私はグリーンピースが嫌いだ。
なぜ嫌いかは覚えていなかった、今朝までは。
昔の夢を見た。まだ彼が九州へと旅立つ前のころの夢だ。
私は幼く、遊び盛りの彼にとっては妹のような存在は疎ましかったのだろう。いつも私は彼の帰りをただ一人、彼の家で待っていた。
ある日の夕食。いつものように私は彼の家で食事を取っていた。
「志乃ちゃん、ちゃんとグリーンピースも食べなきゃだめだよ」
唐突にかけられた言葉。
私はきょとんとして自分の皿を見る。
たまたま食べずに残っていたグリーンピース。
彼はこれを見て、私がグリーンピースを残しているように見えたようだ。
「……分かった」
彼はほんの気まぐれで私に兄振りたかったのだろう。私は従順に彼の言葉に従った。
翌日。私は熱を出した。
意識が朦朧とする高熱、完治まで数日を要した。
目を覚ますと、彼はもういなかった。幼い私は知らなかったが、彼の父親の転勤が理由だった。
彼と再会するまで、私にとって彼のイメージはその日の夕食の彼の顔だった。
兄としての彼。
思い出す度になぜか、少しだけ腹が立った。
フライパンが油を弾く音で目が覚めた。見慣れた古い天井、彼のアパートだ。
衣擦れの音に気づいたのか、台所に立った彼がこちらを振り返った。
「おはよう、志乃ちゃん」
「おはようございます」
いつもの日曜の朝。
私は身なりを整えると食卓に向かう。
はい、と彼が小さな茶碗を私に差し出す。
赤いケチャップがたっぷり乗ったオムレツとサラダ。
いただきます、と二人で手を合わせるとオムレツに箸の伸ばす。
「……」
苦い顔をする私に彼はいつもの笑顔で言う。
「志乃ちゃん、ちゃんとグリーンピースも食べなきゃだめだよ」
私はこの緑色の豆を見る度に思い出す。
兄としての彼の顔を。
そして、その顔を何年も待ち続けた自分を。
だから私はいつものように明後日の方向を見ながら、彼に箸でそれを除けてみせる。
私はグリーンピースが嫌いだ。