清く可憐に咲く 野の花に
学ぶ心の糧 友と集いて
師を仰ぎ歩む路 礼儀と作法
永久の誓いたてたる 乙女の誉れ (私立清華女子高等学校校歌『清華の乙女』より)
神奈川県横浜市。開国の折り、江戸から最も近い港として海外に向けて開かれたこの港町は、幕末から明治にかけてこの日本とやらいう国のいわゆる近代化の尖兵となった。
異国の文化に触れ、それを積極的に取り入れることで、横浜は文化としての独自性を早くから築き上げてきた。それは政治・経済のみならず一般大衆の風俗にまで抜きがたい影響を与えている。そして、明治の後で年号が三回変わった今となってもそれは変わらない。
こと教育という一種特殊なカテゴリーにおいても、その独自性はまた例外ではなかった。
開国以来数多の外国人を受け入れてきたこの街は、外国人の子弟のための教育機関を必要とし、そこで得られた独特のノウハウは、急速に発展した街にいくつも設立された学校の教育理念にもまた影響を与えた。
そしてまた、早くから外国人を受け入れたこの街は、女子教育に関してもまた先進を走る土地柄を誇ることとなった。歴史と伝統を有する女子校の並ぶこの街で、ハイカラな制服を身に纏い颯爽と街を闊歩する女学生。それはいつの世も変わらぬ男子学生の憧れである。
私立清華女子高校といえば、この横浜という土地にあって古くからの歴史と伝統を誇る女子校だ。
基本的には、いわゆる良妻賢母を要請する学び舎でありながら、その自由な校風は、いわゆるお嬢様からとんでもない変わり者まで、多様な生徒を集めていた。
かてて加えて、財閥系お嬢様からラテン系帰国子女にいたるまで伝統的にタイプの異なる千差万別の美少女揃いの高校として、近隣のみならず全国的に女子校マニアに絶大なる人気を誇っている。
某ネットオークションで使用済の制服に破格の入札があったというニュースがマニアの間をたちまち駆け巡ったことは記憶に新しい。さすがにその時には、校内で元の使用者が誰かという詮議が行われたという噂もあった。
さて、フェリス・雙葉と並び、横浜『三大女子高』と称される清華女子の学園祭、通称『清華祭』。それは毎年秋に行われる一大イベントである。
外部のむくつけき男どもを学内に受け入れる年にただ一度のチャンス。伝統的なセーラーの制服に身を包んだ美少女たちの姿を一目その眼に焼き付けようとマニアが集まるのは当然のことと言えた、のだが…。
そういったマニア・あるいは業界人にとって最大の見所といえばむろん『ミス清華コンテスト』。どこでどうやってチケットを手に入れるものやら、カメラ小僧や芸能スカウトが鵜の目鷹の目ターゲットを狙う。そんな催しが行われるのも時代の趨勢というものではあったろうが。
――というわけで、我らがヒロインはコンテストに出場すべく、本選を控えて緊張の時を送っている――はずだったのだけれども――。
「んっ…あんっ…はぁんっ…」
明日香は、今にも溢れそうになる声を懸命に抑えようとしながら、後ろから突き上げる彼の抽送に身を任せていた。
コンテスト本選の出場者といっても、個別の控室が与えられるほど清華女子校は贅沢ではない。彼女がいるのは、出場者控室として割り振られた教室からそう遠くない、同じ階にあるトイレの中だ。
清華祭開催中とはいえ、本来ならば一般に開放されていない場所に彼が入ってこれるはずはなかったのだが。
そこはそれ、彼は無銭旅行で日本中――北は札幌から南は長崎まで――飛び回るのが趣味という奇人である。故郷に帰る鮭のように彼が明日香の居場所を嗅ぎつけたのは、運命というよりは単なる偶然ではあったけれども。
「ひっ…あ、あんっ…!」
彼の掌は、水着のカップの上からでも明日香の乳房を激しく揉みしだいていた。水着越しについ力が入る愛撫に微かな痛みを感じながら、それでも日常生活とあまりにもかけ離れたシチュエーションが、二人をついつい昂ぶらせていく。
だいたい、東京―横浜なんて、本当なら電車で三十分の距離だ。それなのにまるで遠距離恋愛みたいな気分を味合わせられているのは、彼がいつも日本中を駆け回っているせいだ。たまに会えた時の逢瀬がどうしたって濃密になるのは仕方ない。
ただでさえやりたいサカリの高校生、ましてやここは教室、それも女子高という禁断の空間だった。それに加えて、『ミス清華コンテスト』本選を目前に控えた明日香は、舞台用に着替えた水着姿で彼の前に現れたのである。
水着といったところで、しょせんお嬢様女子高のオフィシャルのコンテストであるからには、そんなに際どい代物を着ているはずもない。参加者全員お仕着せの、ブルーのワンピース。
そう、海岸とかプールでその姿を見るのであれば彼とても別にそれほど興奮もしなかっただろう。
普段はそれほど目立つというほどのことはないが、こうして水着になってみると、意外に胸が目立った。ごくおとなしいデザインのワンピースの水着。けれど、競泳用のそれなどとは違って体を締め付けるようなことはない。
胸の膨らみも腰のくびれも、お尻の盛り上がりさえ、その柔らかい手触りさえ視線を通じて感じさせるような質感が感じられる。
…だからして、その姿を見た瞬間彼が我慢できなくて明日香を抱きしめていたとしても彼を責めることはできないし、それをついつい拒みきれなくて明日香が身を任せてしまったとしても、いったい誰に彼女を責めることができるだろう。
柔らかい素材の、水着の股布を引っ張られる。伸縮性に富んでいるとはいえ、まるで焦っているような慌しい彼の動きに一瞬ひやりとする。
「ちょっとっ…あんまり乱暴にしないでよ…」
念のために予備の水着は用意してはあるのだが、それは見栄を張って一回り小さなサイズを頼んで結局交換してもらったという曰くつきの代物だったから出来ればことここに至って着たいものではない。
「大丈夫、大丈夫…」
何の根拠もなくそんなことを言いながら、彼は水着からはみ出させたお尻にペニスを押し付けてくる。カリ高の先端が水着から半ば露出した秘肉に当たって、湿ったくちゅっという感触がざわざわと背筋を駆け抜けていく。
「ひっ…あんっ…」
明日香の洩らした甘い喘ぎ声に力づけられたように、彼は押し付けた腰に力を込めていった。
「んっ…」
だいぶ馴染んだはずの彼の塊が、それでも肉襞を押し開くように侵入する。無理矢理のように入ってくる感覚も、ずいぶん久しぶりのように明日香は感じていた。
「はぁっ…あっ…んっ…」
水着をずらしただけで強引に繋がった部分が、いつもよりもきつく締め付けてくるように感じて、彼はがむしゃらに腰を突き、そして引いた。
ずぶっ…くちゅっ…
いやらしい音が響く。そんなに大きな音がするはずがないのに、明日香の頭の中でその音はフルボリュームで鳴り響いているように感じられた。
いつの間にそんなに濡れてしまったのか、そんなことを疑問に思う余裕もなく、明日香は彼の動かす男根が自分の中で蠢く感触と、そこから湧き起こる燎原の炎のような快感に身を任せていくだけしかできなかった。
「あっ…はぁっ…あんっっ!…」
思わず大きな声を出しそうになって、明日香は慌てて自分で口を押さえた。すっかり忘れかけていたこと、ここが学校の中だということをなんとか思い出す。本選の時刻も迫っていて、辺りはだんだんと慌しさを増しているのだ。
「明日香…すごいよ、きつい…」
けれど、彼が思わず洩らした言葉の通り、彼女自身の意思とは関わりのないところで、明日香の体は恋人との久方ぶりの交わりを充分すぎるほどに堪能しているのだった。
「…んっ…はんっ…あっ…あぁっ…」
「今日、大丈夫な日?」
しゃかりきに腰を動かしながら、彼がぼそっと言った。
「うん…」
と、何気なく答えた後になって、明日香はその言葉の意味に気付いて大慌てで叫んだ。
「…って、なに考えてんのよぉっ!」
だが、気付いた時にはもう遅い。慌てて逃れようとした明日香だったが。
「…ご、ごめんっ!」
「出すな、バカぁーっ!」
明日香の腰が、彼から逃れようとして不規則に動く。それに加えてずらした水着が彼のペニスをきっちりと締めつけた。
「うっ…そ、そんなに動いたらっ…!」
耐えがたい快感に彼も思わず腰を引いていた。入り口あたりで彼の先っぽの膨らみが引っかかり、水着の締めつけとともにその部分を擦りたてる。
「…ひ、あぁんっ…」
思わず膝を崩した明日香の動きに、彼とそのムスコは最後の我慢の一線を越えていた。
「きゃっ…!」
中途半端に明日香の中に発射しながら、彼のイチモツはすぽんという音さえ聞こえそうな勢いで明日香から抜けていた。しかし、いっそ完全に中で出されていた方が、明日香にとってはマシだったかもしれない。
もちろん、膣から抜けたからといって男の射精なんてものが途中で止まるはずもなかった。迸る精液が一面に飛び散る。
明日香の知っている精液の行き先と言ったら、ゴムの中か(たまには)膣内だけだったから、それがよもやそんな勢いで吹き出すものだなんて知る由もなかった。
彼にとってもそれは久しぶりのことだったので、その分量には自分でも呆れた。久しぶりに会うというのでオナニーを控えた甲斐があったってものだろうか。
そしてそれは、狙ってもこうはいかないだろうという絶妙の加減をもって、半ば水着からはみ出している明日香のお尻から背中にかけてまるでビデオのワンシーンのように浴びせられていったのだった。
「…あーん、もうっ!」
そこで明日香は、知らぬこととはいえもう一つミスを重ねた。繊維に付いてしまった精液は擦ってはいけないというのは、男なら大概は身をもって知っていることではあるけれども、明日香はそんなことは知らなかった。
「…落ちないよぉっ!」
蛋白質の塊が擦っただけで落ちるわけはないのだ。鮮やかなブルーの水着の、ちょうどお尻から背中にかけてはっきりと染みが残っている。
「…ど、どうしよう…」
一応、水着の予備は持ってきていたのは幸いではあったが、それはサイズが一回り小さかったのでできれば着たくなかった。しかし、この惨状のまま人前に出るわけにはいかなかった。どんなあらぬ疑いをかけられるものか見当もつかない。
「…星野さーん、どこ行ったの?…集合かかったよっ…」
パニック寸前の明日香にさらに追い討ちをかけるように、遠くで彼女を呼ぶ声が聞こえた。もはやためらっている暇はない。明日香は、男の見ている前だなんてことはとりあえず頭の中から追い出して水着を着替えた。
…それは、見ている彼にとっても信じがたいほどの早業だった。何がどうなっているのかも理解できないうちに、明日香は精液に濡れた水着を脱ぎ捨て、予備の水着に足を通していた。
「…いいっ…誰もいなくなるまで、ここでじっとしてるのよっ…」
小声で囁いてから、明日香はわざとらしい大きな声で「今行くっ!」と声をかけて走り去っていく。
その後ろ姿に、彼が見ても明らかに小さい水着からお尻の肉がちょっとはみ出しているのを見送って、彼はまた勃っちゃっているのだった。
「エントリーナンバー16、星野明日香さん…」
アナウンスの声に、明日香はステージに足を踏み出した。サイズの小さな水着に体が締めつけられるような気がして、歩きにくい。
スポットライトのまぶしさに、目が眩んだ。ライトの熱が、明日香の体を焼くようにさえ感じられる。手を翳して明かりを防ぎたくなるのを我慢しながら、ゆっくりと歩いた。
(…照明、強すぎっ…)
強い光に邪魔されて、客席はただいくつもの影が並んでいるようにしか見えない。
ステージ中央に向けてゆっくりと足を進める。
微かなざわめきが、さざ波のように客席に広がっていった。
一回り小さなサイズの水着に押し込められた胸が、化繊の弾力に抵抗してぴったりと密着して水着を盛り上げている。いっそ裸以上にその形をくっきりとさらしたその姿に、客席のカメラ小僧たちが一斉にシャッターを切った。
カシャッ…カシャカシャカシャッ…!
機械音の十字砲火が明日香を襲った。
(え?…や、やだっ…)
小さい水着が食い込んで、他の参加者よりも激しいハイレグに見せている。詰めかけたカメラ小僧、女子高生マニアたちがそれを見逃すはずはなかった。しかも、その時明日香はさらに大変なことに気付いた。
慌てて着替えたものだから、水着の下にサポーターをつけるのを忘れている。伸縮性に富んだ化学繊維が、直接明日香の股間を擦っていた。
夏が終わったとはいえ手入れは欠かしていないからはみ出していることはないだろうが、意識した瞬間から一歩踏み出すごとに秘裂を絞り上げる水着に、明日香は無数の視線を感じて全身が総毛だっている。
せめて、水着の食い込みを直したかった。濃緑色の地味な水着は、しかしそれだけにそこからのぞく少女の白い肌をくっきりと際立たせている。
一歩ごとに水着からはみ出していくような気のするお尻を、直したかった。けれど、ステージに上がり観衆の視線に曝された今となってはそれさえできない。そんなことをしたら、それこそその瞬間の写真が来月発売の投稿雑誌を飾るのは目に見えている。
(や、…やだぁ…)
何とか笑顔を作っているつもりだった。けれど明日香は、自分の表情が羞恥と官能に真っ赤に染め上げられていることに気付いていなかった。
控え室での慌しいセックス。明日香の体はまだ充分に満たされてはいなかった。中途半端に掻き立てられた官能を醒ます暇もなくステージに上がって、明日香はまるで行為の最中をそれだけの視線に覗かれているような錯覚に陥っていた。
望遠レンズの放列から放たれる邪心と欲望に満ちた無数の視線が、あたかも実体を持つもののように明日香を襲った。まるで淫魔の触手のように、それは明日香の全身に絡み付いてくる。
締めつけられた胸が、まるで水着の弾力に抵抗するように乳首を持ち上げていた。知らず知らずに固くなった乳首が、厚い生地を盛り上げる、その形さえ曝されているような気がする。客席の半分はカメラを持っているようだった。
闇の中から伸ばされた無数の視線が、明日香の全身をまさぐる。懸命に呼吸を整え、背筋を伸ばそうとしても、まっすぐ伸ばされた背中は彼女の努力を嘲笑うように、クロッチの食い込みを激しくさせるのだった。
視線に擦り出されたように固くしこった乳首が水着に擦れて痛いほどだ。股間に食い込んだ水着の締めつけが、まるで彼自身の指のように、歩みの一つごとに飛び出したクリトリスを擦る。
(やだっ…あ…ヘンになっちゃう…)
身を焦がす情欲に必死に耐える明日香の表情。それだけでも、講堂につめかけた女子高生マニアたちが向こう一ヶ月オカズにするに堪えるものだった。
さらに、予選では制服のセーラー姿でステージに上がる明日香の姿がある。この二つがセットになればまさに無敵の取り合わせである。
浴びせられるスポットライトの光。その熱が明日香の全身を火照らせる。
一歩足を前に出すごとに、自然に内股気味になる歩みが太腿の内側を擦らせた。汗ばんだ柔肉の擦れるべたついた感触から、水着の食い込んだ股間に向けて這い上がっていくようなざわついた感覚に耐える明日香の頬を、一筋の汗がつたった。
地味な無地の水着の胸の先がつんと突き出しているような気がして仕方がなかった。
何百もの視線が、その部分に突き刺さる。それはやがて無数の蛇のように明日香の体に絡みつく。まるで視線が水着を剥がそうとしているように、小さな水着に押し込められた胸の作った谷間から乳房が飛び出してしまいそうにさえ感じられた。
尻のはみ出しもますます激しくなるような気がしてくる。今すぐ駆け出してこの場から逃げたい衝動にかられながら、明日香は精一杯ゆっくりとステージの中央を目指した。
ステージの中央に立ち、明日香はぐっと背筋を伸ばして軽く体を回した。その瞬間、シャッターチャンスを虎視眈々と追っていたカメラの群れが一斉にシャッターを切る。
激しいどよめきと拍手と共に、突然のスコールのような激しいシャッター音が明日香に襲い掛かっていた。
それに気おされるように立ちすくんだ明日香の股間を引き絞るように、水着が食い込んでくる。その時だ。明日香は、観客席の中に彼の顔を見つけてしまっていた。
何という運命か、はたまた偶然の悪戯か。
本当なら、それは明日香にとって嬉しいことのはずだった。この人数の中から、彼を見つけることができたこと。それは彼と再会したあの日の歓びに勝るとも劣らないもののはずだった。今日の晴れ姿を彼に見て貰いたかった。そのはずだったのに。
けれど、彼の視線が他の幾百ものそれと同じように明日香の体を舐めまわしていることは、今の明日香には耐えがたいことだった。
食い込んだ水着。濡れているのが自分でもはっきりとわかってしまう熱い食い込み。張り詰めた乳房を押さえ込もうとして却ってはみ出させて強調するような胸の谷間。ハイレグと化した裾から今にもはみ出してしまいそうな尻肉。
(やだっ…み、見ないで…っ!…)
明日香の内心の叫びが彼に届くはずもない。その視線に、まるで彼自身の指で嬲られているような錯覚に陥って、明日香の体は震えた。
(い、いやぁっ…あっ…)
まるで、無数の視線の前に彼とのセックス現場を曝しているような気がした。
(やだっ…あっ…垂れ…ちゃうっ…)
蕩け出した秘裂から、生暖かいものが零れ出ようとしているおぞましい感触が、明日香の股間を襲った。それを堪えようと思わず下腹に力を入れてしまった、その瞬間。
「あっ…くぅっ…!」
水着の食い込みが一段と深く、明日香の股を搾り上げるのだった。
(やっ…あっ…あぁぁんっ…!)
明日香は、最後の力を振り絞って客席に向かって大きく手を振って見せると、まさに脱兎のごとき勢いで舞台の袖に駆け込んでいた。それ以上一秒でもぐずぐずしていたなら、舞台の上でへたり込んで動けなくなってしまうのは間違いなかったから。
呆気にとられている控室の女の子たちを尻目に、明日香は一直線にトイレに駆け込んだ。
水着を脱ぐだけの余裕があったのが、思い返して明日香は不思議なくらいだった。
ようやく水着から解放された淫肉に明日香の指があたる。複雑な動きも激しい愛撫も必要なんてなかった。
「ひぁっ…あっ…あぁぅっ…」
握り締めた拳を噛むように口に当てながら、明日香は絶頂の叫び声が迸ろうとするのを必死になって抑えていた。
結局のとこと、明日香は『ミス清華』に選ばれなかった。
グランプリはともかく準ミスにさえ選ばれず、何の賞もなしというのは明日香のプライドを傷つける話ではあったが、既にこのコンテストは明日香の中で忘れたい記憶の部類に属していたので、何も言わなかった。…少なくとも、クラスメイトには。
客席の投票では圧倒的な票数を集めた明日香だったので、特別賞を出そうという話も出るには出たのだが。教員サイドの強い反対でその案は流れた。…当然のことながら。
そして、そんな審査員の裏話も、またあるいは、この数ヶ月後に発行された複数の投稿写真雑誌をステージ上の明日香の写真が(目線入りで)飾ることになるのだが…そんなことも知らずにいたのは、明日香にとってはむしろ幸せなことだった…ということにしておこう。
「…ざ、残念だったね」
と、焦った顔を隠しようもなく言う彼に、明日香は思いきり噛みついていった。
「…誰のせいだと思ってんのよっ!」
「…俺?」
「当たり前でしょっ!…まったく、もう…きっとプロダクションの人だって来てたのにっ!…これがきっかけでスカウトされたかもしれないのにっ!」
「ま、まだ遅くないよ。…これから来るかもしれないじゃない」
「…AVにでも出ろっての?」
自分で言っておいて明日香は、ステージの上で曝した醜態を改めて思い出して赤面せずにはいられなかった。
「…どうしたの?」
「な、何でもないっ!何でもないよ。…それで!だから、わかってるよね?今日はこの後目いっぱい付き合って貰っちゃうんだからね!」
「…お、お手柔らかにね…?」
「いい?まずはシーバスに乗って、山下公園で散歩よね。時間があったら本当はシルク博物館とか人形の家にも行きたいところだけれどこの際仕方ないから割愛してもいいわ。明日に回したっていいし」
昨夜必死に考えたデートコースを反芻するうちに、明日香の言葉は止まらなくなった。
「それから中華街で飲茶のハシゴして、腹ごなしに港の見える丘公園に繰り出して、その頃にはもう日が暮れてるだろうからそこからベイブリッジを見るの」
「…ベイブリッジに行くんじゃなくて?」
ほとんど外国語のように聞こえる明日香の言葉の奔流の中から、どうにか聞き取れる単語を繋ぎ合わせて、彼は力なく言った。
「クルマもないのにベイブリッジ行って何するのよ。アレは遠くから眺めて楽しむものなの」
「…そ、そう…」
「たぶんまだ時間は大丈夫、コスモワールドは十時までやってるはずだからまだまだ遊べるわ。ランドマークタワーに上って夜景を見るのはそれから後でも十分よね。そうすると、いくら何でもチェックインしないといけない時間のはずだから…」
「…と、泊まるの?」
「…ちゃんと家には、清華祭の打ち上げからそのまま友達の家に泊まるって言ってあるわよ。当り前でしょう?…さすがに、いくらあたしでも、グランドインターコンチネンタルとかベイシェラトンに予約とか入れとくほどあなたが気が利いてるなんて思ってないけど」
「…明日香」
男として決して口に出したくない一言だった。明日香のはしゃいだ様子を見ているとやはり口にするのはためらわれた。
…しかし、言わずにいるわけにもいかない。彼は、ありったけの勇気を振り絞って言った。
「…そんなにお金ありませ〜ん…」
「予算は?」
彼は、明日香の耳元で恥ずかしそうに囁いた。
「…中華街、ラーメン一杯で手を打ってあげる」
もちろん明日香だって、まさか彼がそれ全部こなすほど裕福だなんて思ってはいない。言ってみたかっただけだ。…しかし、そこまで貧乏だとは思わなかった。明日香は、仕方なくそう言って、それから、ほとんど聞き取れないほどの小さな声で、つけ加えた。
「…ホテル代だけは取っとかなきゃいけないしね」
「…え?」
明日香は、真っ赤になった顔を見られたくなくて、彼の首筋に抱きついて、そっと囁いた。
「…ちゃんとしてくれなかったら、許さないんだからね」
蒼い澄みわたる 大空に
思う父母の情 胸に刻んで
いつの日か巣立つ我身 感謝と敬意
未来の夢膨らむ 乙女の希望
ああ 我が母校 清華の乙女
どこかから、耳慣れた校歌が聞こえてくる。
清華祭もそろそろ終わりだ。二人の頭上に、雲ひとつなく澄み渡った秋の空がどこまでも広がっていた。
終