「ただいまー」
いつもよりも大きな音を立ててドアを開け、彼が帰ってきた。
事前のメールで伝えられていた通りに知り合いとの飲み会に行って来たようで、その帰りはいつもよりも遅い。
「……おかえりなさい」
「へへー♪たらいまぁーしのちゃん」
少しアルコールの匂いがする。許容量が小さいのに呂律が回らなくなるまで飲むのはどうなのだろうか。
彼が上着をハンガーに掛けている間に、寄りかかっている壁との間に隙間を作っておく。
「はー、久しぶりだったからさ、疲れちゃったよ」
と、楽しげに呟きながら壁と私との間に座り、私を抱え込む彼。
人形を抱きしめるようなその姿勢、下腹部に回された腕はほのかに温かい。
もう片方の腕で頭を撫でられる。密着した姿勢に加えて彼がこのような状況なので髪が乱れてしまうけれど、
彼の柔らかい手の感触の前では、そんな些細なことはもうどうでもいい。
「あぁ……きもちいいなー志乃ちゃんの髪」
「……」
『私も』とは言えない。少しだけ不満そうな顔浮かべて、いつも通りの私を演じなければならない。
本当は、思い切り顔を弛緩させたい。
彼の方に向き直ってしなだれかかりたい。
もっと求めたい。媚びたい。
「へへー♪」
「……飲み会は楽しかった?」
そんな気持ちを抑えつつ、会話を続ける。この状態の彼にはまだ先がある。
「楽しかったよー、でも途中で抜けてきちゃった」
「何故?」
私は問いかける。答えは分かりきっているのに。
「何でって?……あははー、だって志乃ちゃんが待っててくれてるでしょお?」
聞きたい答えを引き出す。自分の顔がほころぶのが分かる。
「私の事が好き?」
「好きだよ?大好きだよ」
抱きしめる力が一層強くなる。アルコールのせいで早くなった鼓動が背中に伝わってくる。
「愛している?」
「うん、あいしてるよ。ほかの誰よりも、しのちゃんが大切だよー」
オウム返しのような答えだけれど、『あいしてる』の一言が心に染み込む。
にやつきが隠しきれない顔を省みて、私にとってどれだけ彼が大切かを改めて知った。
アルコールの匂いは正直に言ってあまり好きではない。
けれど私はこの酔いの回った彼を嫌いではない。
寝息を立てる彼を横目にICレコーダーの録音を切りながら、そう思った。