聞かれても、よくわかんない。でも、私はなんとなく止めたくなかったし、彼もそうだって言ってた。  
 でも、ひょんなことから、それがクラス中にばれちゃった。小学生の時のことだ。クラスのみんなにからかわれて、彼はやめようって言ったけど、でも私はやめないって言い張って……。  
 あの時は友達もみんな、目を丸くしてたな。それまで大きな声を出した事なんてなかった私が、大声で……。やん、恥ずかしいなぁ、もう。  
 そして、私は初めて、自分のその時の気持ちをノートに書いた。そして、彼に渡そうとしたんだけど……。その時は、渡せなかった。彼、また転校しちゃったんだ。  
 
 それから、随分時がたって、私が高校3年になる直前だったよね、確か。  
 私が通ってたのは、私立祥桜学園。共学校で、そうなると良くあるよね。下駄箱にラブレターとか……。  
 私もご多分に漏れず、ラブレターもらっちゃって……、同学年の人だったんだけど。  
 どうしよう、なんて考えてて、ふっと彼のことを思い出したんだ。それまで忘れてたのに。どうしてだろうね?  
 それでね、手紙を書いて出したの。でも、勇気がなくって、「あいたい」とだけ書いて、こっちの住所も名前も書かないで出したの。ずるいよね、私……。  
 でもね、彼は、ちゃんと逢いに来てくれたんだ。  
 
 それから、1年の間、いろんな事があったけど、何とか無事に恋人同士ってことになって、そりゃ遠距離恋愛ってやつだけど、彼も私もそんなことくらい何でもないって……思ってたんだけど……。  
 やっぱり、寂しい。  
 彼は東京、私は札幌。気軽に逢えるような距離じゃない。  
 そりゃ、毎日のように電話ではお喋りしてるけど。ちなみに、電話代は毎月新記録を更新中で、こないだも怒られちゃった。  
 でも、それだけじゃダメなの。それだけじゃ……。  
 
 そして、夏休み。私は彼に電話した。遊びに来てって。  
 彼は来てくれて、私たちは稚内にあるパパの別荘に泊まってる。  
 前にも一度、私と彼の二人っきりでここに泊まったことがある。あの時は真冬で、私たちは吹雪で帰れなくなったっていう、言ってみれば緊急避難だったけど、でもあの時は、彼は私には何もしなかった。  
 ホント言って、あの時私は彼を試してたのかもしれない。  
 その前に、彼がいきなり私にキスをしようとした事があった。その時に、彼は私の身体が目当てなんだって思って、すごく悲しくなった。彼だけは別だって思ってたのに、裏切られたと思った。  
 だけど、あの吹雪の夜、私と彼は二人きりだったのに、彼は何もしなかった。  
 その時は、嬉しかった。でも、反面、何となくもの足りない感じを覚えて、そんな自分に戸惑ってた。  
 あれから、もう半年以上たつんだな。  
 私は、そっと胸を触ってみた。  
「あん……」  
 口から吐息が漏れた。いつもなら、なんとも感じないのに……。やっぱり、緊張してるからなの?  
 と。  
 キィッ  
 ドアが開いた。私は、慌てて手を胸からどけて、ドアの方を見る。  
「あ……」  
「ほのか……」  
 彼が、短パンひとつで、首からタオルをかけた姿で、そこにいた。  
「……入るよ」  
「……うん」  
 
 私がこくんと頷くと、彼は寝室のドアを閉めた。そして、ベッドに近寄ってくる。  
「ま、待って」  
「え?」  
 私は、大きく深呼吸してから、シーツを掴んで胸を隠しながら、身体を起こした。  
「あの……。あのね……、私、その、初めてだから……」  
「大丈夫。俺にまかせて……」  
 彼が言った言葉が予想通りだったから、少しだけ緊張がほぐれた気がした。私は、膨れてみせた。  
「経験あるんだ……」  
「それは、……えっと、その……」  
 逡巡してから、彼は頭を掻いた。  
「ごめん。ないんだ」  
「……ふふっ。ね」  
 私は、胸の辺りでシーツを押さえてた手を、思い切ってぱっと離す。シーツが、ベッドに落ちる。  
 今まで布一枚かかっていた胸が、何も隠すものがなくなって、完全に空気に触れた。  
「ほのか……」  
 彼が、私の胸を、見てる……。  
 そう思ったとたん、かぁっと真っ赤になって、私は顔を手で覆った。  
「やっ……」  
「……ほ、ほのか……」  
 ぎし、ぎし、ぎし  
 彼が近寄ってくる、足音が聞こえる。私は、ただ恥ずかしいと思ってたけど、何も出来なくてそのままの姿勢。  
「その、近くで見ても、いい?」  
 近寄ってから言うなんて卑怯だよ……。  
 私は泣きそうになってたけど、頷いた。  
「うん」  
 
 それから、静かになった。私が、指のすき間から見ると、彼は真剣な顔で私の胸をじっと見てる。  
 段々、変な感じがしてくる。むずむずするっていうのかな。胸が熱くなってくる感じ……。  
「あ、あのね……」  
「綺麗だ」  
 呟く彼。でも、私はそれじゃダメ。  
 どうなってるんだろう? 私、緊張しすぎておかしくなってきてるのかな?  
 と、不意に胸が熱いもので覆われた。  
 彼の手だって、一瞬置いてから判る。  
 不思議と、嫌じゃなかった。  
 さわさわと、撫でるようにしてる彼の手は、とっても熱かった。  
 そのうちに、ふわふわと、下から持ち上げるようにしてる。  
「な、なに、してるの?」  
「柔らかいなって思って。何で出来てるんだろう?」  
 ホントに不思議そうな声で言うから、私は思わず笑いそうになっちゃった。  
 でも、それよりもなんだかくすぐったいような熱いような変な感じがして。  
「それは……、はぁん……」  
「ほのか……」  
 彼は、やわやわと胸を揉みはじめた。やだ、もっと身体が熱くなってきた。  
「あ……あん、はぁ……はぁ……」  
 チュッ  
「きゃぁっ!」  
 急に胸にキスされて、私はびっくりして、思わず声を上げた。彼は、その声にびっくりしたみたい。私の顔を覗き込んだ。  
「ご、ごめん」  
「……ううん、いいの。急だったから、びっくりしちゃっただけ。……いいよ、続けて」  
「うん」  
 そう言うと、彼は私の胸に顔を埋めた。なんだか、赤ちゃんみたいで可愛かったから、私はそんな彼の頭をぎゅっと抱きしめた。  
 
「はぁ、はぁ、はぁ……」  
 私は荒い息をついていた。  
 あれから、どれくらいたったんだろう。頭の中はなんだかぼぉーっとしちゃってよく判らなくなってた。その代わりに、身体がもう火照ってよくわかんなくなってる。なんだか自分の身体じゃないみたい。  
 身体の奥からは、ぬるぬるしたものが溢れ出してる。それを、彼が舐めとってくれるたびに、すごく気持ちいい感じが身体を走り抜けて、私は何度も声を上げてた。  
 あっ、また……。  
「はぁっ!」  
 身体を逸らして、声を上げると、私はくたっとベッドに身体を沈めた。  
「ほのか……、俺……」  
 彼が何か言ってる。私がぼんやりと目を開けると、彼はいつ脱いだのか(なんか脱いだのを見たような気もするけど、覚えてない)、裸になってた。  
 男の子の裸なんて、気持ち悪いんだろうなって、ずっと思ってたけど、そんなでもない。ううん、すごく愛おしさっていうのかな、感じるんだ。  
 あ、そうか。彼、私の中に……。  
 友達から話はよく聞いたんだ。だから、知ってるよ。彼のを、私の中に入れるんだよね。  
 私は、心もち足を開いた。  
「いいよ。私……あなたを……受け入れてあげたい」  
「ほのか……、好きだ」  
 きゅんと胸が熱くなった。ううん、身体のほうじゃなくて、心の方が。  
 だから、私は大丈夫。  
 
「来て」  
「ああ」  
 クチュッ  
 湿った音がして、それから、熱いものが入ってきた。  
「くぅっ」  
 痛い。でも好き。  
「大丈夫?」  
「うん、大丈夫よ」  
「そ、そう? それじゃ……」  
 ぐぐぐっ、と入ってくる。そして、頭の中が真っ赤になった。  
「きゃうっ!!」  
 今までとは較べものにならない痛みが全身に走った。涙がこぼれる。ずきずきする。  
「ほのか、大丈夫?」  
 心配そうに訊ねる彼。だから、私は大丈夫。  
「平気、だよ。でも、少し動かないで……」  
「うん。じゃ、その代わりに抱きしめていい?」  
「うん」  
 私がこくっと頷くと、彼は私をぎゅっと抱きしめてくれた。そして、涙をそっと拭ってくれる。  
「ありがとう、ほのか」  
「……ううん。だって好きなんだもの」  
 私が泣き笑いを浮かべて言うと、彼は微笑んだ。  
 
 段々、痛みは小さくなってきたみたいな気がする。  
「……ん、もう大丈夫みたい」  
「本当に?」  
 心配そうに訊ねる彼。私はこくんと頷いた。  
「うん。でも、ゆっくりね」  
「ああ、わかったよ」  
 軽くキスしてくれてから、ゆっくり動きはじめる彼。  
 ずずっ、ずぶっ  
「……っ」  
 やっぱり、まだ動くと痛い。唇を噛む私に、彼が動くのを止めて、心配そうに訊ねた。  
「やっぱり、止めようか?」  
「……ううん、いいの。続けて」  
 私は首を振って、言った。  
「……それじゃ、もっとゆっくりやるね」  
 そう言って、彼は本当にもっとゆっくり動いてくれた。  
 痛みよりも、その彼の優しさが嬉しかった。だからと思う。痛みが小さくなってきたのは。  
 そして、その代わりに何か別なものがこみ上げて来たのは。  
「はぁん……な、なにか……」  
「え?」  
「感じるの、何か感じるのっ! わ、私、変になっちゃうの?」  
 なんだか、怖くなってきて、私は彼にしがみついてた。  
 
「一緒、だよね……はぁっっ!」  
「うん……んっ」  
 彼が、目を閉じて何かに耐えるような表情をした。  
「どう……あっ、したの……?」  
「ほのかの中が、気持ち良くて……もう……」  
 もちろん、男の人が気持ちよくなったらどうなるか、ってことくらいは、友達に聞いて知ってたけど、その時の私は、正直言って彼のことまで考えが回ってなかった。ただ、反射的に頷いてた。  
「う、うん、あっ、あん……」  
 段々と彼の動きが激しくなってきた。痛かったけど、私は我慢した。ぎゅっとシーツを握りしめて。  
「あっ、あっ、あっ……」  
「ほのか、ほのかっ!」  
「ああ、ああん!」  
 彼が、シーツを握りしめてる私の手を、その上から包み込むように握ってくれた。気が付くと、私はシーツを握ってた手を解いて、彼と握り締めあってた。  
 と、不意に彼がずるっと私の中から抜けだした。と思うと、私のお腹の上に熱いものが、ぴとぴとっ、とかかった。  
「はぁはぁはぁはぁ……」  
 どさっと、彼が私の隣に倒れ込む。私はぼぉーっと息をついていた。  
 
 終わった、のかな?  
「ほのか……」  
 彼が顔を上げて、私の髪の毛をすっと撫でた。  
「うん……」  
 私も顔を上げて、それから彼の胸にその顔を埋めた。なんだか、彼の顔を見るのが恥ずかしくって。  
 そのままの姿勢で、言った。  
「気持ち、よかった?」  
「ああ……。その、ほのかの方は?」  
「うん、とっても気持ちよかったよ」  
 小さな嘘。うん、確かに気持ちは良かったのかもしれないけど、友達に良く聞いてる、「イった」っていうのとは違ってたような気がするし。  
 あ、あれ?  
 なんだか、急に眠くなってきちゃって……。  
「大好……き……」  
 そう呟きながら、私は眠りの中に引きずり込まれていった……。  
 
《終わり》  
 

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