「やっほ〜! あはは、うふふ、楽しいりゅん!」  
 更衣室から出てきたえみるがこぼれるような笑顔で僕に駆け寄ってくる。  
 仙台から少し離れたところにあるこの海水浴場は、えみるが言うには穴場だそうだ。  
 実際、不思議に思えるほど人が少ない。しかも家族連ればっかりで若者は僕たちぐらいだ。  
 近くに砂浜が広くて駐車場も完備されている別の海水浴場があるから、みんなそっちに行ってるんだと思う。  
 その分ゆったりと泳げるし、のびのびと甲羅干しも出来る。こっちのほうがいいと僕は思う。  
 こんなにすばらしいところを教えてくれて、本当にえみるには感謝だな。  
 
 真夏の太陽がえみるを照らす。健康的な肢体がキラキラと輝いている。  
「えみりゅん、海だぁい好きなんだぁ……ダーリンもえみりゅんの水着見られてハッピーでしょ?」  
 えみるがいたずらっぽい笑顔で聞く。  
「あ、あははは」  
 笑ってごまかす。  
 今年の春、えみるから手紙をもらって僕たちは再会した。そうして恋人になった。  
 あれから4ヶ月。東京と仙台とに離れているけど、僕たちは何度も二人だけの時間を持った。  
 キスもした。えみるを抱きしめたこともある。服の上から胸だって。……だけどそこまで。  
 それ以上の関係を僕は望んでいるけど、それを言い出す勇気はない。  
 だからこの夏は少しでも関係を深めたいと思っていた。  
「見て見てこの水着。すっご〜く気に入ってるのだぁ……ねぇねぇ、かわいい? かわいい?」  
 えみるが飛び跳ねるたび、ちょっと大胆にも思えるビキニがパレオからのぞく。  
 さらに僕の前でくるりと回る。見えるのは下着じゃなくて水着だ。わかっているのにドキドキする。  
「うん。すごくかわいい。とってもよく似合ってるよ」  
 水着姿をいやらしい目で見ていたのも本当だ。それを押し隠して笑顔を見せる。  
「ふにゅ〜。ダーリンに褒めてもらえると、えみりゅんとってもうれしいりゅん! えへへへ、あははは」  
「あは、あははは」  
 よかった、気付かれてはいないみたいだ……。  
 僕の下心を少しも疑っていないようなえみるの言葉に、僕はただ苦笑するしかなかった。  
「あはは、うふふ…うれしいなぁ、ダーリンにかわいいって言ってもらえて……」  
 照れたようにえみるが笑う。はにかんだ笑顔がかわいい。こんなえみるが僕は大好きだった。  
「泳ごうか、えみる」  
 股間が熱を帯びてきた気がしてそう提案する。海で冷やして冷静になろう。  
「あ……う、うん」  
 ちょっと口ごもったみたいだけど、なんだろう?  
 
「ねぇえみる、その大きいのはなに?」  
 両腕に抱えるようにして波打ち際まで運んでいるライトグリーンの塊が気になった僕は聞いてみた。  
「これはね、イルカのウイリーくんだよ。えみりゅんのお気に入りなのだぁ」  
「そっか。ウイリーくん、よろしくね」  
 軽くポンポンと叩いて挨拶する。  
「えみりゅんね、ホントは泳げないの。だからぁ、浮き輪のウイリーくんが頼りなんだぁ」  
 腰のあたりまで水に漬かったとき、えみるが恥ずかしそうにそう言った。  
「じゃあ泳がないほうがいい?」  
「平気だよ。背びれにつかまって波に揺られていると最高に楽チンなんだから」  
 そう言うなり、えみるはウイリーくんにしがみつき、よじ登る。  
 ……こちらにお尻を突き出すようにしてまたがるえみるの股間に視線が集中する。  
 黄色とオレンジのビキニは、えみるの女性器をくっきりと浮かび上がらせているようにも見える。  
ごくっ  
 きわどい眺めに思わずのどが鳴る。  
「?」  
 そんな僕の態度にえみるが怪訝そうな顔を向ける。  
 あわてて話題を変える。  
「こ、これからそういうときは僕につかまってくれればいいよ」  
「ええ〜! キャー、ダーリンのえっちぃ!」  
 何を想像したのか、顔を真っ赤にしたえみるが僕を叩く。  
「痛い痛い! えみる、そんなに叩いたら痛いって」  
 本心からの僕の言葉に、ようやくえみるの手が止まる。  
「ご、ごめんねダーリン。でも……それもいいかな? キャッ、えみりゅん恥ずかしいりゅん!」  
 耳まで朱に染めてえみるが顔を伏せた。  
「まぁまぁ……それよりもっと沖へ出てみようよ。僕がついてるからさ」  
 
 ウイリーくんを押して進んでいく。そして適当なところで足を止める。  
 水深は僕の胸のあたり。小柄なえみるでも肩から上が出る深さだ。  
 大きな波さえ来なければ顔に水がかかることもない。この辺なら大丈夫かな?  
「手を離すけど、いい?」  
「うん。ダーリンありがとうね」  
 少し離れて僕も抜き手で水を切る。えみるは悠然と波に身を任せている。  
 
「えみる」  
「なぁに? きゃっ!」  
 名前を呼ばれて顔を向けたえみるに水をかける。  
「あはははは」  
「ダーリンひどぉい! えいっ!」  
 頬をふくらませて抗議するえみるがとってもかわいい。そうしてお返しとばかりに僕に水をかけてくる。  
 泳いで逃げる僕を水をかいてえみるが追いかける。  
「あははは」  
「きゃっきゃっ」  
 まるで子供に返ったように僕たちははしゃぎつづけた。  
 
「ダーリン、陸が遠くなっちゃったけど大丈夫?」  
 心配そうな顔でえみるが聞いた。  
 そんなことをしてしばらく遊んでいると、僕も気付かないうちに沖のほうまで出てしまったらしい。  
「え?」  
 振り返ると、たしかに来たときよりも沖に出ていた。  
 泳げる僕から見たら大したことない距離なんだけど、えみるは不安なんだろうな。  
「ダーリぃン……」  
 泣きそうな声。  
「ごめんごめん、もうちょっと浜に戻ろうね」  
 えみるのところまで泳いでいこうとしたとき、大きな波が来た。  
「きゃあ!」  
 バランスを崩したえみるが水に落ちる。  
「えみるっ!」  
「ダーリぃン、こわいよ〜」  
 必死に手足をばたつかせてえみるがもがく。  
「えみる! すぐ行く! もうちょっと待ってて!」  
 全力で泳いだ。  
 
「えみる!」  
「ダーリぃン!」  
 溺れかけたえみるがしがみつく。足を絡ませ、全身で僕にすがりつく。  
「!」  
 全身にえみるのやわらかい体が押し付けられている。胸が当たる。股間がすり付けられる。  
 だけど溺れまいと必死になっているえみるはそれに気付いていないようだ。  
 それどころかますます僕に体を密着させてくる。  
 本当なら楽しいハプニングだけど、僕もそれどころじゃない。このままじゃ二人とも溺れる!  
 ……あれ?  
 足が着く。  
 遠浅の海岸は水深がそれほど増していない。さっきの場所に比べて少し深くなっているとはいえ、えみるでも背が届くぞ?  
「えみる?」  
「きゃあきゃあ」  
 あわてふためくえみるには僕の声が届いていないようだ。  
「えみる」  
「きゃあきゃあ……え?」  
 ようやく僕の声が聞こえたみたいだ。  
「たぶん立てるよ」  
「ええ?」  
 おっかなびっくりといった感じでえみるが足を伸ばす。  
「ね?」  
「ほんとだぁ……足、届いたんだ。えみりゅん死んじゃうかと思ったぁ」  
 照れくさそうにえみるが答える。  
 
 落ち着きを取り戻した僕は、さっき下半身に当たった感触を思い出した。  
 少しずつ股間に血液が集まってくる。  
「え、えみる、立てるんだからもういいよね」  
 さりげなく身を離そうとする。  
 だけどえみるは  
「ダーリン『僕につかまってくれればいいよ』って言ったよ?」  
 そう言って離れようとしない。それどころか、ますます強くしがみついてくる。  
「そ、それはそうだけど……」  
 このままじゃ勃起を勘付かれてしまう。  
「ねぇダーリン……チューして」  
 そのままえみるが顔を上向ける。  
「ええっ!」  
「ねぇ……」  
 なまめかしい表情が僕を見上げる。  
「で、でも……」  
 まわりを見る。誰も僕たちに注意を払っていない。  
「ダーリン……」  
 ささやくような声とともにえみるが目を閉じた。  
「うん……」  
 体の中で高まりつつある淫靡な気持ちに後押しされ、そっとキスする。  
 でも唇を触れさせただけですぐに離した。  
 だってそれ以上したら、本当に引き返せなくなりそうだったから……。  
 
「あれ? ダーリン、何か当たってるよ?」  
 えみるが無邪気な笑顔でそう問いかけた。それが何を指すのか、わかってないのか?  
「あ、いや、その……えっと」  
 言葉が出てこない。  
「……あっ!」  
 耳まで朱に染めて、えみるがいきなり視線をはずす。気付かれた?  
 二人の間に気まずい沈黙が訪れる。  
 なんとか言い繕わないと。このままじゃえみるに嫌われる……。  
「えみ……」  
 口を開きかけた僕より先にえみるが言った。  
「いつかはダーリンにえみりゅんの初めて、あげるつもりだよ」  
 まっすぐに僕の目を見据え、えみるはこれ以上ないというほど真っ赤になっている。  
 僕の状態と、それが示す意味を完全に理解したみたいだ。  
「えみる……」  
「だけど今はまだ怖いの。ごめんね」  
 わずかに視線を逸らす。そうか、えみるは……。  
「ううん、僕だって無理強いはしないよ。えみるが本当にそうしたいって思ったときに、ね?」  
 出来るだけ優しく告げると、  
こくん  
 恥ずかしそうにえみるが小さくうなずいた。  
「でも……我慢できないんでしょ? えみりゅんだって男の子の体のこと、知ってるんだからぁ」  
「いや、その……」  
 何と返事をしたらいいのかわからなくて口ごもる僕に、  
「手でいい?」  
 そんな大胆なことを、えみるは上目遣いにおずおずと切り出した。  
「え?」  
「今のえみりゅんがダーリンにしてあげられるのはこれぐらいだから」  
 言うなり、えみるの手が股間のこわばりにあてがわれた。  
「うっ!」  
 さわさわとうごめく微妙な指使いに、快感が背すじを走りぬけた。  
「ダーリン……いいんだよ。えみりゅんの手、使って。ね?」  
 潤んだ瞳でえみるが僕を見上げる。  
 そのなまめかしさが最後に残った僕の理性を消し去った。  
 射精の欲求に体が支配される。  
「えみる!」  
 手を取るとハーフパンツの中に導く。  
 そうしてサポーター越しに握らせた。  
 
びくっ!  
 一瞬えみるの体が震えた。  
 さすがに刺激が強すぎたか?  
 後悔したがもう後戻りは出来ない。それに最初に言い出したのはえみるだ。  
 それでも不安が心に宿る。  
「えみる?」  
 顔を見ながら問いかける。  
 イヤだったらやめても……そう言いかけた時、えみるの口が開いた。  
「ごつごつしてる……なんだか怖い」  
 カリの段差や血管を浮き立たせた茎部、そしてビクビクと脈打つ男性器の触感が伝わるんだろう。  
 初めてさわるえみるには恐怖の感情のほうが強いのも無理はないと思った。  
「えみる、無理しなくていいからね」  
「ううん、平気だよ」  
 わずかにぎこちない笑みを浮かべると、えみるの手がサポーターの中にもぐりこんできた。  
「!」  
 今度は僕の体が震えた。  
 自分以外の手に握られる快楽は信じられないほど強烈だった。  
 止めようとしても腰がガクガクする。ひざが笑う。立っていられなくなりそうだ。  
「ダーリン、どうすればいいの?」  
 頬を上気させたえみるが聞く。  
 少女のようにあどけないえみるにこんなことをさせているという背徳感が僕の理性を消し去った。  
「そ、そのまま強く握ってこすってほしい……」  
「うん……」  
 言われたとおりにえみるが手を動かす。  
 自分でするのに比べたらなんとももどかしい動きだった。  
 だけど、えみるにしてもらっているという事実が僕を興奮させていた。  
 童貞の僕には強すぎる刺激だ。  
 
 えみるの親指がカリのくびれをこすりたてる。残りの4本は裏スジをなでまわす。  
 それだけじゃなく、小指の先が時々尿道口をくすぐる。  
 偶然にも僕の弱いところが的確に攻められていた。  
「うぅっ!」  
 背すじがぞくぞくするような快楽が走り抜け、僕はうめき声を立てて身悶えた。  
「ダーリン、気持ちいいの?」  
 熱に浮かされたようなえみるの声がする。えみるも興奮してるのか?  
「えみる……」  
 名前を呼びながらきつく抱きしめる。  
 僕のお腹でえみるの胸がひしゃげる。えみるも左手を僕の腰に回してしがみつく。  
 二人の体が密着し、下半身から立ちのぼる悦楽が頭の芯を麻痺させていく……。  
 
 胸の奥が切なくなるような感覚が襲ってくる。同時に射精感が増していく。  
 信じられないほどあっけなく限界が近づく。……イキそうだ。  
 射精の衝動が腰の奥で大きくなる。限界が近い……。  
「えみる、出そうっ……」  
 声が震えた。  
「えっ? ……えみりゅんどうしたらいいの?」  
「もっと、もっと速く動かして!」  
「う、うん」  
 剛直をしごくえみるの手の動きが早まる。  
「えみる…えみる……」  
「ダーリン……ダーリン」  
 名前を呼び合う。ささやくようなえみるの声に理性が飛ぶ。  
「えみるっ! ……っっ!」  
 それはいきなり来た。  
どくんっ! どくっ! びゅるっ!………  
 肉茎が大きく身震いし、白濁が射ち出される。こってりとした粘体が尿道を通過していく。  
「んぐっ! あぁっ! うんっ!」  
 苦悶に似たうめきを上げ、僕は射精を続ける。その間もえみるの手は陰茎を上下する。  
びゅくっ! びゅっ!……  
 
 何度目かの痙攣のあと、ようやく射出が止んだ。  
 亀頭に生まれたむずむずした感覚がやがてくすぐったさに変わる。  
「え、えみる、もういいよ。ありがとう……」  
 えみるの手に指を添えて言う。  
「あったかくてヌルヌルしてる……ねぇダーリン、精子…出たの?」  
 水の中とあって射精の瞬間は見ていないはずだ。  
 それでも精液のほとばしりを手が感じたのだろう。頬を染めたえみるが僕を見上げる。  
「……うん、イッた」  
「えみりゅん、ダーリンを気持ちよくしてあげられたんだよね?」  
「うん。小さくなったろ? 気持ちよかったからだよ。……えみる、ありがとう」  
 抱きしめる腕に力をこめる。  
「えへへ、えみりゅんうれしいりゅん!」  
 ハーフパンツから指を抜くと、そのままえみるが僕の胸に頬を寄せた。  
 
 射精が終わり、興奮が収まると急に恥ずかしくなった。  
 海の中に精液を放出したせいか、水着の不快感はそれほどなかった。  
 それよりも別の感情が僕の心に湧く。えみるにこんなことをさせてしまった罪悪感が押し寄せる。  
 えみるの顔が気恥ずかしくて見られない。  
 それでなんとなく視線を泳がせると、遠くの波間を漂っている物体に目が止まった。  
「あっ! ウイリーくんが!」  
 僕が指差したほうを見てえみるもあわてた声を出す。  
「えぇっ! ダーリン、ウイリーくん連れもどして!」  
「うん、ちょっと待っててねえみる」  
 そう声をかけると僕は泳ぎだした。  
 
 夏はまだ始まったばかりだ。  
 えみると一線を越えるのもそう遠いことではないかもしれない。もしかしたら、この夏……。  
 ウイリーくんに向かって泳ぎながら、僕はそんな予感を覚えていた。  
 
 
         おわり  
 

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