「志乃ちゃんはさ、何でお仕置きされるか分かる?」
私に眼隠しと後ろ手の手錠をかけながら彼が言う。
「…………」
答えられない。
普段の私なら即答できるような質問なのに、こうして彼にお仕置きを受けている今の私では。
被虐の悦びに全身を支配されている私には答えることができなかった。
はぁ、と溜息をついて彼が動きを止めた。
戦慄が走る。
嫌われただろうか。
こんな、苛められて身体をいやらしく昂ぶらせるような娘。
挙句快感に気をやられて受け答えすらまともにできなくなるはしたない娘なんて――――
沈黙。
その間に、革製のアイマスク、その隙間から涙がこぼれる。
すると、急に眼隠しが外される。目の前には上半身裸の彼。
後ろ手に拘束されたままの私をその細身の体で抱きしめて、彼が耳元でささやく。
「あのねぇ志乃ちゃん――――そんな事して、例えば変態さんにバレちゃったりしたら大変でしょ?」
娘に言い含める父親のような優しい口調でそう言う。
あやすように背中をぽんぽん、と叩きながら優しい手つきで髪を梳かれる。
私を思いやってくれているその言葉。普通なら喜ばしい筈なのに、今の私にとっては少し物足りなかった。
いつもの彼なら――――
「もし他の男にそんなこと許したら、僕その人を殺しちゃうからね」
耳朶に響く狂気を孕んだ言葉に脳が痺れた。
「志乃ちゃん、誓ったよね?志乃ちゃんの体も心も、これからの人生も全部僕の物だって。
泣きながら大きな声で、僕にイかせて欲しくてそう叫んだよね?」
確かに誓った。快楽に屈伏させられて、自分の思うところをすべて吐き出させられてしまった。
尤も、あれがあってもなくても私が彼の物であることに変わりはなかっただろうけれど。
「それがさ、その僕だけの志乃ちゃんが。どうして僕の知らない所でそういうことするのかな?」
口調自体は優しいそのままで威圧感を増していく言葉。私が大好きな彼の、ご主人様の言葉だ。
「……っ、ぅ」
「答えられない?でも、もうどうして僕が怒ってるのか分かったよね?」
こくりとうなずくと、彼の笑みがいつもの優しいものに戻った。少しの物足りなさを感じると同時に
彼の怒気が多少収まったことに内心でほっとした。
「志乃ちゃん、僕はさ。志乃ちゃんが僕以外要らないように――――僕だって、志乃ちゃん以外は要らないんだよ?」
本当だよ?と念を押して、優しい笑顔で私に語る。
「志乃ちゃんが気に入らないっていうのなら、先輩だって捨てるよ。家族も要らないし、学校だって辞める。君が望むなら。
君に危害を加えるような人間がいたら、僕がどうにでもしてあげる。殺したっていい。
詩葉の時は火を付けるのにもおっかなびっくりだったけど。
君の為なら、君に全てを捧げると決めた僕の誓いの為なら。僕は何だってできる」
真っすぐ私の目を見て狂った台詞を真摯に言う彼を見て、えも言われぬ感情が込み上げてきた。
彼が私へきちんと好意を示してくれた。それだけで充分なのに。
大薙詩葉よりも大切だと、そう言ってくれたのだ。
その彼が――――自分の言葉に少し恥入ったのだろうか、少し赤い顔をして私の拘束を解く。
仕草だけ見れば、あの最後の事件以前の初々しい彼のようだった。
拘束を解かれた私に、通学用のダッフルコートを渡す彼。
「……さっきはああ言ったけど、要は僕が居ればいいわけで。つまり、その」
変なところで恥ずかしがる人だ。
そこがまた魅力的なのだけれど。
私はその可愛いご主人様の為に、素肌の上からコートを羽織った。
「分かりました、さあ行きましょう。『あなた』」
自分の首に以前プレゼントされたリードを着け、媚びるような満面の笑みで持ち手を『ご主人様』に渡した。
帰ってきてからの御褒美が、たまらなく待ち遠しい。