『寒いなぁ。何か飲みたい、そんな時―――』  
夕食もお風呂も済ましていつもどおり志乃ちゃんを抱っこしながら、今夜はエッチするかどうかなどを考えていたら、  
テレビからインスタントコーヒーのCMの、あのおなじみのフレーズが聞こえて、僕はあることを思いついた。  
「ちょっとコーヒー淹れてくるね」と志乃ちゃんに断って、彼女を持ち上げ僕の足から降ろして立ち上がる。  
 
コーヒーを淹れて――もちろんインスタントのだ。貧乏学生に上等なものを期待する方が間違っている――元の  
場所に座る。その際、志乃ちゃんを持ち上げて僕の足の上に座らせるようなことはしない。  
そのかわり、志乃ちゃんが自分から僕に乗ってくるのを待つのだ。彼女に自覚は無いようだけど、やっぱり猫っぽい。  
今回も少しだけこちらを見つめてからトコトコと歩いて僕の足の上に乗ってくる。  
今でこそ二足歩行でやってくるけど、いつかそのうち耳や尻尾をつけて体勢はよつんばいで、  
さらに猫っぽくやらせてみたいなと考え、でも今はさっき思いついたことを実行するために、  
鬼畜方面へとシフトしかけた思考を振り払う。  
 
「はい、志乃ちゃんにはホットミルクを」  
志乃ちゃんに湯気の立つマグカップを渡す。ほどよく暖められたミルクは少しだけ砂糖で甘くしてある。  
一方僕のマグカップには先ほどの宣言どおり、コーヒーが入っている。ちなみにブラックだ。  
 
「志乃ちゃんストップ!そのまま飲まないでいてね」  
志乃ちゃんがミルクを口に含んだのを見計らって、飲み込むのを止めさせる。  
彼女は恨めしそうにこちらを見つめてくるが、むしろ手間が省けた。  
だから僕はその視線にかまわずコーヒーを口に含み―――キスをする。  
 
志乃ちゃんは少しびっくりしたようだったけどキスくらいはもう慣れっこで、すぐに僕の口の中に舌を挿れてくる。  
口と同様に小さい舌を精一杯に伸ばして僕の舌と絡めたり、口内を舐め回してくれる。  
もちろん僕だって負けていられないから、彼女の絡めようとする舌に応えたり、同じようにしてあげる。  
おそらく人並みの大きさである僕の舌でも、志乃ちゃんの口と舌は小さいからその気になれば一方的にもできるし、  
まだ物足りないであろうタイミングで無理矢理志乃ちゃんの舌を押し出しておあずけなんてこともできる。  
そのとき彼女は物足りないという意思とともに睨んできて、  
キスを再開するとおあずけされた分を取り戻そうとするかのように、更に激しいキスをしてくるのだ。  
 
だけど今回はそれはしない。いや、出来なくはないのだけれど、いつもの普通のキスでさえ  
唾液がいくらか垂れて服を濡らしてしまうというのに、今の二人の口の中にはカフェオレが出来上がっているのだ。  
そんなことをしたら服が茶色に染まってしまう。コーヒーの染みは基本的に水溶性だそうで、洗えばすぐ落ちる。  
しかしそれもついてからすぐに洗った場合のこと。明日の朝になってからではさすがに遅いだろう。  
たとえ今、染みがついたらすぐに洗いに行けばいいのかもしれないけど、なんだかそれはマヌケっぽいし、  
なによりスイッチの入った志乃ちゃんがそれを許してくれないだろう。  
その証拠に、腕と足でがっちりロックされているから。  
 
舌で志乃ちゃんの口とカフェオレを味わって、いったん一区切り。  
なるべくこぼさないようにと、吸いながら口を離す。  
 
「おいしかった?」  
「………うん」  
「じゃあ、もういっかい飲もう。ただし次は逆。僕がミルク、志乃ちゃんはコーヒーを担当するんだ」  
 
もともと熱くはなかったけど、更にぬるくなったミルクを口に含む。  
志乃ちゃんも準備が出来たようで、期待した瞳で見つめてくる。  
だけどすぐにキスはしてあげない。おあずけだ。  
 
実はコーヒーは、ものすごく濃く、苦くしてある。  
きっとカップの底には、溶け切れなかったインスタントコーヒーが沈殿しているだろう。  
例の豆以外、味による好き嫌いのない志乃ちゃんなら、たとえどんなに苦いコーヒーでも飲んでしまえそうだけど、  
でも彼女はそうした場合、僕に『今日はもう終わり』とされるのが怖いからそれが出来ない。主導権は僕にある。  
 
口の中に液体をただ溜めたままにするというのは地味に辛く、ましてそれが苦いもの。  
志乃ちゃんはすぐに我慢できなくなったようで、彼女の方から顔を寄せてくる。…でも、まだ早いなあ。  
そう思った僕は志乃ちゃんの両肩に置いた手に力を込める。  
キスまであと数センチというところで止まる。彼女の瞳は不満げで、いかにも『…意地悪』と言いたそうだ。  
僕は彼女の肩を少し押し戻し、力を抜く。すると彼女は待ってましたといわんばかりにすぐキスを迫る。  
でも届かない。先ほどよりはいくらか近づいたものの、キスには至らない。  
 
それを数回繰り返した。この意地悪で一滴の涙でも流してくれればすぐにでもやめたのになあ。  
女性は泣き真似が得意と聞く。志乃ちゃんが泣き真似を使いこなすのは、それはそれで問題だろうけど。  
泣き真似なら真白ちゃんが上手そうだ。別に女優でもないのに、きっとすぐに涙までひねり出すに違いない。  
 
顔に出やすいらしい僕の考えなど志乃ちゃんにはお見通しで、一瞬でも他の女のことを考えてると見抜かれたらしい。  
より一層不満げな、むしろ怒った表情で、彼女は一度立ち上がり、腕を僕の首に回して、強引にキスをしてきた。  
おあずけが長かった分、やはりそのキスは激しいものになる。彼女の舌は僕の唇を、歯を、歯茎を、舌を、  
その小ぶりな舌で、執拗に嘗め回す。コーヒーとミルクが撹拌されてまたカフェオレの出来上がり。  
僕が舌を挿れると甘噛みされた。舌を噛まれるたびに神経がピリピリする。  
おあずけするからにはごほうびが必要。彼女のキスに応えながら、立ったままで少し辛そうな彼女を、  
なんとかして持ち上げて、また抱っこの体勢にしてあげる。そして強く強く抱きしめてあげるのだ。  
抱きしめるだけなら日常茶飯事気味だけど、ごほうびのそれは『痛いくらい強く』。  
あいかわらずテストの成績がトップクラスの志乃ちゃんに、何か(お金のかからない)ごほうびをしてあげたくて、  
彼女にたずねたらそうしてくれと言われてからこうなった。  
 
痛いくらい抱きしめられて彼女もこれがごほうびと気づいたようで、キス攻撃がゆるなる。  
同時に口も少し緩んだのかカフェオレが一滴、こぼれる。  
僕は慌てて、一度目と同じくこぼさないようにしながら口を離して、こぼれた一滴を舌で掬い取る。  
一滴くらい指で拭えるけど、せっかくの二人のカフェオレ、無駄には出来ない。  
それにまだまだカフェオレは作れるのだ。たとえ冷め切っていてもすぐに温まるだろう。  
 
「…今度も私は……あまり飲めなかった。……だから…」  
息を荒くした志乃ちゃんが文句を言ってくる。  
 
「ごめんね。うん、わかってるよ、おかわりだよね。でもこぼして服に染みつけるのも嫌でしょ?だから、  
 こぼれてもいいように、二人とも裸になったらどうかな?]  
「……名案」  
 
 
僕は仰向けになり、志乃ちゃんを上にする。長い髪が垂れてきて、視界のほとんどは彼女しか見えなくなる。  
カフェインのおかげか、今はちっとも眠くない。カフェオレはあと3回ほど味わえるだろう。だけど、  
もしかしたら明日まで残してしまうかもしれないなぁ。と思いながら、また、コーヒーとミルクが混ざり合った。  
 
 
おわり  
 

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