「旅立ち B」  
 
 
−ロンドン。  
 
ウェールズでロジャーに別れを告げて、市内のホテルに着いたの  
は夜遅く。チェックインはマルガリータに任せて、俺はアリスの  
横で一休み。  
「ふぅ…」  
「ウル、疲れたの?」と、アリス。  
「ん? いや、へーき。だいじょーぶ」  
軽く手も振って見せる。ホントはこの手はアリス、お前に触りた  
くてしょうがないのに。  
「お待たせ」と、マルが鍵を持って帰ってきた。  
「男衆は若い方で1部屋、若くない方で1部屋ね。ウル達の部屋  
は3階。残りは1階よ」  
「なんで僕たちだけ上?」と、ハリーが拗ねる。  
「若いんだから荷物持って上がれるでしょ。部屋が空いていない  
んだから仕方ないじゃない」  
「ハハ、頑張れ若僧ども」と、朱震が笑う。  
俺はアリスのことばかり考えている。  
 
マルガリータが鍵を分けつつ、皆を見渡した。  
「明日一日だけ、皆でゆっくりしましょ。夕食はどこかのお店で  
洒落込むつもりよ。皆、それでいいわね?」  
意識はしていても、誰もこれまで言わなかった。いずれ俺たちは  
別れていくことを。  
しばらくの沈黙の後、髭をこすりつつ口を開いたのは朱震。  
「そうさな、それがいいだろうな」  
「マルガリータ、貴方にお任せします」と、キース。  
「気合い入れちゃうから♪」  
「ごちそう! ごちそう!」ハリーは目を輝かせて。  
「よろしくお願いします」と、アリス。  
つと、マルが俺を見た。  
「ウルもいいわね?」  
「ああ、いーよ…」  
「んっもう、元気ないわねっ。とっとと寝なさい!」  
「おっけー」  
傍らからアリスの視線を感じる。実を言えば、俺の頭の中はアリ  
スで一杯で、他の事はあまり考えたくない。  
「ウル、大丈夫?」アリスは本当に心配してくれている。  
「だいじょーぶ」と、無理やり笑ってみせ、雑嚢を担いで立ち上がった。  
本当は大丈夫じゃない。このままアリスを部屋に連れ込みたい。  
柔らかな体を抱きしめたい。繊細な髪に顔を埋めて、好きなだけ  
アリスのニオイを嗅いでいたい。それからそれから…。  
我慢の限界に達しないうちに、俺はロビーを後にした。ハリーが  
慌ててついてこようとすると、「待って!」と、マルに呼ばれた  
ようだ。構わず階段を上る。  
 
3階の廊下は静かで、小さな常夜灯の助けを借りてやっと、部屋  
の番号が読み取れる。そういや、鍵はハリーが持っていたっけ。  
廊下のへりに寄りかかって目を瞑る。  
…満州から始まって、長い、長い旅をしてきた。最初に会ったの  
はアリス、お前だった。アルバートに拐われそうになり、車両の  
隅で震えていた女。あの時は、こんなに想うことになるなんて、  
思ってもいなかった。  
顔は可愛いし、スタイルも悪くないから、運が良ければ…なんて、  
俺はかるーく考えてた。まだお互いのことが分かっていなくて、  
アリス、お前は俺を相当に警戒してたよな。  
それから人食いの村へ行って、じじぃと会って。  
奉天に行って、マルと会って。  
いつだろう、お前が裏表のない、本当に素直な女だって気付いた  
のは。声に導かれたからだけではなく、本当に守りたいって思い  
始めたのは。  
 
「ウル!」ハリーの声。響かないよう、声を落としている。  
「ゴメン、待たせちゃったね」部屋を見つけ、手早く鍵を開けて、  
俺を先に通してくれる。  
「マルにナニ言われたんだ?」俺は窓際のベッドを確保して、  
コートを脱いだ。  
「えっと…、まず、朝食に遅れないよう、ウルを叩き起こすこと。  
それから、明日の夕食には母さんも連れてきて欲しいってさ」  
ベッドに腰掛けて、足をぶらつかせるハリー。  
「ふーん…」  
確かに、この旅のそもそものきっかけは、クーデルカだ。彼女が  
いなければ、俺とアリスは出会わなかった。そして上海に行くこ  
ともなく、アルバートと対決することもなかっただろう。マルガ  
リータらしい配慮と言える。でも、俺の頭の中は今、アリスで  
一杯だ。他のことを考えるのはやめ。  
のそのそとベッドに潜り込み、ハリーに背を向ける。  
「おやすみ、ウル」ハリーが灯りを消した。  
「ああ、おやすみ」  
正直、目を閉じても、頭は冴えていて、すぐには眠れそうになかった。  
浮かぶのはアリス。アリスばかり。  
 
今頃は髪を解いて、寝間着になっているだろう。銀の髪が顔を縁  
取り、さらさらと背中に流れているだろう。寝間着を開けば、優  
しげな肩も、愛らしい乳房も、ほっそりとした腰もみんな見える  
だろう。  
すぐに体の中心が熱を帯びてくるのがわかる。隣にハリーがいる  
以上、何もできないのが本当に辛い。隣のベッドでは、何も知ら  
ないハリーが寝返りを打った。  
俺はまだ、アリスのふっくらした唇と、柔らかな手、そして服越  
しに抱いた肩の感触しか知らない。よくもまぁ辛抱してきたもの  
だ。いっそ金で解決できる女だったらどんなに楽だったか。  
抱きしめたい。頬を寄せ、体を重ね、奥底まで繋がりたい。アリ  
スに埋もれてしまいたい。今や熱は体の中心だけでなく、腰から  
背中まで広がっているようだ。頭も痛い。  
 
様子を伺うと、ハリーはとっくに寝入ってしまっているようだった。  
俺は意を決し、そっと起き上がる。  
寝間着の上にコートをはおり、静かに部屋を出る。もう夜も深い。  
廊下はしんとしている。他の部屋も一様に休んでいる頃だろう。  
まるで俺は泥棒のように、前屈みになって、足音を忍ばせ歩いていく。  
廊下の果てにある手洗いは、かすかに消毒液のニオイがした。高  
級の宿じゃないから、まぁそこそこの綺麗さ。むしろ今までの旅  
では相当にマシな部類。マルガリータの選択に感謝。  
一番奥の個室に入り、寝間着をまくりあげて腰掛ける。冷たい陶  
器の感触が尻から熱を奪うが、それでもまだ高熱を発し続ける怒  
張が、天井を指して衰える気配もない。右手でそれを握り締め、  
上下に擦り始める。耳だけは澄まして。  
(なにやってんだろ、オレ…)  
こんな場面をアリスに見られたら、きっと呆れられてしまうだろ  
う。彼女は男が自家発電する所なんて、間違いなく見たことがな  
い筈だ。いつか懺悔してみようか。どんな顔をするだろうか。  
 
筋肉が緊張してくる。右手がもたらす快楽に、偽りの快楽に、そ  
れでも体は反応している。息が荒くなる。依然、外には人の気配もない。  
こんな行為をするのは随分と久しぶりだった。天凱凰に取込まれ  
て閉じこもっていた時は、性欲どころの話じゃなかったし、墓場  
から戻ってからは、いつも誰かしらと一緒だった。それにやるべ  
きことも何かとあったから、こういったことを考えずに済んでい  
た。きっと、全てが終わった今だから、余計に高まってしまうのだ。  
噛み締めた唇から、それでも息が漏れる。脳裏にはアリスの裸身  
を思い浮かべ、手を機械的に動かしていく。身体中が張り詰めて  
いる。背中から呼び覚まされるような感覚。高みへ、更に高みへ。  
アリスの笑顔が目の前に広がる。  
 
その時が来た。  
反射的に右手は根元を握り締める。頂上で踏み止まって、左手に  
握っていた紙で包んでから少し緩めれば、ビクビクと動く高まり  
から快楽の残滓が吐き出される。頭が痺れるような感覚。急速に  
引いていく快感。  
「はぁ…」  
自然と肩が落ちた。自家発電の後始末ほど、気の滅入るものはな  
い。アリスと出会う前は、貯まったから仕方ないと割り切れたけ  
れど、今は違う。アリスとヤりたい。だから尚更にむなしい。  
カスを全て流して、俺は相当に丁寧に手を洗い、ようやく眠りに  
つくことができた。幸か不幸か、アリスの夢は見なかった…。  
 
−皆で朝食を囲む朝。  
 
やはり俺は寝坊した。マルガリータに念を押されていたハリーに、  
執拗に揺り起こされ、挙句には奴の電撃まで食らってようやく目  
が覚めた。目覚まし係がハリーなのは正解だった。  
体の芯がどことなくダルい。抜いたおかげか、朝立ちしなかった  
のを幸い、手早く着替えて階下に降りる。  
「ああ、やっと来たわ。ハリー、お疲れさま」朝から顔に気合い  
の入っているマルガリータが、呆れた風情で手招きをしている。  
「まったくだよ! 僕、何度も起こしたんだよ!」と、ハリー。  
「でしょうね」  
「坊主もこればかりは本当に変わらないな」朱震が笑う。  
「うっせー」  
アリスは、マルの横で、愛らしく微笑んでいる。銀の髪はいつも  
通り、きっちりと編み込まれている。  
「おはよう、ウル♪」  
「オハヨ」(ああ、やっぱりカワイイなぁ。朝のキスぐらいしたいよ)  
「眠そうね」  
「眠いよ」(ブチューとしてくれたら、目がさめるよきっと…)  
「ふふ。皆、待っていたのよ。さぁ行きましょう」  
 
朝食は、ハリーが知っている近くのカフェに行くようだ。マルガ  
リータとハリーが先頭に立ち、俺はテレテレと最後尾を歩く。ア  
リスは朱震と何やらお喋りに夢中だ。頭が揺れる度、大きなリボ  
ンも揺れる。ああ、ほどいてみてぇ。  
いつの間にか、キースが横を歩いていた。  
「大変そうですね」と、小声で。  
「わかる? わかってくれる?」俺も釣られて小声になる。  
「私はこれでも現役の男性ですからね」カッコつける様が憎たらしい。  
「400年生きてるヤツに言われたくねぇな」  
「同情はしていますよ」  
「それはそれはありがたいことで」  
「今しばらくの辛抱です、フフ」思わせぶりなセリフだけ残して、  
キースは行ってしまった。何なんだ、いったい…  
キースに励まされたのかどうかよくわからないうちに、カフェに  
着いた。その頃には俺の目も程々に覚めていたし、腹も空いてい  
る。席は勿論、アリスの隣を確保。メニューはマルとハリーにお任せだ。  
 
「はい、どうぞ」アリスが半分に切った果物を差し出してくれた。  
「おう」  
「アリスちゃん、この爺にもおくれ」と朱震。  
「もちろんどうぞ」アリスはにこにこと先ほど俺に手渡した残り  
を朱震に渡し、もう一つ輪切りにした。  
「こっちのミカンは皮が黄色いし、厚いし、…ふむ、酸味も違う  
のぉ」皮を剥きつつ、朱震は指を舐めた。  
「そりゃ爺ちゃん、種類が違うんだろーよ」と言いつつ、俺も真  
似をする。確かに、満州のミカンとはまた違って何ともウマイけ  
れど、薄皮がメチャクチャ邪魔だ。噛みきれない。  
「あら、二人とも!」と、目ざといマルガリータの声。  
「それはグレープフルーツって言うんだけど、小袋は食べないのよ。  
そこの匙ですくって食べるのよ」  
「あっ! 私が言わなければいけなかったのね、ごめんなさい!」  
と、アリスが慌てる。  
「いーよ、食べられるから」と、俺。仕方がないから薄皮を剥い  
て食うことにする。  
「なんとも洋風じゃの」爺ちゃんの手つきはおぼつかない。  
「今から匙使っても手遅れなんじゃねー?」  
「じゃな…」  
 
その間にも、テーブルには何やら白いもの飲み物のような物と、  
茶色の粒が盛られた盆が届いた。  
「これはぁ?」と指差してアリスに聞くと、彼女の返事より早く  
ハリーが、「シリアルもヨーグルトも知らないのかよぉ」っと  
突っ込んできた。  
「なんだと、このガキ!」思わず立ち上がる。  
アリスが慌てて俺のコートを掴み、すかさず、「ちょーっと待った!!」  
と、マルガリータが手で制止する。  
「ウル、とりあえず落ち着きなさい。みっともない。座って」  
「あ、ああ…」(いやまだ落ち着いてないけど)  
「それから」と、ハリーを真っ直ぐ見るマルガリータ。  
「ハリー、違う文化圏の人を馬鹿にしちゃダメ。貴方だって他所  
の土地へ行ったら何もわからないのと同じなのよ」  
「え…あ、ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだよ」  
まだ心配なのか、アリスの手はテーブルの下でコートを掴んだま  
まだ。俺はその手にそっと手を重ね、もう大丈夫だからと頷いて  
見せる。アリスの手はゆるゆるとコートからほどけた。折角だか  
ら俺はそのまま、柔らかな彼女の手を握りしめる。  
マルの説教はまだ続いていた。  
「…わからない人には教えてあげる。自分がわからない時には教  
えを乞う。それぞれ相手を大事にすることが、皆が仲良くする為  
にも大切なのよ」  
「う、うん…」  
 
「さて、『入郷而随郷、入俗而随俗』と、昔の人は言っておった  
な。改めてワシらに優しく教えてくれんか、お嬢ちゃん」と朱震。  
アリスはキョトンとして爺ちゃんを見、振り返って俺を見る。  
「今、何て言ったのかしら、難しかったわ」  
「俺に聞くなよ、わかんねーから」  
「ハハハ。『郷に入っては郷に従え』、つまり、よその土地にお  
邪魔したらその土地の習慣に従いなさい、ということじゃ。で、  
これはどうやって食べたら良いのかね?」  
「あ、はい! まず、そのシリアル…粒ですね、ええ、それを小  
皿に…」爺ちゃんに説明するために、アリスの手が離れていった。  
もっと握っていたかった…。  
「…ウル?」唐突な、アリスの声。  
「んあ?」  
瞬きしてよく見れば、先ほどのしりあるによーぐるとをかけたも  
のを、アリスが持っている。  
「はい、ウルの分。かき混ぜて、お匙ですくって食べてね」  
「あ、ああ…」  
混ぜて、かっこんだ。味は正直、よくわからなかった。  
 
マルガリータが、先ほどから眉根を寄せている。  
「どうしました?」とキース。パンを扱う手つきもさすがに優雅だ。  
「いえね、二人がチョップスティックの国の人だってことを失念  
していたのね、私。夕食はどんなお店にしようかしらって考え  
ちゃって…」顎に手をあてて。  
「気張らないお店が良いでしょうね。できれば個室で」と、キース  
の助け船。  
「そうね。後でホテルの人に聞いてみましょ」  
「僕が手伝おうか? 知り合い多いし」と、ハリー。  
「あらぁ、助かるわ」  
「後で母さんと一緒に探してくるよ」  
「お願い。時間は少し早めでね」  
「うん、わかった」  
 
割とたっぷりした朝食を終え、お茶のお代わりなぞアリスに注い  
で貰っていると、朱震がマルガリータに声をかけた。  
「今日は夕食のほかはどんなつもりかいの? ワシは船の都合も  
聞いてきたいんじゃが」  
「もちろんそれも予定のうちよ。まず仕立屋に行って、その後、  
港湾事務所に行くわ。ハリーはその間にお店探し。午後は公園で  
ピクニックね」  
「シタテヤって何しにいくの?」と、俺が聞くと、  
「お洋服を作りにいくんです」と、アリスが答えた。  
「へぇ、どんなの? 透け透けの寝間着とかぁ?」  
一瞬、皆が押し黙り…  
「………………もう、ウルのバカ!!」顔を赤くしたアリスに、  
思い切りスネを蹴りつけられた。  
「い、いてーよ、アリス…」  
「知りません!」アリスは目を合わせない。  
「ごめん、悪かったよアリスぅ…」  
「謝ってもダメです」  
「………………」(やべぇ、怒っちゃったかな?)  
見れば、マルも朱震もハリーも、キースまでもが目頭や腹を押さ  
えて笑っている。  
「見せ物じゃねーよ、くそぉ…」俺はフテるしかなかった。  
 
昼に落ち合う約束をしてハリーと別れ、マルガリータの案内で仕  
立屋に向かった。アリスはまだ怒っているのか、マルと連れだって、  
先頭をずんずん歩いていってしまう。  
「…なぁ爺ちゃん」  
「なんだ坊主」  
「女心ってむずかしーね」  
「これから学べば良いことさ。時間はたっぷりあるだろうよ」  
爺は髭をしごいた。  
「そうですよ、朱震さんの言う通り」と、キース。  
「キースはさぁ、色々と経験あるんだろぉ? ここ一番の手とか  
教えてくれないわけ?」  
「手ですか…? 私はそれほど苦労はしていませんからね。心の  
指し示すまま、相手を讃えあっていれば、いずれ心が相通じるも  
のですよ」  
「はぁ………むずかしいこと言うなよ…」  
朱震の手が、俺の背中をポンポンと叩いた。  
「いつも優しく、急かさず。坊主はちと我慢することを覚えにゃ  
いかんな」  
「ガマンかぁ…、してるつもりなんだけど」  
「ああ、応援しておるぞ」  
 
仕立屋は下町の入り口に在った。  
ショーウィンドウには人形が並び、ヒラヒラのついたものから大  
胆なデザインのものまで色々に着飾っている。店構えを見る限り、  
女性用が多いようだ。  
「外で待っていてね♪」と、マルに押し出されたのは俺と爺。  
「なんでキースはいいんだよ…」とぼやいてみても、入れてくれ  
るつもりは毛頭ないらしい。  
「まぁそうしょぼくれるな」と爺ちゃん。  
「ワシらが婦人の服に囲まれておっても、何の役にも立たんよ」  
「でもさ…」俺は空中にのの字を描いた。  
「彼女らなりに考えがあるのじゃろ。結果を楽しみにしていよう  
じゃないか」  
 
程なくして、マルガリータとキースだけが店から出てきた。  
「アリスは…?」  
「まだ採寸しているわ。お昼までかかるから、その間に事務所ま  
で行くのよ」  
「アリスを置いて?」  
「ええそうよ。それとも、ウル一人でここに残っていてもいいの  
よ? 心配なら」  
「う…ぐぅ…」(心配だよ、ああ、思いっきり!)  
マルは、俺の顔を面白そうに観察している。  
「ふーん……。お爺ちゃん、ウルはここに残りたいようよ。  
私たちだけで行きましょう」  
「そーかそーか」  
「え、何、まじ? 置いてっちゃうの、ねぇ…」  
三人は顔を見合わせて笑い、「切りの良いところで中に入れて貰  
えるよう、頼んでおきますね」と、キースが店に戻る。  
「なぁ?……この扱いの違いはなんで?」  
「センスの違いよ。美的センス!」マルにバッサリ斬り捨てられた。  
何なんだ、今日はホントにもう…。  
 
ずいぶん長いこと待たされた気がして、ようやく、店から小太り  
な婦人が現われた。  
「ああ、あなたね。お待たせしてごめんなさいね。中に席を用意  
しましたから、どうぞお入りくださいな」  
ドアの中は何と言うか、懐しいような、色っぽいようなニオイが  
する。大きく巻かれた布地が山のように積まれ、傍らには端切れ  
の小山もある。  
「あ、ウル! こっちよ!」アリスの声。  
見れば、全くいつも通りの格好をしたアリスが、壁際の椅子に腰  
掛けていた。俺も隣に座る。  
「なんだ、作ったんじゃないのか?」  
「そんな早くはできないわ。今、ご主人さんが布地を裁断してい  
るでしょう? それから仮縫いをして確かめて、本縫いをして、  
ようやく出来るのよ」アリスが示した店の奥では、痩せた男が大  
きな作業台を前にして布地を切っているところだった。  
「でも、何だって服なんか?」  
「ん……昨日ね、私とマルガリータさんでお話していてね、二人  
で思いついたの。いつもの旅行着以外にも、可愛いのを一枚、仕  
立ててみたらどうかって」  
「ふーん…かわいいのか…」  
 
婦人が運んできた紅茶を飲む。しばらく二人で押し黙っていたが、  
俺の方が耐えられなくなった。  
「あのさ…」  
「うん?」  
「さっきは、エロいこと言って、ごめんな」  
「…うん…」アリスは、呟くように。  
「……まだ怒ってる?」  
「ううん。もう、怒ってない。ちょっと、照れちゃうけどね。  
ウルも、足、大丈夫だった?」と、見下ろすので、  
「へーき」とブンブン振ってみせた。  
アリスが笑う。笑ってくれたので、ようやく、何か、落ち着いた  
気がした。それからしばらくお喋りをして、そのうちに婦人がア  
リスを呼びに来た。  
「もうちょっとだから、待っててね、ウル」  
「ああ」  
カーテンに仕切られた向こう側で、婦人の低い声が時折聞こえる。  
俺は、ショーウィンドウの外を行き交う人たちを見るともなしに  
見ていた。  
(俺たちはこの後、どうなるんだろう…。アリスと別れるつもり  
なんてない。満州へ戻る意味もない。アリスはどう思っているん  
だろう…)  
 
戻ってきた爺ちゃんによれば、具合のいいことに、船は明後日に  
出るらしい。  
「何ヵ月も待たされるのじゃ、たまったもんじゃないからの」  
「満州まで戻るんだと大変だーね」  
「ワシの帰る場所じゃからな」  
「帰る場所、かぁ…」  
朝のカフェで作って貰った弁当やら何やらを持たされて、俺たち  
はどっかへ向かっていた。相変わらずマルガリータが旗振り役だ。  
ハリーとクーデルカも途中で落ち合った。  
「いい店みつけたんだよ」と、ハリーがキースに説明している。  
「どんなお店ですか?」  
「ご夫婦でやっている家庭料理のお店でね、美味しいんだって」  
「今晩は私たちの貸し切りですわ」と、クーデルカ。  
「そりゃあんだけ小さかったら他に入れないよ、母さん」  
「気を使わなくて良さそうですね」  
「バッチリさ!」  
 
しばらく歩いて着いたのは、綺麗に整備された公園だった。芝生  
のあちこちで敷物や椅子を広げて寛ぐ姿が見える。  
「ピクニックだ」とハリーがはしゃぐ。  
「そうよ、ピクニックよ」とマルガリータ。  
「ゆっくりお茶できますね」とアリス。  
爺と俺は顔を見合わせる。  
「ほぅら! 荷物持ちはとっとと運んで頂戴! あっちの池の近  
くがいいわ」  
マルが指さす方に歩きつつ、「ぴくにっくって何?」とアリスに  
聞いてみる。  
「ピクニックっていうのはね、欧州でも特に英国の人が好きな習  
慣で、芝生の上で、ゆっくりお茶やサンドイッチ、お菓子を楽しむの」  
「えーとつまり、食べるだけ?」  
「うん、そう。でも、今まで楽しくゆっくりできる時間がなかった  
から、嬉しい♪」と、アリスはにこにこしている。アリスがいいって  
いうなら、いいや。  
 
ぴくにっくは、本当に食べて、おしゃべりするだけ、だった。  
これまでの旅を皆で振り返ったり、思い出に浸ったりしながら、  
だらだらと過ごした。喋るのはアリスに任せて、  
俺はその横で芝生に転がり、青空を見上げていた。  
こんなにゆっくり空を見たのはいつだったろう。  
ウキが上がったあの日の空は荒れていた。あの時は、時間がこんなに  
ゆっくりしているなんて思わなかった…。  
 
空…。親父と見たあの夕焼け空は、今もまだ俺の記憶の中にある。  
丘の上から見下ろす夕陽は赤く大きく輝いている。土のニオイ、  
草のニオイ、風のニオイ。母さんが作る夕飯のニオイ。  
もうあの頃には帰れないのに…。  
 
「……ル! …ウル!!」アリスの声がする。  
「んあ…?」  
揺り起こされて目が覚めた。  
「まったくよく寝る坊主じゃの」  
「それ以上育っても仕方ないでしょうに」  
どうやらぴくにっくはお開きで、荷物もすっかり片付けられている。  
「あれ、俺、そんなに寝てた…?」  
「もうぐっすり。きっと疲れてたのね」アリスが微笑む。  
確かに、体の芯のダルさは消えていた。相当に良く寝ていたらしい。  
「ほら、荷物持って! 行くわよ!」と、仕切り屋マルガリータから  
籠を押し付けられる。  
「なんか、俺ばっかり荷物持ちじゃない?」  
「力有り余ってるんだからいいでしょう」  
「うふふ、私も持とうか?」とアリスが見上げてくる。  
「いや、いーよ、こんぐらいへーき」  
相変わらず最後尾をテレテレ歩く俺の隣を、アリスも合わせて  
歩いている。この状況は、少し、嬉しい。  
 
「さっきね、ウルが寝ていた時」  
「うん」  
「皆がこれからどうするのかなんてお話もしたのよ」  
「爺ちゃんは満州に帰るんだろ?」  
「そう。キースさんはあちこち見て回りながらお城に帰るんですって」  
「よーやく本当の観光だな」  
「そうね、うふふ」アリスが頭を振ると、銀の光がきらきらと映える。  
「マルやハリーたちは?」  
「マルガリータさんは、明日からお仕事復帰。忙しいのね」  
「スゴウデは大変だぁね」  
「そしてね、クーデルカさんとハリーは、米国に渡ってお父さん  
を探すんだって。それにラッツのこともあるし…。今夜はあそこ  
の後片付けをするみたい」  
「そか…」  
「無事にお父さん見つかるといいね」  
「そーだな」  
俺の心配事はそこじゃなかった。俺とアリス。俺たちの今後。  
アリスがふと、押し黙った。見下ろすと、アリスも見上げてきた。  
 
「アリス…」  
「うん」  
「アリスはどうすんの?」  
「うん…」  
つと、視線を外される。  
「私はね…」  
ゆっくりと、一語づつ、確かめるように。  
「ウルと、一緒に、旅を、したいな…」  
アリスの頬が、ほんのりと紅くなったような気がした。夕陽のせ  
いばかりではなく。  
「…ウルは?」見上げてくる視線は真っ直ぐで。  
「お、俺は………、アリスと…、一緒なら……」言葉が、どうしてこう、  
詰まってしまうんだろう。  
「一緒なら?」  
「一緒なら…、どこへでも行くよ!」言えた。俺の顔もきっと  
赤くなっているに違いない。構うもんか。  
「うん! 一緒に行こうね」  
アリスの笑顔は輝いていて、超可愛かった。  
 
−最後の晩餐。  
 
夕食の前に、仕立屋に寄った。男性陣を外に待たせて、女三人だけで  
楽しげに入っていく。  
「どこの国でも、女人は寄れば賑やかじゃな」  
「きっと古来からそういうものなのですよ」  
「然り然り」  
それほど待つことなく、マルガリータとクーデルカが出てきた。  
「あれ、アリスは?」  
「すぐ来るわ。びっくりするわよ」  
「ええ本当に。可愛らしくて」  
「ほほぅ」  
店の主人と婦人も出てきた。二人とも満面の笑顔だ。マルガリータと  
挨拶なんかをしている。  
そして、ドアが開いて。  
ほのかに白い、ふんわりとした、新しい服を着たアリスが、そこにいた。  
髪もゆるく編み直され、きらきらとした銀の光が、肩の上に流れている。  
はにかむように微笑んで。俺を見上げている。  
俺も、アリスを見つめている。そこにいるのはアリスだ、  
間違いなくアリスだ。それでいて何か神聖な、  
まるで妖精のような気配を、俺は感じていた。  
「これはこれは…」  
「嬢ちゃん、お似合いだぞ」  
「お姉ちゃん、素敵だ」  
俺は、言葉も無く、アリスを見つめていた。  
アリスは俺の目の前に、静かに歩いてきて、小首を傾げた。  
「…ウル?」  
「あ…、う、うん」  
期待を込めた一同の視線が、俺に注がれているのを感じる。  
「…に、似合うよ!」(メチャクチャ照れるじゃないか!!)  
「良かった! ありがとう」  
 
アリスはおずおずと、手を俺の肘に回してきた。  
「え!?」  
「…エスコートしてね」いつもより小さな声。  
「あ、ああ…」  
「そうそう、それでいいのよ、アリス」マルガリータはニヤニヤ  
笑っている。一部始終を楽しんでいるに違いない。しかし、奴の  
策略にまんまとハマル俺がいるわけで…。  
 
道中、俺もアリスも言葉少なく、でも、アリスの指は俺の肘を  
しっかり掴んで離さなかった。俺も、すぐ隣にいるアリスの感触  
を、気配を、痛いほどに感じながら、肩を並べて歩いた。きっと  
二人とも顔は赤かったに違いない。他の一行は、そんな俺たちを  
放って、先へ先へ歩いていく。  
 
下町に入ってしばらく歩いて、ようやく目的地に着いたようだった。  
小さな看板が軒先に出ている以外、まるで普通の家のようだ。  
「いい匂いがするわ」  
「楽しめそうですね」  
玄関に立つと、内側からドアが開いた。  
「ようこそ、皆さま。お待ちしておりました」と、年輩の男性。  
主人だろうか。通されたのはやや広めの客間。家庭的な優しい空間に、  
人数分の席と食器がセッティングされている。  
キースが、マルガリータのために、優雅に椅子を引いてやっている。  
「どうぞレディー」  
「ありがとうキース」  
なんか悔しいので俺も真似をする。ぎこちなく。  
「どうぞ、アリス」  
「ありがとう、ウル」振り返るアリスはやはり可愛くて。  
この際、外野の意味ありげな視線なんかは全部シカト。アリスが  
喜んでくれるならそれでいいのだ。  
 
店の主人は気の置けない人柄で、運んでくる料理はどれもウマかった。  
俺も爺ちゃんも、アリスやマル、クーデルカの助けを借りながら、  
充分に堪能した。主人の話では、奥さんが料理担当で、  
主人が接客担当なんだと言う。  
デザートのぷでぃんぐが来た頃には、さすがの俺も満腹で、  
気持ち良かった。隣のアリスも満足げな表情で寛いでいる。  
「ねぇアリス」と、マルガリータ。  
「はい?」  
「ホテルの場所はわかるでしょう?」  
「え、ええ。だいたいわかります」  
「今日は満月よ。二人でのんびり散歩しながら帰ったらどうかしら」  
アリスに話しつつも、マルの目はじっと俺を見ている。まるで  
挑発するように。  
「お散歩…。ね、ウル、どうする?」  
見上げてくるアリス。そりゃこんな美味しい状況を断る手はないだろ。  
「い、いーよ、散歩。うん。腹ごなしにもいいね、きっと」  
マルが笑ったような気がした。  
 
店を出て皆と別れ、俺たちはゆっくり街路を歩いていた。  
確かに外は満月で、俺たちの影も長く伸びている。  
「今まで、色んなことがあったね」ポツリと、アリス。  
「ああ…」(爺だらけだったけどな…)  
「ウルは、もう、大丈夫?」  
アリスの手が、俺の手に触れた。  
「ん、何が?」  
俺は、アリスの手を握った。  
「自分の力とか…」  
アリスも、握り返して来た。  
「そうだな……もう、ぜんぜん怖くないって言ったら嘘だけどさ…」  
二人分の足音が、街路に響く。  
「でも、俺の力があったから、アリスを守れた。アリスがいてく  
れたから、この力を持っていていいんだって思えるようになった」  
「うん」  
「苦しくて、イヤで、怖くてしょうがなかったフュージョンも、  
苦しくなくなった」  
「そうだね」アリスはそれを知っている。  
「俺は…………」胸を押される感覚。  
「俺は……アリスがいなかったら、ここまで来られなかった。  
……ありがとう」  
アリスは空いた手を自分の胸に当て、祈るように目を伏せる。  
そしてしばらく、沈黙が流れて。  
「私も、ウルが、いてくれたから……。  
『ありがとう』って言わないといけないね」語尾が震えている。  
 
微かに、アリスは泣いているのかも知れない。  
街灯の下、他に人の姿は無く。  
俺は足を停め、アリスの顎に手を添えて、上向かせた。  
青い瞳はやはり潤んでいて。  
その青い色を覗き込むように顔を近づけると、アリスは目を閉じた。  
瞼の縁から涙の粒がこぼれる。そのキラキラがキレイだなと思いながら、  
そっと唇を重ねた。アリスの感触を味わった。  
繋いだ手が震えてくるまで、アリスを離さなかった。  
 
長い口づけの後。  
アリスの体が柔らかくなって、俺にふわりと体重を預けてきた。  
俺は全身で受け止めて、広がった髪ごと、うつむく肩を抱く。  
「なぁ、アリス」耳許で。  
「うん…」俺の胸元から小さな頷き。  
「泣きたい時は、俺の所で、好きなだけ泣いていいから」  
「うん…」  
「我慢するなよ?」  
「うん…」  
腕の中のアリスはまだ少し震えていたけれど。  
「どう? 帰れそう?」  
「うん…」  
「でもさ、俺、道、わかんないから」  
「…わからないの?」  
「そーなの。連れてってくれないと」  
胸元でくすくすと笑う気配。  
「…もう、仕方ないなぁ」  
アリスが、顔を上げた。うん、泣いてるより笑ってる方がいい。  
「だいじょーぶ?」  
「大丈夫」  
二人で歩き始める。ゆるく繋いだ手は指を絡めたまま。  
 
−そして夜。  
 
ホテルのフロントで俺たちを待っていたのは、マルガリータの伝言だった。  
『--三人で飲みに行くから。帰りは何時かわからないわよ--』  
二人で読んで。  
「私たち、置いていかれたみたいね…」と、困惑気味のアリス。  
「あいつら……」  
「んー、どうしよう」  
振り返るアリス。  
「上の部屋で少し一緒に飲もうぜ。喉乾いた」  
モチロン、それだけじゃないけど。  
「ちょっとだけよ?」  
「ハイハイ」  
アリスを連れ、発泡酒とグラスを持って部屋に上がる。  
ここに来て、いくらバカな俺でも、薄々とは読めてきていた。  
これは、もう、最初から、マルガリータの仕組んだ計画なのだと。  
俺たちの部屋が三階だったのも、ハリーが今夜クーデルカの所へ  
行くことも、二人で散歩に行かされたのも、あいつらが飲みに  
行ってしまったのも。当然、アリスの服もその中に含まれてるんだろう。  
気のきいたプレゼントのつもりなのか。  
アリスはわかっていてついてくるのか、わかってなくてついてくるのか、  
それだけが心配だったけれど、俺に今さらブレーキを踏めってのは  
無理な話。最後まで奴の計画通りになっちまうことだけが悔しいぐらいで。  
 
窓枠を卓代わりにして、ベッドに腰掛け、二人で小さく乾杯。  
俺の一杯目は軽く飲み干して、手酌でお代わりをする。  
「ウル、飲みすぎないでね?」チビチビと飲むアリス。  
「だいじょーぶ、俺、こんな酒じゃ酔わねーよ」これはホント。  
もっと強い酒でも正体を失ったことはまだない。  
まぁ、二杯目は多少味わってみたりなんかして。  
月明かりが窓から入って、俺たちを照らしている。隣に腰掛けた  
アリスの髪がいつも以上にキラキラと光っているので、グラスを  
置いて、指先で遊んでみる。  
「ウル?」アリスが俺の指を見て。  
「ん…、きれーだね」  
「…髪が?」何にも警戒してないアリス。  
「アリスも。」俺の全身は無茶苦茶ガマンしている。  
「照れちゃうな…」アリスは俯いて。  
髪をもて遊んでいた手をアリスの肩に回して、抱き寄せた。  
ことん、と頭が肩にぶつかる。力の無い手からグラスを取り上げ、  
窓に並べる。  
 
アリスは俺の肩に頭を預けたまま、動かない。柔らかな胸の感触  
が、布越しに伝わってくる。呼吸する度に、上下している。  
アリスの頭を抱きしめるような形で、腕を回す。緩やかに編まれ  
ていた髪も解いて、柔らかな手触りを手で一杯に楽しんで。  
アリスは人形のように、じっとしている。でも、目を落とせば、  
手は固く握り合わされ、緊張を示している。  
髪に遊ばせていた手を降ろして、アリスの手を取った。結び合わ  
された指が解けて、躊躇うように、俺の手に指を預けるアリス。  
その手の甲にそっと口づける。細い指にも。何度も、想いを込め  
て唇を這わせる。俺は目を閉じて、その事だけに集中した。  
アリスが動いた。  
俺に預けられていた手が開いて、俺の頬を撫ぜる。  
目を開ければ、アリスの青い瞳が、真っ直ぐに俺を見ていて。  
二人で、見つめ合って。  
アリスに吸い込まれるように、口づけを交わした。唇に残った酒  
の香りを舐めとり、離れてはまた、口づけて。柔らかな唇の中に  
ある歯にも触れ、おずおずと差し出された舌を吸い、からめ、  
お互いの感触を確かめ合った。  
 
何分そうしていたかわからない。唇を離して、お互いに深い吐息  
をついた。  
「アリス…」不意打ちや強行突破は俺の願うところではないから。  
アリスの濡れた瞳が俺を見上げている。  
「俺は、今、お前を、抱きたい…」  
断られたら、今夜はガマンする。腹を決めて。  
アリスはしばらく目を閉じ、ゆっくり頷き、そして目を開けた。  
「私も…、貴方を…、抱きしめたい」  
アリスが、俺の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。  
俺は両手でアリスを抱きしめた。細い体が折れないように、  
抱きしめた。  
 
花びらをはがすように、一枚づつ、アリスの服を脱がせる。  
アリスも真似をして、俺の服を脱がせる。  
アリスの可愛らしい乳房も腰のラインも、髪よりややかげった  
色合いの茂みも、全て月光の元に晒されて。  
同時に、俺の全てもアリスの前に晒されて。  
アリスは流石に気恥かしかったのか、最後の方はずっと目を閉じて、  
頼りなげにしている。  
ゆっくりとベッドに寝かせて、両手で、アリスを確かめる。肩から腕、  
腕から指。腋から腰、腿から膝、爪先まで。  
緊張しているのか、やや固くなっている体をほぐすように、優しく揉む。  
唇で体の表面をなぞり、吸い、時々戻っては、深い口づけを落とす。  
アリスの息が、少しづつ荒くなってくる。  
閉ざされた足に秘められた場所には、なかなか近づけなかった。  
自分が暴走してしまいそうで。  
でも、意を決して、扉を開いた。  
アリスが恥ずかしそうに目線を外す。俺の目に全てを見せてしまった  
ことで、アリスは照れている。  
「キレイだよ」尻から腿のラインを撫でながら。  
返事はない。  
 
女性の聖域に唇を寄せて、アリスの匂いを嗅ぐ。匂いに誘われる。  
俺自身はとっくに高まりきっていたけれど、女は、ましてや初めてなら、  
男の手軽さと同様に扱ってはいけないことは、聞いて知っていた。  
初体験につきあうのは俺も初めてだったけれど。  
秘所に口づける。  
「あ……」アリスが声を漏らす。  
両手で周囲をまさぐりながら、舌は輪郭をなぞっていく。  
やはり、潤いはまだ十分ではなくて。  
手と舌で感触を楽しみながら、唾液で、潤いを補っていく。  
「ぃん……」  
谷の始まりにある小さな丘を探り当てた時、アリスが反応した。  
小さく震える。優しく舌でねぶって。存分に堪能して。  
「はぁぁ………」  
明らかに息の上がるアリス。少し汗ばんで。身体中で、  
新しい感覚を受け止めている。  
秘所から胸に向かって、ねぶりながら少しづつ上がっていく。  
両手で柔らかいふくらみを丸く包んで、先端を転がしたり、  
軽く揉み、舌で吸い付いている時には、手はまた秘所に戻して縁をなぞる。  
アリスの顔に辿り着くと、まだ彼女の味が残る唇で、思い切り深い  
口づけをした。初めて味わう自分の味に、躊躇いつつも舌を這わせる  
アリスがいとおしくて仕方ない。  
 
俺の一番熱い部分が、先ほどからアリスの腿に擦れている。  
アリスも気が付いている筈だ。これからどうなるかを。  
「怖いか?」耳許に口を寄せて。  
「ううん、大丈夫」小さな声。本当に怖くないのかどうかはわからない。  
でも、その言葉を信じるしかない。後戻りはできない。したくない。  
片肘と膝で体を支え、アリスの表情を伺う。  
「ウル…?」細く目を開けて、アリスの問いかけ。不安に違いないけれど、  
なるべく俺にそれを見せないようにして。  
「アリス、好きだよ」返事は聞かずに口づけて、ひとしきり楽しんだ。  
アリスは何とも色っぽい吐息をついて。  
「ウル……」艶っぽい声。  
「…うん」俺に手を添え、入口に導く。  
「大好きだよ」両手は迎え入れるように俺を包んでいる。  
 
アリスの呼吸を聞きながら、ゆっくり、腰を進めた。ほんの少し  
分け入っただけで、ピン!と緊張するアリス。同時に強い抵抗感。  
「力を抜いて…」くたり、と抵抗感が消え、アリスの熱を感じながら、  
深く、深く入っていく。  
「あ…、ぁ……!」アリスが鳴く。  
俺にまとわりつくアリスの感触が、暴れたいほどの衝動を駆り立てる。  
でも、今はまだ、俺の為の時間じゃない。  
最深部まで沈み込んで、腰と腰、胸と胸を合わせて抱きしめる。  
「痛く、ない…か?」俺は衝動を必死で我慢して。  
「うん、そんなに」アリスの声はむしろ落ち着いている。  
女の快感は時間がかかって開発されていくもので、男のように単純一直線  
じゃないとわかってはいても。今、一度しかないこの時を、  
少しでも良いものにしてやりたくて。  
 
アリスの顔のいたるところに、口づけした。首筋にも、鎖骨にも  
執拗に口づけした。特に首筋から鎖骨に移るあたりに、アリスが  
強く喘ぐ場所を見つけて、そこを思い切り吸い上げたり、舐めたり、  
軽く歯をあててみたりしながら、ゆっくり腰を動かし始める。  
快感が腰を中心に増大していく。  
「ぁん……や、あっ……んん……」  
アリスの声が俺の内圧を高める。体の下のアリスが悶えると、  
内奥が俺を締め付けて、俺の腰を更にざわつかせる。  
俺の理性と、白熱する衝動のチキンレース。このままじゃ負ける。  
 
俺は、膝を開いて上半身を一旦起こした。俺と繋がったアリスの  
全身が露になって、更に劣情をそそる。  
その上で、アリスの両手を俺の首にかけさせ、腰の下に腕を入れて、  
アリスを一気に持ち上げた。  
「ウル? どうするの? え…あっ!」  
すとん、と俺の胡床の上に、アリスが跨って落ち着く形になって。  
いやきっとアリスは知らないだろうけど、あっちのエロい仏像に  
こんなのがあったりする。  
「な、なんか今…、ものすごくエッチな感じ……?」  
月明かりでもわかるほどアリスは紅潮している。そりゃそうだろう。  
男の体に自分から抱きつくようにして繋がっているんだから。  
 
俺は自由になった手で、アリスのあちこちを触りまくる。  
胸から背中から尻から、結合部まで。  
「ほら…ここ、わかる?」つつ、と境目をなぞれば。  
「ウルが、入ってる…」熱い吐息混じりのアリス。目を閉じて、  
何ともエロい表情をして。  
「そうだよ、アリスの中に入ってる」アリスの手を導いて、自分で、  
触らせる。おぼつかない手つきで、自分を、俺を、確かめている。  
恥ずかしそうな、それでいて興味深そうな、そんな感じが  
とてつもなくエロい。  
アリスが両手で、俺の胸や腕をまさぐり始めた。さっきまで俺が  
していたように、所々に口づけしたりなんかして。そんなアリスが、  
ゾクゾクするほど可愛い。  
俺は、アリスの首筋に顔を埋めて、アリスも、俺の首筋に顔を埋めて。  
しばらく二人で同じように吸いあった。それから、どちらともなく、  
ねっとりと口づけて。アリスも、舌を絡める気持ちヨサをわかって  
くれたらしい。  
 
アリスは、俺の首に手を絡めて、俺の耳から首のあたりを探検し始めた。  
チョロチョロと注ぎ込まれる快感が、腰に貯まっていく。  
俺は、両手を使って、アリスとの結合部を細かく辿った。背中から  
回した手は、アリスの入口の、押し広げられた部分を撫でるように。  
腹から下ろした手は、谷の始まりの丘を求めて、茂みをまさぐる。  
「はっ……うぅん!」俺の上でアリスが硬直した。  
「どうした?」指はアリスをもてあそび続けて。  
「ウ…ルの…ゆ、びっ……ぁ…」息も切れ切れに。  
「うん、指が?」アリスの味がする指を自分でねぶって、潤いを加えて  
さらに丘を転がす。  
「…変に……なっちゃ、いそう……」アリスは、俺の肩に指を立てて  
しがみついて、堪えている。俺は、そんなアリスの首筋の一番弱い  
ところに吸い付いてさらに快感を加えていく。  
「変になっちゃう、か。いいよー、ドンドン変になっちゃって」  
指はさらに忙しなく。  
アリスがガクガクと震えるので、自分で繋がりを更に擦る形になって、  
そのエロさを自覚しているのか、ますます強くしがみつこうとする。  
その余波で内部も相当に締め上げられて、俺自身もかなりヤバかった。  
もうそれこそ鬼のように我慢した。  
 
「あぁ!……ウ…ル! ぁぁっ、ぁっ、あっあ………くぅ………」  
アリスの背筋が伸び上がり、髪を振り広げ、一際強く痙攣して、  
そして脱力した。  
倒れるアリスをそっと抱き止めて、そのまま横たえる。このまま  
続けるのは非常に簡単なことだけれども…。  
暴れる俺を押さえつけて、一旦、アリスから離れる。足もきちんと揃えて。  
アリスは目を閉じて、浅い呼吸をしている。完全に失神している  
わけではなく、刺激の強さに自失しているんだと思えた。俺の経験上は。  
ただ、このままだと、寝てしまう。それは俺にとってサイアクの事態だ。  
「アリス…、アリス…」隣に横たわり、肩に手を当てて、揺り起こす。  
「…………ん……」ものすごーく鈍い反応。  
でもとりあえず起きればおっけーなので、そのまま、瞼や額、頬に  
口づけを落としていく。胸から腹にかけて撫でまわし、耳を甘噛みし、  
首筋を舐め上げる。  
「…ん…あ、あ…」アリスの体が、意識よりも先に反応している。  
更に、刺激を加えていく。秘所を除いた全身に触れ、口づけ、まるで  
猫のように舐め上げていく。  
 
「あ……、ウル…? ぁん……」ようやく、戻ってきた。  
「アリス、キモチよかった?」頬に手を添えて、顔を見下ろす。  
「うん…」アリスは、日溜まりのように笑んで。  
口づければ、ゆっくりと口を開いて、俺を受け入れる。ゆるゆると  
手が上がってきて、俺の肩を抱く。  
「私…、変になっちゃった…。なんかね、どんどん高いところへ  
登っていって、何もかも真っ白になって…」蕩けたようなアリス。  
「そーいうのをね、イっちゃうって言うんだよ」膝を開いても、  
抵抗はない。そのまま、足の間に滑り込んで。  
「どこへいくの?」肩に口づけている俺の頭を、柔らかく抱きしめながら。  
「どこかなー。天国かなー」芽を摘むように胸にイタズラして。  
「ふぅん…」アリスの手が滑って、俺の胸を下り、腹で止まった。  
「ん、どしたの?」伏せた目を見下ろす。  
「ウルは……」アリスの視線の先はおそらく、足の間にある、俺。  
「うん、俺は?」腹で止まった手を握って、俺の股間に導く。  
アリスは、躊躇うように茂みを掻き分けて、膨れ上がった高まりに  
触れると、固まった。  
「ウルは、まだ…?」アリスの目は困惑したように俺を見上げて。  
「まだだよ」アリスの細い指を捕まえて、俺に絡ませる。  
我慢し続けのそれは、そんな弱い刺激でも敏感に吸収する。思わず  
息が漏れて、アリスの上に突っ伏す。  
 
「ウル、気持ちいいんだ、これ…」さわさわと、指が擦れて。  
「うん。イイ…」形を確かめるように指は上がったり下がったり。  
おぼつかない指先が余計に焦らすようで。  
「どうしたら、もっと気持ち良くなるの?」アリスはきっと、  
わかってる。  
「アリスの、中で、動きたい」俺が、今、唯一望んでいること。  
成し遂げたいこと。  
アリスの手が戻ってきて、俺の頬に触れた。  
「ウル…」顔を上げれば、アリスの目は、俺を見上げていて。  
「ごめんね。私の為に、いっぱい我慢してくれてたんだね?」優しい声。  
「うん」ああ、アリス。俺の大切な宝物。泣きそうなぐらいに嬉しい。  
「もう、我慢しなくていいよ」赦しを得て。  
「目茶苦茶にしちゃうかも」アリスの湿り具合を確かめる。  
「いいよ。今度は私がウルを気持良くさせてあげたい」両腿を持ち上げて、  
アリスの谷に口を寄せる。アリスの手が、俺の髪をまさぐる。  
「ウルに沢山触られるの、私、好きだよ…うん」十分に湿り気を与えて。  
「俺も、アリスに触られるの、大好きだよ」ずりあがって、アリスを  
見下ろす。アリスの手が、俺の腕から肩、脇腹から胸をまさぐる。  
触れ合っている部分がますます熱を帯びて。  
深い、互いに相手を吸い取るような口づけを交わす。  
「じゃあ、遠慮なく…」  
「うん…」  
 
アリスに再侵入する。頭のあちこちがスパークするようで。腰が  
自然に動き始める。アリスの両手は俺の頬を優しく包んでいる。  
アリスが俺の感じている顔を見ている。目を閉じて、アリスとの  
感覚に集中する。  
「アリス…」  
「うん」  
「俺のいる所をもっと意識して…力を入れてみて」  
「こ、こうかな…」試行錯誤するように内壁がうごめいて。そのうちに、  
俺を包んで吸い付いてくる。初めて使う、女としての機能。  
「あぁ……うん、アリス、イイよ。すごい、イイ…」アリスの頬に  
頬を寄せて、俺の感じるままをアリスに伝える。  
「ウルを…、はぁっ…感じる…」慣れないなりに、一生懸命、俺に  
快感を与えようとしている。そんなアリスが超可愛くて、  
俺はますますアリスに没入する。  
アリスの中の俺は更に強さを増し、限界が近いことを俺に知らせた。  
アリスの両肩を強く抱きしめる。アリスも俺を抱きとめる。上半身は  
固く結び合わされて、意識はほとんど真っ白になり、アリスの感触だけに  
支配されている。  
体の最奥から、俺自身へ、締め付けるような波がやってきて。  
 
「…いっ………ク…!」  
快感が一点に集中し、アリスにどっと解き放たれた。ドクドクと  
脈打つ俺を感じて、アリスがきゅうと狭まる。女の、反射的な本能。  
「あっ…ぁっ…」アリスも声を上げてその感覚を味わっている。  
そして、俺の全身はぐったりと力を失って、アリスに委ねられた。  
急速に正体を失う高まり。でもそれもどーでもよくて。  
「いっちゃった…?」頬にアリスの唇を感じる。  
「うん」  
「気持ちよかった?」アリスの手が俺の髪を撫でる。  
「最高…」  
「良かった……」  
重い体をなんとか持ち上げて離し、アリスの横に倒れ込む。胸元に  
アリスが吸い付いてきたので、腕枕をして、そのままアリスを抱え込む。  
足を絡めて。  
「ウル…」  
「うん」目は閉じているので、アリスの表情は見えない。  
「なんか幸せそう」  
「だって幸せだもん」  
好きな女とヤって果てた後に不幸せな男なんているんだろーか。  
「可愛い…」子どものようにイイコイイコされて。  
アリスの存在を腕の中に感じながら、俺は、気持のいい眠りの中に  
落ちていった。  
 
ふと、目覚めた。まだ夜中だろう。  
腕の中のアリスはすやすやと寝息を立てている。何だ?  
耳を澄ますと、階段を上がってくる聞いたようなヒールの足音。  
マルガリータだろうか。  
足音は扉の前で止まり、カサコソと紙が擦れる音がして、戻っていく。  
月光は既に陰り、部屋は真暗になっていた。アリスを起こさないよう、  
そっと腕を外し、手探りでカーテンを閉め、一番小さな電灯を点すと。  
果たして。やはり、扉の下にはメモが挟まれている。  
手にとって読んでみる。  
『--二人に祝福を。  
  アリスの荷物はフロントに預けておくから、  
  ゆっくりチェックアウトしなさいな。  
  でも、1時までには駅に来るのよ。そこでお別れしましょう--』  
本当にあの女にはかなわない。何という手回しの良さ。  
 
背後でもぞもぞと動く気配がして。  
「…ウル?」振り返れば、アリスが眠たげな目でこちらを見ている。  
起こしてしまったらしい。  
「ん、どうした、アリス」  
「それ、なあに?」俺の手のメモを指さすので、見せてやる。  
「……………こ、これは…えっと…」見る間に紅潮して。  
「マルガリータのメモ、だろ。見た通り」ちょっとイジワルか。  
「………祝福って…」上掛けの中でもじもじして。可愛い。  
「祝、アリスご開通ってな」上掛けごと、アリスを抱きしめる。  
「ウルっ!」戸惑って怒ったふりをするのもめちゃ可愛い。  
「別に恥ずかしいことじゃないからいいじゃん。  
男と女が好きあってりゃ、いつかはヤるもんだし」  
「……でも、明日どんな顔して会えばいいの?」  
「堂々としてりゃいいんだよ。フツーに」なんかまたシたくなってきた。  
「普通に?」  
「フツーに。ヤる前でもヤった後でも、アリスはアリスなんだからさ」  
 
上掛けに潜り込んで、裸のアリスに抱きつく。すべすべの肌が気持イイ。  
「アリス、可愛いよ♪」目茶苦茶に口づけして。  
「ウル?」  
「あんまりアリスが可愛いから、ウルはアリスを食べたくなりました」  
「……ウルのエッチ…」  
「超エッチだよ」唇はアリスの背中を重点的に。両手は胸と秘所に。  
「もう……」そう言いつつも、アリスは抵抗しない。それどころか、  
俺が触りやすいように、体の向きを変えたりして。  
「ねぇ、ウル…」  
「うん」  
「なんかね、こうやってウルにさわさわされると、体がなんかホワホワ  
してくるの。…変?」  
「変じゃないよ、アリスもエッチだっていうこと」  
「そう…なの?」  
「そーなの。そのうち、ホワホワどころじゃなくなってくるから」  
「ぁん……本当に?」  
「ホントだって」  
今は初々しいアリスも、いつかはエロいアリスになるに違いない。  
だから俺は、今のホワホワのアリスも十分に楽しんでおきたいのだ。  
 
アリスの息が十分に上がったのを見計らって、アリスを俺の上に乗せる。  
「アリス、今度はアリスが俺をさわさわしてみ。好きなよーに」  
妙に真剣な眼差しで、腕や肩、胸から腹を触り始める。  
「舐めてもいいよ」  
言われてアリスは、俺の首筋に口を寄せて、チロリと舐め始めた。  
女ほどじゃないけど、男にだって気持イイところは幾つかあるわけで。  
ましてや、アリスが裸体を露にして、俺の上でご奉仕しているエロい構図、  
もう見ているだけでも体が熱くなってくる。  
アリスは首から胸、胸から腹へと降りていって。更に下腹部へと下る  
辺りで停滞していた。そこから下には既に準備万端整った俺自身が  
待ち構えている。  
「アリス? どーしたの? もっと下まで行こうよ」  
返事がない。  
目線が下を向いているから、興味津々に見ていることは確かだ。さっきは  
そんなに近くで見る機会がなかったから、余計に手を出しづらいんだろう。  
 
俺はアリスの両手をとった。  
「ここが、男の一番感じやすいところ。アリスの中に入るところ」  
細い指を誘導して、片手は袋を触らせ、片手は怒張を握らせる。  
手を重ねて、優しく、しごかせる。アリスは緊張している。  
「別に噛みつきゃしないから、怖がらないで」  
逆に、噛まれると非常にイタイけど。  
「そう…、イイ感じ…。擦れると気持イイんだ、そこ」  
アリスの手が、導かなくても何とか動いているので、今度はアリスの  
顔を近寄せて。  
「ほら、口も使ってみ。歯は立てないで。いっぱい唾液をつけて」  
恐る恐る、アリスが俺をしゃぶる。上手くはないけれど、初めてなんだから  
それが当り前で。慣れない手と舌が俺自身に試行錯誤しているのがエロい。  
上手くなるのはもっと後でも十分。  
 
「うん…、気持ちイイよ…アリス」  
体の向きをやや変えて、投げ出されたアリスの足を拾う。  
アリスの爪先から内腿へ舌でなぞっていく。  
俺の腿にアリスの頭を乗せさせて、アリスの片足を俺の脇に挟み込んで  
しまえば、目の前にはアリスの楽園が小さく息づいている。  
そっと口づけると、アリスの手と口がピクリと反応する。  
「続けて…」  
アリスの楽園は、今やアリスの匂いと、俺の匂いが入り交じっていた。  
構わずしゃぶる。苦みを感じるのはたぶん俺の味。  
先ほどはわざと触れなかった小さな門も、丁寧に舐め上げる。アリスが、  
俺を口に含んだまま、小さく声を上げる。  
片手でアリスの谷を押し広げて、小さな襞の輪郭を舌でなぞる。こんな  
小さなところに、俺が収まってしまうのだから、女は不思議だ。  
谷の始まりにある小さな丘も、忘れずに刺激する。ここはアリスが  
敏感に反応する場所の一つだ。俺を舐めるのも忘れて、アリスがひくつく。  
「ここ好きなんだね、アリス」  
俺自身を通じて、頷きが返ってくる。  
「じゃあいっぱいしてあげる」  
広げて、剥き出しになった丘を唾液たっぷりにねぶる。ねぶりまくる。  
アリスの手と口は止まりがちになって、息は更に荒くなってくる。  
 
ふと気付くと、アリスの谷から、俺のではない、透明な液が染み出して  
きていた。指に取ると、微かに粘る。指を差し入れれば、温かい襞が  
ぬるりと滑る。アリスが、感じているのだ。  
一旦、アリスの上体を起こさせる。ずっと俺自身を刺激しつづけていて  
興奮したのか、顔がとても赤い。俺もアリスの唾液まみれになっている。  
「アリス、大丈夫か?」  
「うん……すごいホワホワだけど」  
「大丈夫ならもうちょっと頑張ってもらおうかな」  
アリスの膝を開かせ、俺を跨らせる。腰の位置を合わせ、入れやすいように  
角度をつけてやって。  
「ほら、自分で入れてごらん」  
「………ゃん…恥ずかしいよ…」下を向いて。  
「何を今さら。さっきまで舐めてた奴だよ、それ」  
覚悟したように。ゆっくりと腰を沈めてくる。アリスに俺が飲み込まれて。  
「くんっ……入ってくるよ…」  
最初より滑らかになったアリスの中は、ぬるぬると蠢いて気持ちイイ。  
しかも、最初の時を忘れていないのか、一生懸命、締め上げている。  
ああ、なんて可愛い女なんだ、アリス。  
 
「動いてみ。ほら、前に手を突いて」  
言われた通りに、アリスはぎこちなく動き始める。跨ったアリスの内腿は  
目一杯開かれて、出入りする俺が見え隠れする。  
俺は、アリスの開かれた谷に手を伸ばして、俺を銜え込む襞や、小さな丘、  
もう片手は胸に伸ばして、柔らかく揉む。  
「あっ…、あっ…、あっ…」上下する度にアリスが鳴く。  
「アリス、気持ちイイのか?」  
「うん……ぁっ」目を閉じて、エロい表情で鳴く。  
「どこが気持ちイイ?」  
「……ウル…が…触ってる…所……ウルが、入っ…てる…所…」  
「気持ちイイんだ。じゃあもっと良くなって貰っちゃおうかな」  
 
上体を起こしてアリスを抱き、ベッドの頭に枕を使って寄りかからせる。  
そしてアリスの両膝の裏を持って、結合部がアリスにも見えるように  
押し広げ、そのまま、今度は俺が動き始める。粘液質のエロい音が  
部屋に響く。  
「アリス…、ほら、目を開けて」  
「…あっ…あっ…あっ…あっ……やぁ…ん!」アリスの目に映るのは、  
出入りする俺を銜え込む彼女自身。ぬらぬらと光って。  
「自分で触ってみな。自分の気持ちイイ所」  
もうわかっている筈だ、あの小さな丘に触れれば、自分が変になって  
しまうことを。それは今、彼女の目の前にある。  
片手がおずおずと伸びてきて、自分に触り始める。広げられた入口や、  
周囲の膨らみに触れ、そしてあの丘に辿り着く。  
「…あっ…ひ……いっ…ぁん…」髪を振り乱し、それでも手を止めない。  
目の前の痴態は、嫌でも俺を燃え上がらせる。  
「自分で、自分をヨくしちゃってるアリス。エッチなアリス」どれだけ  
エロいか、もう自分でもわかってないんじゃないだろーか。  
 
「…あっ…いっ、…あっ…ぁっ…んんっ…」もう鳴き止むこともなく。  
アリスの全身がじっとりと汗ばんでくる。アリスに合わせて、俺も  
テンポを上げる。じりじりと内圧が高まってくる。  
「イキそうになったら、イクって言うんだよ」アリスがガクガクと頷く。  
快感の波に拐われて、喋ることもままならないアリス。愛しいアリス。  
「……ん…ぃ…ぃ……ぃぃ…」アリスはそろそろ限界を迎えそうだ。  
俺自身も急速に強さを増し、その時に備える。アリスの顔を見つめて。  
「………ぃく……イクっ……あ…ぁぁぁ!」アリスの内も外も痙攣して。  
「…くっ…あ…」俺はアリスに快感を放出した。めちゃめちゃヨかった。  
 
ぐったりしたアリスをきちんと寝かせて。俺も隣に横になって。  
こんな調子でヤってたら、いつかガキができちまうかも知れない。  
でもそれでもいい。アリスと家庭を持つなんて、素敵じゃないか。  
ゆるゆるとやってくる眠気に身を任せて、眠りについた。  
 
−旅立ち。  
 
目を覚ますと、すっかり朝も半ばになっていて、しかもやたら目覚めが  
気持ちよかった。アリスは既に起きていて、俺が起きるのを待っていた  
ようだ。  
「おはよ、アリス」  
抱き寄せて、濃い口づけをする。アリスの吐息。  
「…お、おはよ、ウル…」  
朝の光の中で見るアリスは、やはり可愛くて。でも流石にもう一度ヤる  
のは可哀想かなと思った。何だか少し疲れているように見えたから。  
頑張りすぎたんだろーか。  
「あのね…、荷物、取ってきて欲しいんだけど」  
そーいや、マルがフロントに預けてあるって書いてたな。  
てきとーに服を着て、荷物を持ってくる。  
「ほら、持ってきたぞ」  
「う、うん…。服着るから、あっち向いてて!」  
「………夜はあんなに見せてくれたのに…」  
「……………は、恥ずかしかったんだからー!!」  
枕が飛んできた。仕方がないから要望通り、後ろを向いて。  
でも、きっとまた夜になれば、エロいアリスに会えるに違いない。  
 
朝食と昼食を合わせたような食事を二人で取って。  
ぶらぶらと歩きながら駅に向かう。  
何だかんだ言って、アリスは手を繋ぎたがった。やっぱエロいんじゃんと  
俺は少し安心した。  
 
駅では爺ちゃんが所在なげに待っていた。  
「うーっす」  
「朱震さん!」  
「おう、坊主にアリスちゃん、お早うというにはちと遅いがな」  
「他の奴等は?」  
「一時にはここに来るような事を言っておったぞ」  
「じゃあ待ってりゃいっか」  
「そうですね」  
 
そうして皆が集まって。  
これからはそれぞれの旅が始まるのだ。  
もう会えないかも知れない。そう思うと、少しは感慨深かった。  
別れの挨拶を交わして。  
 
マルガリータが、アリスの耳許に何か呟いた。  
アリスがぱぁっと紅潮する。  
そしてマルはついっと俺を見て、肩をつかみ、  
「大切にしなさい…」と一言だけ。複雑な表情をして。  
 
これから、アリスと俺だけの旅が始まる。  
どこまで行くかはわからないけれど、アリスを幸せにするのが、  
きっと俺の役目だから。どこまでも一緒に行こう。  
 
アリス、愛してる。  
 
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