チェーン店のファミレス、そのテーブル席。目の前には、スーツを着た男がいる。  
歳の頃は20代前半から中盤、若々しい見た目だ。  
猫毛で、色が白い。いわゆる『草食系』に整った顔立ち。  
こいつが授業参観に来た時にクラスの女子が色めき立ったのを覚えている。  
それはこの見た目のせいもあるがそれ以上に  
この男が支倉の関係者だという意外な事実のせいだった。  
「で、話って何かな?えぇと――――」  
名前を名乗る。  
「あぁ、そうだったね。志乃ちゃんから聞いてるよ。隣の席なんだって?」  
良く喋る。この見た目にこの人当たりだと、これは確かにモテるだろう。  
余計な嫉妬はひとまず置き、本題に入ることにする。  
 
「あんた、支倉とナニしてんの?」  
 
きょとんとした表情を見せる。  
いきなりの質問に虚を突かれている間に、一気にたたみかける  
「この間、支倉の腕に『縄』の痕があった。それだけじゃない、他にも日によって新しく針みたいな傷跡や  
そういうのが増えてたりする。なぁ、あんた。ひょっとして支倉を虐待してるんじゃないのか?」  
確信を突くこの言葉に平静を取り繕うのは難しいだろう――――そう思った。  
「っ、……くっ」  
しかし目の前の男は、何かがおかしくてたまらないというように口に手を当てて肩を震わせ始めた。  
 
「――――何がおかしいんだよっ!」  
馬鹿にされているという事実に耐えきれず、思わず声が荒くなる。  
「いや、いや。ごめんね。いやー……はは、それで。君が言いたいのはこういう事なんでしょ?」  
 
「『このことを問題にされたくなかったら支倉を手放せ』って、そう言いたいんだよね?」  
正にその通りだった。しかしそれが分かっていながらこいつはなぜ笑っている?  
やけになった風でもない。どちらかというと冷笑している感さえある。  
「恋する男の子はすごいね。僕にはそういうのあんまりなかったから、少し羨ましいよ」  
そう言って、スーツの袖をまくった。  
そこには。  
「見えるよね?これ。何だと思う?」  
長さもまちまちの無数の傷跡が縦横に走っていた。  
「…………リストカット?」  
初めて見た。リストカットという物も、リストカットをするという人間も。  
「惜しいけど、違うかな。切ったのは僕じゃない」  
「……何言ってんの?」  
 
「志乃ちゃんがやったんだよ。全部ね」  
 
思わぬ切り返しに、一瞬引いてしまう。  
こいつは何を言っている?  
支倉がそんなことをするわけが――――  
するわけがない、と自分の内で否定しようとして。否定しきれない自分が居るのに気が付く。  
自分は、支倉のことをどれだけ知っている?  
「これはさ、君が真剣に志乃ちゃんを思ってるのかなって。そう見えたから見せたんだよ。  
僕も僕なりにきちんとして、現実を見せてあげないといけないからね」  
動揺する俺に対して投げかけられる言葉。  
『現実』。その一言が今まで聞いたことのない言葉のように耳に残る。  
「君が志乃ちゃんを好きなのは分かったけど、こういう風に相手を脅すのは感心しないなあ」  
袖を元に戻しながら、にこやかな笑顔で。けれど、その目は全く笑っていない。  
「まぁ、その辺は若さゆえの過ちってことで許してあげるとしてさ、分かったでしょ?  
君みたいな子供に、志乃ちゃんは無理だし……」  
 
「それに何より――――あれは、僕の物だ」  
 
その言葉を最後にして先程までの柔和な笑顔に戻り。  
ここはおごるよ、だなどと言って先にあの男が店を出たのが10分ほど前。  
最後の、支倉は自分の物だと言いきったあの目、あれは。多分、人殺しがああいう目をするのだろう。  
一人残されたテーブルで俺は、自分の恋が。恋敵を脅してまで勝ち取りたかった恋が。  
恋敵と、思い人その人によって殺されたという事実をただ噛みしめるしかなかった。  
 
 
 

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