「もしもし、安達純君のご自宅に間違いありませんか?」  
「ええ、そうですが」  
 電話口からいきなり飛びこんできた高飛車な男の声に、安達妙子はムッとして答えた。  
「純君の、保護者の方ですね?」  
「はあ? どういうご用件でしょうか?」  
「新宿警察署の者ですが」  
「警察?」  
 警察から電話と聞けば、やましいことはなくともドキッとしてしまう。  
「純君の保護者の方ですね?」  
「保護者?……姉ですけど、純がどうかしたんですか?」  
「純君を署に保護していますので、すぐに迎えにきていただけますか」  
「保護? どういうことですか?」  
「事情は、いらしていただいたときにお話しいたします。とにかく、すぐに来てください。迎えにきていただくまでは、お帰しできませんので」  
 高圧的で、もったいぶった物言いに、思わず、「帰してもらわなくて結構です」と答えてやりたくなるのをぐっと堪え、ひと呼吸おいて、  
「わかりました」  
 それだけ言って、妙子は電話を切った。  
「あいつ、なにやったんだ?」  
 妙子は電話に両手を置いたまま、大きな目をキッとひきつらせて、吐き捨てるように言う。  
「まったく、しようのないやつね、こんな時間に」  
 妙子は時計を見て舌打ちする。もう夜の十時をまわっていた。それでも弟が「警察に保護されている」と聞けば、やはり気が気ではなく、妙子は取るものも取らずに家を飛びだしていた。  
 家から新宿までは、電車に乗って小一時間。夜更けの上り電車は閑散として、それだけよけいに人の視線が気になる。  
 視線が集まってしまうのも無理はなかった。妙子は、ほとんど太腿の付け根まで露わになった超ミニスカートに、上は丈の短い、お臍の見えるTシャツ姿。しかもノーブラで、乳首がくっきり出てしまう、まさしく挑発的な代物なのだから。  
 
 それには理由があった。妙子は、すべての服を洗濯してしまい、普段は絶対に着ないようなそんな服しか残っていなかったのだ。そこへ運悪く電話がかかってきたというわけだ。そのまま妙子は家を飛びだして電車に飛び乗ったのだった。  
 ただ立っているだけでも付け根までスレスレ、電車の揺れでほんの少しでも前屈みになればパンティがのぞいてしまいそうで、車内はすいているのに座ることもできない。  
 駅の階段をのぼることなど考えれば、もうそれだけで顔が赤らみ、太腿をもじつかせずにはいられない。  
 そんな妙子の不自然な光景は、他の乗客たちの視線の格好の餌食だった。なにしろ、そのむっちりした太腿こそ、他のどの部分にも増して妙子の一番悩ましくセクシーな部分だったのだから。  
 太からず細からず、まさに肉感的な太腿がほとんど丸ごと露わにされ、羞恥にもじつき、ほんのりと赤みを帯びているのだから、その艶めかしさといったらなかった。  
 後ろのほうの乗客たちは、これ幸いと不躾な舐めるような視線で見つめ、前や横の男たちは、ひろげた新聞の端からチラッチラッと盗み見ている。  
 なんでこんな格好の時に純の奴……。  
 こうして電車のなかで視線を浴びれば、なぜかひどく卑猥に感じられて、妙子はいたたまれない。新宿で電車をおりた妙子は、逃げるようにして階段を駆けあがっていった。  
 
「あなたがお姉さんなんだね……」  
 警察署に入ってきた妙子の出立ちを見るなり、驚きも露わに、そしてすぐに見るからにいやらしい目つきで、胸や臍、太腿をジロジロと見まわしながら、中年の警官が言う。  
「父と母は実家の青森にいますので、保護者といっても、姉の私しかいないんです」  
 警官の視線にムッとしながらも、妙子は目をそらして丁寧に答えた。  
「純が、弟が、いったいなにをしたんですか?」  
「まあ、たいしたことじゃないんだけどね。へへ、きみみたいなお姉さんがいたら、しようがないのかなァ」  
 相変わらずいやらしい視線を妙子の身体に這わせたまま、警官は厭味たっぷりに言う。  
「どういう意味ですか? それって……」  
 妙子は思わず警官を睨みつけ、言いかえしていた。  
「いやね、弟さん、純君ですか。こんな夜にね、歌舞伎町の怪しげなところをフラフラしてましてね、それで補導したってわけで」  
「…………」  
「ポルノショップていうんですか、例のいかがわしいものを売っている店の前でね。そういうところは、十八歳未満は立入禁止なんですよね。ところで、お姉さんはおいくつですかな?」  
「二十歳ですけど……」  
 いよいよムッとして答える。  
「四つ違いってわけですね」  
 若いピチピチの女体を中年の警官は、いよいよ涎れを垂らさんばかりに見つめる。  
「それで? 純は、ポ、ポルノショップの前を歩いていただけなんですか?」  
「いや、それがね、こんなものを買って出てきたってわけなんです」  
 警官が妙子の前に両手でつまみあげたものは、女物のパンティ、それも、黒いレースのTバックだった。  
「!…………」  
 見た瞬間、妙子の顔は真っ赤に染まってしまった。  
「まあ、一応はお金を払って買ったものですからね。お姉さん、あなたが使ってやったらどう?」  
「そ、そんなもの、結構です。それより純は? 弟は?」  
 妙子はすっかり取り乱してしまっていた。  
「すぐにお帰ししますよ。この書類に署名と、ボイーンじゃなく、へへ、拇印を押してくださいね、お姉さん」  
 
 ようやく手続きを終えて純を引き取り、お互いに顔をそむけたまま警察を出ていこうとしたとき、妙子はさっきの中年警官に呼びとめられた。  
「これ、このパンティ、持って帰ってもらわないと困るんだよね」  
 妙子はまたまた赤面し、警官の手から黒いパンティをむしり取ると、スカートのポケットにねじこんで足早に警察署を出ていった。  
 純が駆け足で妙子の後を追う。  
 終電近い下り電車は、酒臭い息のサラリーマンたちでギュウギュウづめだった。乗客たちの淫猥な視線は気にせずによかったものの、今度はことさらに密着してくる体や、太腿に触れてくる手に、妙子は身を縮めずにはいられなかった。  
「じゅ、純……」  
 顔を見るのも話をするのもいやだったが、そうやって男の連れがいることをはっきりと知らせなければ、酔った男たちの痴漢行為はますます破廉恥になっていくのだから、背に腹は代えられなかった。  
「えっ?」  
 すっかり落ちこみ、顔をうつ向けていた純が、驚いたように顔をあげる。  
「あのさ、ほら……」  
 とりとめのないことをボソボソと話しつづければ、男たちの体や手が、こそこそと離れていく。  
「なに? よく聞こえないよ」  
 気のきかない弟に、妙子は足をギュッと踏みつけて思い知らせる。  
「痛っ!」  
「とにかく、あのさ……」  
 電車をおりるまで、妙子はそうやって、せいいっぱい男連れがいることを演じつづけなければならなかった。  
 
「なによ、おまえったら!」  
 家に帰って居間に入るなり、妙子は堪えつづけてきた怒りを爆発させて、純の頬に思いきり平手打ちを食らわせた。  
「あっ」  
 不意討ちを食らい、純はバランスを崩して、フローリングの床に倒れこんだ。  
「ご、ごめんなさい……」  
 純はぶたれた頬を手でさすりながら、目を伏せて謝る。  
「どういうこと!? どういうことなのよ、これは!」  
 ポケットにねじこんでいた黒いパンティを、純の顔めがけて投げつける。  
「……ごめんなさい」  
 警察で何度も聞かれたことだった。16歳の高校生が、そんなセクシーなパンティを持っていれば、誰でも下着フェチと考えるのは当然だった。  
 確かに下着フェチはフェチであれ、純がわざわざそんなものを新宿まで買い求めにいったのには、それなりの理由があった。  
 妙子の誕生日プレゼントのつもりだったのだ。本当に手渡せるかどうか自信はなかったものの、とにかく姉に、セクシーなパンティをはいてもらってみたかったのだ。  
 しかし、本当の理由を誰に言えよう。警官に言っても信じてもらえないだろうし、変態扱いされるのが関の山だ。こうなったら、なおさら妙子に本当の理由など言えるわけもない。  
「変態! 私、前から知ってんだからね! おまえが、私のパンティくすねて、なにかしてたこと。そんなこと、言いにくいし……だから、いままで黙って見逃してあげてたけど、もう……」  
 妙子は一気にまくしたてた。  
「…………」  
 純はもう万事休すだった。洗濯篭から姉のパンティを盗みだしては、その芳香に浸りながらオナニーするのが一番の楽しみだったのだ。  
 温もりと湿り気の残った脱ぎたての妙子のパンティは、それはそれは甘く悩ましい匂いがして、一度嗅いでしまえばまるで麻薬のように、毎日でも嗅がずにはいられなくなってしまうのだった。そんなことまで姉の妙子に知られていたとは。  
 
 あああ、もうなにもかも、これでおしまいだよ……。  
 そう思い、覚悟を決めた瞬間だった。  
「そんなにパンティが好きなの。だったら……」  
 言うなり妙子が、ただでさえ短いスカートを両手でまくって、純の顔に白いパンティに包まれた下腹部を擦りつけてきたではないか。  
「嗅げばいいでしょ! 私のパンティの匂い、好きなだけ嗅げば!」  
 なぜそんなことをしてしまっていたのか、妙子は自分でもわからなかった。ただ、どうしようもなくムシャクシャした気持ちを、純に思いきりぶつけずにはいられなかった。  
「なによ! 変態! おまえみたいな変態、こうしてやる!」  
 こみあげてくる得体の知れない激情を、妙子はもう押しとどめることができなかった。純の顔に下腹をぶつけるようにして押し倒すと、顔面に馬乗りになり、太腿で力まかせに挟みつけ、締めつけていく。  
「あああっ、ウウウッ……」  
 白いパンティに顔をふさがれ、柔らかな股肉に鼻をつぶされ、温かく甘く湿った匂いにむせ、むっちりとしてすべすべの太腿に息もできないほど顔全体を挟みつけられ、純はめまいする。  
「スケベ! 変態!」  
 罵るように叫びながら、あお向けになってもがく純の頭を両手で押さえつけ、妙子は両脚を交差させ、全身の力をこめて両腿でギリギリと、さらに強く弟の顔を締めつけていく。  
「ウーッ……」  
 窒息しそうだった。けれども信じられないほどの快感だった。パンティ越しに、妙子の股肉の感触と匂いがはっきりと感じられ、そして顔中に妙子の熱くすべすべのむっちりとした腿肉がじかに感じられるのだ。これほどの快感があるだろうか。  
 妙子の激しいばかりの淫靡な攻撃を受けながら、純はたちまちジーンズのなかのペニスを気張らせていた。  
「おまえみたいな変態、こうしてやる! こうしてやるんだからァ!」  
 妙子は、締めつける太腿になおも力をこめながら、いつの間にか純の鼻の頭に、股の亀裂をグイグイと擦りつけていた。  
 
「…………」  
 声も出せず、息もできない。失神しそうな恍惚のなかで、純の脳裏に小さかったころの思い出が甦っていった。  
 そうだった……。  
 大の仲良しだった幼い姉弟は、よくレスリングごっこをして遊んだものだった。女と男とはいえ、四つも歳が違えば力には歴然とした差があった。いつも組み敷かれるのは純と決まっていた。  
 負けるのは悔しかった。それでも、負けるとわかってはいても、いつでもその遊びを仕掛けるのは純に決まっていた。  
 姉の太腿に挟みつけられ、顔をグイグイと締めつけられるのが、幼い子供なりに、なんとも言えない快感だったに違いない。自分から姉のスカートのなかに頭を突っこんで、わざと挟みつけさせるようなことまでしたこともあった。  
 妙子は妙子で、純が両手で床を叩いて降参の合図を出すまで、両腿で挟みつけ、締めつけることで、弟に対する優越感と密かな性の快感を覚えていたに違いない。  
「なによ! 私にあんな恥かかせて! 許さないわ! おまえなんか、絶対に許さないからね! 変態!」  
 妙子はいよいよ力をこめて、股間の亀裂に沿って上下に揺すりながら純の鼻に擦りつけ、小刻みに腰を震わせはじめる。  
「ウーンッ……」  
 かすかに開いた口から息をしながら、純は両手を妙子の太腿からお尻に添え、もっときつく挟みつけて欲しいとうながすかのごとく、なめらかな餅肌をさすりまわす。  
「なによ! まだ降参しないの!……なによ!」  
 交差させた足首がひきつりそうになるほど力まかせに絞りこめば、股肉からなにか熱いものがもれだすような怪しい感覚が生じ、妙子の身体に戦慄が走る。  
「ウーンッ、まだ、まだだ……もっと、もっと強く!」  
 挟みつけられ、歪んでしまった口でもごもごしながら、純は必死に言う。  
 
「許さない! 許さないからね!」  
 熱く蕩けてもれだす感覚に、かすかなためらいを覚えていた妙子は、純のそんな反抗的な態度に我れを忘れ、両脚がつらんばかりに力をこめて太腿を絞りあげながら、下腹を擦りつけ、蠢かせ、さらには両手に掴んだ純の頭を上下左右に揺すりたてる。  
「あーっ……ウーッ!」  
 顔中をふさぎ、締めつけてくる姉の太腿、姉の股肉の感触に、恍惚となりながら、純は片手をジーンズに伸ばして硬くなった一物をさすりはじめる。  
 ああああ、お姉さんの太腿、最高!……  
「ああン……な、なによ!」  
 妙子の両手は、掴んだ純の頭で自分の股間を激しく擦りたて、まぎれもない性の快感を貪っていた。  
「あーっ……ウーンッ!」  
 妙子の太腿に顔をきつく挟まれたまま、純は悶絶し、全身を痙攣させ、ジーンズのなかに精をほとばしらせる。  
 あああーっ、お姉さんの太腿!……  
「あああンッ!」  
 純の顔を挟みつけた両脚がピーンッと突っ張って、わなわなとひきつる。  
「…………」  
 鼻先はパンティごとすっかり女陰のなかに埋まりこみ、布地から女の淫汁がねっとりと沁みだしてくるのが感じられる。温かくて甘く、たまらなく香ばしい女蜜の匂いに、純はうっとりと嗅ぎ惚れる。  
「なによ! 変態! スケベ!」  
 女陰に純の鼻が食いこみ、熱い息が送りこまれる卑猥な感触に気づいた妙子は、ハッと我れにかえり、咄嗟に立ちあがる。  
「い、いやらしい! おまえなんか、絶対に許さないからね!」  
 妙子はさも汚らわしいものでも見るかのように純の顔を見おろすと、そう罵って唾を吐きかけ、逃げるようにその場を立ち去っていった。  
 あーっ、お姉さんの唾だ!……  
 頬に吐きかけられた妙子の唾を手のひらで掬い集めて啜り飲む。  
 ねっとりと甘い妙子の唾を口のなかで堪能しながら、純はあお向けになったまま、いつまでも恍惚の余韻に浸っていた。  
 
おしまい  
 

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