彼の指が私の顎をなぞる。指に付いた赤いもの、生命の熱の残る血液が指の跡を残して私の顔を彩る。
生暖かい血に対して熱が奪われてしまった細い指は、思いやるように私の頬を撫でさする。
私を真っ直ぐに見つめる瞳からは光が失われかけ、微笑むその唇は乾き、顔からは血の気が失われていく――――
腹部に銃弾を受け、血を吐き、むせ返り、その身体を血に浸して。
死の淵に立っているにもかかわらずに、私へ向けていつも通りの笑顔を保とうとする彼の中には今、私しか存在していないのだと実感したその瞬間。頬に付いた血が私の中へと染み込んでいく錯覚に襲われた。
それは、私の中の何かを確実に満たしていく。今まで『渇いている』と感じたこともないどこかを潤していく。
だから、足りなかった。
潤いが満ちていく快感を一度味わってしまった私の中の何かが、激しい渇きと熱をもって私に訴えかける。
そして、目に入ったのは口端から流れる真っ赤な血。確実に動脈血だと分かる鮮烈な赤を私は求めた。
冷えたかけた唇に自分のそれを重ね
ぴっちりと閉じた谷間を、ぬるりと舌で割り裂く。
動きを失った彼の舌を絡めて、唾液で薄まった血を自らの喉の奥に運ぶ。
飲み込んでも飲み込んでも沸いてくる真っ赤な血と、流れ出ていってしまう熱は、それだけ彼の命の灯が消えかけていることを示していたけれど、やめられなかった。
彼の命が私の中に入り、渇きを満たす感覚が実に官能的だったこともあるが、何より。
瞼を閉じる前に彼が最期に見たもの、意識を暗転させる前に彼の心にあったものが私であったという事実が。
――――このまま彼を眠らせてしまえば、彼の最期、彼の全てを私で満たしていたことになる、ということを示していたから。
だから、鴻池キララが私を引き剥がしたのは正解だった。もっとも、彼女がそうしたのは私の意図に気づいたからではなく、その他の人物と同様ただ単純に私の行為を異常と感じたからだろうけれど。
あの瞬間の彼女の反応は今でも忘れられない。あの怯えたような、怪物でも見たかのような顔は。私は恐らく笑っていたのだろう。彼の血で口唇を染めて、脱力し、だらけきった淫靡な笑顔で。
その後のこと、爆弾の解体は正直に言って些事だった。内部を覗いた瞬間にただの玩具であることは窺い知れたので、適当に解体するフリをしてみせ、脱出口の捜索は大人達に任せた。
その間、彼の頭を膝の上に乗せて待つ。
真っ白な指先と、流れ出す真紅の生命を見て。
いつも困ったように笑う細い面立ちが、色と命を失っていくのを見て。
私はそれを、美しいと。心の底からそう思った。
あの時のことは彼に知らされていなかったらしい。鴻池キララにしてみれば当然か。あの行為を彼が知れば私と彼の関係が狂うと、そう考えたのだろう。
こんな状況にあっても相変わらず、彼女は優しかった。
彼にそれを告げれば、自分が圧倒的な優位に立てると、そんな考えにも至っただろうに、本当に優しいことだ。
――――彼と私の関係はそんなことで壊れたりはしないというのに、余計な気を遣って。本当に、優しい。
「志乃ちゃん、もう、いい?」
布団の中で、身体を晒した彼が問う。
退院したばかりで余計に細く見える身体はあの時のように白く。
今の私にとってはとても扇情的に見える。
その彼に覆いかぶさる、同じく一糸纏わぬ姿の私。
繋がった性器を軸に彼にすがりついて言う。
「ふぁふぁ、ふぁへ」
くぐもった声の原因は当然、私がくわえている物にある。すなわち、彼の首筋。あえて言うのならば筋肉と、血管。
流石に頚動脈を傷つけるわけにはいかないので、突き立てた歯が通る程度の深さで傷を付け、そこから舐めすするだけだけれど。
「うん、じゃあもうちょっとね」
私の頭を撫で、髪を梳きながら彼が答える。その挙動の優しさに、安堵の気持ちが湧き上がった。その気持ちが腰を彼に押し付ける。より深い挿入で一つになった快感で、彼が感じてくれている。
しばらくして渇きが満たされると、今度は私が奉仕する番だ。
「じゃあ志乃ちゃん、ほらここに座って」
長座の形で足を広げる彼の、その足の間。屹立する男性器へ腰を下ろす。
ずちゅ、と。押し広げられた肉が水音を立てる
「ぅぁ、はっ」
性器が私を貫くこの瞬間がたまらなく好きだ。
「ん、まだキツいかな?痛かったら無理しないでね」
そんな些細なことを気にしなくてもいいのに。
もっと目茶苦茶に、ぐしゃぐしゃにして欲しい。私は貴方に、あんなことをしたのだから。
「――――大丈夫だから、もっと、もっと、して」
一呼吸あって、彼の腰がグラインドを始める。大きな熱いモノが私の中をゆっくりと掻き回す。
彼は激しいピストンをしない。私の身体を気遣っているのか、いつもゆっくりとした動きで私の膣を犯す。
抱きしめ合ってのその行為は、ねっとりとした性感をもたらす。
突き入れられる感覚ではなく、ペニスが性感帯に居座り、擦り、緩やかな刺激を続ける。
対面座位の、深く繋がりあう感覚。
ぐじぐじと性器をいじられて、乳首を愛撫、啄ばまれて。彼の射精欲を高めるために肉体を捧げ――――
ドクンッ!
彼の精液が私の中を満たす。
脈打つ性器がその存在を主張しながら、白濁を吐き出す。
膣肉を押し広げて子宮へ入り込もうとするそれを愛しくすら感じた。出来ることなら、子宮口を開いて今すぐに全てを飲み込んでしまいたいほどに。
果てた彼の顔にキスをすると、唾液で薄いピンク色に薄まった、血のキスマークが付いた。
ゆったりとした動きで私を抱きしめ、彼は満足そうな顔をしていた。
「志乃ちゃんは今、幸せ?」
そのキスマークをさらに舐めとってみせることで答えた。
聞くまでもないことだった。
入院中に私に全てを打ち明けられた彼の反応は予想通りだった。
流石に少し驚いてはいたようだけれど、私を受け入れてくれた。その瞬間に湧き上がった、鴻池キララに対する優越感は最高だった。
彼はそんなことで私を否定したりはしない。
彼女はそんなことにも当たり前のことにも気が付かなかった。それを考えると、私がいなくても彼への想いを遂げることは不可能だっただろうと思う。彼に対してその程度の理解しか持ち得ないのなら、足りなさ過ぎる。
そして退院してから、私が乞う形で行為が始まった。
彼が性行為を拒んだこともあって最初は血を飲むことだけだったが
彼以外の血に対して何の感慨も湧かず、そしてその血がなければ狂ってしまいそうになる私が、彼以外とどうやって生きていくのか。
あの時点で、私の肉体も精神も未来も、全ては彼のものになったのだ。
その事実を説いて私の方から半ばなし崩しに体の関係を持った。
血を飲み、精を受けて、私の身体には彼の匂いがしみついている。
私だけが彼の所有物になるのは不公平なので、彼から血を飲むときは目に付きやすいところからにしている。
ある時は手首を切ってもらった。
何度も続けたものだから、彼は半袖のシャツを着られなくなった。
最近では、先程のように首筋に歯を立てている。
消えないキスマークが、いつ鴻池キララの目に入るかが楽しみで仕方がない。
いっそ、愛し合っているところを見せ付けてしまおうかとさえ思う。
彼と私は、お互いを所有した。
それはとても普通とはいえない形の愛情だけれど、私と彼の間に限っては、どんな形のものであれ正当化される。
この愛情がどこに帰結するかはまだ、私にも彼にも分からないけれど。
少なくとも私はもう、彼無しでは生きられない身体になった――――いや、自分をそう『した』。
願わくば、この愛情が誰にも何にも邪魔されずに続くことを望む。