(うわ、すごいよあの子!可愛い!!お人形さんみたいじゃない?)
(兄妹でコスかー、素材良くなけりゃ痛いだけだけどね)
(お兄さんの方も結構イイよね)
この状況はどうしたものか。
普段からあらゆる意味で「学生らしい」格好しかしない彼のきちんとした姿を見てみたかったことと
年に一度の誕生日、思いきり彼に甘えてみたかったという理由で
意を決して誕生日プレゼントに頼んでみたこの衣装でのデート。
普通に考えれば無茶苦茶な内容だけれど、自発的に何かを要求する事の少ない私からの願いは
彼の心に葛藤を生む程度には希少価値を持っていた。
「……ごめんね、しばらく考えさせてね?」
そう言って悩み、彼が口にしたのは二つの条件。
・なるべくそういった格好の目立たないところで行うこと。
・鴻池キララやクロスなどの知り合いには絶対に秘密にすること。
最悪、断られる事も予期していた私にとってはいささか拍子抜けする内容だった。
前者に関しては、もとより私も同じ思いだったので関西圏で「そういう衣装」がまかり通りそうな場所、日本橋で行おうと考えていたし
後者に関しては以ての外。私の誕生日、私のためだけに尽くしてくれる時間を邪魔させるだなんて論外。
と、特に問題のない条件設定だったので私も快諾。
そして迎えた当日であったが――――
彼が、ハマりすぎているのだ。
先ほどからこちらに投げかけられる好奇の視線。
自分から言い出しておきながら恥ずかしさを感じている私に対し、意に介さぬといった面持ちで涼しげにしている彼。
何も感じていないどころか、こちらをジロジロ見てくる通行人に対してニコリと微笑みかけさえする。
違う。私が想像していた彼はもっと恥ずかしそうにうつむいて歩き、蚊の鳴くようなか細い声で私と会話し、陰に隠れるようにいそいそと私の後を追う。
そんな姿であったはずだ。
それが、どうして。
「どうかなさいましたか、お嬢様」
歩みを止める私にかかる、優しい声。
私がセットした、オールバックに揃えた髪。私の用意した真っ黒な燕尾ジャケットの執事服。
中身はともかく、外見と振る舞いは気持ちの悪いほどに執事そのものだった。
「――――別に何も」
「そうですか、それは失礼いたしました」
不気味だ。
けれど、最初に思った通りにこの格好は彼に似合っている。
もともと上背だってそれなりにある。
いつもは無造作に跳ねている髪もオールバックに纏まって、
その大人びた雰囲気が笑顔の威力をさらに増大させている。
魅力的は魅力的なのだけれど、私の思い描いていた彼の姿とはやはり違う。
「疲れた」
なので、少し意地悪をしてみる。
「疲れたから、もう歩けない――――背負いなさい、でなければここを動きません」
いくらこの状態の彼でも、さすがに私をおぶってこの人込みの中を歩くのは――――
「かしこまりました」
ふわっ、と身体が軽くなり、彼の腕に私が収まる。
突然の事に何が起きたか分からなかったが、背中と足を抱えられているこの体勢を省みて気付く。
俗に言う、『お姫様抱っこ』の体勢であると。
「やっ!?お、下ろしなさい」
「いけませんお嬢様、お嬢様の御身体に何かあってはいけませんから」
あくまで真面目な執事を演じ続けつつも、白々しい笑顔で答える彼。
一方の私は、私の選んだ香水、いつもベッドの中で感じる彼自身の匂いに包まれてそれどころではなかった。
身体全体で感じる彼の体温と、体つき。
注目の的になっているのが分かる。体温と心拍が一気に上がる。
「今、お車を用意致しますので――――――――続きはお家でたっぷりね、志乃ちゃん」
半ば泣きそうになっている私にそう囁き、手の甲に軽く口付ける彼。
彼の、開けてはいけない扉を開いてしまったと思い後悔しつつも
家に帰ってからのことを思うと身体が熱を帯びるのを感じずにはいられなかった。