カラン
溶けた氷がグラスの中で涼やかに鳴る。
ここはプールバー『キャロム』。天河大学の近くにある店だ。
僕が夏穂の過去と真摯に向き合うきっかけとなった思い出の店でもある。
今日はデートだった。
北浦ドームで行なわれた野球観戦だ。夏穂のひいきチームと、そのにっくきライバルとの対戦。
試合は逆転に次ぐ逆転の好ゲーム。そのたびに夏穂は大声をあげ、手足を振り上げて応援した。
そしてのどが渇いたと言ってはビールを飲み、お腹がすいたと言ってはポップコーンやたこ焼きを頬張る。
……買いに行ったのは全部僕だ。おかげで試合の半分近くはモニターでしか見てない。
大接戦の末、結局夏穂のひいきチームが逆転勝利した。
正直、そんなおもしろい試合を生で見られなかったのは残念だ。
だけど、それでも夏穂のとびっきりの笑顔が見られたから良しとしよう。
あれで負けてたら大荒れだったかもしれないしな……。
球場を出たあと、ほろ酔い加減で、そのうえ上機嫌の夏穂となんとなく虹沢の町に来た。
大学を卒業してだいぶ経つのに、つい足を向けてしまう魅力がこの街にはあるみたいだ。
そうして僕たちは、二人のいろいろな思い出が詰まったキャロムに足を運んだんだ。
いつもは賑わうこの店も、今日はほとんど客が入っていない。
年度替わりの大学の休暇期間。それに遅い時間帯とあって客は僕たちのほかは一組だけだ。
彼らがゲームに興じる声と小さく流れる音楽以外はしない空間。
その中で、僕は夏穂とカウンターの片隅で静かに飲んでいた。
薄暗い照明は、ともすればお互いの表情も読み取れなくさせる。
だけど、かえって好都合かもしれない。なぜなら今日の僕にはある計画があったからだ。
「ちょっと早いけど、誕生日おめでとう。夏穂、これ……」
ジャケットのポケットから小箱を取り出す。いわゆる『給料の3か月分』だ。実際はもっとしたけど……。
「……え?」
目を丸くして夏穂がソレを見る。
だって夏穂の指にはすでに僕とペアのファッションリングがはまっている。
心臓がバクバクする。それでもがんばって冷静を装う。
「開けてみて」
促す僕に
「もう一つ持ってるし、どうせくれるなら指輪じゃないほうがよかったなぁ」
自分の指を見ながらやや辟易したという感じの声が返ってくる。そんな遠慮のなさが夏穂らしい。
その声を聞き流し、
「気に入ってもらえるとうれしいんだけどな」
有無を言わせぬ感じを声に込め、カウンターの夏穂の目の前に押し出す。
「……気に入らなかったらはめないからね」
渋々といった感じで夏穂が箱を手に取った。そしてフタを開ける。……そのまま固まる。
台がV字のちょっと洒落たデザインで、石はダイヤモンド。夏穂の誕生石だ。
……形だけの恋人の時期があった。夏穂に振られた。夏穂の心の痛みを知った。
もう一度友だちとして再スタートした。恋人になるまでが長かった。それから今日までの日々。
大学時代からのいろんな思いが渦巻く。
「どうかな? 不満?」
さすがに僕も緊張している。気持ちに余裕は全然ない。手のひらが汗ばむ。
……固唾を飲んで夏穂の返答を待つ。
息が詰まって夏穂の顔が見られない。僕は壁を見つめたままだ。
ぽふっ
と、返事の代わりに夏穂が僕にしなだれかかってきた。
そして僕の肩に頭を乗せると
「ずるいな……いきなりなんだもん」
かすかに鼻声で言う。
「夏穂?」
「こんな大事なもの、誕生プレゼントで渡すわけ?」
僕を見上げる夏穂の瞳が潤んでいた。
ほんのり上気した顔。濡れた瞳。アルコールが回ったせいかとてもなまめかしく感じる。
……いけないとは思うが、そんな夏穂の顔を見てるとムラムラしてくる。
(野球のあとすぐここだから、今日ヤッてないしな)
そうは思っても人目が気になる。
マスターは向こうでグラスを磨いている。他の客はビリヤードに夢中だ。
「夏穂」
名前を呼びながら太ももに手を置いた。そのまま内側にすべらせる。
きゅっ
太ももが閉じられ、手がはさまれた。
「だめよ、こんなところで……」
「だったら奥の部屋で……」
その昔、夏穂がチャイナドレスに着替えた部屋。でも僕は入ったことはない。
「目がえっちだよ……今日してないもんね。したいの? でもダメ……」
僕の手を押さえながら、僕にだけ聞こえるような、それでいて挑発するような夏穂の声。
「夏穂……」
「ふふふ……」
小悪魔の笑みを浮かべ、まるで字を書くように夏穂の指が僕の手の甲をなぞる。
触れるか触れないかの微妙な感触がとても淫靡に感じる。
と、その手が手の甲をはずれ、僕の太ももに伸びてきた。
そこで何度かくすぐるように動いたあと、指が股間へと移動した。
すでに大きくなっていた男性器の上でくすぐるように指が動きまわる。
「んっ!」
スラックスの上から形を確かめるようになで回される。
くっきりと形を浮かび上がらせた剛直を、じらすように夏穂の指がたどっていく。
……夏穂の息も荒くなっている。興奮しているんだ!
「か、夏穂……こんな場所で」
愛撫されてうれしい。だけど誰かに見られたらという恐れが先に立つ。
「最初にしようとしたのはあなたよ。……それに、誰も見てないって」
カウンターのはずれは死角になっている。
夏穂は素早くまわりに視線を泳がせたのち、親指と人差し指ではさむようにして怒張をしごく。
びくんっ
その刺激に僕の体がこわばった。
「夏穂……」
とがめるように言ったつもりなのに、僕の声に力はない。
「こんなにおっきくして……あなたも期待してるんでしょ?」
目を細めて夏穂が言う。
カウンターに左手で頬杖を突き、自然に下げた右手が僕の股間を刺激していく。
「っ!」
絶妙な攻めに声が洩れそうになる。
指先で包み込むようにスラックスのふくらみが握られた。
……もどかしい。直接夏穂の指にしごかれたい。
「もっとしてほしい?」
僕の反応が伝わったのか、なんだかうれしそうに夏穂が聞く。
「……お願い」
性の衝動にはあらがえない。素直にうなずく。
「……いいよ」
夏穂の指がファスナーを探る。そうして金具をつまむとゆっくりと下ろしはじめた。
肉茎がトランクスを持ち上げている。
その先端を2、3度揉むようにしたあと、夏穂が合わせ目から手を中に入れてきた。
そのまま外に出される。
カウンターの下で淫筒があらわになる。
極度の興奮で口の中が乾ききっている。
僕は唇を湿らそうと目の前のグラスを手に取った。
手が小刻みに震え、グラスの液体が大きく波打つ。
それを一息にあおった。
亀頭の裏側に親指が当たっている。カリの溝は人差し指にくすぐられている。
自分でするのとは違う角度で握られていることによるむずがゆさが広がる。
夏穂は手首から先だけを器用に動かした。
先走りの液体があふれ、股間でぬちゃぬちゃと淫らな音が立つ。
……このままではイッてしまう。店で射精するわけにはいかない。
「……夏穂、出ようか」
僕の言葉に、目元を染めて夏穂がうなずいた。
限界近くまで高まった僕はあわてて剛直をしまうと、夏穂の手を取って立ち上がった。
店を出てから気がつく。虹沢町にホテルはない。この町を離れてしまった僕たちに住む家もない。
そんな僕たちが関係を持てる場所……。
二人で同じことを考えていたらしく、キャロムを出た僕たちの足は自然にそちらへ向かった。
虹沢公園。
大学時代、夏穂たちの写真を撮ったことのある場所だ。
「なんか懐かしいね」
そのときのことを思い出しているのか、夏穂が微笑む。
閑静な住宅街の一角にあるこの公園は、夜も遅いこんな時間とあって人影はない。
隅にあるベンチに腰を下ろす。
外灯と外灯の間に位置するこのベンチは適度な暗さを保っている。
「夏穂」
興奮しているのか声がかすれる。
「……うん」
すっかり上気した夏穂の声も、いつもと違って艶っぽい。
理性を失わんばかりに興奮しきった僕は、すでにズボンを突き破りそうなほど勃起している。
スラックスの生地に締めつけられ、痛いほどだ。
「脱ぐね」
それを解放しようとベルトをゆるめる。
下着ごとひざまで下ろすと、ブルンッと大きく震えて剛直が天を突いた。
それを見た夏穂も
「わ、私も……」
言いながらスカートに手を入れ、ショーツを脱いだ。
そしてベンチに腰を下ろした僕のひざをまたぐように夏穂が座る。
太ももの付け根近くまでまくれあがったスカートが僕の目をくぎ付けにした。
実業団の陸上部に籍を置く夏穂。その鍛えられた太ももが僕のひざの上に乗ると、
くちゅ……
濡れた音とともにヌルヌルした感触がした。
……夏穂も興奮している。
夏穂の太ももに手を添える。
無駄な肉の付いていない締まった筋肉は、指先が押し返されるような弾力がある。
もちろんそれだけではなく、女性的な柔らかさも兼ね備えている。
僕はこの太ももの感触が好きだった。
ふたりが交わるとき、ともすれば挿入よりも太ももの愛撫を優先する場合もあった。
だけど今は違う。なによりも射精がしたい。夏穂の中を精液で満たしたい……。
「んっ!」
唇がふさがれた。夏穂だ。
最初から舌をからませる情熱的な口付けが始まる。
唇を開いた途端すべりこんできた夏穂の舌。
まるでお互いの性感を高めるための器官であるかのように舌が淫らに動き回る。
唇の裏や舌の裏、上あごで自在にくねる舌が僕の理性を奪っていく。
アルコールのせいばかりではない酩酊感が僕を支配していく。
淫靡な思いにとらわれながら、それでも僕は主導権を握ろうと夏穂の舌をむさぼり返した。
「ん、んん……」
声にならない声を上げて夏穂が鳴く。
両手を僕の頭に回し、髪をくしゃくしゃにしながら夏穂がさらに攻め立てる。
お互いの唾液を交換し、音を立ててすすり、飲み込む。
僕たちは二匹の獣になったかのようにお互いを求め合った。
夏穂の太ももに当てていた手をそろそろと動かす。
左手をお尻のふくらみに、右手を股間へと持っていく。
スカート越しにお尻の肉をつかんだ。心地よい弾力が手のひらに伝わる。
「ん、んふっ!」
のどの奥で夏穂の声がする。鼻から抜けた熱い吐息が僕の頬をくすぐる。
そんなことですら、今の僕には精を洩らしそうなほどの興奮を招いた。
(もっと夏穂を感じさせる!)
深呼吸して射精感を押さえると、中指の腹を股間の突起に押し当て細かく振動させる。
「うぅン!」
濡れた声と共に強く抱きしめられる。
それに意を強くした僕はさらにクリに攻めを集中させた。
指先でつまみ、こする。軽く引っかく。指先で転がす。揉むように押し込む。少しの力で引っ張ってみる。
「ぷはぁっ!」
それらの刺激に息が苦しくなったのか、夏穂が唇を離してしまった。
「はっ、ぁン! いい…そこ……すごくいい……」
泣き出しそうな声で夏穂がよがる。
(よし、イカせる!)
そう思った次の瞬間、僕の股間から脳天に快感が走った。
「!」
剛直が夏穂の指に握られている。
左手は茎を上下し、右手は亀頭を揉むように動き回る。
そうしながら夏穂は僕の耳元に顔を寄せ、耳たぶや耳の裏側に舌を這わせる。
ぞくぞくする快感に背中が打ち震える。
……ダメだ、イカされる……それでもいい、射精したい。
「夏穂、ゴム持ってないんだ……このまま手でお願いできる?」
絶え絶えの息でそれを伝える。
「私と結婚するつもりなんでしょ? ……いいよ、赤ちゃん出来ても」
薄暗い中でもはっきり分かるほど頬を染めて夏穂が言った。
見つめあう。
わずかに腰を浮かせた夏穂は勃起を手でつかみ、角度を固定すると女性器にあてがった。
そうして僕の目を見たまま、ゆっくりと腰を沈めていく。
「んんっ!」
ぬるりとした感触が怒張を包み込んだ瞬間、夏穂がのけぞった。
あわてて夏穂の背中に手を回し、抱きとめる。
そのまま夏穂が僕にしがみついてくる。背中に腕が回される。
……圧倒的な快感が僕の体に押し寄せた。これまでのセックスとはけた違いの快感。
屋外で結ばれたことがその原因なのか? 見られるかもしれない恐怖が昂ぶらせているのか?
少しでも気を抜くと夏穂の膣内に精液をぶちまけてしまいそうになる。
唇を噛みしめ、何度も大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
その甲斐あってか、徐々に官能が引いていく。
「き、気持ちいい……」
耳元で夏穂がつぶやく。
「僕もだよ」
ささやき返すと、夏穂の肉孔がきゅっと締まった。
抱きあったまましばらく動かずにいたことで、僕にも余裕が戻ってきた。
「夏穂」
声をかけると、
「うん」
返事と共に夏穂が少しずつ腰をくねらせる。
その動きに合わせて膣壁が微妙に蠕動し、肉茎を搾りあげる。
「夏穂……」
名前を呼びながら僕も腰を突き上げた。
ベンチは硬く、弾力がない分、ひざのバネを使って夏穂の中をかき混ぜる。
二人がつながっている部分はスカートに隠れて見えないが、逆にそれが興奮をつのらせる。
「あっ、あン! くぅ……はっ、うぅん」
夏穂の口から洩れるあえぎ声が甘いものに変わっていく。
こんな姿、僕しか知らない。僕だけが見ることが出来る夏穂のもう一つの顔。
「夏穂っ!」
高まる興奮が僕を衝き動かす。
何度も激しく突く。そのたびに夏穂の膣の粘膜が僕にからみつき、亀頭をこすりあげる。
何物にも例えられない愉悦が下半身から広がっていく。
「おぉうっ!」
いつしかうめき声をあげていた。
深夜に近い公園の奥まった場所が僕の警戒心を薄れさせたのかもしれない。
僕たちは本能のままにお互いを求め合い、むさぼりあっていた。
「あぁ……か、感じる…そ、そこ……」
夏穂の声に切迫した響きが濃くなる。
突き上げる快楽が背骨を駆けのぼる。僕も射精が近い……。
「夏穂……僕も、イキそう……」
奥歯を強く噛みしめ、なんとか絶頂を先に延ばそうと努力する。
「あ、いい……イク、イキそう……」
熱に浮かされたように夏穂がつぶやく。
「夏穂……夏穂……」
ダメだ、我慢できない……。
「ぁイク、イッちゃう! ……イクうぅっっ!」
同時に夏穂の膣が激しく収縮した。
「っっ!」
これが最後とばかりに、叩きつけるように夏穂の奥にペニスを突き立てた瞬間、
どくんっ! びゅびゅっ! どびゅっ! どぴゅっ!………
限界まで高められた欲望が爆発した。引きつるように何度もしゃくりあげた肉棒から精液がほとばしる。
「あぁっ! あぅっ!」
膣の一番深くで射精を受け止め、夏穂が全身を震わせて僕にしがみつく。
そして精液が体の奥にまき散らされるたびにびくびくと痙攣した。
……大きな満足を得、僕たちはぐったりと力を抜いた。
「イッちゃった……」
わずかに潤んだ瞳で夏穂が僕を見る。
「うん。僕もすごく気持ちよかった。夏穂、ありがとう」
こみ上げるものを隠すように、僕は夏穂を力いっぱい抱きしめた。
「指輪のお礼、しないとね」
興奮が収まり、息を整えた夏穂がぽつりと言う。
「えっ……う、うん」
「私があなたにあげられるのはね、私。私の真心」
僕をまっすぐに見据えて夏穂が言葉を継ぐ。
「夏穂……」
「私、いい奥さんになれるか分からないわよ? それでもいいの?」
どことなく不安をにじませた声。
「もちろん! じゃなかったらプロポーズなんかしないよ!」
「返品不可だからね」
一瞬大きく目を見開いた夏穂は涙声になった。
「絶対に夏穂を離さない! だれにも渡さない!」
「うん、うん……」
涙でうなずくことしかできない夏穂。
「あ、でも毎日『通天閣スペシャル』は勘弁。たまには違うものも食べたい」
笑いながら言った僕に、
「ばかぁ……」
軽く叩くまねをして手を振り上げる。
その腕を取ると夏穂を抱き寄せた。
「愛してる、夏穂」
そのまま唇が重なった。
おわり