--冬、花の都  
 
公園で、戯れる子ども達を見るともなく見ていた。  
「隣、いいかしら?」降って湧いた声。  
仰ぎ見ると、町並みに沈み込むような地味な装いの、  
それでいて見たような金髪の、女。  
「どうぞ、マドモアゼル」  
装いに相応しく、ベンチをゆっくり回り込んで、  
女はトン、と腰を降ろした。はっきり、顔が見えた。  
「貴女でしたか、マルガリータ」  
「そうよ。すごく久しぶりね、キース」はふ、と溜め息をついて。  
「お久しぶりです。お元気そうで」  
「貴方は相変わらず、暇そうね…」視線は明後日の方を向いて。  
「僕は久しぶりに懐しい顔に会えて嬉しいですよ」  
彼女は何とはなく、疲れているように見えた。  
 
「仕事が、忙しいのですか?」  
「忙しいのが普通だから、まあ普通でしょうね」少し投げ遣り気味に。  
その雰囲気が、最後に会った時とは随分違って見える。  
「そうねぇ、少し、くたびれているかしら」伸びをして。  
ふと、僕を見た。  
「そう言えば、大分前だけれど、貴方のお兄さんに会ったの」  
「え……?」この人はいったいどこまで出かけているのだろう。  
「彼、ものすごく面白かった」少し笑って。  
「愚兄がご迷惑をおかけしませんでしたか」何せあの兄は…。  
「ぜーんぜん。真っ直ぐでいい人だったわよ」  
「彼とは喧嘩別れしていましてね、僕はまだ謝って貰ってないんです」  
「あら、そうなの。早く仲直りなさいな」  
「わざわざ会いにいくほどのこともありません」悪いのは兄だ。  
「そう…。そうね、貴方たちには時間が沢山あるものね…」目が複雑な色を宿す。  
 
ヴァレンティーナの一族は吸血鬼の血を持っている。  
普通の人間と比べれば、遥かに長い、永遠のような一生。  
つかの間の別れも気にならない程に。  
 
「時間はね、有限なのよ、キース」唐突に。  
「どうしました?」聞き返すと。  
「貴方に言ってわかって貰えるかしら…」首を傾げて。  
「聞いてみないことには」  
マルガリータは空を見上げて、話し始めた。  
「人間ってね、やりたいこと、やらなければいけないこと、  
その全てを、限られた時間で、頑張って、頑張って、そして死ぬの。  
生まれてきたからには、必ず死ぬのよ」  
僕自身にとって、「死」とは遥か遠く、実感できないものだ。  
彼女の話は続く。  
「だから、生きている間に、「生きる」努力をする。目標に向かって。  
どんなに小さなものでも、愚かなものでも、目指すものがある限り、  
向かっていくの。生きるために」  
曇り空からは今にも雪の欠片が落ちてきそうだ。  
「さっき、お兄さんのこと、『愚兄』って言ったわよね」  
「ええ」確かに。  
「でも、彼は”生きて”いたわ。時間に倦み、ただ日々を過ごすだけの  
存在ではなかった。その点では、貴方は、愚かだと彼に言えるかしら?」  
彼女は席を立って。  
「貴方は、”生きて”いるのかしら?」  
返答に詰まる。  
「縁が会ったらどこかで会うわ。またね」手を振って、去っていく。  
 
別れしなの彼女の言葉が、胸に刺さって取れない。  
 
四百もの歳を数えて。延々と続く時間に飽きていた。  
退屈しのぎと思って、旅の一行に加わった。  
でもそれもとうに終わって。  
今はただ、時間が過ぎるのを傍観しているばかり。  
 
僕は、本当に、生きて、いるのだろうか?  
 
 
またどこかで会うわ、と彼女は言った。  
再会する時までに、僕は僕の生きる道を辿っているだろうか。  
 
生きて、そして死んでゆく人々を傍観するだけではなく、  
僕だからできる何かが、あるのではないだろうか。  
 
その答えは、なかなか見つからなかった。  
 
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