夜の校舎での事件。いや、実際には演出と言ったほうが適切かもしれない“事件”だったけれど。  
あの後、鼎は母と手を繋いで帰った。  
母の手は思っていたよりもずっと暖かくて、覚えていたよりも少し小さかった。  
握る手の暖かさが教えてくれた。最初から母は自分を愛してくれていたのだと。  
…それは多少、歪んだ愛情だったのかもしれないけれど。  
 
けれど、そんな母にも話さなかったこと。  
家に帰ったあと。鼎は一人で下着を洗った。  
 
その夜、鼎はベッドの上で眠れずにいた。  
目を閉じると、先程まで居た夜の校舎での出来事が鮮明に思い出される。  
恐怖と絶望。けれど、それと同時に胸の奥から沸き上がる、恍惚とした感情は…  
その感情が何なのか、まだ鼎には分からなかった。  
だが、それを思い出すだけで鼎の胸は昂ぶり、身体の奥から熱さがじんわりと広がりだす。  
 
いやに大きく聞こえる胸の鼓動の中、鼎はいつしか眠りについた。  
 
――それは終わった筈だったのに。  
その夜、惨殺アリスは鼎の夢に現れた。  
 
夢の中、夜の校舎。  
もう何度目だろうか、仄暗い廊下で鼎はアリスと対面した。  
吹いてもいない風に金色の髪をサラサラと靡かせ、西洋人形の表情でこちらを見据える惨殺アリス。  
今までの夢と違ったのは、アリスが包丁を持っていなかったことか。  
 
なぜだろう、鼎には逃げようという気が起きなかった。  
今までの夢なら、必死に逃げ続けていた相手だというのに。  
目の前のアリスに恐怖心が沸かなかった。むしろ――  
 
アリスは片方だけの赤い靴でゆっくりと、立ち尽くす鼎に近づいてくる。  
垂れる長い金髪で、その顔をうかがい知ることはできない。  
だけど鼎には分かった。その奥にあるはずの瞳は、間違いなく自分を射止めているのだと。  
 
アリスの足が止まる。気がつけば、手を伸ばせば触れる距離に二人は居た。  
間近で見れば、自分とそう変わらない体躯。  
細い腕が伸びる。その手は鼎の腕を掴むと、優しく――その身体を押し倒した。  
不思議と抵抗する気は起きない。まるで恋人にされるかのように、鼎はされるが儘、ゆっくりとその身体を横たえた。  
 
アリスがその腕を伸ばす。白く細い、ガラス細工のような指は鼎の首へとかかり、  
そして鼎はうっとりとそれを受け入れ、そこで――  
 
 
――目が、覚めた。  
 
 
「……っ!!」  
がばり、と効果音つきで身体を起こす。  
初冬の朝日が差し込む自室。枕元の時計は5:50を指していた。  
いつもなら起きるのにはまだ少し早い時間。  
 
そうだ。昨日は夜の学校から帰って、久しぶりに母と一緒にお風呂に入って、それで。  
「やだ、私…」  
心臓がひどく脈打っていた。汗ばんだ肌に朝の冷たい空気が心地よい。  
――まさか夢にまで見るなんて。  
嫌にリアルで鮮明な夢。  
確かに昨夜は、背筋も凍るほど恐ろしい思いをさせられたけれど。  
けれど、今の夢は… まるで自分から求めるかのような…  
胸の奥が甘く疼く。 いや、胸だけではない。身体全体が――  
 
(……)  
鳴く鳥の声が僅かに聞こえるだけの、静かな自室。  
鼎はもう一度、ベッドに横たわった。  
…身体の火照りが収まらない。もう冬も間近な、冷たい空気の中だというのに。  
横になったまま暫くしても、胸の鼓動は収まらなかった。  
だんだんと、体の熱が一箇所に集まっていくような気がして――  
パジャマの中、そっと、下着の上から自分のソコに触れてみる。  
そこは、じんわりと暖かく… しっとりと湿っていた。  
触れた指を、湿った布の上で僅かに動かす。  
「んっ…!」  
不意に声が漏れてしまった。  
甘くて痺れるような感覚。  
まだ小学生の鼎にも、確かに自分を慰めるという知識はあったけれど、  
それを実際に行おうとするには、それまでの鼎はまだ幼すぎた。  
 
だが、アリスとの奇妙な、妖艶な夢が…  
「あ… ふぁっ」  
鼎の、未熟な官能を揺さぶり、少しずつ花開かせる。  
(こんな… はしたない…っ)  
警告する言葉とは裏腹に、秘所を弄る指の動きは少しずつ早くなっていく。  
まだ拙い指使い。それでも鼎の幼い性感は敏感に反応し、快楽をその身に滲ませていく。  
心に浮かぶのはアリスと、その夢のつづき。  
「はあっ… く…」  
夜の校舎で、廊下で、彼女に――されて…  
くちゅり、と音が漏れる。  
布の上からでは物足りなくて、下着の脇から直接、自分のそこに触れてみる。  
もっとアリスに、彼女にされたい。  
もっと、――して…!  
視界が白む。  
幼い躯が快感に軋んだ。つま先の指をきゅっ、と窄ませて全身を走る電流に耐えようとする。  
「…せ、―ら… さ、んっ…!」  
われ知らず、口から漏れた言葉。しかし快楽に染められた今の鼎には、自分がの発した声にすら気付くことは無かった。  
そして、いたいけな身体が絶頂を迎えようとした、その時――  
 
「鼎ー? そろそろ起きてご飯食べないと遅刻するわよー?」  
 
階下からの母親の声に、ハッと我に帰る。  
時計を見れば、6:30を指していた。  
「はっ、はーいっ! 今いくっ!」  
それまで自分が何をしていたかも忘れ、急いでベッドを降りる。  
さっき口にした言葉が何だったのか、鼎がそれを思い返すことは無かった。  
 
その日の学校。今日も支倉志乃は何事も無かったかのように登校していたのだが。  
鼎は彼女と視線を合わせることができなかった。  
本当なら、昨日の礼を言うべき所だけれど…  
しかし、何故だろうか。  
自分が今朝してしまった事を思い出すと、どうにもバツが悪い。  
幸い、彼女がそれを気にしている風は無い様子だった。  
結局、鼎は志乃に礼を言うことができなかった。  
 
それから。  
惨殺アリスは毎晩、鼎の夢に現れた。  
今までとは違い、アリスから逃げ続ける夢ではない。  
夢の中でアリスは鼎を押し倒し、鼎はそれを受け入れ…  
彼女の手が鼎の首にかかったところで目が覚める。  
…そして、夢でのことを想い返しながら自分を慰める日々。  
 
「どうして…?」  
わからない。自分は何でこんな夢ばかり見るのだろうか?  
…そういえば、学校の友達に聞いたことがあった。  
夢には自分の願望が現れるらしい、と。  
 
なら、自分はあの夢に何か望んでいるのか?  
そんな考えばかりが鼎の頭を悩ませる。しかし…  
ひょっとして。  
ひょっとしたら。  
「私、もう一度、あの場面に…」  
――同じ目に、遭いたいの?  
 
そんなバカな。でも、もしかして。  
夢から覚めた朝は、いつも… 胸が疼くのだ。  
それが何なのか、今はまだ分からなかったけれど。  
分からないけれど… 今日もまた、鼎は自分の秘所にそっと手を伸ばす。  
 
鼎の悩みとは裏腹に、アリスの夢は続く。  
そして夢を見た朝の、胸を刺す甘い痛みも。  
夢を待ち望んでいる自分に鼎が気付くのには、そう時間はかからなかった。  
妖しく、甘美なアリスとの邂逅。  
その夜もまた恍惚と押し倒される自分を、鼎はいつしか受け入れ始めていた。  
昼間はただ、それだけを待ち続けて。  
――今夜もまた、彼女に逢える。  
まるで恋人との夜の逢瀬を心待ちにする少女のように、鼎は一日の終わりを待った。  
 
しかし、夢の中での二人の関係は一向に発展しなかった。  
アリスは鼎と体を重ね、その首に手をかけ…  
…それで終わりだった。  
その先を夢の続きに見ることは無い。いくら鼎が望んでも、目覚めがそれを遮るのだ。  
――物足りない。  
同じシーンの繰り返しに鼎がそう感じ始めるのにもまた、多くの時間を必要とはしなかった。  
 
今見る夢は、まるで漫画に出てくる情事のように甘いけれど…  
ふと、あの時のことを思い出してみる。  
あの時は。逃げ切ることも叶わず、僅かな抵抗すら許されずに。  
惨殺アリスは残酷に、自分の命運を支配していた。  
それを思い返すだけで鼎の全身に痺れが走り、体の奥が疼いてくる。  
 
――もう一度味わいたい。あの絶望を。  
抵抗もできないまま陵辱され、無茶苦茶に壊されてしまいたい。  
(それが… 私が本当に、欲しいものなの?)  
そんなもの、普通は欲しいなんて思うはずは無いのに。  
 
いつからか鼎は、自分が本当に惨殺アリスの犠牲になることを望んでいた。  
一度火の点いた願望は炭火のように少しずつ燃え広がり、じわりじわりと鼎の心を侵食していく。  
 
(こんなこと考えるなんて、やっぱりヘンな子だよね…)  
幼い鼎の頭でも、その望みが“変なこと”であることは理解できた。  
自分の胸に巣食ってしまった、どす黒い歪んだ願望。  
しかし、それは他人に相談することも、おいそれと口に出すことも憚られる苦悩だった。  
仮に相談するとして、誰に相談すればいい? 何と言えば鼎の悩みを理解してくれる?  
それは誰に話せる悩みでもなかっただろう。  
 
胸を蝕むヘドロのような欲望に身を焦がしながら、鼎はベッドの中で眠ることもできずに夜を過ごす。  
いつしか、アリスは夢に現れなくなっていた。  
(わたし、嫌われちゃった…のかな)  
あまりに歪んだ自分の欲望を見て、彼女も嫌気がさしてしまったのだろうか?  
アリスに愛想を尽かされてしまったような気がして、鼎の胸はチクリと痛んだ。  
 
それでも尚、おかしいと警告する心を差し置いて、胸の内の願望は膨れていくばかりだ。  
壊されたい。こわされたい。コワサレタイ。  
(やだ…っ! わたし、どんどんオカシクなってく…!)  
確かに、鼎は以前も破滅願望と呼べる感情を持っていた。  
しかしそれは、自分の人生や周りの環境への諦めから来るものだった筈だ。  
今、胸の内で荒れ狂う欲望は違う。  
ただ純粋に、より貪欲に、自分が惨殺アリスの手で破壊されることを求めているのだ。  
――それは、もしかしたら、アリスに対する歪んだ愛情だったのかもしれない。  
 
 
黒ずんだ蜜のような欲望は少しずつ着実に鼎の身体を蝕み、淫らに作り変えていく。  
「ふぁ… く、 わた、し… だめぇ……!」  
暗い部屋、眠れない布団の中で。  
いつからか鼎は、自分がアリスに壊されることを想像しながら自慰をするようになっていた。  
あの時のシーンの続きを妄想する。  
抵抗すら封じられ、アリスの望むまま残酷に扱われ、絞められ、千切られ…  
少しずつ破壊されていく。  
そんな自分を想像するだけで鼎の身体は疼き、更なる快楽を求め始める。  
パジャマの前は乱れるように開かれ、僅かに膨らんだ胸が見え隠れしていた。  
その先端で存在感を主張するように尖ったピンク色の頂を摘み、転がす。  
(だめ…っ こんなことしてたら私、もっとダメに、ヘンタイになっちゃうのにぃ…!)  
 
こうして自慰をすることで、自分がより歪に、堕ちていくことを鼎は自覚していた。  
しかし今の鼎にとっては、そんな思いすらも自らを欲情させる媚薬だった。  
自ら進んで堕落し、異常な快楽に幼い身を溺れさせることを選んだ少女。  
そしてじわじわと少しずつ、淫らに染め上げられていく自分を想像するだけで  
胸の奥が堪らなく昂ぶり、下腹部がどろり、と熱く蕩けるのが分かる。  
(ダメ、ダメなのに…! 熱くて、ヘンに、…止まらないよっ!)  
未だ起伏の乏しい胸を片手で狂おしく揉みしだきながら、もう片方の手で秘所をぐちゃぐちゃに掻き回す。  
 
「やぅ… っと、もっとぉ…」  
静かな部屋に響く、にちゃ、にちゃり、という水音。  
それに混じらせ、鼎は稚拙にも喘ぎ声をあげる。  
まるで、それを見る誰かを愉しませるように。  
「きゃっ…! ひゃぅ、イッちゃ…ぅ!」  
電撃が走ったかのように躯を波打たせ、鼎は絶頂に目を白ませる。  
その夜も一人、少女の秘め事を見咎める者は誰も居なかった。  
 
――けれど。  
結局の所、彼女の願いは実現できるものではない。  
それは鼎自身が一番良く理解していることだ。  
 
惨殺アリスに壊されたいという願いは叶わない。  
――惨殺アリスなんて、実在しないのだから。  
全ては過去の出来事と、鼎の心の闇が作り出した幻。  
望むのはアリス唯一人。他に、その代わりなんて――  
…いや、待て。  
 
アリスは居ないけれど… その代わりになる人物なら、一人だけ、居るのではないか?  
そう、彼女なら。  
惨殺アリスとして見事なまでに扮装し、鼎を心の底から怯え上がらせた彼女ならきっと。  
きっと自分の歪んだ願望を満たしてくれる。  
アリスの“代わり”になってくれるに違いない。  
――それが代わりでも何でも無いことを、鼎は後に気付くのだが。  
 
彼女に首を絞められ、ボロボロになるまで壊されてしまえばいい。  
アリスへの願望だったそれは、いつしか彼女――支倉志乃――に対するそれへと変質していった。  
そしてとうとう、鼎は支倉志乃にそれを求め――  
 
 
――今に至る訳だ。  
 
 
『私の首を絞めてほしいのっ!』  
その言葉を聞いた瞬間の志乃の顔を、恐らく鼎は一生忘れないだろう。  
何せそれは鼎が知る内で唯一の、彼女が驚いた顔だったのだから。  
具体的には彼女の頬がほんの少しだけ強張り、その眉が角度にして1度ほど釣りあがって――  
 
「……………なぜ」  
と、一言だけ呟いた。  
その声も妙に硬かったような。  
 
「へ、ヘン…、かな…?」  
「何が変であるかを判断するのは個人の主観にすぎないけれど…  
 とても、変だと思う。私は」  
…断言されてしまった。修飾語つきで。  
「……うぅ」  
いちおう自分でも判っていたけれど、改めて言われるとやはり恥ずかしい。  
頬が熱かった。彼女から見た鼎は今、真っ赤だろう。  
半ば見切り発車で秘密を打ち明けてしまった自分に、今更ながら後悔が込み上げてくる。  
「そう、だよね。 やっぱり変だよ、ね…」  
顔をふせてしまう。…やっぱり呆れられてしまっただろうか?  
 
「でも……何故?」  
それでも彼女の追及は免れない。  
あんな突飛な事を言われたのだ。理由の一つも聞きたくなるのも当然かもしれないが。  
けれど理由と言われても鼎自身、正直何どう答えれば良いのかはっきりしない。  
「えと、あのとき支倉さんに首を絞められて、それで…」  
「…それで?」  
志乃も相槌を返してくる。…いつになく興味津々のようだ。  
(それで、ええと…)  
それで… 何と言えばいいものか。  
 
あの事を思い出して毎晩自慰をしている、とは流石に言えなかった。  
もう一度あの恐怖を…、と言うのも何か違う気がする。  
鼎は回らない頭で考えに考えた挙句…  
「何ていうか… あの時のことが忘れられない、みたいな…?」  
当たり障りの無い、無難な表現で答えることにしたが。  
 
「………」  
なんだろう、彼女顔が一瞬、呆けたように見えた。  
(何で疑問系…?)と瞳が語っているような気がする。  
「もう少し、詳しく教えて。でないと私も対応に困る」  
詳しく、と言われても。  
「ええと、あの感覚が忘れられない感じ…」  
「感覚?」  
「うん、支倉さんの手の感触とかが…」  
忘れられない。  
あの作り物のような白い手が触れた冷たさを。  
あの細い指が自分を壊そうと皮膚に食い入ってくる痛みを。  
あの感覚が…  
「気持ちよかった、のかな」  
 
…気持ちよかった。  
「………」  
どうやらそれが失言だったことに鼎が気付いたのは、自分に向けられた視線に何やら冷たげな何かが含まれていたからだった。  
「ち、違うのっ! 気持ち良いってその、そうじゃなくて」  
「…別に貴女の嗜好、性癖に口出しするつもりはない。ただ少し驚いただけ」  
「本当にっ、そういう意味じゃないのっ!」  
そういう意味で無ければどういう意味なのか、実際聞かれても答えられないのだけれど。  
むしろ、そういう意味なのかもしれないけれど。  
自分の秘めたる部分を他人――特に彼女――に知られることには、大いに抵抗があった。  
 
紅潮が収まらない顔で、改めて彼女を見る。  
(やっぱり…)  
「……」  
支倉志乃は冷たく澄んだ目で、鼎の言葉を待っていた。その瞳に嫌われたくなくて。  
「やっぱり、変な子だって思った?」  
口をついて出たのは自嘲の言葉。  
それは半ば、言い訳のようなものだったのかもしれない。  
「私のことオカシイって、バカにしてる?」  
そんなことは無い、と言って欲しかったのだろうか、自分は。  
「馬鹿にしてはいない。けど、社会的な通念に基づいて述べれば異常だとは思う」  
「うぅ、ごめんなさい…」  
「謝らないで。貴女は悪くない。…それに」  
 
珍しく目を伏せがちに、けれど鼎を見つめながら彼女は言う。  
「それに、あの時の所為で貴女がそう求めるのなら、私にも原因の一端はあると思うから。  
 だから、貴女に協力してもいい」  
「え…」  
「貴女の望む通りの事をする。それで借りを返す。  
 それでは、だめ?」  
 
何故だろうか。彼女の語気が普段よりも少し弱いような気がした。  
もかしたら、志乃なりにも何か責任のようなものを感じているのだろうか?  
それ位、鼎には彼女の声がしおらしく聞こえた。  
「…いいの?」  
「いい。貴女が満足することができるなら、それで」  
…ひょっとすると、この支倉志乃という少女は、案外に優しい心の持ち主なのかもしれない。  
鼎にとって、それは斬新な発見だった。  
 
ただ、それ以上に。  
自分の心の内が彼女に許され、許容されたという事実が鼎には嬉しかった。  
「本当に、いいの? 私… こんなに変なこと、言っちゃってるのに」  
「変かどうかは関係ない。それを気にするかどうかは貴女次第だから。  
 ただ… 分からない。どうして私でないと駄目なのか」  
「えっと…」  
彼女でなくては駄目な理由。それは彼女以外では駄目だったからだ。  
 
実のところ、以前にも鼎は試したことがあった。  
例えば自らの手で。もしくは物置の奥にあった紐で。  
しかし、結局それでは駄目だった。苦しくなれば、本能が絞める手を緩めるよう命令してしまう。  
あの時味わった甘美なる絶望。それが自分一人では手に入らないことを鼎は知っていた。  
「上手く言えないけど…、支倉さんじゃなきゃ駄目なの。どうしても」  
「…そう。分かった。  
 けれど、見せて欲しい。貴女が使った紐というのを」  
「えっ う、うんっ!」  
鼎が紐を使って試してみたのはつい先日のことだ。  
その紐は、鼎のベッドの下に丸めて置かれていた。  
立ち上がり、引っ張り出した紐を彼女に手渡す。  
 
 
その時の鼎は気付かなかった。  
彼女の瞳が思考に沈み、冷徹に状況を演算していたことを。  
――既に、それ が始まっていたことを。  
 
手渡された紐を見て数瞬。  
「後ろを向いて」  
志乃が口を開いた。  
「手を」  
 
「は、はいっ!」  
一転、威圧的になった彼女の口調に気圧され、思わず従順に命令に従ってしまう鼎。  
おまけに敬語で答えてしまった。  
何を…、と口にしようとした瞬間、両手に荒い感触。  
蛇のような感触は縦横無尽に動き回り、みるみるうちに両手の自由を制限していく。  
 
「あ… あの、何を……?」  
鼎がやっとそれだけを言葉にできたとき、彼女の細い両手首には見事なまでに後ろ手の緊縛が施されていた。  
手首同士を纏めて括り上げただけでなく、紐が緩まないよう、絞り紐までもが施されている。  
胸にまで紐を廻されることは無かったが、幼く非力な鼎の自由を奪うには十分な拘束。  
「ちょっ、支倉さん…!? どうして、何で!?」  
突然の出来事に慌ててもがき動くが、鼎の両手は身体の後ろで固く戒められ、空しく縄目が軋むだけだった。  
 
「これから私たちが行うのは、ともすれば死に繋がる危険な行為。  
 意識混濁の状態に陥ったとき、貴方は無意識のうちに予期せぬ抵抗を試みるかもしれない。  
 不測の事態、不確定の危険を可能な限り防ぐため、貴方を拘束する必要がある」  
 
「やだっ…! でも、だけど、私…!」  
心の準備もなく囚人の格好を取らされたことに、羞恥心がこみ上げてくる。  
胸の拍動が早くなる。頭に血が行き過ぎて意識が軽く混濁する。  
――今の私、支倉さんに何されても抵抗できないんだ…  
緊張に喉がひくつき、鼎は思わず首に手をやろうとするが、  
手首を纏めてがっしりと掴んだ紐は、それを許してくれなかった。  
 
本能が危険を訴えたのか、彼女から遠ざかろうとした。半ば無意識に、鼎は立ち上がろうとしたが…  
「ひゃっ…」  
上手くバランスが取れない。  
そのまま倒れこんでしまった鼎を、志乃は抱きとめてくれた。  
彼女の長い黒髪が鼎の顔に緩くかかる。石鹸の香りが鼻をくすぐった。  
「大丈夫?」  
自らの髪を払いのけた志乃が尋ねてくる。先ほどの冷たい口調とは違う、何処か優しげな声だ。  
 
「っく…、わっ私、でも… ひっく 」  
瞬間の緊張から開放された反動からか、頭の錯乱がもたらした一過性の感情か。  
鼎の声には嗚咽が漏れ始めていた。  
自分から望んだことにもかかわらず、辱めを受けるために自分へ施された格好が鼎には恥ずかしく、情けない様に思えた。  
そんな鼎の体を預けさせたまま、しばらくの間、志乃は鼎を抱きすくめていてくれた。  
 
「大丈夫」  
「…支倉、さん?」  
「貴方一人では絶対に解けないように縛ってある」  
一瞬、彼女の声が凍りついて聞こえたのは、鼎の気のせいだっただろうか。  
 
「しばらく、こうしているといい」  
一向に動悸の治まらない鼎を彼女のベッドに寝かせ、志乃はそう言った。  
相変わらず両手は罪人のように縛られたままだったけれど。  
柔らかな羽根布団が心地良い。ただ、自分の身体の下に敷かれた後手が、少しだけ苦しかった。  
涙を拭くことも叶わない鼎の代わりに、ハンカチで彼女の顔を柔らかく拭ってくれる。  
流れる涙を拭き終えた志乃は鼎の寝るベッドに腰掛け、彼女の容態を観察する“作業”に入り始めた。  
「何かして欲しいことは」  
訊ねかける彼女の瞳はやっぱり優しげに見えて。  
 
「あの… ぎゅって、して欲しいです」  
鼎は思わず、そう願いしてしまった。  
 
そして、  
「……」  
僅かな斟酌の後、  
「…こう?」  
志乃はベッドに横たえられた鼎の隣に身を寄せ、縛られたまま不自由な身体の彼女を優しく抱擁してくれた。  
まるで自分の子供を抱き寄せる母親のように、志乃の胸が鼎の顔面を抱き寄せる。  
 
(ふぁ…)  
大人の女性とは違う、未成熟で、細く小さい志乃の身体。でも柔らかくて暖かい。  
(やっぱり、石鹸の香りだ)  
彼女の胸に顔を押し付けて息を吸ってみると、石鹸の、彼女の香りが鼻腔を満たしてくれる。  
 
「…くすぐったい」  
彼女が鼎を抱く腕の力が、一瞬強くなる。  
そんな志乃の仕草が可愛く思えて、鼎は一瞬ドキリとなる。  
 
(支倉さんって…)  
そう、彼女は可愛いのだ。  
可愛くて、優しい。  
長く流れるような漆黒の髪も、底を見透かすことの出来ない、けれど透き通った闇色の瞳も。  
自分には手の届かないかのような、人形めいた美しさ。しかし、そんな彼女も時折は自分と同年代の少女らしさを見え隠れさせる。  
これでお喋りさえ普通ならば、周りの男子達は放っておかないだろう。  
 
もしかしたら… 自分も、惹かれているのかもしれない。  
何故、こんなことを彼女にお願いしたのか。  
何故、彼女でなくては駄目だったのか。  
少なくとも、今の鼎にとって彼女はどうしても必要な存在だったのだ。  
 
志乃の胸に埋めていた顔を上げ、彼女の顔を向き合う。  
これまでに無いほど近くで見た支倉志乃の顔。  
人形と見紛う程に端正だが、その吐息は暖かだった。  
 
そんな彼女をもっと自分の許に引き寄せたくて、手を伸ばそうとするけれど…  
彼女自身によって施された戒めは、それを許してはくれなかった。  
ふと、鼎は自分の置かれた状況に気づく。  
(わたし、支配されちゃってるんだ)  
人形のような美しい少女と、それに捕らえられ、完全なる支配下に置かれた自分。  
今の鼎にとって、彼女は自分の手綱を握る存在であり、逆らうことのできない主人なのだ。  
けれど、それでもいい。彼女のモノであることに、不満は無かった。  
 
同級生の少女に縄打たれ、自由を奪われたままベッドの上で抱きすくめられている自分。  
幼い鼎には知る所ではなかったが、アブノーマル、という言葉がぴったりの状況だった。  
そんな倒錯的なシチュエーションに置かれていることを自覚すると、収まりかけていた胸の鼓動が再び高鳴だしてしまう。  
 
「あ、あの…」  
「落ち着いた?」  
「はっ、はいっ!」  
どちらかというと本当は逆なのだけれど。  
間近で見る彼女の瞳には、何故だか逆らうことができなかった。  
 
 
「なら、続きを」  
冷ややかな声で、彼女は言い放った。  
 
続き――  
そう、それこそが鼎の願い。  
そのために今、自分達はここにいるのだから。  
 
鼎を抱く志乃の腕が解かれる。  
密着していた二人の身体が離れて。志乃はベッドから身体を起こし、鼎を見下ろす格好になった。  
「あ…」  
自分を抱きしめてくれていた温もりは、今はもう無い。  
代わってそこに居たのは裁きを下す罪人を見定める、冷徹な執行人だった。  
 
一瞬にして変わり身を果たしてしまった彼女に、鼎は悪寒にも似た感情を覚える。  
優しげに自分を抱き寄せてくれたのは、それが必要なことだったから?  
もしかしたら本当に、彼女は別人へと入れ替わってしまったのかもしれない。  
 
そして――今の自分は彼女に捕縛され、逃げる術を持たないのだ。  
 
けれど… 分かる。  
今、闇色の瞳で自分を見下ろす彼女こそ、本当の支倉志乃だ。  
その瞳には、自分とは無縁なはずの何か…  
暗くて冷たい―― そう、彼女は“死”を、瞳に宿している。  
彼女の瞳の向こうに、鼎はそれを覗き見た。  
自分の知ることの無かった、自分とは無縁であるはずの世界を。  
 
おそらく、それが彼女の本質なのだ。  
自分と彼女では、住んでいる世界が違う。  
彼女は自分とは別の世界に住み、常に別のモノ達をその瞳に映しているのだ。  
 
「続きを、始めましょう」  
死神が、死刑を宣告した。  
 
 
恐怖と不安と、期待。  
幾つもの感情が重なり合い、交錯し合い、鼎の小さな胸はまるで早鐘を突くような有様だ。  
「何か要望があれば、聞いておく」  
要望なんてあるものか、と思ったが…  
一つだけあった。  
 
「あの時と…  
 あの時と、同じようにして欲しいの」  
夜の校舎での、あの時と同じように…  
 
「……」  
再び、斟酌。  
先程よりも長い。  
意図が伝わらなかったのだろうか。鼎が心配したが、  
 
「ここには人形の服も、金髪も無い。 リノリウムの床も無い。 それでも?」  
鼎の望みを理解してくれたようだ。  
「それでもいい。あの時と同じように、私の…」  
初めての時と同じように――  
「私の首を、絞めてください」  
胸の動機は、いつしか止まっていた。  
 
電気の消された室内、ベッドには二つの小さな影。  
ベッドに寝かされた影が一つ、それに跨った影が一つ。  
静寂が辺りを支配していた。あるのは、たまに遠くを通り過ぎる車の排気音だけだ。  
 
「照明は消した。 出来る限り同じように、という条件だったから」  
静かな室内に、彼女の凛と張った声が響く。  
「ただ、貴方の拘束を外すことはできない。それがお互いのリスクを最小限にするための条件」  
 
半ば事務的に説明する彼女の声を何処か遠くで聞きながら、鼎は彼女を見上げていた。  
窓から差し込む街灯の光が彼女を照らしている。濡れ羽色の長い髪に白い肌が浮き彫りになり、彼女の美しさをいっそう引き立てていた。  
二人を邪魔する者は居ない… まるで、どこかで読んだ少女マンガのようだ。  
ひょっとすると今は結構ロマンティックなシーンなのかもしれない。  
 
もちろん、これから二人が執り行うのは濡れ場でも何でもない。  
殺しの再現だ。  
 
鼎に跨ったまま、志乃は説明を続ける。  
「…貴方の身体にかかる負担を考え、床ではなくベッドの上で行った方がベターだと判断した。  
それに危険と判断したら直ぐに中断する。これが、私の提示する条件。 …それで良い?」  
「うん、大丈夫。あの時と同じやり方で、私の首を絞めて」  
あの時と同じ方法――それはつまり血管を拘束しないまま、気道のみを締め上げる方法だ。  
死刑で行われる絞首刑などとは違い、この方法では血液の流れを阻害しない。  
結果、瞬時に意識が途切れることはなく、酸素欠乏により脳が停止するまで呼吸を求めて苦しむことになる。  
 
鼎は、自らが最も苦しむための道を、自分自身の手で選んだのだ。  
 
「…わかった。あの時と、同じ方法で」  
「うん」  
鼎に跨っていた彼女が、身を乗り出してくる。  
彼女の手が自分へと伸びる。細い腕、細い指。まるで人形のそれと見紛うほどの。  
彼女は人形、惨殺アリス。もう一度、自分を惨殺するために舞い降りた。  
 
アリスの白い指が、鼎の首を包み込む。  
小さな手のひらだったが、負けじと細い、幼い鼎の首を覆うには十分だった。  
冷たい感触が、鼎の首に巻きつく。  
優しい愛撫。  
そこから何かを探し出そうとするかのように、彼女の指が鼎の首筋をなぞる。  
まるで泣く子をあやすかのように、彼女の手のひらが鼎の襟首を撫でる。  
「…ふぁ」  
思わず、小さな喘声が漏れる。  
首といわず、全身全霊を彼女に包み込まれたかのような心地だ。  
 
居心地の良い、まるで羊水に浸かっているような気分。  
このまま、いつまでも彼女に抱かれていたかった。  
鼎がうっとりとした目で彼女を見上げると、そこには  
 
 
                  殺人鬼がいた。  
 
 
グンッ! という音。  
「がっ、 くぅ………っ!」  
それまで首にかかっていた天使の感触が、悪魔のそれに代わった。  
指が皮膚に食い込み、手のひら全体が鼎の喉元を体内へと押し込まんとする。  
彼女の手によって正確に標的された鼎の気道は、今やガス交換に寸分の余地もない程に押し潰されていた。  
 
そう、さっきまでの彼女の行為は愛撫などではない。獲物の急所に狙いを付け、正確に仕留めるための、狩人の前戯だった。  
しかし、今の鼎にはそんなことを思い返す余裕など在る筈も無い。  
 
苦しい。息ができない。目を開けていられない。  
酸素を求めてぱくぱくと口が開閉運動を繰り返す。  
(や、だ…! 本当に、壊さ、れる……!)  
確かにあの時、自分は破滅を望んでいた。  
しかし自ら望んだのはこんなにも大いなる苦痛だったのか?  
そんな後悔をする隙もない程に、鼎は追い詰められていた。  
 
押し潰された気道では助けを呼ぶことすら叶わない。  
本能が促す。苦痛をもたらす彼女の手を取り払えと。  
しかし、生命の危機に呼び起こされた渾身の力を持ってしても、両手を固く縛る紐は欠片ほども緩むことは無かった。  
 
今はただ、死 だけが見えた。  
目蓋の裏の、黒闇の世界。迷い込んだら、もう抜け出すことの出来ない世界。  
しかし… そんな世界に薄く光が差し込み始めた。  
 
少しずつ、目蓋が開きつつあった。  
何も自分で目を開こうとしている訳ではない。  
首の圧迫が頭部にまで伝わり、目が内側から押し出されているのだ。  
 
そうして。  
広がりつつある視界の中――鼎は見た。黒髪のアリスを。  
 
金髪でもなければ、着ているのもセーラー服だけれど。しかし彼女は、まさしく惨殺アリスに違いなかった。  
(やっと… やっと、逢えた)  
それは、夢にまで見た彼女。  
薄闇の中に佇んで尚、その存在は強烈な黒の色彩を放っていた。  
身に纏う服も、流れる髪も、嵌めこまれた大きな眼球も。  
全身を黒で彩られたアリス。  
彼女の瞳は、死色で彩られていた。  
それは彼女が生まれ着いての殺人者である証。  
こうして人の命を奪っては、自分の一部へと取り込むことを生業としているのだろう。  
 
そんな彼女が、鼎にはある種神々しく見えた。  
ようやく再会できた嬉しさに、胸から熱いものが込み上げてくる。  
彼女になら、自分の全てを奪われてもいい。  
(全部奪って! うばって、ワタシをアナタのモノにして…!)  
彼女に命を吸われて、彼女の一部になりたいと思えた。  
――私は、彼女のモノになりたかったんだ。  
白濁する意識の中、鼎は本当の自分の願いに気付いた。  
 
アリスの指に、いっそうの力がかかる。  
これで止めだと言わんばかりだ。 意識が急速に希薄になっていく。  
(ワタシ、奪われてる! ワタシがどんどん無くなってくよっ!!)  
鼎にとってそれは、宙に浮いたまま高みへと登っていくような心地だった。  
幼い彼女の人生では感じたことのない快感、開放感が彼女を絶頂へと追い上げ、  
 
(イっちゃうっ…! ワタシ、全部アナタに飲み込まれて、わたしっ…!)  
僅かに残った感覚で、鼎は自分の持つ大事な何かが、彼女の黒い瞳へと吸い込まれていったのを感じ取り――  
 
そうして最後の意識を手放した。  
 
 
…  
……  
………  
 
お姫様を乗せた馬車は、東へ、東へと進んで行きます。  
北の魔女にかけられた呪いを解いてもらうため、お姫様は東の魔女のもとへと向かうのです。  
東の魔女は恐ろしい魔女です。  
王様も女王様も気が気ではありませんでしたが、お姫様のためを思って、泣く泣く送り出してくれました。  
けれど、呪いにかけられたお姫様には、そうは見えません。  
「私が病気でお城を離れるのに、お父様もお母様も、どうして喜んでいるのかしら」  
呪いをかけられたお姫様の目には、全てのものがあべこべに映ります。  
今のお姫様には、王様と女王様が満面の笑顔で自分を送り出しているように見えたのです。  
 
お姫様を乗せた馬車は東へ進んで行きます。  
馬車の進む方角には険しい山々が並び、いかにも恐ろしげな雰囲気です。  
周りには真っ黒な沼地が広がり、なにやら臭い匂いが立ち込めています。  
「もうすぐ魔女の住みかですぞ。お姫様、お気をつけくだされ」  
一緒に馬車に乗る従者が言います。  
しかし、呪いをかけられたお姫様には、まったく別の風景が見えました。  
「周りに湖が広がって、とっても素敵な風景だわ。  
 それにお花の良い匂い。東の魔女ってとても洒落た場所に住んでいるのね」  
今のお姫様には、周りの風景がとても綺麗な場所に見えたのです。  
 
馬車はどんどん進んでいきます。  
いつの間にか周りには木々が立ち並び、馬車は森の中へと分け入っていきます。  
森の中ではうっそうと茂った枝のせいで、まだ昼間だというのに真っ暗です。  
どこからか何かの獣の叫び声が聞こえ、今にも近くの茂みから襲い掛かってきそうな気配です。  
「ああ姫様、私は恐ろしくて堪りません。今すぐにでもここから逃げ出したい位です」  
従者が言います。  
けれど、呪いをかけられたお姫様にはそうは見えません。  
「どうして怖いのかしら? 木と木の隙間から光が差し込んで、絵に描いたみたいな森のあ中よ。  
 それに小鳥達も鳴いてるし、怖くなんかないわ」  
お姫様は馬車の中から周りの景色を見ながら、うっとりと言いました。  
 
馬車は森の中を進みます。  
そしてとうとう、森の奥の魔女の住処に着きました。  
うっそうとした森の中にたたずむ、真っ黒な家です。  
トントン、と従者が恐る恐る、家のドアを叩きます。  
 
するとドアを開けて出てきたのは真っ黒なおばあさんでした。  
まとったマントは烏色、かぶった三角帽も黒染めです。  
しわだらけの肌は真っ白で、二つの目と大きな口がその顔に穴を空けていました。  
従者は悲鳴をこらえ、今にも逃げ出しそうです。  
でもお姫様はそんなことも気にせず、話しかけます。  
「あなたが東の魔女ですか? 北の魔女が私にかけた呪いを解いて欲しいのです」  
 
すると魔女の口がわしゃわしゃと動いて、しゃがれた声が出てきました。  
「お前はこの国のお姫様だね。北の魔女の呪いならあたしは解く方法を知ってるよ」  
その声があまりにも恐ろしくて、従者は悲鳴を上げてしまいました。  
けれどお姫様は気にしません。  
「本当ですか? ぜひお願いしますわ」  
「ただし条件があるよ。お前は大変美しい。  
 あたしと一緒に暮らしてしばらく召使いをやるなら、呪いを解いてやろう」  
従者はそんなことは止めるよう、必死に止めますが、お姫様はまったく聞く耳を持ちませんでした。  
「構いませんわ。あなたと一緒に暮らします。  
 それで私の呪いを解いてください」  
なぜなら今のお姫様の目には、東の魔女がとても素敵な女性に見えたのです。  
そんな人と一緒に暮らすことが、お姫様にはたいそう楽しいことに思えました。  
「あなたはとても美しいのですね。それに素敵でよく通る声。  
 一緒にお手伝いができるなんて光栄ですわ」  
「それじゃあ決まりだね。上がりなさい」  
魔女はにやりと笑ってお姫様を招き入れます。  
 
こうして、お姫様は東の魔女の召使いとして、二人で暮らすことになりました。  
果たしてお姫様は呪いを解いてもらうことができるのでしょうか?  
そして無事に、お城へ帰ることができるのでしょうか?  
物語は始まったばかりです。  
 
………  
……  
…  
 

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