アナスタシアさんに率いられて、僕たち一行は、どこから
ともなく差す光を頼りに、地の底を進んでいく。
初めて踏み入れたネアムの地下遺跡は、神秘的な気配を漂わせ、
不可思議な魔力で駆動する巨岩や、現われては消える通路など、
古代の仕掛けがふんだんに施されていた。
途中途中で現われる怪物たちも、護人のようなものなのか、
古代的なものが多い。
途中、ふと、アナスタシアさんが屈みこんだ。肩越しに
覗くウルさんと小声で何かやりとりして。ウルさんが何かを
懐にしまう。
「な、何でもないから!」と両手を振るアナスタシアさん。
上ったり下ったりを繰り返しながら、地の底の仕掛けを
解いていく。
「あー、もうっ、ちょっと疲れたわ。休憩よ休憩!」
アナスタシアさんは両足を投げ出して。
「そうだらね」ヨアヒムさんもどっかりと腰を降ろす。
ウルさんもしゃがみかけたが、何かを思い出したのか、
僕に寄ってきた。
「蔵人、ちょっとこっちこい、こっち」僕は腕をつかまれて。
「ヨアヒム、お姫さんを捕まえといてくれ」と後ろに声を投げる。
「あ、ウル?! 蔵人さま? コラ!ちょっと離しなさいよ!」
構わず進むウルさん。
二人から随分離れた物陰まで連れてこられた。
「どうしたんですか、一体」
くくく、とウルさんは笑って。
「いやさ、ロシア狙うかどーかは置いといて、
清く正しいせいしょーねんに、がくしゅーの機会をだね…」
ウルさんは僕の背後に回って。
「何のことです?」ぱらぱらとめくる音がして。
後ろから腕ごと体を抱え込まれる。
「え?!」
「ほら、よーく目開けてみろよ」目の前に何かを広げる。
真っ先に目に飛込んできたのは、女性のあられもない姿。
全てを投げ出すようにさらけ出して。
周囲の写真も、まぐわう男女や口技をする女性、どれもこれも
下品で、いやらしい。
体がかぁっと熱くなった。
僕だって春画の1枚や2枚、興味本位で見たことはあるけれど、
そのどれよりも具体的で、強烈で、眩しい。
その上、ウルさんはさらにページをめくる。
「や、やめて下さい!」僕は懸命に目を瞑って顔をそむけて。
「興味ないの? 俺より若いのにもう枯れてるの? ンなわけないよな?」
目を瞑っていても、先ほど見てしまった写真が脳裏をちらついて。
無意識に、写真の女性をアナスタシアさんに置き換えてしまおうとする自分がいて。
体の芯から熱を伴った衝動が込み上げてきて、僕の中の鬼を揺さぶる。
どんどん、どんどんそれは強くなって。
光となって僕に降りてきた。
「おわっ」飛びのく気配。
構わず走る。
途中、目についた怪物をこれでもかと叩きのめし、また走っては叩きつぶし、
金棒を振うことで、ぶつけることで、熱を全て吐き出したくて。
壊すことが快感になる。
破壊することで衝動が昇華していく。
追いかけてくる皆の声も聞こえない。
何十体壊しただろうか、袋小路に行き当たり、疲れはててようやく、
化身が解けた。
床に膝を突いて。肩で息をして。
「蔵人さまっ!」最初に来たのはアナスタシアさん。
「一体どうされたのですか、大丈夫ですか?」僕を覗き込んで。
「も、…もう大丈夫です。少し疲れただけで…」
「ものすごい勢いだっただら」ヨアヒムさんは感心したように。
「青いなー」元凶たるウルさんはのんびりと歩いてきた。
僕は、何があったかをアナスタシアさんに説明するつもりは全くなかったけれど、
聡い彼女のこと、うすうすと気付いたのか、ウルさんをきつく見上げていた。
地の底から戻った後、アナスタシアさんが説明したのか、
女性陣が結託してウルさんをタコ殴りにした。
でも僕はそれを助けるつもりは全くなくて。
まあ、僕は僕なりに少しづつ育てばいいと思っているのです。
あせらずに。
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