「どう? ここ、気に入ってくれた?」  
「うん。海はきれいだし、眺めもいい。すごくいいところだよね」  
 長崎湾に浮かぶ小島のひとつに僕たちはいた。晶に誘われて船で渡ってきたんだ。  
「そう。よかったぁ。……ウフフ、ここね、小さいころからの私のお気に入りの場所なの」  
「小さい頃から?」  
 僕が晶と一緒に過ごしたのは中一の半年間だけ。高校生になって再会し、今では友達以上の関係になれたと思う。  
 ……とは思うけど、晶のことで知らないことはまだまだたくさんある。  
 晶のことをもっと知りたい。できれば僕のこともいっぱい知ってもらいたい……。  
「この近くにうちの別荘があるから、毎年来てたしね」  
 とんでもないことをさらっと言う。別荘を持っていることは中学のときに噂で聞いていた。……ホントだったんだ。  
「夏以外にも来るの?」  
「まぁ、もちろんメインは夏だけど……残念だったわね、私の水着姿見られなくて」  
 脱いだ靴を手に、晶は裸足で海岸線を歩く。そうしながら僕にいたずらっぽく笑いかける。  
「来年までお預けね」  
 
「でも、シーズンオフでもいいところでしょ?」  
 そろそろ本格的な冬になろうかというこの時期、さすがに風は冷たく、身を切るようだ。  
 その澄んだ空気がかえって島の雄大な自然を際立たせているようにも感じられた。  
 水平線に近づく夕日が晶を紅く染めている。  
「こんなにすばらしいところ、連れてきてもらえて光栄だよ」  
「感謝なさい。ここに誘った男の子、あなたが初めてなんだから」  
「そうなの?」  
 最近は口にすることはなくなったけど、晶は『ボーイフレンドがいっぱいいる』とよく言った。  
 僕もそのうちの一人なんだと思ってたけど、少しは希望を持ってもいいのかな?  
「最近はほとんど一人で来るの」  
 晶は僕の問いかけに答えず、言葉を続ける。  
「こうして砂浜に腰を下ろして波の音を聞いていると、なんだか心が落ち着くしね」  
「いつもの晶と違うね。なんか悪いものでも食べた?」  
 からかうように言った僕の言葉に晶がふくれる。  
「もう! ムードのかけらもないんだから!」  
 本当に怒ってる?  
 言い過ぎたなら謝ろうと、口を開きかけた僕より先に晶が言葉を続けた。  
「普通はこんな美人を隣りに置いて、海に沈む夕日を見ていたら……誰だって……」  
 そこで晶は言葉を切った。  
「………」  
 僕も黙る。そして晶の瞳をまっすぐに見つめる。  
「ちょっと、なによ急に黙り込んじゃって……私そんな気ないからね」  
 キスされるとでも思ったのか、晶が頬を染めてうつむいた。  
 そんな晶がかわいくて、ずっと我慢してたんだけどこらえきらなくなって吹き出してしまった。  
「あは、あはははは……」  
「な、なに笑ってるのよ……ああっ、からかったわねぇ! もうっ、知らなぁい!」  
 
 ひとしきり笑ったあと、僕たちはまた夕日を眺めた。  
 晶がぽつりと言う。  
「は〜ぁ、やっぱり不思議……あなたとこうしてるとイライラした気持ちが消えていく」  
「悩み事?」  
「うん。ちょっとまたバイオリンに行き詰まってたからね」  
 この間のコンクールで晶は念願だった優勝を果たしたはずだ。それは僕も見た。  
 だから今の晶にバイオリンに関する悩みはないと思う。  
 それとも僕にはうかがい知れない、もっと上を目指す者の悩みがあるのだろうか?  
「晶……」  
 せめて話だけでも聞いてあげよう。そう思って声をかける。  
「でももう平気。なんだか吹っ切れたみたいだから」  
「ホントに?」  
 問いかけながら晶の顔を見る。迷いが消えたような、朗らかな笑顔がそこにあった。  
「ほんと不思議よねぇ。あなたと過ごすだけでリラックスできるんだもの」  
「あ、ああ……。僕でよかったらいつでも力になるよ」  
「フフフ、これからもお願いね」  
 やわらかな笑みを浮かべる晶は、とっても魅力的だった。  
 
「晶、そろそろ帰りの船の時間だよ」  
 腕時計は最終の連絡船が出航間近なことを示している。  
「え? もう? ……そう。ねぇ、思い切って、今日は泊まっていかない? ほら、うちの別荘に」  
「え?」  
 大胆な発言に、僕の心臓は早鐘を打つように高鳴った。  
 顔がこわばっているのが自分でもわかる。緊張で口の中が乾く。苦労してつばを飲み込むと  
ごくり  
 大きくのどが鳴った。  
「ウフッ、ウフフ……いやぁねぇ嘘に決まってるでしょう? ばぁか、さっきの仕返しよ」  
「晶ぁ……」  
 一気に力が抜けた。  
「真剣な顔しちゃって……さぁ、急ぐわよ。最終便逃したらホントに泊まりになっちゃうんだから」  
「うん。晶、走るけど大丈夫?」  
 
 ……乗りそこねた。一足違いで最終便は出てしまっていた。  
「ど、どうしよう……」  
 おろおろする僕。  
 晶のことは大好きだ。その思いは誰にも負けない自信もある。  
 だからそういう夢想をしたことだって一度や二度じゃない。  
 でも、現実にこういう状況になると焦りが先に立つ。  
「こうなったら仕方ないわね」  
 いざとなったら女の子のほうが度胸があるんだろう。晶が冷静な口調で言う。  
「え?」  
「バカねぇ、帰れない以上ここに泊まるしかないじゃない。……それとも、あなたは私とじゃ……イヤ?」  
 ほんのりと頬を染めて晶が言った。  
 
 港近くには島の住人の家が立ち並んでいる。商店や学校もある。  
 この島だけで生活が成り立つようになっているんだ。  
 別荘はそこから山を少し登った場所にあった。何軒かの別荘が点在して建っている。  
 遠藤家の別荘はそのうちの一軒だった。  
「ここよ。どうぞ」  
 豪華なたたずまいに一瞬気後れする。  
 晶のお父さんは長崎に本社を置く全国でも有名な大企業の重役だって聞いている。  
 取引先の家族や、プライベートの友人を招く機会も多いのだろう。  
 もしかしたら外国のお客さんも来るのかもしれない。  
 それにふさわしい威容だった。  
「お、おじゃまします」  
「誰もいないんだからそんなにかしこまらなくてもいいわよ」  
 そう言って晶は笑った。  
 
 中に入る。  
 頻繁に利用されているようで、シーズンオフだけど掃除は行き届いているようだ。  
「適当に座ってて」  
 そう僕に告げると、晶はキッチンに向かった。  
「あ、うん……」  
 豪華な調度に気後れしながらもソファに腰を下ろす。ふかふかだ。ちょっと感動した。  
「ねぇ……晩ご飯、なに食べたい?」  
 キッチンから顔を出した晶が聞いた。  
「晶……料理……できるの?」  
 素直な気持ちが口をつく。  
 だって晶が料理してるところなんて見たことないし、想像したこともない。  
「あーっ、バカにしたわね! なぁに、私がお料理作れないとでも思ってるの?」  
 不満げに口をとがらせて晶が抗議する。  
「そ、そういうわけじゃないけど……ちょっと意外だなぁ……って」  
「これでもママに習って得意なものもあるんだからね!」  
 強く言い切ったあと、急にしおらしくなった晶が言葉を継ぐ。  
「あんまり上手じゃないかもしれないけど、あなたに食べてもらいたいな……」  
 そう言ってすがるような目で僕を見る。  
 もちろん僕に異存はない。  
「晶の得意なものでいいよ」  
「そ、そう?」  
「うん。晶の作ってくれたものなら、僕なんだって食べるよ」  
「……う、うん」  
 ちょっと考え込む仕草を見せる晶。  
「材料は? ここにあるの? 足りないようなら買いに行こうよ、一緒に!」  
 立ち上がりながら言う。  
「だ、ダメよ! 男の子と泊まったことが分かったら大変だもの……」  
 あわてたように晶が拒んだ。  
「あ……」  
 家族以外の男と二人で泊まったことが知られたら無責任な噂を立てられるかもしれない。  
 晶だって年頃の女の子なんだ。そんなことになったらイヤだろう。  
「私が買い物してくるから、あなたは悪いんだけどお風呂を立てておいてくれる?」  
「わかったよ。……あ、お金、大丈夫?」  
 財布を取り出しかけた僕を、  
「あなたはわざわざ長崎まで来てくれたんだから、いいわよ」  
 そう言って制すると、晶はにっこり笑った。そして  
「それに、もし足りなかったらパパの名前でツケにしてもらうから。じゃ、お願いね」  
 いたずらっぽい笑顔を浮かべた。  
「晶、もう暗いから気をつけて」  
「うん。ありがと」  
 
 晶が出かけていったあとで気が付いた。……風呂場ってどこにあるんだ?  
 あちこちの扉を開けてやっと見つけたけど、今度はお湯の出し方がわからない。  
 自分の家のとは勝手が違う。というより、これ、一般家庭用じゃないぞ?  
 こんなところでも晶の家の裕福さがわかる気がした。  
 
 さんざん苦戦してようやくお湯が出たときはホッとした。  
 風呂に湯を張る。  
 居間に戻ると晶はすでに戻っていて、エプロンを付けてキッチンに立っていた。  
「帰ってたんだ」  
 その言葉に晶が笑いかける。  
「いつまでお風呂場にいたの? もう少しかかるから、それまでお風呂にでも入ってらっしゃいよ」  
「そんな、悪いよ……」  
「ここにいたってあなたにできることなんてないわよ?」  
「そ、そうだね……」  
 勧められるまま、僕は風呂に入った。  
 手足を伸ばしたまま入れる広さ。うちとは大違いだ……。  
 ゆったりとした気分で入浴を終えて居間に戻ると、ちょうど料理ができたところだった。  
 
 出来上がった料理は洋風の炊き込みご飯とアサリを酒蒸しにしたもの、それとサラダだった。  
「誰かに食べてもらうの初めてなんだけど……どうかしら?」  
 センスよく皿に盛られた料理は素直に食欲をそそる出来だった。  
 晶は自信がないって言ったけど、彩りもおかしくないし匂いもちゃんとしてる。  
 もっともサラダは和えるだけだから僕でも作れる気はする。  
 問題があるとすれば、それは炊き込みご飯だな。  
(見た目は普通だよなぁ……)  
「ど、どうかしら? 口に合うといいんだけど……」  
「じゃあいただくね」  
 一口すくって食べる。よく味わってから今度は肉を一口。  
 そして舌触りや歯ごたえ、味付けなどを何度も確かめたうえで晶に言う。  
「これ……自分で作ったんだよね?」  
「そ、そうよ……他に誰もいないでしょ?」  
 あまり見たことのない緊張した晶の表情。  
 自分の作った料理が僕に受け入れてもらえるのかが不安なんだろう。  
 ……そんなに自信ないのか?  
「うん、おいしい! 晶って料理上手だったんだ!」  
「……え」  
「こんなおいしいの食べたことないよ! うん、おいしい、おいしい!」  
 そう言ってがっつくように食べる。  
「よ、よかったぁ……」  
 晶がホッとため息をついたのが聞こえたが、箸が止まらない。ホントにおいしいぞ、これ!  
 僕がすごい勢いで食べているのを見て、晶が口をはさんだ。  
「ちょ、ちょっと……私の分も残しておいてよね」  
 
 歓談しながらの食事。しかも晶の手料理とあって気持ちも会話も弾む。  
「ねぇ……パパのワイン、飲んじゃおっか」  
 声をひそめるようにして晶が言う。  
「え?」  
「実はね、このお料理にワインを隠し味で使ったんだけど、少し余っちゃったのよ」  
 僕が4年生まで過ごした青森の幼なじみの実家が酒屋だった。  
 今でも付き合いがあり、毎年お中元やお歳暮に大層な品物をもらっている。  
 あまりイケる口ではない両親のお相伴に与り、高校生のくせに僕はそこそこ呑めるようになっていた。  
 だけど……。  
「うん……」  
 あいまいな態度でうなずいた僕の言葉を諒承と取ったのか、晶はボトルを取りに行った。  
 
 高級そうなワインを手に、晶が戻ってくる。  
「晶はお酒飲むんだ……」  
「軽蔑した?」  
 沈んだ表情になる。  
「いや、そういうわけじゃないけど……ただ言ってみただけ」  
「食前酒とか、ちょっとした機会にほんの少しだけなら飲むわ。でも、自分から飲もうと思ったのは今夜が初めて」  
 晶のような生活では僕の知らない世界の人たちと触れ合うことも多いんだろう。  
 そういうときには自分の意志とは無関係にアルコールを口にせざるを得ない場面もあるのかもしれない。  
 だからそれ以上の詮索はやめにした。僕も自宅で飲んでるわけだし。  
「どういう心境の変化?」  
「……ちょっと、ね」  
 言葉を濁し、晶は語ろうとしなかった。  
 
 グラスにほんの少しだけワインがつがれる。  
「乾杯」  
「乾杯」  
 ワインに口をつける。  
 芳醇な香りが鼻に抜ける。上物だ。これ、料理に入れるのもったいなくないか?  
 
 長い時間をかけ、ゆっくりと語らいながらお酒を飲み、食事を終える。  
「洗い物は僕がしておくから、晶もお風呂に入れば?」  
 美味しい料理を堪能させてもらったせめてものお礼にと晶に声をかける。  
「で、でも……」  
「いいから。ね?」  
「う、うん」  
 背中を押すようにして晶をキッチンから追い出す。  
 そうして食器や調理器具を洗っていく。  
 食事中にも思ったことだけど、見るからに高そうな什器だった。  
 もしも洗剤で手を滑らせたら大変なことになる。傷つけないように慎重に洗う。  
 
 ようやく洗い終えて一息つくと僕はソファに腰を沈めた。  
 遠藤家の方針なのか、別荘にはテレビもない。手持ちぶさたで座っている。  
 と、そこに晶が戻ってきた。湯上がりの晶からいい匂いがする。  
 この家の中に晶と二人っきり。もしも僕がその気になったら、力ずくで晶を奪えるかもしれない。  
 ……心に中にどす黒い欲望が広がっていく。  
 だけどそんなことをしたら晶を失うことはわかりきっている。  
 今の僕にとって、晶は誰よりも大切な人だ。  
 一時の欲望で晶を手に入れても、二度と晶に逢うことはできなくなるだろう。  
「そ、そろそろ寝ようか……」  
 よこしまな思いを押さえ込むと僕は言った。  
「そ、そうね……」  
 僕のただならない様子を察したのか、晶もぎこちなく返す。  
 
 僕はお客さん用の寝室に通された。そして晶は家族用の寝室だ。  
 当たり前のことなのに、がっかりすると同時にほっとした。  
 こんな状態がこのまま続いたら、僕は本当に晶を襲ってしまうかもしれない。  
「お客様用のパジャマ出しておいたわ」  
 そんな僕の心中を知らないかのような屈託のない晶の声。……自己嫌悪。  
「あ、ありがとう」  
 ついつい笑顔が引きつる。  
「それじゃ、おやすみなさい」  
「うん、おやすみ」  
 
 一人になる。  
 部屋はツインのベッドが配されたゆったりとした広さだった。  
 他にはサイドテーブルや机、クローゼットがある。  
 両方のベッドを見比べ、僕はシングルを選んだ。セミダブルだと大きすぎるように思ったからだ。  
 眠くないけど、他にやることはない。僕はベッドにもぐりこむと強引に眠ろうとした。  
 
 気が付くとノックの音がしている。  
 いつのまにか眠ってしまっていたようで、時計はすでに日付が変わる頃を指していた。  
「晶?」  
 こんな時間になんの用だろう?  
「入ってもいい?」  
 ドアが開き、顔をのぞかせた晶がためらいがちに聞いてくる。  
「あ、ああ……どうぞ」  
 男性用なのか、大きめのパジャマを着た晶が部屋に入ってきた。  
 入り口の壁際のスイッチにはさわらなかった。部屋は月の明かりが差し込むだけでほの暗い。  
「いつもはパパとママと一緒だから、広い寝室に一人だと寂しくって」  
 そんなことを言いながら晶はもうひとつのベッドに腰を下ろして言った。  
「どうしたの?」  
「あのね……ホントは、わざとなの」  
 部屋の暗さに加え、うつむきがちの晶から表情は読み取れない。  
「何が?」  
「船がなくなるのわかってて、ずっと海岸にいたの」  
「晶?」  
 今の状況が把握できない。  
 適切な質問もできず、僕はただ晶の話を聞いているだけだ。  
「ホントはね……私、思い出が作りたかったの。あなたと二人きりの思い出が」  
「どういうこと?」  
「時間がないんだ……春にはウィーンに留学することになっちゃったから」  
「嘘でしょ?」  
 初耳だ。今まで晶はそんなことおくびにも出さなかったぞ。  
 戸惑うような僕の視線を受け止めて晶が答える。  
「ホントよ……コンクールの優勝者は一年間留学して向こうで音楽の勉強することになってるの」  
「………」  
 頭が混乱して言葉が出てこない。  
「だから……だからあなたとの忘れられない思い出を作りたかったのよ」  
「どうして僕を? 晶、ボーイフレンドがたくさんいるって言ってたよ?」  
 晶は僕を選んでくれた?  
「あなたがいいの。ううん、あなたでなくちゃダメなの……だって、あなたが好きだから」  
「!」  
 ずっと長い間、僕は晶にとってただのボーイフレンドに過ぎないと思っていた。  
 でもそれは杞憂だった。  
 僕を好きって言ってくれた。晶が僕を……。  
「私のこと……好き?」  
 不安げな声の調子。  
「ずっと、ずっと好きだった。でも晶は僕のことをボーイフレンドの一人としてしか見てないと思ってた」  
「ううん、私もあなたのことが……中学生のときから好きだった」  
「晶……」  
 立ち上がり、名前を呼びながら肩にそっと手をかける。  
びくっ!  
 小さく震える。  
「はしたない女の子だって思った?」  
「そんなことない。僕、とってもうれしいよ」  
「初めてなんだからね……」  
 そこで初めて晶が顔を上げた。夜目にもわかるほど顔が赤い。  
 見つめあう。  
 わずかにうなずくと晶の瞳がそっと閉じられた。  
「晶……」  
 唇が合わさった。  
 
 唇に柔らかく、温かい感触が伝わる。頬に晶の吐息が当たる。  
 少し強く押しつける。  
「ん……」  
 小さな声が洩れたけど、晶は拒まない。  
 それどころか、晶の腕が僕の背中に回されてきた。  
 僕にとっても初めての経験だ。頭の芯がしびれるような気がする。何も考えられなくなっていく……。  
 唇を離すと僕は晶を左手でかき抱いた。頬が触れあう。  
 そして右手をパジャマの上から晶の胸に伸ばした。  
「ん!」  
 かすかに身じろぎしながら、それでも晶は抵抗しない。  
 指がふくらみに触れる。続けて手のひらで包み込むように押し当てる。  
 晶の心臓の鼓動が手のひらを通して感じられる。  
 手のひらのくぼみにコリコリしたものが当たっている。乳首?  
 ゆっくりとした円運動をさせると、僕の手の中でその突起が転がされた。  
「んんっ、ん…ぅん……」  
 小さく鼻を鳴らすようにして晶がすすり泣く。  
 もう一度キスをする。  
 そうしながらわずかに唇を開き、伸ばした舌で晶の唇をなぞるように動かした。  
 何度かそれをくり返すと、固く閉じられていた唇がほんの少しだけ力をゆるめたのがわかった。  
 そこをこじ開けるように舌を挿し入れる。  
 わずかに舌先が触れあう。  
 と、晶はビクッと体をこわばらせた。舌も引っ込んでしまう。  
「晶?」  
 唇を離し、晶を覗きこむようにして声をかける。  
「ごめんなさい。初めてだから、びっくりしちゃって……」  
「僕こそごめん。僕も初めてで、どうしていいかわからないんだ……」  
「あなたも、初めてなんだ……」  
 緊張で引きつった顔をわずかにゆるませ、晶は言った。  
 
 また唇を合わせる。  
 今度はさっきよりも丁寧に晶に接する。慈しむように、いとおしむように……。  
 舌先が触れ合い、絡む。まるで別の生き物のように僕たちの舌が動きまわる。  
 それが僕を興奮させた。  
 音を立てて唾液をすすり、飲み込む。獣のように晶を求める。  
 それに応えるかのように晶も僕に強くすがりつき、舌を這いまわらせる。  
 おろそかになっていた手の動きも再開させる。  
 布地の上から少し強くもむ。  
 服の上からさわっていることにもどかしさを覚えた僕はパジャマのボタンをはずした。  
 合わせ目から手を中に滑り込ませると直接晶の胸に触れた。  
 ブラジャーはしていなかった。  
「んんっ!」  
 唇をふさがれた晶が声にならない声を上げる。  
 それが僕の獣性を増した。  
 全神経を指先に集中して晶の胸をなぶった。  
 中心部にわずかに芯を残し、柔らかいのに張りのある乳房をまさぐりつづける。  
 まるであつらえたかのように僕の手のひらにそぐう乳房を玩弄する。  
「ふぅ、んむ……んんっ! んっ」  
 艶を帯びた声音で晶が悶える。僕が晶を感じさせている!  
 親指と人差し指で先端の突起をはさみ、ゆっくりとすり合わせるようにこする。  
 指の腹で転がすようにして刺激し、静かに押し込むようにして圧を加える。  
 下から捧げ持つようにふくらみ全体を押し上げ、指を立ててじわじわと振るわせる。  
 乳首が固くしこっていく。尖った乳首に、僕はさらに執拗に愛撫を与えた。  
 それらの攻めに晶はのどの奥で小さくあえぎつづけた。  
 舌はとうに動きを止め、僕のなすがままになっている。  
 
 トランクスの中で僕は痛いほど勃起していた。それを晶の下腹部に押しつける。  
 そのたびにそこから快感が立ちのぼる。  
 もっと晶を知りたい。晶の全部が見たい!  
 次の段階に進もうと、僕は体重を預けるようにして晶をベッドに横たえた。  
 
 胸にあてがっていた手をお腹に沿って下にすべらせる。  
 パジャマのズボンのゴムを通過したとき、指先が薄い布を感知した。……ショーツだ。  
 恥丘のふくらみの上に指が到達すると、僕の興奮も限界近くまであおられた。  
 鼓動が早くなり、息が苦しくなる。  
 鼻だけで呼吸するのが困難になった僕は晶から唇を離した。……唇に銀の糸がかかる。  
「そ、そこは……」  
 絶え絶えの息で晶が何かを言いかける。  
 暗がりの中でもはっきりわかるほど頬が紅潮している。恥ずかしいのか?  
 僕はショーツの中に手をもぐりこませた。恥毛のシャリシャリした手触りが感じられた。  
 そのまま指を下に進ませようとしたけど、晶の太ももが閉じられていて指が止められる。  
「晶、足開いて……」  
 耳元でささやく、  
「っ!」  
 息を飲むような音が聞こえ、晶の太ももの力がわずかにゆるめられた。  
 そこに指が侵入する。  
 
 熱く、ヌルヌルした液体が指先にまとわりついた。  
 それをまぶし、狭い溝の中で指を前後させる。  
 なんの抵抗もなく指が晶の恥ずかしい部分を動きまわる。  
 しばらくそうして探っていると、コリッとした部分が指に当たった。……クリトリスか?  
「ひゃうっ!」  
 指がソレに触れると晶は甘い声で鳴いた。  
 もう一度、さっき以上に優しくその部分に触れる。  
「あぁう!」  
 細いのどを反らして晶がうめく。……ここだ。  
 その部分を中心に僕は何度も晶を攻め立てた。  
「あぁン! あっ……ん、ぅ」  
 そのたびに晶はいやらしい声を上げて身を震わせる。  
 だけど、ズボンをはかせたままでは手の動きが制限される。それに晶の女性器も見えない。  
「晶、脱がせるね」  
 そう声をかけ、ズボンのウエストに手をかけるとゆっくりとずり下ろす。  
 足先から抜くと、今度はショーツに手をかけた。  
「っ!」  
 息を飲む声に晶に目を向けると、下唇を噛み、目元まで朱に染めて晶が羞恥に耐えている。  
「晶?」  
「へ、平気よ」  
 気丈に晶が答える。  
「うん」  
 長引かせると晶を恥ずかしがらせるだけだ。そう思い、一息にショーツをずり下げた。  
 
 我慢できそうもない。  
 僕もパジャマのズボンを下着ごと脱いだ。  
 そうして晶の足の間に身を移す。  
「入れるよ」  
「う、うん……」  
 胸を合わせ、晶を抱きしめる。  
 そうしながら腰の位置を合わせ、怒張を挿入しようとする。  
 ……入らない。  
 濡れたひだの感触がするのに、どこに入れたらいいのかがわからない。  
 そうこうするうち射精感がこみ上げてくる。このままでは暴発してしまうかもしれない。  
 その時、晶の指が僕のモノを握った。そして適切な位置に誘導してくれる。  
 思っていたよりも下だった。ここが晶の場所……。  
「いいわよ、来て」  
 晶の言葉に、僕は腰を突き出した。  
 
「い、痛っ!」  
 処女の本能なのか、僕から逃げるように晶の体がずり上がる。  
「晶、ごめん……止まらない」  
 そんな姿を目にしながら、性の衝動は僕を止めようとしない。  
 肩を押さえつけ、これ以上動かないようにすると僕はえぐるようにして晶の中に入っていった。  
 ……そうして僕たちはひとつになった。  
 
 晶の中はきつく、僕は動けずにいた。  
 僕が動かないことで、晶にもそれ以上の痛みは与えていないようだ。  
 ただ入れただけなのに絶頂が近づいてくる。早いほうが晶も苦しがらなくて済むかもしれない。  
 シーツを握りしめる晶の手の上に僕の手を重ねる。  
「うん……」  
 安心したように晶がうなずいた。  
 そして僕たちの手が握りあわされる。  
「晶……」  
 最愛の人と結ばれた感動が僕の心に満ちあふれていく。  
 そしてそれは性の興奮につながっていく。……射精感が押し寄せてくる。  
「晶の中……とっても気持ちいい……」  
「は、恥ずかしいじゃない……」  
 頬を染めて晶が横を向いた。  
「ごめん、我慢できない……イク」  
「え?」  
 一瞬、きょとん、とした顔をした晶は次の瞬間意味を察したようで  
「今日、大丈夫だから……そのまま……いいわよ」  
 僕を見て微笑み、背中に腕を回して力を込めた。  
「晶……晶……」  
「うん」  
 本当に幸せそうな笑顔で晶がうなずく。  
 ダメだ、イク……。  
「あき……うっっ!」  
 腰の奥で何かが爆発したような衝撃が僕を襲った。  
びゅるっ! びゅびゅっ! びゅくっ! どびゅっ!………  
 オナニーなんかとは比べ物にならない桁外れの快感に包まれ、僕は射精した。  
びゅっ! どぴゅっ! びゅっ!………  
 粘度の高い精液が晶の膣に射ち出されていく。  
「あぁっ! あ……」  
 熱い精液を一番奥で受け止め、晶があえぐ。  
どぴゅっ! どびゅっ! ずびゅっ!………  
 陰嚢の奥で作られている最後の一滴まで出し尽くすような大量の射精が続く。  
「晶っ、晶……」  
 うわごとのように名前を呼びながらすべてを解き放ち、僕はようやく長い射精を終えた……。  
 
 晶の中でやわらかくなったまま僕たちは抱き合っていた。  
「ねぇ、どうして私が優勝できたかわかる?」  
 ささやくように晶が問いかける。  
「技術が向上した……ってわけじゃないよね。晶の演奏技術ってもう完成されてるし」  
 僕に音楽的なことはわからないけど、たしかにこの間のコンクールでの演奏はすばらしかった。  
 音楽に知識のない僕でもその良さが実感できたほどだ。  
 だから専門家や、詳しい人だったらいい評価をするのは当たり前かもしれない。  
「答えは簡単! ある人のことを考えて演奏したからよ」  
「ある人?」  
 誰だろう? 晶の知人を全部知っているわけじゃない。なんとなく嫉妬する。  
「音楽で人を感動させるにはね、演奏者には心から聞かせたいって思える相手が必要なの」  
「うん」  
 なんとなくわかる。料理だって誰かに食べてもらいたいと思うから上手く作れるんだろうし。  
「今までの私はそんなこと考えてもみなかった。それに聞かせたいって思うような相手もいなかったしね」  
「……そうなんだ」  
 まわりを見るゆとりを晶は持てるようになった。だから優勝したんだろう。  
「でも、よーく考えたら私にもいたの。聞かせたいって思える人が。だから勝てたのよ」  
「ねぇ晶、それって誰? 僕の知ってる人?」  
 どうしても気になる。そう思って僕は晶に聞いた。  
「ほんっとに鈍いわねぇ。あなたよ、あ・な・た」  
「僕?」  
「だから言ったでしょ? あなたが好きだって」  
 そう言うと晶は頬を赤らめた。  
「あ、ありがとう……僕も晶のこと、大好きだよ」  
「でも、春から逢えなくなっちゃうのよね……」  
 さびしそうな口調。僕だって、せっかく晶との絆が強まったのにしばらく逢えなくなるなんてつらい。  
「ウィーンって遠いんだよね……」  
「あ〜あ、こんな気持ちになるんだったら優勝なんかしないほうがよかったなぁ……」  
 僕の腕に抱かれたまま晶がぽつりと言う。  
「ダメだよそんなこと言っちゃ。これは晶にとってとっても大切な勉強の機会なんだから」  
「でも……」  
 何かを言いかけた晶をさえぎって僕は言った。  
「待ってる。晶が戻ってくるまで、僕ずっと待ってるよ」  
「ホント? 他の女の子を好きにならないで、私だけをずっと見ててくれる?」  
「もちろん! 僕には晶以上の女の子なんていないよ!」  
 強く言い切った僕に、晶は瞳を潤ませると  
「好き……大好き」  
 そのまましがみついてきた。  
 
            おわり  
 

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