滔滔と流れ落ちる滝。宿禰の泉は今日も神気を漂わせて、透明な水を湛えて  
いる。その泉の前に、私たちはいた。  
 
頭首として儀式を司る咲お母さまは、白装束に朱の袴。蔵人さまは家紋の  
入った黒い着物に灰の袴。そして私は、上から下まで真っ白な装い。まるで  
雪をまとっているかのよう。  
屋敷の人達も改まって参列している。  
身内だけの、小さな、小さなお式だけど、でも、私たちにはとても大切な事。  
 
咲お母さまの祈りが終わり、二人で杯を交わす。  
お神酒の味は正直よくわからなかったけれど、一つの形として儀式が成され  
た、その事にはとても意味がある。  
私と蔵人さまは、正式に夫婦となったのだから。  
 
夕暮れの中、お屋敷に戻る間中、蔵人さまはずっと私の手を取っていてくれ  
た。慣れない和装で足元の危うい私が転んでしまわないように。  
「蔵人さま…」  
「様は要らないよ。蔵人、と呼んでくれないか?」  
「は、はい! では、私のことも、アニーって呼んでくださいね♪」  
「わかったよ、アニー」  
少し照れた感じの蔵人さま。アニーは本当に嬉しいのです。この気持ち、伝  
わってるかな。  
 
蔵人さまと私は、初めは私の一目惚れのような形だったのだけれど、仲間と  
旅を続けるうちに、少しづつ私の気持ちを受け入れて下さって。やんちゃで  
性格も普通でないと自覚しているこんな私に、とても優しくして下さった。  
だから、私も蔵人さまの大切な人になれるよう、沢山の事を覚えたの。それ  
を伝える度に、蔵人さまはいつも誉めてくださった。「頑張ったね」って。  
その笑顔が本当に素敵なんだから。  
 
お屋敷の広間で小さな宴が催されて。それからお開きになって。  
お屋敷の幸さんに重たい着物を脱がせて貰って軽い浴衣に着替えたら、なん  
だかずいぶん、肩が軽くなった。花嫁の衣裳はとても気が引き締まるけれど、  
何度も着るものじゃないわね。  
 
私たちの寝室は、私が里に来たときにいただいた東のお部屋をそのまま使う  
ことになっていた。昼の間に、蔵人さまの寝台も運び込まれていて、これか  
らは二人なのよ! と目にも訴えかけてくる。  
 
「アニー、だいぶ疲れただろう?」蔵人さまは先に戻ってらして。  
「お着物がちょっと苦しかったかも…」ふふ、と笑う。  
「先にお湯を使っておいで。僕は後で入るから」袴の紐を解きながら。  
「一緒じゃダメなの?」ぴた、と蔵人さまの動きが止まった。  
そのまましばらく固まって。  
「蔵人……さま?」前に回って覗き込んでみると、お顔が見事に赤くて。  
「あ、あのね、アニー。……僕にも、その……心の準備が、必要だから」  
照れていらっしゃるのね。蔵人さま、可愛い。  
「では、先に行って参ります。後から来て下さっても私は全く構いませんから!」  
返事はなかった。  
 
お屋敷のお風呂は、山の温泉をそのまま引いたというとても贅沢なもの。  
いつ来ても新鮮なお湯がたっぷり使えて、とても気持ちがいい。  
心ゆくまで洗って、髪も流して。のぼせそうなぐらいお湯に浸かっていたけ  
れど、やっぱり蔵人さまは来なかった。たぶん、私が出るのを待っているん  
だわ。ものすごく折り目正しいっていうか、どちらかというと、真面目すぎ  
るっていうか。でも蔵人さまのそんな所も大好き。  
 
部屋に戻ると。  
やっぱり蔵人さまは待っていた。なぜか目を合わせてくれなくて。  
「お帰り。じゃあ行ってくるから」そそくさと出ていってしまう。  
確かに、蔵人さまは今まで若い女性があまり身近にいなくて、慣れてないの  
だと思う。その上に、今までは手をつなぐぐらいで妹のように可愛がってい  
た女の子が、今や「妻」となって。  
きっと蔵人さまにとっては、天変地異に等しいぐらいの環境の変化。緊張し  
ちゃうのも無理ないかも。だから、私がしっかりしないといけないわよね。  
 
濡れた髪を拭きながら、蔵人さまが戻るのを待つ。  
少しづつ胸がドキドキしてくる。  
そして、何だか随分待ったような気がして、ようやくドアが開く。  
 
「待たせちゃったかな…」上気した蔵人さま。  
「少し。湯冷めして風邪引いちゃうかも」ちょっと拗ねてみせる。  
「ごめんね、アニー」ゆっくり部屋を横切って。  
私の前で立ち止まった。  
 
見上げると、何だか少し困ったような、照れたような、はにかんだ微笑み。  
「蔵人さま?」  
つい、と手が伸びてきて、私の頬に触れた。  
「蔵人、と。さっき約束したろう?」  
「蔵人……」頷いて。  
「アニー、僕は君の事がとても好きだけれど、これが「愛」なのかどうか、  
まだ自信がないんだ」赤い瞳は真っ直ぐ、私を見つめていて。  
「愛は育むもの、と言います。ゆっくり育てていけばいいのです」  
「一緒に、育ててくれるかい?」顔が近づいてくる。  
「もちろん、喜んで」  
「ありがとう」優しいキス。ついばむような。  
私は目を閉じて、その感触を味わって。それから、自分から唇を開いて、蔵  
人の唇をちろり、と舐めた。蔵人の唇も開いて、躊躇いがちに差し出された  
舌に自分の舌を絡める。しばらく二人でそれに夢中になって。  
 
気がつくと、私は、いつか還って来た時のように、蔵人の腕の中に抱きすく  
められていた。蔵人の体は熱くて、でもそれは湯上がりの所為だけではなく。  
 
唇が離れると、自然と、深い吐息。  
蔵人の手は、私の帯を解いて、肩からするりと浴衣を落とした。それから自  
分の浴衣も脱ぎ落として。  
 
二人で、生まれたままの姿になって、横たわる。  
私に触れる蔵人の手は躊躇いがちで。だから、私は大胆に蔵人に触れてみせ  
た。同じくらい触っていいんだよって気持ちを込めて。少しづつ、蔵人の手  
も確かになってくる。でもまだ、一番大事な所にはお互い触れていなくて。  
 
思いきって、蔵人の手を私に導く。緊張している指先。探るように、少しづ  
つ、少しづつ進んでくる。私の入口を探り当てて、確かめるかのように周囲  
に触れる。  
 
蔵人の手も、私の手を蔵人に導いて。彼のそこはもうとても熱く、堅くなっ  
ていた。滑らかな頂上の先端に、微かな刻みがあって、やや張り出した庇の  
下は体へと太く続いている。それ自身が脈打つのが感じられるかのよう。  
 
「アニー…」少し湿った声。  
目を開けると、蔵人の顔が目の前にあって。  
「僕は…、こういうことが初めてだから、君に、何か辛い思いをさせてしま  
うかも知れない。辛かったら、やめるから、我慢しないで」  
「辛いだなんて…。アニーは大丈夫です。私も初めてだけど、大好きな蔵人  
と一緒だから、大丈夫です」  
 
ちょっと大胆かなと思ったけれど、自分から、蔵人の体に沢山、キスをした。  
指先にも、胸にも、引き締まったお腹にも、足にも、そしてもちろん、彼自  
身にも。蔵人の息がどんどん上がってくるのがわかる。  
 
と、蔵人に両手で引き上げられ、今度は蔵人が私の体にキスし始める。舐め  
るように、丁寧に、体中が蔵人色に染められていく。私の息も段々と上がっ  
て。  
そして、とろり、と何かが体の中と流れる感触。腿を伝い流れる。  
 
爪先まで行った蔵人が戻ってきて、私の足を開いた。彼の目が、私を見てい  
る。全てを見られていると思うと、急に体の中心が熱を帯びてくるのがわ  
かった。  
 
蔵人は、流れ落ちた雫の跡を見つけて、舌を這わせてくる。そのまま、私  
自身も蔵人のものになって。身体中が、震えるように、反応する。  
 
「蔵人…」彼に抱きしめられたくて、名前を呼ぶ。  
「アニー、どうしたの?」と、蔵人。  
「ぎゅぅっとして欲しい」その腕で。  
蔵人は、私に覆い被さって、息が詰まる寸前まで、抱きしめてくれた。  
そしてキスを交わす。  
「このまま、一緒になりたい…」彼をもっと感じたい。体全部で。  
「いいの?」ちょっと戸惑う蔵人。  
「うん。大丈夫だから…」自信はないけれど、不安もない。たぶん、平気。  
 
彼が、その手に導かれて、私の中に入ってくる。入口が割り開かれる時、  
僅かに、張り詰めるような痛みがあって。でも、辛いほどではない。彼の  
全てが私に入り、体の奥で彼を感じて。  
ものすごく、気持ちいい。  
 
彼を包んでいる私を、もっと包み込むように力を入れると。  
「くぅぅ………」私の上で、蔵人が声を上げた。  
「蔵人?」彼の目は半ば潤んでいて。  
「ごめん、アニー。体が、勝手に、動きそう…」すごく切なそうに。  
「私は、大丈夫。我慢しないで…」それは、男性の生理だから。  
「本当に、ごめん……」  
彼の腕は私を抱きしめ、腰が律動を始める。耳許の吐息はとても熱い。  
彼が、私で感じている。私が彼を感じさせている。その事がとても嬉しくて。  
だから、私も彼の背に腕を回して、思いのありったけを込めて抱きしめる。  
 
「アニー、愛してる…、アニー、好きだよ…」蔵人は繰り返し呟いて。  
「蔵人、大好き。蔵人、愛してる」私も繰り返す。  
何度もキスをする。  
そして、とうとう、その時が来た。  
 
蔵人の手に激しく力が加わって。固く抱きしめられた私の中心で、彼が震え、  
内奥で弾けるのを感じた時、私の中心から突き抜けるような快感が上がって  
来て、二人でしばらくの間、その感覚を共有した。  
 
 
そうして、初めての夜を越えて。  
 
 
あの夜から数ヵ月経った今は、お互いの体のことがよくわかってきたように  
思う。お互いに快感を与え合い、一緒に達することもできる。  
でもそれはまた別の時に。  
 
私が蔵人を愛する気持ちも、蔵人が私を愛してくれる気持ちも、  
ずっと変わらないから。いつまでも。  
 
 
--end  
 
 

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