春  
 
「やだ、もう戻ってきちゃったの? ちょっと向こうを向いててよ。今お化粧直してるんだから」  
 彼とのデートで入ったカフェ。軽く食事をした後の輪郭だけ残ったリップを整えていたときだ。  
 なんだかバツが悪い。  
「僕は全然気にならないよ?」  
「バカ! あなたが気にしなくても私が気にするの! もぅっ、女心がわからないんだから……」  
 
「デリカシーに欠ける男は女の子にモテないわよ?」  
「そう? 僕は晶のこと、何でも知りたいけどな?」  
「ふ〜うっ、わかってないわね……せっかくのデートだから、あなたには最高の私を見せたいのに」  
 ホントは彼にありのままの私を知ってもらいたい。  
 だけど、女の子には誰にも知られたくない秘密がある。彼にも見せたくない部分がある。  
「晶はそのままでも充分魅力的だよ」  
「ウフフッ、ありがと……でもね、私は完璧主義なの」  
 褒められてうれしくないはずがないもんね。自然と頬がゆるむわ。  
「そうだ! このリップ、春らしくっていい色でしょう? 私のお気に入りなの。どう?」  
「うん。……それもいいけど、そのポーズが色っぽいよ」  
「ウフフッ。もうっ、しょうがないわね、あなたってホント正直なんだから」  
「気を悪くした?」  
「まさか。もちろんそう言われて悪い気はしないけどね。……ありがと」  
 
「ウフッ……知ってる? 女の子って褒められるとどんどんきれいになるのよ?」  
「そうなんだ」  
「一説には恋をするときれいになるとも言われてるけどね」  
「晶は……いま誰かに恋をしてるの?」  
 不安そうな顔。ボーイフレンドがたくさんいるって言ったのが効いてるのかしら?  
 安心して。私が好きなのは、あなただけだから……。  
「さあ……どうかしら?」  
 はぐらかすように微笑む。私って悪い女。  
「う〜ん、気になるなぁ。あ、混んできたみたい。そろそろ出ようか」  
「そうね」  
 
 公園を散策する。春の日差しがあったかい。  
「あっ!」  
 彼のほうを見ていて足元を見ていなかったらつまづいた。  
 よろけた私を彼が抱きとめてくれる。  
「晶、大丈夫?」  
「うん、ありがと」  
 見つめあう。  
 ……そしてそのまま、どちらからともなく唇が重なった。  
 
 触れあっただけの唇が離れる。  
 ……キス、しちゃった。  
 あっ、彼の唇がほんのりと赤い。私のリップ……よね。  
 それを見た途端、急に恥ずかしさが増した。私たち、キスしちゃったんだ……。  
「ご、ごめん」  
「バカ、なんで謝るのよ。悪いことなんかしてないでしょ?」  
「晶、怒ってないの?」  
「どうして怒るの? 私はちっともイヤじゃないわ。……まさか今のキス、いい加減な気持ちなの?」  
 聞きながら、表情がこわばるのがわかった。  
「ち、違うよ、僕は真剣に晶が好き」  
 初めて彼が気持ちを告げてくれた。……バカ、誤解するようなこと言わないでよね。  
「ありがと……私もね、あなたが好き」  
「晶……」  
 もう一度、今度は思いを込めて唇が合わさった。  
 
 
夏  
 
「う〜ん、いい気持ち〜。ねえ、背中にサンオイル塗ってくれる?」  
 そう言って水着のブラのヒモをはずす。  
「ウフフッ……なに照れてるの?」  
 彼がドギマギしてるのがよく分かる。あせった顔が可愛いわ。  
「晶、そんなカッコして誰かに見られたら……」  
「大丈夫。ここはうちのプライベートビーチだから私たちの他には誰も入って来ないわよ」  
「そうかもしれないけど……だけど僕には見られても平気なの?」  
「ウフフッ……いいわよ別に。あなたは特別だから」  
 あっ、彼が真っ赤になった。私だってホントは恥ずかしいんだからね!  
 
 私たちが初めてのキスを経験してからもう3ヶ月になる。  
 そろそろもっと先の関係に進みたい。  
 だけど私からそんなことは言えない。  
 だから少しだけ大胆に振る舞って彼を『その気』にさせようとしてるんだけど……。  
 
「じゃ、じゃあ塗るね」  
 少し震える彼の手が私の背中を這いまわる。  
「う〜ん、そうそう。意外と上手ね。ちゃんとムラにならないようにまんべんなく塗ってよね」  
「大胆だよね、晶」  
 ちょっと上ずった声。彼も緊張している?  
「このカッコ、そんなに大胆かしら? でもこのまま焼いたらヒモの跡が付いちゃうじゃない? カッコ悪いでしょ?」  
「ヒモの跡にこだわるなら下の方は……」  
「バカぁ、調子に乗るんじゃないの! いくら私だってそこまで無防備じゃないんだからね」  
「ご、ごめん……」  
 
 彼の水着を盗み見る。  
 ……前が大きくなってる。勃起、してる。  
 私の背中で手を動かしながら息が荒くなってる。  
 このまま抱かれちゃうのかな?  
 でもいいの。私の初めて、あなたにあげる。  
 
「晶っ!」  
 いきなり彼がのしかかってきた。背中から抱かれて、髪に彼の顔がうずまる。  
「きゃっ!」  
 お尻に硬くなったものが押し当てられる。そのまま腰を振るようにしてなすりつけられる。  
 ……いよいよ彼に抱かれるんだ。望んでいたことだけど、いざとなるとちょっと怖い……。  
 その時、  
「うっっ!」  
 一声短くうめくと、彼の全身に力が入り動きが止まった。  
 そして  
「はぁ、はぁ、はぁ……」  
 耳元に熱い息がかかる。  
 えっ? なに? もしかして、射精……しちゃったの?  
 
「ご、ごめん」  
 ひどくあわてた様子で彼がどく。  
「なぁに? いきなりそんなことしたら驚くじゃない!」  
「ほんとにごめん……」  
 なんだかうちひしがれた感じで彼が答える。気がつかなかった振りしてあげよう。  
「それよりどう? 感想は? 少しは感動した?」  
「あ、うん……腕が疲れた……」  
「もう! 鈍感なんだからぁ……女の子が自分の肌に触れさせるってすごく特別なことなのよ。少しは感激しなさい」  
 
 ……私たちが結ばれるのはもう少し先のことみたい。  
 いつかは、彼と……。  
 
 
秋  
 
「ふ〜う、いい潮風ね」  
 夏に比べるととっても過ごしやすくなったわね。風が気持ちいい。  
「ウフフッ、ねぇ、あなたに質問よ? 港に来ると私、いつもなんだか切ない気分になるの。なぜだと思う?」  
「う〜ん……なぜだろう? わからないなぁ」  
「そ、そう……覚えてないのね、あの日のこと。ふ〜う、いいわよ、覚えてないなら」  
 ためいきと共につぶやく。  
「えっ? 何? 何か言った?」  
「なんでもないわよ! こっちのこと!」  
 知らず知らずのうちに語気が荒くなる。  
「ホントに鈍感なんだから……バカ」  
 
「できれば夜の港に来たかったよね」  
「もう、なに言ってるのよ」  
「晶はイヤ?」  
「まぁ、私は別に構わないけどね。夜デートするくらい全然余裕だもの」  
「よかったぁ」  
 そう言って彼は子供みたいな笑顔になった。  
 この笑顔が好き。私だけに向けられるこの優しい笑顔が好き。  
「それじゃ、今度は夜景でも見に来ましょうか? 波の音を聞きながら過ごす夜の港なんてロマンティックでステキだしね」  
「うん」  
「ウフフッ、きっといい雰囲気になるだろうし……でもあんまりミエミエなのはパスするからね。私、そういうの好きじゃないから」  
 うそ。  
 ホントは彼に抱かれたいって思ってる。でも自分からそれを言い出す勇気はない。  
 
「ここで晶の演奏が聞きたいな」  
「だ、だめよ! 潮風でバイオリンがやられちゃうでしょう? 絶対ダメ!」  
「そっか……残念」  
(ふ〜う、驚いた……。もしかして思い出したのかしら? あの日のこと……)  
 でも彼は静かに海を見ているだけ。  
 あの日、私がここで船を見送りながらバイオリンを弾いたこと忘れちゃってるのかな?  
 
 夕暮れが近づき、港が紅く染まる。  
「晶」  
 名前を呼ばれる。  
 ……彼、興奮してる。その声に潜むただならぬ気配にとっさに身構える。  
 と、抱きしめられた。  
 そして手が取られ、ズボンの前の部分にあてがわれる。  
「晶ごめん。……だけどお願い、こうしないと晶に何かしそうで怖い」  
 見ると彼が苦しそうな顔をしている。性の衝動に耐えている?  
 彼に導かれるままズボンのふくらみに手を添えた。その部分に押し付けられたまま手が上下させられる。  
 ……熱く、固く、私を求めてこわばる男性器。ドキドキする。  
 
 どれほど続けただろう? そんなに長い時間じゃない。  
「晶、晶……」  
 切迫した彼の声がする。射精しそうなの? イクの?  
「うぅっっ!」  
 突然きつく抱きしめられた。それと同時に彼がビクッと身を震わせる。  
 手のひらの下でペニスが脈打ち、ドクドクとした感触が伝わってくる。  
 ……今、射精してるんだ。  
 
「ごめん……」  
 小さな声で詫びる彼に、  
「ううん、平気」  
 それだけを答え、今度は私から抱きついていった。  
 
 
冬  
 
「ウフフッ、どうしたの? さっきからあまり口をきかないけど」  
「あ、ごめん……晶に見とれてた」  
 まじめな顔でそんなことを言う。  
 わざわざあつらえたドレスだもん。褒められるととってもうれしい。  
「あ、ありがとう……うれしい。私もね、あなたに……」  
「私も……なに?」  
 真剣な表情で聞き返す彼。  
 ……やだ、私ったら何を言ってるのかしら。  
 あわてて言い繕う。  
「あっ、少し酔っちゃったみたいね。なんだか妙に頬が火照ってる」  
「晶まだ一口も飲んでないじゃない」  
「バ、バカ! いいじゃないの……きっと素敵な夜景に酔ったのよ」  
「ふ〜ん」  
 何? その意味ありげな微笑み!  
 私があなたのこと好きなの知ってるくせに、それを言わせようってわけ?  
 
「それにしても、本当にこんなディナーをご馳走になってもいいの?」  
「もちろんだよ。……晶、うれしくない?」  
 不安そうに聞いてくる。  
「えっ? 私はもちろんうれしいけど……お金は大丈夫なの? なんなら私も払うけど?」  
「アルバイトしたんだ。この日のために」  
 ちょっと怒ったように彼が言う。マズイ、機嫌を損ねさせちゃった?  
「そ、そう……じゃあご馳走になるわね」  
 
 クリスマスイブ。  
 今日のために私は長崎から上京したわ。  
 彼の家に泊めてもらうわけにはいかないから当然ホテルを取ってある。  
 今日、彼に私の初めてをあげるつもり。  
 あの夏の日のあと、何度かそういう関係になりかけたわね。  
 でもまだ私たちは結ばれていない。  
 彼の何かに我慢している顔も何度も見たわ。  
 私だって子供じゃない。それが何を意味するのか分かるつもりよ。  
 ……もうそんな我慢はさせたくない。  
 
「あ、あの…その……ありがとうね。とってもうれしい」  
 しゃべっていないと涙がこぼれそうになる。  
 本当にうれしい。私のためにアルバイトしてくれた、あなたのその気持ちが……。  
 今はその好意を素直に受けよう。  
「今年は…あなたのおかげで素敵なクリスマスイブになりそう」  
「い、いやぁ、そう言ってもらえると僕もうれしいよ」  
「あの、ね……食事が終わったら私の部屋に行きましょう?」  
 精一杯の勇気を出して私は言った。  
「……え?」  
 彼が真顔になる。  
「あなたに、最高のクリスマスプレゼントを、あ・げ・る」  
 
 部屋に入る。  
 ぎこちない沈黙が二人の間に流れる。  
 自分から言い出したことなのに、今になって気持ちが揺れる。  
 決心が鈍ったわけじゃない。だけど、彼に軽い女だって思われたら……。  
 
 これまで何人もの男の子が私に交際を申し込んできたわ。  
 そのすべてを私は断った。だって、忘れられない人がいたから……。  
 おかげで叔父さんにまで『男に興味ないのか?』なんてからかわれたっけ。  
 そんなことをふと思い出した。  
 
「あのね」  
「晶」  
 同時に言葉が出、同時に黙る。  
「なぁに?」  
「晶こそ、何?」  
「ううん、あなたから言って」  
「ありがとう。僕、晶に選んでもらったことを光栄に思うよ」  
 彼に私以外の女の子がいることは薄々勘付いていたわ。  
 留守がちだし、偶然横浜で会ったときのあわてふためきようは普通じゃなかったもの。  
 それでも最終的に、私は彼に選ばれた。だから、今は幸せ。  
「……」  
 彼の言葉に答えなければいけないのに、言葉が出てこない。  
 言葉を探している間に、彼が私をまっすぐに見つめたまま言う。  
「えっと、その……子供できちゃったら…僕、責任取るから」  
「!」  
 そんなこと言ってもいいの? 私たち、まだ高校生なのよ? あなた、大学はどうするの?  
 いろんな思いが渦巻いた。  
 でもたぶん平気。計算が違ってなければ今日はできない日だから。  
「あ、うん……今日、大丈夫な日だから」  
「そ、そう……でも僕責任取るよ。晶のこと、一生守るからね」  
 そう言って、優しさをたたえた瞳がまっすぐに私を見た。  
 ……私はこの人に愛されている。そう実感した。  
 その時、不意に涙が出ちゃった。  
「あ、晶……」  
 戸惑ったような、そして慌てたような彼の声。  
 涙なんか見せちゃったから動揺してるの?  
 でも心配しないで。悲しいわけでも傷ついたわけでもないわ。うれしい。ただそれだけ。  
「……好き」  
 それだけを答え、私は彼の胸の中に飛び込んで行った。  
 
「下手だったらごめんね」  
 ささやくような小さな声。  
「え?」  
 彼の顔を見た。  
「僕、初めてなんだ……」  
 ばつが悪そうに彼が言う。  
 初めて? てっきり経験してるんだって思ってた。  
 もし彼に経験があってもそれはそれで仕方ないって思ってた。だけど違った。  
 ほっとした。そしてなんだかうれしくなった。  
「………」  
 無言になってしまった私を見て  
「ご、ごめん。やっぱり経験ない男じゃ不安だよね?」  
 ちょっとうろたえた感じで彼が言った。  
 ……男の子ってそんなこと気にするんだ。全然構わないのに。  
 だから私も言った。  
「バカ……私も初めてよ。だから…優しくしなさいよね」  
 そのまま私から唇を合わせた。  
 
 ぎこちなく唇だけを触れ合わせるキスが続く。  
 春の公園で初めて口づけてから、何度か唇を重ねたっけ。  
 でも何度経験しても落ち着かない。ドキドキして息が苦しくなる。  
 今日はそれ以上の関係になる。そう考えると動悸がより激しさを増す。  
 と、閉じた唇になにか温かいものが当たった。……彼の舌だわ。  
 舌を入れることは知っている。だけどそんなキスはまだしたことがなかった。  
 タイミングがわからなかったし、自分から求めるのははしたなく見られそうで嫌だったから。  
 彼に応えなければ。  
 そう思ったのに、突然のことでびっくりして身がすくんでしまったみたい。  
 唇をきつく結んだまま私は彼に抱かれていた。  
 それを拒否と受け取ったのか、彼の唇が静かに離れた。  
「………」  
「………」  
 なんとなく気まずい。何か言いたいのに言葉にならない。彼も言葉を捜しているみたい。  
 と、沈黙を破るように彼が言った。  
「ぼ、僕シャワー浴びてくるよ」  
 そして私の返事も聞かずにバスルームへと歩いていった。  
 
 一人取り残されて大きくため息をつく。  
 彼にあげることは私が望んだこと。でも緊張する。  
 そのせいか彼に応えられず、結果として傷つけてしまったかもしれない。  
 ……後悔。  
 今度は私から積極的にキスをすれば誤解は解けるのかしら?  
 そんなことを考えてぼんやりしていると彼が戻ってきた。バスタオルを腰に巻いただけの裸。  
 ドキッとする。夏には同じような恰好を海でも見ているのに。  
 なんとなく恥ずかしくなって視線を外してしまう。  
「シャ、シャワーあいたよ」  
 裏返った声で彼が言った。  
 ……そうだ、私もシャワーを使わなきゃ。  
「わ、私も浴びてくるわね」  
 私もあわてて浴室に向かった。  
 
 食事の前にお風呂は済ませていたけど、念入りに体を洗う。  
 ボディソープをなすりつけ、胸や腋、股間を丹念に清めていく。そして熱いシャワーで流す。  
 本当は髪も洗いたいけど、そんな時間はない。彼が…待っているもの。  
 手早く体をすすぐと浴室を出た。  
 脱衣所に戻ってふと思い惑う。……こういう時、下着はどうするんだろう?  
 迷ったけど下着は着けなかった。素肌にそのままバスタオルを巻く。  
 
 バスルームを出ると部屋の照明が落とされていた。スタンドの明かりがベッドサイドだけにほんのり灯っている。  
 暗がりの中、彼がベッドにもぐりこんでいた。……行かなくちゃ。  
 大きく深呼吸すると、私はベッドに向けて一歩を踏み出した。  
 
 足元がおぼつかない。なんだか膝が笑ってるみたい。そんなに離れてないはずなのに、とっても遠く感じる。  
 それでも私はベッドにたどり着いた。  
「晶」  
 ベッドから私を見上げて彼が言う。そうして毛布をまくると手を差し伸べ  
「おいで」  
 少しこわばった表情で続けた。  
 
 彼の手を取ると、そのまま導かれるようにベッドに膝立ちで乗った。  
「晶、それ」  
 胸の前で結んだバスタオルを彼が指差す。  
(そうだ、脱がなくちゃ……)  
 思っているのに体が動かない。  
「……ぁ」  
 曖昧に答えたまま、固まったように動きが止まる。  
「晶……」  
 もう一度名前が呼ばれた。  
 それがきっかけになったように、私は結び目をほどいていた。  
 
 成長してからは誰にも、パパやママにも見せたことのない裸身が彼の前にさらされる。  
ごくん  
 彼ののどが鳴ったのが聞こえた。視線が胸やアソコに痛いほど突き刺さる。  
 自分のスタイルに自信はあるけど、裸を見られてると思うと途端に羞恥で全身が熱くなる。  
 私は少しでも早く彼の目から逃れようと、自分から毛布にくるまっていった。  
 
 毛布の中で彼と肌が触れ合った。ベッドに飛び込んだときの体勢まで考えてなかったわ。  
 狙ったわけじゃない。偶然。だけど彼と抱き合う恰好になっちゃった。  
 さっきは腰のあたりまでしか毛布がめくられなかったので気付かなかったけど、彼も裸だった。  
 二人とも産まれたまんまの姿。何もまとわない、本当の裸。  
 ……腰のあたりに熱くこわばったものが当たっている。彼の性器だ。  
「晶」  
 うわずった声が私を呼ぶ。  
 肩を抱かれるようにして彼の上に体が乗せられる。  
 女にしては大柄な私だけど、彼は私の体を軽々と持ち上げた。……男の人の力強さを実感する。  
 私が動いたはずみで毛布がずれた。  
 何の気なしに下に視線を送った私の目に、彼の性器が飛び込んできた。  
「!」  
 初めて目の当たりにした男性の勃起状態のソレは、私をおののかせた。  
 子供のころにお風呂で見たパパのものとは明らかに違う兇暴な姿。  
 血管を浮き立たせ、先端は赤黒く、ビクビクと脈打ち、天を指している外見は恐怖以外の何物でもない。  
(本当にこれが私の中に入るの?)  
 彼のは普通より大きいに違いない。絶対にそうだ。だってこんなの、入るはずがない……。  
「晶……」  
 放心している私に彼が声をかける。  
「……え?」  
「大丈夫?」  
 返事に一瞬の間があったことを気遣ってくれる。  
「へ、平気よ」  
 強がって答える。  
 だけど顔がこわばってるのを自覚する。声も硬い。  
「晶、怖いなら僕はしなくても」  
「心配しないで。だって、私が自分で決めたことなんだからね」  
 そう言って笑う。言葉は本心だけど、もしかしたら痛々しい笑顔だったかもしれない。  
 彼が少しだけ頬をゆるめた。  
 
 強く抱かれているだけで心が安らぐ。緊張が解けていく。……不思議。  
 お腹には彼のペニスが当たっているけど、不快じゃない。なぜだかさっきの恐怖も消えている。  
「うぅっ…くっ」  
 小さくうめきながら、彼は目を細めて時おりビクッと体を震わせている。  
 私が上になってお腹でペニスを刺激しているのが気持ちいいのかしら?  
 ……でも、ここから先、どうしていいのかわからない。  
 もちろんセックスすることはわかっているけど、それまでに何をすればいいの?  
 お互いの体を愛撫しあって、結ばれる準備を整えて……私は足を開いて横になればいいのよね?  
 さっき、彼に経験がないことを知った。私も初めて。頭の中で手順を反芻するけど、うまく出来るかしら……。  
「晶」  
 声に含まれたただならない気配に彼の顔を見た。  
 ……いつもの優しい表情が消えている。欲望でギラつく眼が私を見る。  
 彼が身を起こした。そしてヘッドボードに背中を預けるようずり上がって姿勢を変える。  
 いきおい、私の頭は彼の胸からお腹のあたりに来ることになる。  
「晶ぁ……」  
 彼の手が私の頭を股間に導いた。……フェラチオさせようとしている?  
 一瞬、嫌悪に似た感情が湧きかけた。  
 知識では知っていたけど、そんなものはお金を仲立ちにした男女関係でしかやらないことじゃないの?  
 無理やり頭を押さえつけられ、排泄器官を口に含まされる。男に支配させられる屈辱的な行為。  
 以前の私はそう思っていた。  
 だけど彼のものなら汚いと思えなかった。あるはずの心理的抵抗もほとんどなかった。  
 大きく開いた彼の足の間に正座するように座る。そしてゆっくりとペニスに顔を寄せていく。  
 ボディソープの香りとともに、表現しにくい独特の匂いが立ちのぼる。性臭。オスの匂い。  
 先刻浮かんだ忌避の情は消え、メスの本能なのか、私は愛する人の性器を口に収めたいと思っていた。  
 
 彼のは舌が火傷しそうなほど熱かった。本当はそんなことないはずなのに、そのときはそう感じたわ。  
 口に入れただけでほとんどの空間がペニスで一杯になる。息苦しい。  
 鼻だけでは空気が足りない。むせかける。だから大きく呼吸するために舌で隙間を作ったの。  
 その行為は自然と男性器をこすりあげてしまうことになった。  
「あぁっ!」  
 それが彼に気持ちよさをもたらしたのか、随喜の声が上がった。  
 うれしい。私が彼を感じさせている。私で感じてくれている!  
 だから、もっと……してあげる。  
 
 初めての体験。やり方もわからない。でも、彼に歓んでもらいたい。満足させてあげたい。  
 女子高は男子の目がない分、性についてはオープンだわ。  
 もう経験した子が自慢気味に話す内容は、露骨すぎてこっちが顔を赤らめるほど。  
 もちろん興味はある。それとなく聞き耳を立てて私もいろいろなことを知ったっけ。  
 雑誌のエッチな記事も読んだことがある。それらの知識を総動員する。  
 歯を立てないように気を配り、もう一度舌の腹で先端の部分を舐めまわした。  
 先端に吸い付くようにしながら舌の先で割れ目をくすぐる。その下に続く細い筋のようなものを唇でこすりたてる。  
 誰に教わったわけではないのに、彼のことを思うと自然に舌と唇が動いていた。  
「あ、晶ぁ……」  
 なんだか情けない響きの声が頭上で聞こえる。  
 顔の横に落ちてくる髪がいい具合に私の顔を隠している。こんなエッチなことしてる顔、あんまり見られたくないもの。  
 だから私からも彼の顔は見られないので想像だけど、きっと気持ちいいんだ。  
 自分のやり方を確信した私は、その行為を無心に続けた。  
 
 舐め始めてそんなに経ってなかったと思う。  
 突然、彼が  
ビクンッ!  
 と全身を大きく痙攣させたの。  
 舌の上でその部分がぷくっと大きくふくらんだわ。  
 次の瞬間、粘り気のある液体が勢いよく口の中に射ち出される。  
 精液だ。射精したんだ。  
 もっと水っぽいものを想像していたのに、実際に出てきたのはドロッとした粘体だった。  
 びゅっ、びゅっと断続的に発射される粘液が舌にまとわりつく。  
 精液が出てくる小さな裂け目に舌を押し付けていたおかげで、のどの奥には届かなかった。  
 もしもそうでなければ、わたしは咳き込んでいたかもしれないわね。  
「ああぁぁっ!」  
 初めて聞くような苦悶にも似た声を上げ、彼は私の口の中で射精を続けた。  
 
 何度目かの脈動ののち、長かったほとばしりが止まった。  
 口の中に生臭い匂いが広がっているのが急に意識された。  
「ご、ごめん晶!」  
 狼狽した彼の声が聞こえた。同時に枕元のティッシュが差し出される。  
 何枚か抜いて彼に背を向け、口の中の粘液を吐き出す。  
 どろっとした乳白色の液体は糸を引いてティッシュにたまった。  
 口の中がキシキシする。初めての感触。精液ってこんななんだ……。  
 本当はうがいもしたかったけど、そんなことしたら失礼に思えたし、そんなにイヤな感覚じゃなかった。  
 だから振り返って彼を目だけでにらんで、  
「バカぁ、出すなら出すって言いなさいよね……ビックリするでしょ?」  
 そう答えた。  
 ……私に興奮してくれた。私で感じてくれて、達してくれた。それが本当にうれしかった。  
 
「ずっと、ずっとこうしたかった。晶に口でしてもらうの想像して、何度もオナニーしたんだ」  
 突然彼がそんなことを言う。  
 私でそんないやらしいこと考えてたんだ……。それだけじゃなく、  
「晶みたいな綺麗な女の子に、こんなにエッチなことしてもらえるなんて……すごくうれしいよ僕」  
 上気した彼が言葉を継いだ。  
 急に恥ずかしくなった。  
 だって私、彼のを口でしちゃったんだもの……。  
 ……と、抱きあったまま体重を預けられた。そのまま横たえられる。  
「晶」  
 名前を呼ばれ、優しいキスがはじまった。  
 
 唇が離れる。  
「今度は僕が」  
 そう言うなり、彼が体をずらす。  
 何をするの?  
 浮かんだ疑問の答えはすぐにわかったわ。彼の頭が下に降りていったから。  
 胸を素通りし、お腹を過ぎても頭は止まらない。ま、まさかいきなり私のアソコを、口で……。  
きゅっ  
 とっさに太ももに力が入った。そんな恥ずかしいこと、されるなんて思ってない……。  
 
 私は自分の指で自分を慰めたことがある。生理の手当てをしたとき、さわると気持ちよくなる部分を私は知ったわ。  
 オナニー。  
 そんな言葉も知らなかった私は、それ以来病みつきになった。  
 その後、オナニーという言葉も覚え、何度も自分で快感を得る行為を続けたわ。  
 対象は中学1年のときの転校生だった。  
 2年生になる前に転校して行ったけど、私は彼のことをずっと忘れられなかった。  
 高3になって私は手紙を出した。そして再会。  
 その彼と、今こうしている。何度も夢想した相手との性的な行為。本当の出来事なの?  
 
 感懐を吹き飛ばすように現実に引き戻された。それは、ひざが大きく開かれたから。  
 見ると太ももの間に彼の頭がある。足を抱え込まれているので閉じることもできない。  
 直後、恥ずかしい部分に顔が押し当てられた。内ももに彼の髪がこすれる。  
 その初めて味わう触覚が不安感と同時に恥ずかしさと期待感をもたらす。心臓が破裂しそうなほどドキドキする。  
「あぁっ!」  
 未知の感覚が股間で生まれた。……陰唇に彼の唇が当たっているらしい。  
 そう考えただけで、恥ずかしくて私はとっさに両手で顔を覆ってしまった。  
ちゅっ、れろっ……  
 淫溝を割って彼の舌が中をかきまぜる。生温かくて、ぬるっとしたものが動きまわる。  
「だ、だめぇっ!」  
 敏感な突起を舐めあげられ、私は思わず叫んでいた。  
 でも彼は動きを止めなかった。  
れろ…くちゅ、じゅる……  
 はしたない水音が立ちのぼる。足を閉じようと思っても力が入らない。  
 私は顔を覆ったまま、力なく頭を左右に振った。こんなえっちな子だって知られたら、嫌われちゃう……。  
 恥毛の生えているあたりに彼は鼻を押し付け、  
「晶、晶ぁ……」  
 切れ切れに私の名前を呼びながら、舌と唇で女の子の部分を攻めつづけている。  
 
 名前を呼ばれるのがうれしい。  
 彼に『晶』って呼ばれるたび、腰の奥がじーんと熱を持ったみたいにしびれていく。  
 頭の中も、もやがかかったみたいにぼんやりしていく。  
 とっても恥ずかしいのに、彼に口でされて気持ちよくなっていく……。  
とろり……  
 体の奥のほうから液体があふれるのをまた感じた。  
じゅるっ…ずずっ……  
 私の中から湧き出る液体を音を立てて彼がすする。固くなった突起を舌で弾かれる。  
「あぁッ!」  
 背中を反らして快楽に没頭していく。  
「晶、すごいよ…こんなに濡れてる……」  
「い、言わないでっ!」  
 自分の体なのに、私の意志とは無関係に反応している。どうして? 私、どうしちゃったの?  
「!」  
 と、強烈な愉悦に襲われ、私は言葉を飲み込んだ。  
ちゅっ、ちゅうぅ  
 クリトリスを吸われたみたい。  
 顔を覆っていた手を離し、シーツをつかんで嬌声が洩れるのをこらえた。  
 握ったこぶしに彼が手を添えてくれる。  
 それでも彼の攻めは止まない。  
ちゅぅうっ、ちゅっ!  
 強く吸われるたびに頭の中がどんどん真っ白になる。体全体をよじらせて身悶える。  
 ……イッちゃいそう!  
 
「晶ぁ!」  
 その時、切迫した彼の声がした。と同時にのしかかられ、体重を感じた。  
 膣の入り口に固く、熱いものが押し当てられる。……彼の性器だ。  
 えっ、ちょっ、やだっ、まだ心の準備がっ!  
「晶っ、晶ぁっ!」  
「痛っ!」  
 とっさに彼の胸に手を当てて押し戻そうとする。  
 だけど彼は背中を反らしただけで、二人の腰は離れなかった。  
 彼は私の腕を取るとそのまま上体を伏せる。……抱きすくめられた。  
「うぐっ!」  
 結合が深くなって、引き裂かれるような痛みが彼が入ってきた部分から伝わる。  
 本当に裂けちゃうんじゃないの?  
 そう錯覚するほどの痛みが激しくなる。  
 
「晶っ、晶っ!」  
 何度も私の名前を呼びながら、むしゃぶりつくようにして彼が腰を前後させる。  
 それは処女を喪ったばかりの私に苦痛しかもたらさなかった。  
 なのに、自分でも不思議なのはそんな乱暴な扱いをされることがちっとも嫌じゃなかったこと。  
 彼がいとおしい。この人にあげられて……よかった。  
「晶の中…とっても気持ちいい……」  
 浮かされたようにつぶやく彼の声が聞こえる。  
 私は痛いだけだったけど、彼が喜んでくれるのがうれしかった。  
 セックスに夢中になっちゃうほど私で感じてくれている……。  
 そう思うと痛みも我慢できる気がした。  
「晶…好きだよ晶……愛してる」  
 耳元でささやかれるたび、温かいものが心に満ちていく。  
「私も、私もあなたが好き…大好き!」  
 精一杯の笑顔を向ける。  
 険しかった彼の目が一瞬穏やかになった。  
「晶ぁっ!」  
 彼の唇が私の顔や首筋に押し当てられた。彼の頭をそっと抱きかかえて身を任せる。  
 と、  
「あっ……出…っ……おおぅっ!」  
 獣のような唸り声を上げて彼がしがみついた。  
 同時にビクビクとした脈動が二人がつながっている部分から伝わった。  
 
 男の人の精液が発射される様子はつい先ほど口の中で体感した。  
 それ以前にもあの秋の日、埠頭で彼は私の手を使って射精している。  
 ペニスがしゃくりあげるように痙攣して、白い粘液がまき散らされるんだ。  
「うっ! うぅっ! んっ!」  
 短くうめきながら彼がビクッ、ビクッと身じろぎする。何度も精子を射ち出してるんだわ。  
 そしてそれは今、私の体の中心に注ぎ込まれているのね。  
 熱い……。  
 だけど実際に熱いものを感じたわけじゃないわ。  
 それでも彼の生命の種が射ち出された子宮のあたりがじんわりと熱を持っていくのを感じる。  
 これが心の底から愛してる人に抱かれた女の幸せ? 本当に好きな人とひとつになった喜び?  
 ふと私はそんなことを思った。  
 
 ようやく全部を出し終わったみたいで、こわばっていた彼の全身から力が抜けた。  
「はぁはぁはぁ……」  
 大きく息をついた彼が身を起こすと目が合った。……いつもの優しそうな目に戻ってる。  
「ありがとう晶。長い間こうなれたらいいなって夢見てた。……僕、晶のこと、本当に大切にするからね。一生ずっと」  
 その言葉を聞いたら、胸がジーンとして鼻の奥がツンとしちゃった。  
 涙があふれてくる。  
「え? 晶ごめん、痛かった?」  
「痛かったわよ…痛かったわよバカぁ!」  
 私の涙を痛みのせいだと勘違いした鈍感な彼に、私はしがみついて泣きつづけた。  
 
 
               おわり  
 

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