私の家の隣に彼が住んでいたのはいつだったかもう覚えていない。
私の両親は多忙はだった。
子供だった私の目から見ても本当に忙しそうだったのを覚えている。
結果、私は彼の家に預けられることが多くなり、私と彼は仲良くなった。
私はあまり明るいほうではなく、友達もいなかった。
本ばかり読んでおとなしかった私は、ことさら彼になついた。
そのうち彼は私を放っておいたまま遊びに出かけるようになった。
小学生の男の子にすれば当然だ。
それでも私の気持ちは変わらなかった。私には彼しかいなかった。
ある日、彼とその家族はこの街からいなくなった。
彼の両親の仕事の都合で。
私はただ黙って見ていることしかできなかった。
自分が涙すら流すことの出来ない生き物だと知ったのはそのときだった。
彼がいなくなってからの世界はまるで無声映画のようだった。
モノトーンの世界の中で私の感覚はより先鋭化していった。
記憶の中から彼を引きずり出し、妄想の中で貪った。
彼が帰ってきたとき、心が溶けていくような気がした。
彼の姿を見るだけで胸が躍り
彼の声は心地よく耳朶に響いていった。
彼は私を見てくれた。
彼に近づく女性がいると知ったのはその時だった。
私には無い身体。
私には無い女性性。
私には無い太陽のような明るさ。
そのうち彼と私は色々な事件に巻き込まれることになった。
デッドエンドコンプレックスを巡り、危険にさらされた。
デパートに閉じ込められて、彼が撃たれた。
画家の別荘で殺人事件に組み込まれたりもした。
けれどそのいずれの場合にも、彼は私のことを第一に思ってくれた。
そしてあの事件、鴻池キララが死んだ。
私の前で平静を装う彼はとても痛々しかった。
そしてそのことに関して彼を中傷する人間も現れた。
彼が追うべき責任などひとつも存在しないのに。
ある日、彼はビルから飛び降りた。
下が植え込みだったこととたいした高さではなかったために一命は取り留めたが
大腿骨が取り返しのつかない傷つき方をしたために今後の人生は車椅子のお世話になるそうだ。
ベッドに横になった彼は泣きながら謝った。
鴻池キララや私に迷惑をかけたのがすごく申し訳なかったから飛び降りたそうだ。
泣いている彼を慰めた。寝転んだまま泣いている人を慰めるのは難しいと思った。
慰めながら彼に言った。ずっとそばにいると。
彼は全身の水分を絞りつくすようにして泣きながら拒否した。私を縛り付けるのが嫌なのだろう。
予想できたことなので、唇を奪って押し倒した。足は動かないけれど、下半身の感覚は残っているらしい。
彼を強姦した。年端もいかない少女に蹂躙され、必死で抵抗する彼に言った。
愛している、と。
彼のことがずっと好きだった。
楽しそうに友達と出かけていったときも
私と再会して困惑していたときも
父や母と私との関係を心配してくれたときも
デッドエンドコンプレックスとの騒動に彼を巻き込んだときも
デパートの事件の犯人に私達の情報を与えたときも
鴻池キララを片付けたあのときも
貴方を中傷する情報を大学に流したときも
足の感覚を失い白いベッドに飲み込まれそうに小さく横たわっている今も
ずっと貴方が好き。
これで完璧に貴方は私だけの「彼」だ。
私たち、結婚します。