私は、彼の前でなら自分をさらけ出すことができる。
彼が私を受け入れてくれることを知っている。
稀にすれ違ったりすることもあるけれど、いつも彼が折れる。
鴻池キララの天真爛漫さは、彼の前だとその度合いを増す。
彼の反応を楽しんでいることから、一見すると彼女の方が圧倒的優位に立っているように見えるがそれは違う。
基本的には常識人である彼女が、彼の前で特に子供じみた振る舞いを見せるのは、やはり彼に甘えているから。
彼ならきちんと受け止めてくれると知っているから。
涼風真白……アレでさえも、彼に対しては幾分か心を開いているように見える。
彼と二人だけで話をすることも多々あるようだ。
彼は自分をさらけ出すアレに対して怯え、距離を置こうとしているらしい。が、決定的な拒絶にはいたっていない。
アレに言わせればそれは残酷な優しさであるようだが、それでも彼に興味を持ち続けることから。
不本意ながらアレも彼に多少依存しているよう思える。
では、彼は?
彼が素のままで誰かと接しているところを私は見たことがあるだろうか。
私に対しては保護者・家族として。
鴻池キララに対しては後輩として。
涼風真白に対しては、常に幾分かの警戒心を持って。
彼が、誰かに甘えているところを見たことがあるだろうか。
私が彼にしか笑顔を見せないように。
鴻池キララが彼に対して天真爛漫に振舞うように。
涼風真白が彼に自分を語るように。
いずれも見たことがない。
見たことはないが、知ってはいる。
彼が、大薙詩葉のために放火までしたことを。
親友との関係を滅茶苦茶にして、殴り合って、怪我をしてまで、彼女の想いを受け止めたことを。
そこに思い至って、私は燃え立つような思いに駆られた。
嫉妬と悲しみがない交ぜになったような激情が湧いてくる。
私を抱き締める彼の、その胸の傷跡――――今でも若干皮膚の色味の違う、丸い銃痕を指で撫でてみる。
彼の心に刻まれた大薙詩葉への想いに対して、たかだか身体の欠損。
それももう消えかけているような傷跡がとてもちっぽけで儚いものに見えて、思わず指に力が入る。
ぷつ、と爪が食い込んだ。
血の珠が生まれ、肋骨のラインに沿った軌跡で脇腹を滑り降りていく。
彼は何も言わない。私を抱き締めたまま。
こうして傷を付けるのは初めてではない。彼の肌は似たような爪痕は歯形、キスマークで彩られている。
頬につけられた絆創膏の下には、私の付けた切り傷が刻まれている。
――――私のこんな行為ですら、受け止めてくれる。
嬉しいけれど、違う。もっと、貴方が知りたい。
こんな事をされて、どう思うの?
痛くはないの?
惨めではないの?
私を嫌いになったりはしないの?
「どうしたの?志乃ちゃん」
いつもと変わらない声色で、彼が問う。
怒ってもいいのに。痛いのなら、そう言って欲しいのに。
怒鳴りつけたっていい。貴方が思うそのままを私にぶつけて欲しい。
「ごめんね、ひょっとして疲れた?」
気遣わないで。私から迫った性交渉で重荷を負わせているのに。
半ば脅すようにして、何度も何度も無理やり抱かせた。
死ぬほど辛そうな、罪悪感に苛まれたその表情を見て性感を覚えるような人間にそんな言葉をかけないで。
「じゃあ少し――――」
「違う」
違うの、そうではなくて。
「?」
「――――――」
貴方に傷をつけたことを、怒って。
私のことで、心を動かして。
言おうと思ったけれど、彼の顔を見ると言葉が出なかった。
「ちょっと血がついちゃうけど、ごめんね」
言葉に詰まる私を改めて抱き締める。
胸や腕の筋肉が私に熱を伝え、男性特有の匂いに包まれた。
胸いっぱいに彼の匂いを吸い込んで、彼の胸板に顔を埋める。
頭を撫でられて、髪を指で梳かれて。脳がとろけそう。
私は、彼を。彼の。彼に、もっと。
――――なんだっただろう。
考えたくない。
暖かい胸板を舐め上げて、噛み付いて、彼の男性器を内腿で擦り上げて。
のみこんでしまった言葉を口にするのが怖かった。
自分で望んだくせに、感情をぶつけられた結果嫌われるのが恐ろしかった。
そして何より、気持ちがいいから。もう、このままで、いい。
そう思った私の唇を、彼が優しく塞いだ。