夏  
 
「う〜ん、いい気持ち〜。ねえ、背中にサンオイル塗ってくれる?」  
 そう言って水着のブラのヒモをはずす。  
「ウフフッ……なに照れてるの?」  
 彼がドギマギしてるのがよく分かる。あせった顔が可愛い……。  
「晶、そんなカッコして誰かに見られたら……」  
「大丈夫。ここはうちのプライベートビーチだから私たちの他には誰も入って来ないわよ」  
「そうかもしれないけど……だけど僕には見られても平気なの?」  
「ウフフッ……いいわよ別に。あなたは特別だから」  
 あっ、彼が真っ赤になった。私だってホントは恥ずかしいんだからね!  
 
 私たちが付き合ってそろそろ半年。  
 そろそろキス以上の関係に進みたい。  
 だけど私からそんなことは言えない。  
 だから少しだけ大胆に振る舞って彼を『その気』にさせようとしてるんだけど……。  
 
「じゃ、じゃあ塗るね」  
 少し震える彼の手が私の背中を這いまわる。  
「う〜ん、そうそう。意外と上手ね。ちゃんとムラにならないようにまんべんなく塗ってよね」  
「大胆だよね、晶」  
 ちょっと上ずった声。彼も緊張している?  
「このカッコ、そんなに大胆かしら? でもこのまま焼いたらヒモの跡が付いちゃうじゃない? カッコ悪いでしょ?」  
「ヒモの跡にこだわるなら下の方は……」  
「バカぁ、調子に乗るんじゃないの! いくら私だってそこまで無防備じゃないんだからね」  
「ご、ごめん……」  
 
 彼の水着を盗み見る。  
 ……前が大きくなってる。勃起、してる。  
 私の背中で手を動かしながら息が荒くなってる。  
 このまま抱かれちゃうのかな?  
 でもいいの。私の初めて、あなたにあげる。  
 
「晶っ!」  
 いきなり彼がのしかかってきた。  
「きゃっ!」  
 お尻に硬くなったものが押し当てられる。そのまま腰を振るようにしてなすりつけられる。  
 ……いよいよ彼に抱かれるんだ。望んでいたことだけど、いざとなるとちょっと怖い……。  
 その時、  
「うっっ!」  
 一声短くうめくと、彼の全身に力が入り動きが止まった。  
 そして  
「はぁ、はぁ、はぁ……」  
 耳元に熱い息がかかる。  
 えっ? なに? もしかして、射精……しちゃったの?  
 
「ご、ごめん」  
 ひどくあわてた様子で彼がどく。  
「なぁに? いきなりそんなことしたら驚くじゃない!」  
「ほんとにごめん……」  
 なんだかうちひしがれた感じで彼が答える。気がつかなかった振りしてあげよう。  
「それよりどう? 感想は? 少しは感動した?」  
「あ、うん……腕が疲れた……」  
「もう! 鈍感なんだからぁ……女の子が自分の肌に触れさせるってすごく特別なことなのよ。少しは感激しなさい」  
 
 ……私たちが結ばれるのはもう少し先のことみたい。  
 いつかは、彼と……。  
 
 
 
冬  
 
「ウフフッ、どうしたの? さっきからあまり口をきかないけど」  
「あ、ごめん……晶に見とれてた」  
 まじめな顔でそんなことを言う。  
 わざわざあつらえたドレスだもん。褒められるととってもうれしい。  
「あ、ありがとう……うれしい。私もね、あなたに……」  
「私も……なに?」  
 真剣な表情で聞き返す彼。  
 ……やだ、私ったら何を言ってるのかしら。  
 あわてて言い繕う。  
「あっ、少し酔っちゃったみたいね。なんだか妙に頬が火照ってる」  
「晶まだ一口も飲んでないじゃない」  
「バ、バカ! いいじゃないの……きっと素敵な夜景に酔ったのよ」  
「ふ〜ん」  
 何? その意味ありげな微笑み!  
 私があなたのこと好きなの知ってるくせに、それを言わせようってわけ?  
 
「それにしても、本当にこんなディナーをご馳走になってもいいの?」  
「もちろんだよ。……晶、うれしくない?」  
 不安そうに聞いてくる。  
「えっ? 私はもちろんうれしいけど……お金は大丈夫なの? なんなら私も払うけど?」  
「アルバイトしたんだ。この日のために」  
 ちょっと怒ったように彼が言う。マズイ、怒らせちゃった?  
「そ、そう……じゃあご馳走になるわね」  
 
 クリスマス。  
 今日のために私は長崎から上京した。  
 当然ホテルを取ってある。  
 今日、彼に私の初めてをあげるつもりだ。  
 
 あの夏の日のあと、何度かそういう関係になりかけた。  
 でもまだ私たちは結ばれていない。  
 彼の何かに我慢している顔を何度も見た。  
 私だって子供じゃない。それが何を意味するのか分かるつもりだ。  
 ……もうそんな我慢はさせたくない。  
 
「あ、あの…その……ありがとうね。とってもうれしい」  
 しゃべっていないと涙がこぼれそうになる。  
 本当にうれしい。私のためにアルバイトしてくれた、あなたのその気持ちが……。  
 今はその好意を素直に受けよう。  
「今年は…あなたのおかげで素敵なクリスマスイブになりそう」  
「い、いやぁ、そう言ってもらえると僕もうれしいよ」  
「あの、ね……食事が終わったら私の部屋に行きましょう?」  
「……え?」  
「あなたに、最高のクリスマスプレゼントを、あ・げ・る」  
 
 
 
春  
 
「やだ、もう戻ってきちゃったの? ちょっと向こうを向いててよ。今お化粧直してるんだから」  
 彼とのデートで入ったカフェ。軽く食事をした後の輪郭だけ残ったリップを整えていたときだ。  
 なんだかバツが悪い。  
「僕は全然気にならないよ?」  
「バカ! あなたが気にしなくても私が気にするの! もぅっ、女心がわからないんだから……」  
 
「デリカシーに欠ける男は女の子にモテないわよ?」  
「そう? 僕は晶のこと、何でも知りたいけどな?」  
「ふ〜うっ、わかってないわね……せっかくのデートだから、あなたには最高の私を見せたいのに」  
 ホントは彼にありのままの私を知ってもらいたい。  
 だけど、女の子には誰にも知られたくない秘密もある。彼にも見せたくない部分がある。  
「晶はそのままでも充分魅力的だよ」  
「ウフフッ、ありがと……でもね、私は完璧主義なの」  
 褒められてうれしくないはずがない。自然と頬がゆるむ。  
「そうだ! このリップ、春らしくっていい色でしょう? 私のお気に入りなの。どう?」  
「うん。……それもいいけど、そのポーズが色っぽいよ」  
「ウフフッ。もうっ、しょうがないわね、あなたってホント正直なんだから」  
「気を悪くした?」  
「まさか。もちろんそう言われて悪い気はしないけどね。……ありがと」  
 
「ウフッ……知ってる? 女の子って褒められるとどんどんきれいになるのよ?」  
「そうなんだ」  
「一説には恋をするときれいになるとも言われてるけどね」  
「晶は……いま誰かに恋をしてるの?」  
 不安そうな顔。ボーイフレンドがたくさんいるって言ったのが効いてるのかしら?  
 安心して。私が好きなのは、あなただけだから……。  
「さあ……どうかしら?」  
 はぐらかすように微笑む。私って悪い女。  
「う〜ん、気になるなぁ。あ、混んできたみたい。そろそろ出ようか」  
「そうね」  
 
 公園を散策する。  
 春の日差しがあったかい。  
「あっ!」  
 つまづいてよろけた私を彼が抱きとめた。  
 見つめあう。  
 そしてそのまま、どちらからともなく唇が重なった。  
 
 触れあっただけの唇が離れる。  
 ……キスしちゃった。  
 あっ、彼の唇がほんのりと赤い。私のリップだ……。  
 それを見た途端、急に恥ずかしさが増した。私たち、キスしたんだ……。  
「ご、ごめん」  
「バカ、なんで謝るのよ。悪いことなんかしてないでしょ?」  
「晶、怒ってないの?」  
「どうして怒るの? 私はちっともイヤじゃないわ。……まさか今のキス、いい加減な気持ちなの?」  
「ち、違うよ、僕は真剣に晶が好き」  
 初めて彼が気持ちを告げてくれた。  
「ありがと……私もね、あなたが好き」  
「晶」  
 もう一度、今度は思いを込めて唇が合わさった。  
 
 
 
秋  
 
「ふ〜う、いい潮風ね」  
 夏に比べるととっても過ごしやすくなった。風が気持ちいい。  
「ウフフッ、ねぇ、あなたに質問よ? 港に来ると私、いつもなんだか切ない気分になるの。なぜだと思う?」  
「う〜ん……なぜだろう? わからないなぁ」  
「そ、そう……覚えてないのね、あの日のこと。ふ〜う、いいわよ、覚えてないなら」  
 ためいきと共につぶやく。  
「えっ? 何? 何か言った?」  
「なんでもないわよ! こっちのこと!」  
 知らず知らずのうちに語気が荒くなる。  
「ホントに鈍感なんだから……バカ」  
 
「できれば夜の港に来たかったよね」  
「もう、なに言ってるのよ」  
「晶はイヤ?」  
「まぁ、私は別に構わないけどね。夜デートするくらい全然余裕だもの」  
「よかったぁ」  
 そう言って彼は子供みたいな笑顔になった。  
 この笑顔が好き。私だけに向けられるこの優しい笑顔が好き。  
「それじゃ、今度は夜景でも見に来ましょうか? 波の音を聞きながら過ごす夜の港なんてロマンティックでステキだしね」  
「うん」  
「ウフフッ、きっといい雰囲気になるだろうし……でもあんまりミエミエなのはパスするからね。私、そういうの好きじゃないから」  
 うそ。  
 ホントは彼に抱かれたいって思ってる。でも自分からそれを言い出す勇気はない。  
 
「ここで晶の演奏が聞きたいな」  
「だ、だめよ! 潮風でバイオリンがやられちゃうでしょう? 絶対ダメ!」  
「そっか……残念」  
(ふ〜う、驚いた……。もしかして思い出したのかしら? あの日のこと……)  
 でも彼は静かに海を見ているだけ。あの日のこと、忘れちゃってるのかな?  
 
 夕暮れが近づき、港が紅く染まる。  
「晶」  
 名前を呼ばれる。  
 ……彼、興奮してる。その声に潜むただならない気配にとっさに身構える。  
 抱きしめられた。  
 そして手が取られ、ズボンの前の部分にあてがわれる。  
「晶ごめん。……だけどお願い、こうしないと晶に何かしそうで怖い」  
 見ると彼が苦しそうな顔をしている。性の衝動に耐えている?  
 彼に導かれるままズボンのふくらみに手を添えた。その部分に押し付けられたまま手が上下させられる。  
 ……熱く、固く、私を求めてこわばる男性器。ドキドキする。  
 
 どれほど続けただろう? そんなに長い時間じゃない。  
「晶、晶……」  
 切迫した彼の声がする。射精しそうなの? イクの?  
「うぅっっ!」  
 突然きつく抱きしめられた。それと同時に彼がビクッと身を震わせる。  
 手のひらの下でペニスが脈打ち、ドクドクとした感触が伝わってくる。  
 ……今、射精してるんだ。  
 
「ごめん……」  
 小さな声で詫びる彼に、  
「ううん、平気」  
 それだけを答え、今度は私から抱きついていった。  
 
 
 

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