ある日の夕方、志乃は酒を飲んでいた。  
小学生、もとい未成年の飲酒は法律で禁止されているが、そんなことは百も承知だ。  
たとえそれを知らなくても彼が止めただろうが、その人は今買い物に出かけている。  
普段ならついていっただろう。手をつないで、傍からは仲のいい兄妹、  
事情を知っている者からはラブラブな恋人に見えたことだろう。  
以前はそれで満足だった。彼と二人でいれば幸せだった。  
 
しかし多くの事件を解決し、その中で彼の優しさに幾度と無く触れて、絆も深まった今、  
彼女はそれだけでは満足できなくなっていた。  
 
だが問題があった。彼女はわかりやすい甘え方が苦手なのだ。  
だから酒を飲む。酔えば彼に積極的に甘えられるだろうと思ってのことだ。  
 
…そろそろ酔いが回ってきた。知識としては知っていたが体験するのは初めてだ。  
ふと、ウザい知り合いに『甘えベタ』と評されたのを思い出し、腹が立つ。  
こんなときには彼に会えばむかつきも収まるのに。はやくあいたい。  
ああ、そういえばそのときアレは『いい飼い主に拾われた――黒猫』ともいっていた。  
前に、この部屋に1日だけいた猫が居なくなったとき、彼は少し悲しそうだった。  
はやく、はやくかえってきて。  
 
「……………にゃぁ」  
 
アパートに戻ると部屋が酒臭かった。  
先輩が勝手に上がり飲んでいるのかと思ったけど玄関に靴がない。  
何か企んでいて靴を隠しているのかもしれないが、なんにせよ部屋に入るしかない。  
 
「ただいま〜」  
部屋には買い物に出る前と変わらず、志乃ちゃんは定位置で僕の帰りを待っててくれていた。  
しかし予想した先輩はいなく、代わりにチューハイやらビールやらの缶が転がっている。  
僕は買ってきた食材を冷蔵庫にしまいながら聞く。  
 
「ねぇ志乃ちゃん、もしかしてさっきまで先輩いたの?」  
 
「………っく」  
質問への回答の代わりに、かわいらしいしゃっくりが聞こえた。  
 
「ねえ志乃ちゃんってば…」  
全てしまい終わって振り返ると目の前まで志乃ちゃんが迫ってきていた。  
 
「志乃ちゃっ !?」  
言い終わる前に飛びつかれ、志乃ちゃんのちいさい唇で口を塞がれた。  
 
「ん……ちゅ………ふっ…」  
それからもされるがまま、僕の顔にまんべんなくキスをしてくる。  
数分にも及ぶキスの嵐が去り、志乃ちゃんはようやく顔を上げた。  
 
よく志乃ちゃんの顔を見ると様子がおかしい。  
頬は紅く染まっていて、僅かに体が左右にゆらゆら揺れている。あとはさっきのしゃっくり。  
どう見ても酔っ払いのそれだった。吐息も酒臭いし、間違っても風邪などではない。  
 
「し、志乃ちゃんお酒飲んだの!?志乃ちゃんは小学生なんだから飲んじゃだめでしょ!」  
「…ごめんなさいにゃ…………っく」  
 
「へぇっ!?」  
衝撃で意識が吹っ飛んでしまった。あの志乃ちゃんが語尾に『にゃ』をつけるとは……。  
以前――志乃ちゃんが風邪を引いたときか――にもあったけど、今回はそれ以上だった。  
しかし意識は志乃ちゃんによって引き戻された。  
 
「ちゅぱ…ちゅ……ん…」  
「――――っ」  
 
志乃ちゃんは僕にまたがったまま、体をひねり、左腕に覆いかぶさって僕の指を舐めていた。  
 
「あむ………っく…れろ………ちゅぷ」  
 
「――くぅっっ」  
他人に指を舐められるのがこんなにも気持ちいいものだとは思わなかった。  
志乃ちゃんの小さな口の中、小さな舌が僕の指と擦れる度に、  
指から腕を伝って全身に、ピリピリとした電撃のような、快感が奔る。  
 
志乃ちゃんは完全に猫になりきってしまったようだ。それがなぜかはまだわからないが、  
彼女の蕩けた様な瞳はとても幸せそうで、だから今はそれを気にしないことにした。  
 
猫のように手のひらまで舐め始めた。すこしこそばゆくて、それも快感に変わる。  
ふと思いつきで聞いてみる。  
 
「…志乃ちゃん、僕の手、おいしい?」  
「ペロ……おいしいです…にゃぁ……」  
 
「そう…よかった………それじゃあ、右手も食べさせてあげるね?」  
僕はまだ唾液に濡れていない右手を、自分で軽く舐め、志乃ちゃんに差し出した。  
そして志乃ちゃんは僕の右手にしゃぶりついた。今度はたまに甘噛みも交えて。  
 
なんとなく、僕は志乃ちゃんの唾液にまみれた左手を舐めてみる。―――甘い気がした。  
きっと僕は酔っているんだ。多分、飛びつかれてキスをされたときから。  
 
またしばらくして志乃ちゃんが右手から顔を上げ、今度は僕の服の中に頭を入れてきた。  
 
「ちゅぅ……んふ………ちゅ…」  
そこでもやはりキスの嵐だった。僕のお腹から胸まで、服の中という狭い空間が許すかぎり、  
またまんべんなくキスマークをつけられた。  
キスが終わった。と思ったら、今度は舐める動作に変わってゆく。  
しかしその行為はすぐにある一点だけへと向けられた。  
それは、左下腹部にある―――銃痕。  
 
あの事件から数ヶ月たった今、傷は完治していて、もちろん後遺症も無い。  
しかしたった数ヶ月では、その傷ははっきりとよくわかる痕を残していた。  
その傷痕を、志乃ちゃんは癒すように、優しく舐めてくれている。  
彼女の深い愛情を感じて、思わず涙がこぼれた。  
女の子一人にここまで愛されて、僕は世界一の幸せ者だなと思った。  
 
さあ、僕も彼女を愛しているということを伝えよう。  
服をずり上げて、いまだ僕の傷を癒し続けている志乃ちゃんの顔を出してあげる。  
右手で志乃ちゃんを強く強く抱きしめ、左手で志乃ちゃんの顔をこちらに向けさせる。  
僕は志乃ちゃんにキスをする。できるだけ気持ちを込め、伝わるように、優しく。  
そして告げる。  
 
「志乃ちゃん、僕も君を愛してるよ。これからも…よろしくね。」  
 
「うん、…私もあなたを愛している。これから先、未来永劫、ずっと。」  
 
志乃ちゃんの顔は真っ赤だった。はじめて見る表情だ。かわいい。  
さすがに面と向かって愛してると言うのは恥ずかしかったのだろう。  
僕もそれは例外でなく、顔が熱くなっているのがわかる。  
志乃ちゃんは気が抜けたのだろうか。僕の上で、これまた猫のように寝息を立て始めた。  
 
「………大好き…にゃぁ……」  
寝言でまで言われてしまった。しかも猫で。  
僕はこれから、志乃ちゃんの見たことの無い表情を見れるようにしていこうと心に誓った。  
(まずはやっぱり笑顔だろうな。)  
そんなことを思いながら僕は、今度は両手で優しく抱きしめた。  
 
……しばらくそのままでいたら、志乃ちゃんが軽く体を震わした。  
いやな予感がした。それは寝ていた彼女も同じらしく、ばっと顔を上げ……。  
 
「っあ………あぁっ…」  
僕のお腹あたりに温かいものが広がってゆく。  
志乃ちゃんはさっきよりも顔を赤くして……もはや泣きそうである。  
部屋の酒臭さを塗りつぶす勢いで広がってゆくアンモニア臭。  
間違いない。志乃ちゃんの、まさかのおもらしである。  
 
「……お酒たくさん飲んだんだから、…まぁおもらしは仕方ないよね?」  
「っっ!!」  
凄い勢いで睨まれた。結果的に泣かせなくて済んだからフォローは成功ということにする。  
 
こうして誓いを立てた数分後には、新しい表情を見ることができたのだった。  
 
 
おわり  
 

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